軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十二話 騎兵戦闘

顔に降りかかる雨は徐々に激しさを増している。

ぬかるみに気を配りつつ、チャフは背後を振り返った。

──狼煙か。準備していたな。

馬車を利用した伏兵が潜んでいた辺りに、空に昇る煙の筋が見えた。

雨に霞んで視認性は悪い。

鬱陶しい雨ではあったが、今ばかりは感謝するチャフだった。

「──前方に敵、三騎!」

護衛の一人が報告する声を聞き、チャフは道の先に目を凝らす。

様子を見て来い、と送り出された斥候だろうか、向かってくるチャフ達に慌てて剣を抜いている。

チャフ達は馬車を飛び越えた後も全速力で駆けていたため、斥候達の予想よりも早く遭遇したらしい。

「戦う必要はない。落とせ」

とどめを刺す時間も惜しい。

チャフは左右の護衛に目配せする。

目があった左右の護衛は僅かに速度を上げて、フェリクスに並んだ。

手綱から片手を離すと、腰から長剣を抜き放つ。

斥候側は覚悟を決めたのか、剣を振っても落馬しないように速度を落とし始めた。

しかし、フェリクス達は速度を緩めない。

「騎兵が遅くちゃ意味ねぇだろが」

フェリクスが呆れたように呟いた。

刹那──すれ違い様の一撃で斥候達は落馬し、フェリクス達の後ろを走っていたチャフ達の馬蹄に掛けられた。

隊列を戻しながら、フェリクス達が剣を鞘に納める。

チャフはフェリクスに声を掛けた。

「まだ敵が居るはずだ。気をつけろ」

狼煙による伝達を受け、斥候を送り出した部隊がどこかにいるのだ。

チャフは道順を思い出す。

「確か、この先は川沿いの道と合流して広くなっている。待ち伏せは合流した後の道か」

「いえ、違うかもしれません」

チャフの予想にイェラが異を唱えた。

フェリクス達が耳を澄ます中、イェラは説明する。

「この辺りの行商人は川沿いの道で商品の受け渡しをした後、陸路を進む場合があります。その方が内陸部への商路を短縮できますから」

「つまり、合流後の道では目撃される可能性が上がるのか」

暗殺者がどこまで目撃者に気を使うかは分からない。

だが、傭兵集団が人を襲っていると噂になれば、商会連合の評判にひびが入るだろう。

乗っ取りを企む者が、商会連合の価値を下げるまねをするとは考えにくい。

──すると、目下の懸念は川沿いを張っていた兵がどう動くか、だな。

万全を期するなら、二手に分かれて道の前後からチャフ達を挟み撃ちにする。

チャフ達が馬車があった地点で引き返す可能性を考えれば、敵は後ろからやって来る方が多いだろう。

だが、馬車を越えて来たチャフ達には関係がない。

雨はまだ激しさを増していく。

雨音に混じり、微かに馬群が駆ける音が聞こえ、チャフは振り返った。

しかし、敵の姿はない。

まさかと思うと同時、フェリクスが声を張り上げる。

「左に敵影、林の向こう!」

黒松林を挟み、並行して整備された川沿いの道に、騎兵隊の姿が確認できた。

──数は、十騎。

「全員、左に寄せろ!」

「了解」

フェリクス達が呼応し、チャフの左へ縦一列に五騎の護衛が並ぶ。

フェリクスが林を挟んで併走する敵を睨みつけた。

「……おい、あれは傭兵じゃねぇぞ」

険しい顔で、フェリクスが呟いた。

イェラが林の向こうにいる敵を観察し、首を傾げた。

「なぜ、分かるんですか?」

「トライネン家の騎兵隊に併走している時点で並じゃねぇよ」

馬術に関する絶対の自信に裏打ちされた断定に、イェラも納得するしかない。

チャフはフェリクスの言葉に同意して、イェラに説明を加える。

「この速度でも敵の隊列が乱れていない。馬も騎手もかなりの訓練を積んでいると考えるべきだ。流石に、余裕はなさそうだが……」

傭兵としての次元を超えた技量を備えている事は疑いようがない。

──元騎兵隊か? 精鋭と言っていい技量だと思うが、なぜこんな所に。

脳裏に疑問がかすめるが、答えを出す時間はない。

敵は十騎、チャフ側は五騎の護衛とイェラを乗せたチャフのみ。

このまま道が合流すれば、明らかに不利だ。

「フェリクス……当てられるか?」

チャフは問いを発する。

フェリクスは肩越しに振り返ると、凄みのある笑みを浮かべた。

「野郎共! 若様は曲芸をご希望だッ!」

フェリクスが声を張り上げ、片手に投げナイフを構えた。

他の護衛もニヤリと口端を吊り上げ、ナイフを抜いて左手に構える。

フェリクスの声が聞こえたのか、敵騎兵隊が視線を向けてきた。

「まさか……」

何をするつもりかを察したイェラが呟く。

速度を維持したまま、フェリクス達が目を細め、敵騎兵にナイフを投げ込んだ。

五本のナイフの内、三本が間にある黒松の幹に突き立つ。

しかし、二本が敵騎兵に到達した。

鈍い音を立て、敵騎兵隊の後方で二人が落馬し、空馬の暴走に一騎が巻き込まれて倒れ込む。

敵騎兵が唖然として後方の仲間を振り返った。

「若様、もう一本残ってますけど、どうしましょうか?」

「温存しておけ。まだ敵がいるかもしれない」

冗談めかして指示を仰ぐフェリクスに対し、チャフは真面目に答え、道の先を見据える。

川沿いの道との合流地点を視認し、チャフは手綱を強く握った。

「敵が武器を抜きました。装備は一律で曲刀です」

護衛の一人が報告する。

敵騎兵隊も本格的な交戦の準備に入ったようだ。

「こちらも剣を抜け」

「了解」

言葉を返しながら、フェリクス達が抜剣した。

左手に握られた長剣が雨露に濡れ、物騒な輝きを放つ。

武器を構えてもなお、敵は速度を落とさない。

先ほどの斥候よりも腕が立つのだろう。

合流地点が迫る。

先頭のフェリクスが合流地点に突入した瞬間、金属同士がぶつかり合う音が連続して鳴り響いた。

合流直後、敵騎兵が振るった曲刀とフェリクスの長剣がかち合い、続く敵と護衛達も同様に仕掛けたのだ。

二列に併走しながら、護衛達は敵騎兵隊の攻撃を捌き続ける。

中でも、フェリクスは二人を相手にしていた。

先頭の敵の合間を縫って、斜め後方から突き入れられる曲刀をも弾いてみせる。

馬の速度も相まって、敵は体のバランスを維持する事に意識を割かねばならず、攻めあぐねているようだった。

そうしている内に、フェリクスの後ろにいた護衛が、フェリクスに曲刀を弾かれて隙を見せた敵の馬の尻を斬りつけた。

突然の痛みに馬の歩調が乱れ、敵騎兵隊の後方が渋滞する。

減速する仲間に気を取られた敵騎兵の一人が、長剣の切っ先を肩に突き込まれ、バランスを崩した。

すかさず、馬を寄せたチャフの護衛が振り被った長剣は地面と並行に空中を裂き、敵騎兵を後方に斬り飛ばす。

正面から飛んできた仲間を、渋滞していた敵騎兵隊が避けられるはずもない。

衝突した騎手が投げ出され、馬が転倒し、後続を巻き込んでいった。

後方の騒ぎを横目で確認した先頭の敵騎兵が青い顔をする。

「お前一人だな」

フェリクスが獰猛に微笑み、長剣を叩き込んだ。

敵騎兵は曲刀を合わせて凌いだが、後方からナイフが投げつけられ、がら空きのわき腹に突き刺さる。

痛みに力が緩んだ所をフェリクスに斬り捨てられた。

騎手を失った馬は本能に従ってチャフ達の後ろを走り始める。

追い散らそうかとも思ったが、時間が惜しい事もあり、無視した。

イェラが道の前後を確認し、敵の姿がない事に安堵の息を零す。

「どうやら、逃げ切れたようですね」

「いや、まだだ」

イェラの言葉を否定し、チャフは真剣な眼差しを道の先に注ぐ。

「先日の良馬がいなかった。騎兵隊の距離から考えても、斥候の三騎を送り出した部隊は別にいる」

敵騎兵隊は全速力で移動していた。

狼煙を見てから行動を開始したのだとすれば、斥候との距離が広がりすぎている。

新たな敵に備えるべく、命令を飛ばそうと口を開き掛けた、その時──

「若様、右!」

フェリクスが焦りの表情で警戒を促した。

弾かれたように右に視線を移しつつ、愛馬を左へ斜行させる。

視界に入ったのは黒松林の向こうを走る六名の騎兵。

事前に枝や草を払った簡素な小道を最高速で移動する彼らは、いずれも曲刀を片手にチャフ達へ狙いを定めている。

フェリクスを含む護衛達がチャフと敵との間に割って入ろうとするが、間に合わない。

小道から合流した敵が曲刀を振り被り、チャフとイェラに迫る。

「──イェラ、馬の首にくっついていろ」

囁きがイェラに届いた直後、チャフは手綱を捌き、馬を跳ばせる。

一瞬、敵が躊躇し、狙いをイェラから変更し、馬を斬ろうとする。

だが、チャフには敵が躊躇する一瞬だけで十分だった。

鐙から片足を抜き、敵の馬の首を蹴り飛ばす。

突然の衝撃を受け、馬が嫌がるようにチャフから離れる。

敵は慌てて曲刀を振り抜くが、チャフの馬へは僅かに届かなかった。

空中で鐙へ爪先を戻し、地面に降りたチャフは、再び距離を詰め始める敵に注意を払いつつ、速度を落とした。

聴覚を研ぎ澄まし、背後の音を聞き分ける。

──真後ろか、素直な奴で助かる。

ニヤリと笑ったチャフを見て、敵が眉を寄せた。

チャフは右太ももで馬に体重を掛けつつ、口を開く。

「──後方注意だ」

敵がチラリと後ろに視線を投げ、即座にチャフから離れた。

チャフと敵の間を興奮し切った空馬が豪快に駆け抜ける。

チャフ達の背後を本能に従って付いて来ていた空馬が、度重なる怒号で興奮したのだ。

がむしゃらに走り出さなければ、護衛の誰かが機転を利かせて刺激した事だろう。

本気で走る空馬は、背に誰も乗せていないため、軽快な走りでチャフと敵を抜き去った。

その間に、距離は完全に開いていた。

敵騎兵の舌打ちが聞こえる。

チャフは無視して、護衛達と合流し、位置を入れ替えた。

右に縦一列の護衛の壁が出来る。

敵の六騎も、五騎が一列に並び、護衛達と併走している。

チャフは敵の壁の奥にいる指揮官らしき男に目を凝らした。

優れた動体視力が捉えた人物は、かろうじて眼鏡を掛けている事が分かる程度だ。

だが、今回の敵が最精鋭なのは、誰の目にも明らかだった。

──誰か失うかもしれないな。

不吉な予感は口にせず、チャフは覚悟を決めた。