軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十一話 接触と障害

手綱を握り、馬の体力を計算しつつ速度を調節する。

長い付き合いの愛馬は、チャフの些細な体重移動からも意図を察して即応した。

周囲を固める五騎も、騎手と馬の見事な連携を披露している。

「トライネン伯爵領は良馬の産地と聞いてはいましたが、これ程とは……」

思わず、といった様子でイェラが呟いた。

チャフは前方を見据えながら、口を開く。

「商会連合も良い馬を扱っているだろう? 先日、すれ違ったぞ」

イェラが一瞬、不思議そうな顔で振り返った。

だが、何かに思い至ったらしく、険しい表情となる。

「商会連合は馬をほとんど扱っていません。輸入や管理に費用がかさむ上、塩害で飼い葉を手に入れにくいソラ伯爵領では需要が少ないからです」

せいぜいが、陸路を主な行商路に利用する商人しか馬を買わない。

川船という輸送方法もあるため、馬の需要は他領に比べて低いのだ。

イェラの言葉が指す意味を察して、チャフは護衛達を見回す。

全員が話を聞いていたらしく、目を合わせて小さく頷いた。

「あの馬は敵だと考えましょうや。騎兵での待ち伏せに備えた方がいい」

「敵さんの規模は分かりませんが、あれほどの馬を用意してるとなると、羽振りは良いんでしょ。あやかりたいね」

軽口を叩きつつ、油断無く辺りを窺う護衛達。

先頭を行くフェリクスが上を指差した。

「空模様が怪しい。一雨来るぞ」

雨が降れば、当然のように視界が悪くなる。舗装されていない道はぬかるみ、馬の足下にも気を使う事となる。

──こんな時に、厄介だな。

チャフは内心で舌打ちした。

「増水するかもしれないから、川沿いの道は使えない。このまま森の道を行くぞ。周囲の警戒を厳にしろ」

「了解」

チャフは道の変更を指示する。

丁度、川沿いと森の中への分岐点であったため、変更した進路に突入する。

護衛達はチャフからやや距離を開け、少しでも哨戒範囲を広くした。

「進路上の安全を探る。フェリクス、先行してくれ」

少数精鋭であるため、チャフも兵を分散させたくはなかったが、定期的な安全確認だけは仕方がない。

フェリクスが片手を挙げ、了解の仕草をする。

団体行動から解放されたフェリクスの馬が、自らのペースで走り始め、チャフ達を引き離す。

後ろ姿を見つめながら、チャフはソラとの会話を思い出した。

「──天候や兵種にもよるが、待ち伏せするなら川沿いだ。弓兵ならなおさら、逃げられ易い川沿いに配置する」

「森の方が逃げやすいだろう?」

「馬で鬱蒼とした森に突入か? 枝でしこたま顔を叩かれるぞ。川沿いだと、船に乗り換えられたら手が出せないから、必ず潰そうとするはずだ」

だが、あえて川沿いの道を行く事に決めた理由は、太陽光を受けられるからだ。

チャフは頭上の僅かな木々の隙間を見上げた。

──ソラ卿の剣が使い難くなったな。

どちらにせよ、雨が降っていては使えるかどうか分からない。

光を反射し、魔法陣を拡大してこそ威力が上がるのだから。

「速度を落とせ、フェリクスが戻るまで並足で進む」

率先して馬の脚を緩めつつ、チャフは指示を飛ばす。

イェラと合わせて二人の人間を乗せていた馬だが、あまり疲れた様子がなかった。

馬術の心得があるイェラが、馬への反動を軽減する乗り方をしていたためだろう。

ぽつり、とチャフの頬に雨粒が落ちた。

いつでも駆け出せるように気を張りながら、チャフは耳を澄ませる。

「雷はないようだな」

呟いたチャフに、イェラも同意する。

「にわか雨でしょう。じきに止むと思います」

落ち着いた降り方をする雨に髪を濡らす。

前に座るイェラのくすんだ銀の髪が濡れて、深みのある色合いを呈していた。

──相変わらず、綺麗な髪だな。

言葉には出さず、感想を抱いた時、

「若様、フェリクスです」

護衛の一人が鋭い声で報告する。

正面を見れば、フェリクスが馬を全力で駆けさせていた。

チャフと目が合うと、真剣な顔で開いた手を掲げ、円を描く。

──敵発見か。

意味を察し、チャフはフェリクスの背後を伺った。

「総員、馬を止めろ」

フェリクスを追う敵が居ない事を確認して、チャフは指示を飛ばす。

馬の脚を止めたチャフの横にたどり着いたフェリクスが止まり、鮮やかに馬首を反転させる。

「報告、敵の待ち伏せ。道を遮るように馬車が置かれてます」

「気付かれたか?」

「遠目で確認した後、全力離脱しちまいましたよ」

無傷をアピールしつつ、フェリクスは空を見上げる。

「この雨だと進路を読まれちまう。川沿いを張っていた連中が迂回して来たら、鉢合わせになりますよ」

フェリクスの予想に同意し、チャフは暫し考える。

極力、戦闘は避けるべきだ。

しかし、馬車で道を塞いで進路を妨害しているという事は、その地点を越えてしまえば後ろから騎兵に追われにくくなる。

「……馬車の状態は?」

「馬は繋いでません。梶棒を含めて道の端までを塞いでます」

フェリクスが見たままを告げると、イェラが僅かに眉を寄せた。

「引き返すほかありませんね……」

「いや、好都合だ。このまま直進する」

チャフが気負わず言うと、フェリクス達が当然とばかりに従う。

イェラが慌ててチャフを振り返った。

しかし、チャフはすぐに分かる、と言って取り合わない。

「ここから先は敵との接触が増える。だが、敵は俺達が引き返すと考えるはず。つまり、川沿いを張っていた敵の主戦力は後方から来る」

ならば、進んだ方が却って安全だ。

もっともらしい判断だが、イェラには進路上にある馬車をどうするつもりか分からない。

しかし、チャフ達は馬を再び走らせ始める。

先頭を行くフェリクスが、背後を振り返って仲間との距離を計りがてら、イェラの疑問に端的な答えを返す。

「障害があるなら、越えればいい」

平然と、出来れば苦労しない事を言ってのけた。

「……冗談ですよね?」

イェラが呟いた。

誰も答えを返さない内に、道の先に問題の馬車が見えてくる。

チャフは左右の森を交互に睨み、口を開く。

「投擲、構え」

チャフの命令に従って、フェリクス達が数本用意してある投擲用のナイフを片手に構えた。

手綱を片手で捌いているにも関わらず、馬上の体勢に乱れはない。

トライネン伯爵家は勇猛果敢な騎兵隊を有する事で知られ、騎兵の練度が非常に高い。

フェリクス達はその騎兵隊の中でも腕の立つ者達だ。

人馬一体の動きを見せながら、フェリクス達は速度を上げ、互いの距離を調節する。

チャフは視界を広く取り、準備が整うまで待った。

トライネン伯爵家は隣に領地を構えるシドルバー伯爵家と関係が深い。

険しい山脈を抱えたシドルバー伯爵家は山岳戦が得意な家柄だ。

チャフは以前、シドルバー伯爵から聞かされていた事があった。

山賊が道を塞ぐ際、どこに潜むか、だ。

シドルバー伯爵曰わく、障害物の付近に潜む事は稀である。

──潜むなら、標的を障害物との間に挟める距離。つまり、ここだ。

「放て!」

チャフが鋭く命じる。

フェリクス達が一斉に左右の森へとナイフを投げ込んだ。

途端に藪の中が騒がしくなった。

チャフはナイフを投げ込んだ地点を振り返る。

隠れていた場所を驚くべき正確さで見抜かれたため、足並みが乱れた伏兵が道に出てくる光景が見えた。

伏兵達の中に、妙な武器を身に付けている者を複数見つけ、チャフの脳裏に疑問が浮かぶ。

──あいつら、なぜ木剣なんて持っているんだ?

気にはなったが、今は逃走に専念すべきと考え、正面に向き直る。

フェリクスの報告にあった通り、馬車は道を遮るように横向きに止められている。

梶棒の高さを目測し、チャフは愛馬を加速させた。

「イェラ、振り落とされるなよ」

チャフの言葉に、これから起こる事を想像したイェラが青い顔で頷く。

最高速に達したチャフ達の先頭を走っていたフェリクスが、右太ももで馬に意志を伝える。

瞬時に馬が応え、道の左側へと寄せ始めた。

正面には馬車の梶棒が見える。木製のそれは地面からおおよそ一メートル弱の高さにあった。

最高速で走り込むチャフ達を見て、背後で伏兵達がざわめく。

フェリクスが気合いを入れるように馬腹を蹴り──飛んだ。

躊躇を見せず、梶棒を飛び越えたフェリクスに続き、チャフが愛馬へと指示を出す。

即応して、チャフとイェラを背に乗せた馬は飛翔する。

馬体の下に梶棒が見え、後方へと流れていく。

地面をその脚で捉えた愛馬が満足げに力を込め、飛翔によって落ちた速度を補うように加速した。

チャフの背後で護衛達が次々と梶棒を飛び越える。

振り返れば、伏兵集団が呆然とチャフ達を見送っていた。信じられない、と顔に大書されている。

護衛達が鼻で笑った。

「足を止めさせたいなら、大木を隙間なく植えておけ!」

「低すぎて欠伸が出るんだよ」

笑う護衛達を横目に見て、イェラがため息を吐き出した。

「……人も馬も、破天荒過ぎます」

チャフは否定しなかった。

フェリクス達と違い、チャフはイェラを乗せた状態で軽々とやってのけたのだから。

チャフは気を引き締め直して、全体に声をかける。

「まだ気を抜くには早い。ここから先は敵の縄張りだ。潜む敵に注意しろ」