軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十話 英雄の条件

「襲撃を受けても無理に戦う必要はない。危なくなればその剣を使え」

玄関へと向かいながら、チャフはソラに念を押されていた。

今回はイェラを無事にジーラまで送り届ける事で作戦完了となる。

チャフもきちんと認識していた。

だが、ソラの中では決闘騒動での直情径行なイメージが先行しているらしい。

とはいえ、信用されていないわけではないのだろう。

チャフはソラから渡された青銅剣の柄を無意識に撫でた。

刻まれた魔法は一般的な物だ。魔法を扱う者ならば誰しも一度は触れるほど、広く知られている。

しかし、魔法は戦闘に使う事が酷く難しい。

何故なら、魔法を発動するための魔法陣は少し歪むだけで使い物にならなくなり、連続使用の際には間に休憩時間を挟む必要がある。

また、殺傷力を求めると魔法陣が巨大になる。

戦時に使われる魔法陣は、殆どが城などへ事前に刻まれた防衛装置だ。

チャフが故郷のトライネン伯爵領で見た魔法陣も、城の壁一面に深く刻まれた巨大な物だった。

──確か、壁に取り付いた敵を焼き殺す効果の魔法陣だったか。

比較的単純な魔法陣である加熱の魔法ですら、戦時には相応の規模で運用されるのだ。

だが、ソラから渡された青銅剣はその常識を根底から揺るがしていた。

光を凸面で反射させ、魔法陣を拡大するのだ。

瞬時に大きな魔法陣を作り出すソラの青銅剣は、使い方によっては全ての兵を戦闘可能な魔法使いに仕立て上げる。

ベルツェの巨兵隊も顔負けの魔法使い部隊を即席で作り出すなど、ソラに敵対する者の心胆寒からしめるには充分過ぎる技術革命だ。

──ソラ卿に技術を広める気がない事が救いだな。

量産されたら、他領の貴族もたまったものではないだろう。

ベルツェ侯爵の気苦労は、自分が今感じている物とは比較にならないのだと思うと、チャフは見舞いの品を送りたくなる。

その時、ふと思い出す。

「ソラ卿、まさかとは思うが、圧密木材も……」

チャフは言葉を濁しつつ、青銅剣の柄を撫でる。

ソラが肩を竦めた。ようやく気付いたか、と目が語っている。

「ちなみに、その剣はあくまでも試作品だ。壊れやすいから慎重に扱え」

「分かった。使う事態にはなりたくないものだがな」

切り札を使うとすれば、何か問題が起きた時だ。

チャフは隣を歩くイェラを見る。

ジーラまで川船を使う事も考えたが、襲撃された場合は戦闘が避けられなくなる。

馬ならば、待ち伏せされても即座に逃走へ移れるため、陸路を行く事が決まっていた。

「イェラはオレと馬に乗ってもらう」

イェラが不思議そうに首を傾げる。

「私も馬術の嗜みはありますよ?」

「トライネン家の騎兵隊が本気で行軍しても、付いて来れるほどの腕前か?」

「……お言葉に甘えさせていただきます」

イェラが素直に頭を下げる。

そこにソラが口を挟んだ。

「チャフは指揮官だろ。フェリクスに任せた方がいいと思うが」

「少人数だからな。指揮官であるオレの側が最も安全で、戦力の減少もない」

チャフの説明にソラが納得する。

話をしていると、廊下の先に玄関が見えてきた。

玄関扉の前に仁王立ちしている少女を見つけて、一同は怪訝な顔をする。

「サロン、こんな所で何をしてる?」

ソラが代表して問い掛ける。

サロンが鼻を鳴らし、組んでいた腕を解き、足を肩幅に開いた。

サロンの隣で、ローゼが困り顔をしている。

「サロンちゃん、やめようよ」

「うるさい。ローゼは黙ってなさい」

「でも……」

サロンに一喝されて、ローゼが心配そうな顔をチャフに向ける。

目が合うと、恥ずかしがり屋のローゼは持っていた本を掲げて、顔を隠した。

──あれは……騎士物語?

見覚えのあるタイトルに、チャフは内心で首を傾げる。

恥ずかしそうなローゼを気にせず、サロンは左手を腰に当てると、右手でチャフを指差す。

大きく息を吸い込むと、サロンは口を開いた。

「惚れた女を守れたなら立派に英雄だッ!」

唐突過ぎる台詞に、チャフを除く面々が目を丸くする。

──騎士物語の台詞だな。

懐かしさを覚えつつ、チャフだけはサロンの言葉を分析した。

どうだ、参ったかと言わんばかりに満面の笑みを浮かべるサロンの横で、ローゼが耳まで真っ赤に染まる。

ソラのため息が聞こえて、チャフは顔を向けた。

額に手を当て、ソラにしては珍しく困った様子だった。

場を弁えろと叱るべきなのだが、あの台詞は物語をしっかりと読み込んだ証でもある。

頭ごなしに叱りつけて読書嫌いになられると、情操教育上に問題があるのだ。

──たった一言でソラ卿を葛藤させるとは……。

チャフは苦笑した時、玄関前で小さな悲鳴が上がった。

慌てて目を向ければ、ラゼットが面倒くさそうな顔でサロンの後ろ襟を掴み、廊下に消えていった。

ローゼが赤い顔でぺこりと頭を下げ、ラゼットとサロンを追いかけていく。

「……さぁ、時間も惜しい。早く出発してくれ」

「ソラ卿、さっきの一幕は──」

「世の中には触れない方が良い事があると、学んだばかりだろ?」

「それとこれとは違うと思うが……」

ソラとチャフのやり取りに、イェラとサニアが笑いを噛み殺している。

言葉を交わしながらも玄関扉をくぐり抜け、一同は外に出る。

既に馬が準備されていた。

青銅剣の使用方法をソラから説明されている間に、チャフの護衛達が連れてきてくれたらしい。

馬術の心得があるというイェラは、自身の言葉を証明するように、ひらりと馬に飛び乗った。

イェラの後ろにチャフも飛び乗り、鐙に爪先を乗せる。

「では、行ってくる」

「くれぐれも無理はするなよ」

ソラに見送られ、チャフはフェリクス達と共に大樹館を後にした。

クロスポートを抜け、街道に入ったチャフは部下に命じて速度を上げる。

見上げた空、進む先に黒い雲が見えた。