軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十九話 黒幕の官吏

「──待たせたな」

応接室に戻ってきたソラは、チャフの真剣な顔に迎えられた。

ソラが交渉の場で途中退室する事は初めてだったため、何かあったと察したのだろう。

「用事は済んだのか?」

「これから片付けるところだ。順を追って話そう」

チャフの質問に答えつつ、ソラは廊下に控えさせていたコルとサニアを手招く。

大量の調査書を抱えたコルとサニアを見て、イェラが目を丸くする。

ソラが目線で指示すると、サニアがイェラの前に数枚の調査書を置いた。

「これは一体……?」

「調べられる限りのイェラの不在証明だ。噂との比較も乗っている。何か気付かないか?」

ソラに促されて、イェラが調査書を手に取る。

しばらく目を通していたが、次第に深刻な表情に変わっていった。

「……私はグラントイースやグランスーノには立ち寄っていません」

ソラはイェラの言葉に頷いた。

ツェンドからもたらされた情報の中に、銀の娘がグラントイースやグランスーノを訪問しているという話があった。

コルに命じて宿料亭組合を通した情報収集を行った結果、確かに二つの街で銀髪の娘が目撃されている。

しかし、イェラは子爵領時代に起きた廉売騒動の時点で、二つ街をそれぞれ治める街官吏、ホルガーとザシャの人となりを知っていた。

資産家でもある彼等は、資金力や街という大規模な市場を背景に、商会連合を乗っ取りかねない。

仲間に引き入れるにはリスクが大きい。

また、不正を嫌うイェラの人となりを考えれば、距離を置く方が自然でもある。

「チャフがジーラに向かった後、追加で調べておいた。街で銀髪の娘が目撃された日、イェラはクラインセルト伯爵家の館がある街に居ただろう?」

ソラが七歳までを過ごした街だ。

旧クラインセルト伯爵領であり、旧子爵領側にあるグラントイースやグランスーノとは随分と離れている。

ソラはジーラの官吏から送られたスケジュール帳を調査書の横に置く。

「王国内で銀髪は珍しい。噂の数は豊富だが、分布は偏っている」

スケジュール帳に記載されたイェラの移動先の他に、目撃頻度が多い町や村が存在した。

各町や村の名前をなぞりながら、なるほど、とイェラは呟く。

ソラが王都にいた空白期間、商会の取り込みを行った際の違和感の正体が分かったからだ。

「統率が取れていなかった理由はこれですか」

いきなりソラの側になびいた商会や、逆にすり寄ってきた商会がある町や村で、銀髪の娘が目撃されている。

もちろん、イェラは出向いた記憶がない。戦略上はさほど意味をなさない商会だったからだ。

しかし、銀髪の娘が頻繁に目撃された場所にある不自然な動きをした商会、という条件で絞り込むと、別の意図が見えてくる。

「グランスーノとグラントイースの輸送路と商圏を、商会連合に繋げようとしていますね」

「そうだ。背後には銀髪の娘、ひいては街官吏のザシャとホルガーが居る。おそらく、商会連合を乗っ取るつもりだろう」

廉売騒動でも、ザシャとホルガーが焚き付けた商会は商圏の拡大を目指していた。

ソラに計画を潰されたため、この様な回りくどい方法を取ったのだろう。

「噂を拾い集めただけではイェラの目撃情報と混同されて分からなくなる。いくらかはわざと目に付くように動いたんだろうな」

ソラとイェラの話を聞き、チャフが眉を寄せる。

「つまり、ソラ卿の陣営や商会連合に、ザシャとホルガーの息がかかった商会が混ざっているのか?」

ソラとイェラが揃って頷く。

不特定多数の裏切り者が双方の陣営で息を潜め、第三勢力を形作っているのだ。

「問題は他にもある。国王陛下の件だ」

国王はジーラ商会連合の存在を黙認するよう、再三に渡りソラに通告してきた。

しかし、イェラの計画が実現するよう、財政難に喘ぐ王家が積極的に支援するとは思えない。

だが、王太子からの手紙には、国王に話を持ちかけた人物について触れている単語があった。

「──手紙には官吏から話を持ちかけられたと書いてあった。だが、イェラは官吏“代理”だ」

「はい。それに陛下を相手に役職を偽れば、偽証罪に問われてしまいます」

ソラの言葉を引き継いで、イェラが補足する。

つまり、国王が肩入れしている相手は、官吏を務め、ジーラ商会連合に影響力を及ぼせる人物となる。

筆頭は、イェラの義父であり、ジーラの町官吏でもある老人だが、

「義父は最初から商会連合に影響力を持ちません。官吏としての仕事も私が代行しています」

イェラが義父を弁護する。

ソラもジーラの町官吏が犯人だとは思っていない。

もし犯人ならば、既にイェラを暗殺し、商会連合のトップに君臨しているはずだ。

また、財力的にも商会連合を手中に収めるには足りないだろう。

「つまり、陛下に話を持ちかけた人物は、ザシャとホルガーという事か?」

チャフが腕を組んで考えながら、問いを発する。

ソラは静かに頷いた。

「忍び込ませた商会を使って商会連合を乗っ取る、と陛下に吹聴したんだろうな。陛下は財政難が改善し、商会連合を間接的に操れると考えた」

ソラの推理を聞き、応接室の面々は事態の深刻さを認識した。

だが、とソラはさらに続ける。

「ホルガーとザシャが商会連合を乗っ取るには、イェラの存在が最大の障害となる。いくら間者を送り込んでも、イェラを排除しない限り商会連合が内部分裂を起こしかねないからな」

合議制とはいえ、商会連合をまとめ上げたイェラの発言力は絶大なのだ。

商会連合を完全に操るためには、イェラの存在があまりにも邪魔である。

時間をかければ、勢力図を塗り替える事も可能だろう。

だが、貴族達が商会連合を危険視し始めている。

悠長に事を進めている内に圧力で潰されては元も子もない。

従って、最も効率的な手段を選択するだろう。

「──暗殺だ」

重々しくソラが口にする。

「おそらく、何らかの偽装を施すだろう。直接、陛下の顔に泥を塗るような真似は出来ないからな。言い訳の余地は残すはずだ」

イェラが少し青ざめた顔で、同意するように頷いた。

鋭い目つきで空中を睨んでいたチャフが口を開く。

「陛下は、暗殺が起こると予想しているのだろうか?」

「していない、だろうな。イェラが暗殺され、商会連合と陛下が手を結んだら、誰の目にも犯人が明らかだ」

だが、国王に手紙を出している余裕はなさそうだ。

今の状況を商会連合からみれば、代表者であるイェラが敵であるソラの本拠地に向かった事になる。

確かに、国王に手紙を出してそれが帰ってくるまでの間、イェラをクロスポートに匿えば暗殺は防げる。

しかし、敵中に送った代表者が帰ってこないとなれば、商会連合はどうなるのか。

手紙を出しても偽造を疑われるのがオチだろう。

今頃、イェラ暗殺のデマが飛び交っている可能性さえある。

「イェラをジーラまで安全に送り届ければ、こちらの勝ち……なんだが、護衛戦力が足りなくてな」

「ジーラから傭兵を回してもらえばいいだろう?」

怪訝な顔でチャフが提案するが、隣でイェラが首を振った。

「商会連合に間者がいるくらいです。傭兵にも混ざって居ると考えるのが妥当でしょう。信頼できる人員で、可能な限り素早くジーラまで駆け抜けるべきです」

イェラの考えに納得し、チャフは背後に立つフェリクスを見る。

視線を受けたフェリクスは、任せろとばかりに胸を張った。

チャフがソラに向き直る。

深く息を吸い込み、チャフが真剣な眼差しをソラに注いだ。

「──ソラ卿、護衛は俺が務める」

ソラは見極めるように目を細めた。

もっとも、ソラの中では既に答えが出ていた。

「任せた」

言葉とともに、ソラは腰の青銅剣を鞘ごと抜き、チャフに差し出した。