作品タイトル不明
第十一話 楽園への道程
「ソラ様、王都から手紙が届きました」
夜の大樹館、ソラは食堂のテーブルで仕事の休憩がてら、チャフと盤戦に興じていた。
声の出所に視線を向けると、ラゼットが珍しく緊張した面持ちで手紙を捧げ持っている。
到底覆せない劣勢を示す盤を見ていたチャフが、これ幸いとラゼットに問いかけた。
「陛下からか?」
ラゼットはコクリと頷いた。
壊れ物でも扱うように手紙をソラへ渡す。
如何にラゼットといえど、一国の王が寄越した手紙には緊張を隠せないようだ。
ソラは手紙を見て眉を寄せる。
「手紙を持ってきた使者はどうした?」
「それが、この手紙はあくまで王都から届けられた物という体裁だそうで、勘ぐられない内に帰る、と」
「ちっ……逃げたか。有能な使者だな」
国王から届けられた手紙ならば、中身は勅命に近い意味を持つ。
届けた使者も公人として扱われ、場合によっては王家の代表者として言質を取れる。
使者はおそらく、ソラと直接に会う事で言質を取られないよう警戒したのだろう。
──時間稼ぎに使える程度の発言は引き出すつもりだったが、陛下に読まれていたか。
この手紙について陛下から何か聞いていないか、とでも訊ねれば、後は誘導するだけだった。
ソラは諦めて、手紙を開く。
念を入れて三回ほど目を通し、文面に穴がない事を知って手紙を閉じた。
チャフがさりげなく盤戦の駒を進めつつ、口を開く。
「どうだった?」
「今すぐ嗅ぎ回るのをやめろとさ」
ソラは盤を見もせずに駒を進め、チャフの陣に止めを刺す。
チャフが心底悔しそうな顔で盤を見つめた。
やがて、チャフが駒を最初の位置に戻しながら、手紙を指差す。
「やはり、何かを隠していると思うか?」
「ジーラ商会連合との関係は不明だが、王都の商会が陛下との謁見を望んでるって話だ。隠したいのは謁見の目的だろう」
──大体の予想は付くけどな。
ソラは心の中で呟く。
二度目の盤戦を始めようとした時、食堂の入り口からサニアが顔を出した。
ソラと目が合うと、やっと見つけたと呟きながら近付いてくる。
「ソラ様、王都から手紙だよ」
サニアの言葉を聞き、ソラはラゼットから渡された手紙を見る。
何らかのトラブルで届かない事態に備えて、手紙は複数送られる。
ソラは同じ内容が書かれた予備の手紙かと思った。
ソラの予想を察してか、サニアが首を振る。
「多分、違う内容だよ」
サニアが差し出してきた手紙を受け取る。
封筒には送り主が書かれておらず、封蝋も板の角を二度押しつけたような、妙な紋が入っている。
訝しみながら、ソラは封を切って手紙を取り出す。
出てきた紙は──白紙だった。
「……サニア、そこのランプを取ってくれ」
目つきを鋭くしたソラに指示され、サニアがランプを運ぶ。
ソラはランプの小さな火で手紙を炙った。
すると、徐々に焦げ色の文字が浮かび上がる。
チャフが目を丸くした。
ソラはチャフの反応など意に介さず、鋭い目つきのまま手紙を見つめた。
──思った通り、炙り出しか。王太子殿下だな。
炙り出しとは、無色透明の液体で文字を書き、火で炙る事により変色させて文字を浮かび上がらせる手法である。
秘密のやりとりに使えるため、王太子に教えておいたものだ。
少々読み難い焦げた文字を追ったソラは、ため息を吐き出した。
チャフが無言で見つめてくる。
炙り出しという手法が使われている事から、秘匿性の高い手紙だと分かるため、聞きたくても言い出せないのだろう。
チャフの様子にソラは苦笑する。
「王太子殿下からの手紙だったよ」
「……話しても大丈夫なのか?」
心配そうなチャフの質問に、ソラは頷いた。
「チャフになら大丈夫だ。今更だからな」
手紙の内容は、王太子からの情報提供だった。
中央集権化を焦った国王がソラ伯爵領の官吏と取り引きしているというのだ。
「隣国、新ジユズ国が急速に力を付けてきている。陛下は今の内に権力の増強と国庫の健全化を計りたいらしい」
教会派貴族の力が弱まった事もあり、多少強引でも権力を握り、国王を主体とした政策で国全体を強化したいのだろう。
だが、現在の王家は資金難である。
ベルツェ侯爵領とシドルバー伯爵の間に通した貿易路は大した利益を出せず、国内の銀は流出し続けている。
ソラはチャフ達に説明し、王太子からの手紙を左右に振る。
「殿下曰わく、話を持ち掛けた官吏は王家に対して一定量の銀を納め、代わりに庇護を得るつもりらしい」
それは、ソラの庇護ではなく、より力のある王家の後ろ盾を得るという事だ。
事が成れば、ソラの命令を王家の力を背景に拒む事ができる。
既に国王からソラに圧力が掛けられており、銀の納品までの時間稼ぎに入っていると予想できた。
──陛下が潜在的な敵になった……。
口にするのもはばかられる事実を無言の内に共有し、サニアとラゼットが難しい顔をする。
「……それで、どうするの?」
サニアが静かに問う。
ソラはサニアとラゼットを流し見て、家臣団の顔を思い浮かべる。
決心は、一瞬でついた。
「なりふり構わず、ジーラ商会連合を潰す」
ソラは鋭い声で宣言する。
チャフが目を見開き、慌ててテーブルに手を突いて立ち上がった。
「王家に刃向かう気か!?」
「刃向かいはしない。あくまでも潰すのはジーラ商会連合だけだ」
チャフに答えながら、ソラは王太子からの手紙を突き出した。
手紙の末尾にはこうあった。
『ソラ卿、我が父へ胸に抱く楽園への道程を示せ』