軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十話 人形劇の黒子達

憔悴した様子のアイクを見送り、ソラはほっと一息を吐いた。

耳を澄ませば、圧密木材の工場から織機の音が絶え間無く聞こえてくる。

「リュリュ、全員分の飲み物を食堂に用意してくれ」

横に控えていたリュリュに指示するが、すでにサニアが準備しているという。

「いつの間に?」

「応接室の前に首が動くからくり人形を仕掛けた後、茶酌娘に持たせる紅茶を受け取りに行った時だね」

リュリュの答えに納得して、ソラは工場へと歩き出す。

リュリュが傘を差し掛けてくれた。

「それにしても、酷い怯えようだったな」

ソラはアイクの反応を思い浮かべながら、ニヤニヤと笑う。

アイクは茶酌娘が運んできた紅茶を飲んでからというもの、毒でも呷ったような、具合の悪そうな顔でふらついていた。

独りでに動く人形達に、よほど衝撃を受けたのだろう。

商会を経営しているアイクにとっては、布の生産に人件費がかからないだけでも驚異だ。

しかも、ソラは布の生産効率の向上を改良された織機の成果ではなく、人形のおかげだと錯覚させた。

だが、アイクがいくら頑張って機織り人形を作ったところで意味はない。

ソラが布の生産効率をあげた裏側には飛びひがあるのだから。

しかも、ソラは茶酌娘を見せた後で、糸の生産や輸入する際の船の操作なども人形が行える、とアイクに吹き込んであった。

極限まで人件費を削ってやる、と脅しをかけたのだ。

同じ値段、同じ輸送経路で、布を輸入しても、人件費で無視できない差が付いてしまう。

今までとは違い、アイクがいくら赤字を出しても商圏を奪えなくなったのだ。

目的の達成が困難になったと知って、アイクは店を畳む事を承諾した。

駄々をこねたりはせず、引き際は潔いものだった。

工場に着いたソラは、一階にある木材搬出用の二重扉の前に立つ。

リュリュと力を合わせて横開きの扉を開け、中に入る。

未だに動き続ける織機とからくり人形が奏でる音に負けないよう、ソラは声を張り上げた。

「お前ら、演技終了だ。出てこい!」

ソラの声が響き渡ると、織り機がピタリと停止した。

同時に何体かのからくり人形も動きを止め、大樹館に近い順から四体だけが虚しく動作を続けている。

「ようやく終わりですかな?」

「……はぁ、しんどかったっす」

織り機の下にある床が持ち上がったかと思うと、ゴージュを始めとした火炎隊がぞろぞろ這いだしてきた。

狭い空間に長らく居たため凝った体を、柔軟体操で解し始める

「う、腕が、俺の右腕がぁッ!」

突然、右腕を掲げて悲鳴を上げた火炎隊士に、ソラが驚いて顔を振り向ける。

「右腕……吊った」

火炎隊士が右腕を押さえて呟くと、周りにいた数名の隊士が吹き出した。

「だから、事前に柔軟体操しとけと、あれほど」

「馬鹿だろ、お前。いや、馬鹿だよ、お前」

「ってか、大丈夫っすか?」

隊士が割と薄情な事を言いつつも、右腕を吊った隊士の周りに集まる。

椅子に座らせたり、右腕を支えて楽な体勢を取らせたり、と甲斐甲斐しく世話をし始めた。

「お前、打ち上げの幹事決定だから」

「そんな話もあったっすね」

隊士達の会話が聞こえてきて、ソラは苦笑した。

「……賭けてたのか」

「まぁ、誰か吊るだろうとは思いましたからな」

ソラの傍に来たゴージュも苦笑混じりに返した。

先ほどまでアイクが居た二階を見上げ、ゴージュは口を開く。

「何とか騙し通せましたかな?」

「おう、アイクの奴、青い顔で商会にとんぼ返りしたぞ。人形が織っていると勘違いしたまま、な」

今回、ソラが用意した機織り人形は迫力を重視したため、大人の女性とほぼ同じ大きさに作ってあった。

しかし、大きさに比例して、動かすために必要なエネルギーも大きかった。

鯨ひげで作ったゼンマイでは短時間しか動かず、改良を余儀なくされたソラが考え出したのは、分業させる事だった。

工場に入ってきたアイクに最も近い四体の機織り人形に、全てのゼンマイを組み込んで稼働させる。

ただし、動くのは人形だけだ。

織機は下に隠れた火炎隊士が人形の動きに合わせて操作する。

そして、他の人形はゼンマイすら組み込まない張りぼてで済ませてしまう。

これもまた、織機の下に隠れた火炎隊士が、織機ごと人形を操作する方法を採ったのだ。

外からは人形が布を織っているように見えて、実際は完全な人力である。

傍まで近付けば、スムーズに動いていない事に気付くだろう。

ソラはそこにも先手を打っていた。

アイクを一度応接室に通す事で、工場へのルートを固定し、自然に二階から見下ろす形で機織り人形を披露したのだ。

もとより、建物の外観からも分かるほどの機密事項だ。

一階に降りて確認したい、などと言い出せるはずもない。

だからこそ、疑念を挟む余地が生まれる。

中に人が入っているのではないか、と。

人形の大きさと間近で見せない事を合わせて考えれば、自然と行き着く結論だ。

人間が隠れている場所は間違っていたが、結果的にアイクの予想は当たっていた。

しかし、疑念が頭をもたげる事さえも予測していたソラは、手を打ってあった。

紅茶を運んできたからくり人形、茶酌娘である。

サニアの手によって、茶酌娘は建物の外から窓を通して中へ送り込まれた。

木の枠で作られた目隠しを通り、壁に取り付けられた専用の路を通ってソラに紅茶を届ける。

茶酌娘は到底人が入れる大きさではなく、客の前での停止と再始動、更には反転して帰路を行く事すら自動でしてのける。

帰り行く茶酌娘は、盆の上に空のカップと共にアイクが機織り人形へ向けていた疑念を載せていたはずだ。

「食堂に飲み物が用意してある。戸締まりをしてから向かうぞ」

ソラの指示が飛ぶと、火炎隊が次々に了解、と言葉を返す。

「これにて、人形劇は閉幕だ」

ソラの宣言と共に、辛うじて動いていた機織り人形が静かに停止した。