軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十五話 ジーラ官吏代理、イェラ

チャフは呆然と、見覚えのある色の髪を見つめていた。

念入りに整えたらしい銀色の髪は、昼の光の中ではくすんだ色をしていた。

そういえば、夜にしか会った事がなかったと、チャフは気付く。

そう、チャフは彼女、イェラと面識があった。

イェラが頭を上げ、チャフを見て驚きの表情を浮かべたが、一瞬で消える。

それを見て、チャフも落ち着きを取り戻した。

──お互いに名乗った事もなかったな。

最初はクロスポートで偶然出会い、もう二度会う事もないだろうと考えて名乗らなかった。

王都で再会した時には、名乗るタイミングを逸していた。

もっとも、イェラが進めている計画への誘いを断った時点で、名を聞いても答えなかったはずだ。

──そうか、秘密の計画というのは……。

クロスポートで言っていた商会が参加するという計画は、ジーラの商会連合の事だったのか、とチャフは推理する。

──となると、王都にいた理由は輸出先の下見か。

ジーラの商会連合は大型船を運用する。

どこまで大型船で輸送できるか等を確認していたのだろうと予想できた。

王都で再会した時点で、イェラは計画完成まで後一歩と言っている。

大型船の完成を待っていたのだろう。

チャフは隣で怪訝な顔をしているソラを見た。

──ソラ卿はイェラの動きを噂程度しか知らずに、この結論を導き出したのか。

ソラがチャフに耳を貸せと身振りで伝えてきた。

心持ち耳を寄せると、ソラは小さな声で問い掛けてくる。

「イェラの反応が妙だ。どこかで会ったのか?」

チャフは困った顔で目を逸らした。

会った事をイェラに口止めされていた事を思い出したのだ。

──しかし、このまま黙っていてはソラ卿に迷惑が……。

チャフの逡巡から察したのだろう、イェラは固い声で口を挟む。

「ソラ様、お久しぶりです。そちらの貴方も、まさかお会いできるとは思っていませんでした」

イェラの挨拶から察するに、話しても良いのだろう。

チャフは安堵の息をこぼし、クロスポートや王都で会った事をソラに話す。

「……王都、だと」

ソラは一瞬鋭く目を細めた。

同時にイェラが顔を険しくする。

ソラとイェラの間を視線が交錯した。

何かまずい事を言っただろうか、とチャフは慌てる。

しかし、ソラがすぐに笑顔を浮かべて見せたため、ほっと胸をなで下ろした。

「偶然とはいえ、面識があるなら話は早いな。早速、交渉の方に入ろうか」

「ソラ卿、ちょっと待ってくれ。実は、名乗り合った事がないんだ」

チャフが止めると、ソラは顔に疑問符を浮かべる。

何故、今まで名乗らなかったんだ、と聞きたそうなソラにばつの悪さを覚えつつ、チャフはイェラに向き直った。

「クラインセルト子爵領、相談役のチャフ・トライネンだ。改めて、よろしく頼む」

「……イェラです。ジーラを任されている町官吏の父に代わり、参りました」

チャフが差し出した手を軽く握り返しながら、イェラが警戒するような声で名乗る。

イェラの反応に、チャフは内心で首を傾げた。

どことなく、壁があるように感じたのだ。

しかし、疑問を回収する間もなく、ソラが二人に着席を促した。

「イェラを呼んだ理由は他でもない、ジーラの商会連合に頼みたい事があるからだ」

ソラはすぐに本題を切り出した。

イェラが商会連合をまとめた立役者である事を前提とした物言いである。

状況証拠も揃っており、簡単には否定できない。

イェラがため息を吐いた。

「分かりました。しかし、商会連合は合議制を取っているものですから、ソラ様の願いを叶えられるとは限りません」

立役者であると認めたようなものだが、逃げ道はきちんと用意した答えをイェラは返す。

チャフの隣で、ソラが満足そうに頷いた。

「構わない。そちらにも益のある話だから、気に入ると思う」

ソラが笑顔で言ってのけた言葉に、チャフはつい、横目を投げる。

ソラは商会連合を警戒しているはずだからだ。

──罠にでもはめる気なら、止めた方が良いだろうか。

チャフの考えを余所に、ソラが笑顔で口を開く。

「布の安値競争が起こっている事は知っているだろう?」

「北と東で、中小商会に対し大手商会が仕掛けていると聞いています。仕掛けた大手商会を挙げると東のアイク商会や──」

渦中にある商会の名前や規模、商品や輸入経路など、イェラはそらんじてみせる。

商会連合をまとめた程の実力者だ。市場の変化については詳しいのだろう。

チャフはイェラの情報量に舌を巻く。

しかし、ソラは予想していたらしく、特に反応も見せなかった。

「そこまで知っているなら、話が早いな」

ソラは身を乗り出し、イェラを正面から見つめた。

「ジーラの商会連合に、北方で出てくるだろう失業者を雇い上げてもらいたい」

ソラが切り出した頼み事に、イェラが目を細める。

「それだけでは、益があるとは思えません。中小規模の商会とはいえ、失業者はかなりの数になります。タダで引き受けられるはずもありません」

「潰れる商会は大手の方だ。もちろん、タダとは言わない」

ソラはニヤリと笑い、対価を口にする。

「落ち着くまでの間、圧密木材の輸出を委託する用意がある」

ソラの提案に、イェラは表情を変えなかった。

しかし、圧密木材の名が出た瞬間、僅かに肩が跳ねた事をチャフは見逃さなかった。

目敏さではチャフの比ではないソラが、見逃すはずもない。

見抜かれた事に気付いたか、イェラは諦めたように息を落とす。

「確かに魅力的な提案です。しかし、疑問点がありますね」

イェラは前置きして、指を二本立てた。

「一つは、何故大手が潰れるとお考えになったのか。もう一つは何故北の失業者だけに対象を限定したのか」

「大手が潰れる理由は簡単だ。俺が出るからだよ」

堂々とソラが宣言すると、イェラは眉を顰めた。

「布を扱う大手商会が同盟を結んだという話もあります。ソラ様は資金力でさえ負けているはずですよね」

「資金力か。確かに負けているな」

資金的な不利を認めながら、ソラは不敵に笑っている。

不可解な態度に、イェラは益々眉を寄せた。

「俺は、現在の市場価格でも十分に利益を出せる安価な布を、安定的に供給できるんだよ」

ソラが自信を持って言ってのける。

しかし、イェラがソラの言葉を信じていない事は、チャフの目にも明らかだった。

「……分かりました。仮に、ソラ様の言葉が真実ならば、大手商会が赤字を出す中、ソラ様が布を卸す中小商会は黒字を出し続ける事になりますね」

時間経過と共に、資金力の差が縮まるのだ。

大手商会は引かざるを得なくなる。

「ソラ様が何をするつもりかは、この際聞かないでおきましょう。ですが、何故、東の失業者を無視するのですか?」

イェラの目に鋭い光が灯る。

しかし、ソラはにこやかに笑って受け流した。

「東に関しては、こちらで処理するからだ。ジーラの商会連合が“首を突っ込む”余地はない」

ソラの売り言葉に、イェラが凄みのある笑みを浮かべた。

流れを見れば、チャフでも演技だと分かったが、なかなかの迫力がある。

「商会連合が、怖いですか?」

「あぁ、怖いね。我慢できなくなったら──」

ソラがわざと言葉を切り、とびっきりの笑顔を浮かべた。

二人が薄ら寒い空気の中で笑い合う。

刃を向けられるのとは違う種類の圧力が、チャフの背筋を寒くした。

「しかし、残念です」

イェラが笑みを浮かべたまま、首を振る。

ソラが笑顔のまま首を傾けた。

「圧密木材は確かに魅力的ですが、それだけでは足りません」

イェラは平然と嘘を吐いた。

竜骨車の材料でもある圧密木材は需要が高まっている。

期間限定とはいえ、無視できない利益をもたらす事だろう。

しかも、ソラの秘匿技術である圧密木材を売り出せたならば、周囲にソラとの繋がりをアピール出来る。

十分なメリットがあるはずだ。

──可能な限り、要求をつり上げる気か。

イェラの考えが読めて、チャフはソラに視線を移す。

ソラは感心するように頷いて、先を促す。

「分かった。他に何が欲しいんだ?」

ソラは譲歩するつもりらしい。

やや胸を張って、イェラは堂々と要求する。

「──河川の優先航行権です」