作品タイトル不明
第十六話 拝金主義者が嫌う者
「……大きく出たな」
チャフは呟く。
河川の優先航行権を手に入れ、商品の円滑な輸送を狙っているのだろう。
平時であれば、大き過ぎる要求だ。
だが、今は安値競争の早期解決が望まれる。
これ以上、後手に回りたくないソラが飲めるギリギリの要求だ。
──流石、利に聡い。
チャフは密かに感心しつつ、ソラを見る。
「面白い要求だな」
鼻で笑って、ソラが腕を組んだ。
イェラは挑発的に口を曲げている。
「この要求が聞き入れられないなら、商会連合はソラ様の願いを、おそらく否決すると思われます」
商会連合の力を借りなければ、失業者を捌ききれない。
イェラは有利な立場を強調し、ソラに選択を迫ったのだ。
しかし、ソラは腕を組んだまま、イェラを見つめ返す。表情からは焦りも、してやられた悔しさも感じられない。
「勘違いしてもらっては困るが、グラントイースやグランスーノの商会に話を持っていく事も出来るんだよ。……身の程をわきまえろ」
ハッタリだ。
ソラが挙げた街にある商会はどちらも、中小商会を騙して安値競争を激化させたホルガーやザシャが出資している。
彼らの利益になるような方法をソラは取らないだろう。
チャフはそこまで考えて、思い出す。
──ロジーナの証言には銀髪の娘に騙された、とあったはず……。
ソラが忘れているとも思えない。
ソラを見れば、さり気なくイェラの全身を視界に納めていた。
考えてみれば、ロジーナを騙した銀髪の娘がイェラとは限らない。ロジーナの嘘の証言という可能性も存在する。
──ザシャやホルガーと関係があるか、反応を引き出して確かめるつもりか。
交渉の中でさり気なく行う手口は、チャフなら間違いなく引っかかっていただろう。
「ザシャとホルガー、ですか。彼等に話を持っていっても、商会連合より条件をつり上げると思いますよ。彼等はそういう種類の人間です」
「君と同じように?」
イェラの言葉を利用して、ソラが挑発する。
イェラの顔色が一瞬、変わった。
ソラが訝しむようにイェラを見つめる。予想していた表情の変化とは違ったためだろう。
だが、チャフはイェラの表情の理由を知っていた。
──唾棄すべき拝金主義者、か……。
彼女は、ロジーナを騙した犯人ではない、とチャフは直感した。
根拠はない。
ただ、彼女と交わした言葉だけを証拠に、チャフは彼女を信じる事にした。
「ソラ卿、輸出を目的とする船に限って、優先航行権を与えるのはどうだ?」
口を挟んだチャフに一瞥をくれ、ソラはイェラに視線を戻す。
イェラはチャフからの援護に驚いた様子だったが、目が合うとすぐに無表情に戻る。
ソラが黙考した後、イェラを見る。
「他領へ商品を輸送する場合に限り、いくつかの河川において優先航行権を認めよう。但し、期限は二年」
「足りません。連合を説得するためにも十年は必要です」
条件には口を挟まず、イェラが期限の引き延ばしを要求してきた。
イェラが躊躇なく条件を飲んだ事を、チャフは意外に思う。
──領内で商圏を拡大する考えはないのか……?
チャフの思考を余所に、ソラが口を開く。
「圧密木材だけでも十分なくらいだ。三年でかなりの利益を得られる」
「その判断を下すのは商会連合です。十年は譲れません」
「権利の売却は不可として、十年」
ソラが条件を上乗せして期限を認める。
イェラは少し考えた後、ソラの顔色を窺った。
「……分かりました。その条件で持ち帰りましょう」
これ以上の好条件は出てこない、と判断したらしい。
合議の結果は後日、書簡で送ってくると言う。
ソラは何事かを考えている様子だった。
「チャフ、イェラを玄関まで見送ってやれ」
ソラが立ち上がりつつ、チャフに指示する。
顔見知りという事で気を利かせたのだろう、とチャフは判断して、快く承諾した。
先ほどからイェラとの間にある壁が気になっていたのだ。
「行こうか」
ソラが応接室を出て行くタイミングに合わせて、チャフはイェラを促す。
イェラは無言で立ち上がった。
廊下に出て、玄関へ向かう。
何時までも無言のまま廊下を歩く。
今まではイェラの方から会話を始めていた事を、チャフは思い出した。
──避けられている……?
記憶の中から理由を探し、チャフは一つの結論に行き着いた。
「……君は、ソラ卿を腐敗貴族だと思っているのか?」
チャフの問いかけに、イェラは視線を向ける。
その視線に込められた感情だけで、チャフは理解した。
「何故だ? ソラ卿の成果は人々の暮らしを見れば明らかだろう」
「──その一方で、濡れ衣を着せて人を貶める。でっち上げた罪で町官吏を捕らえ、今も強制的に働かせている事を、相談役のチャフ様が知らないはずはありませんよね?」
麦角にまつわる騒動を指しているのだろう。
当時から、イェラは町官吏の代理を務めていた。
「彼等には、毒を混入して領民を無差別に殺すような行動力がありません。私にも分かる」
イェラはチャフを睨みつける。
「意に沿わぬ者を体よく切り捨てる事が出来て、さぞ胸の内が満たされた事でしょうね」
「それは違う! ソラ卿は決して、そのような──」
弁護しようとした瞬間、チャフはイェラにきつい視線を向けられた。
「またです。いつからソラ卿などと親しげに呼ぶようになったのですか? 王都でお会いした時は、まだクラインセルト子爵と呼んでいたはずです。あなたは、ソラ様が町官吏に濡れ衣を着せるような貴族だと知っていてなお、親しくなったのですか?」
イェラがトゲを含んだ言葉をぶつけ、苛立たしげに正面を見る。
もう玄関のすぐ近くだった。
「……あなたには失望しました」
最後にイェラは呟いて、玄関を出て行った。