軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五話  布の値動き

大樹館の執務室から、朝焼けに染まる橙色の雲が見える。

視線を下へと転じれば、少し波が高い海と、風に揺れる木々が見えた。

商品を用意するパン屋の煙が海風にかき乱されている。周囲に焼きたての香りをばらまく事で、購買意欲を煽るだろう。

──朝食を早めに用意させれば良かったな。

徹夜で疲れた眼を休ませながら、ソラは難しい顔をしていた。

空腹を訴える腹を押さえつつ、常時壁に貼ってある子爵領の地図を睨む。

地図にあるいくつかの町や村には、そこで活動する商会の名前が書き足されていた。

「出来た」

机に向かっていたサニアが一枚の布を持って立ち上がり、壁に貼り付けた。

町や村の名前と共に数字が書かれている。

数字をざっと流し見て、ソラが眉根に皺を作った。

同じく数字を眺めつつ、リュリュが腕を組む。

否応無しに豊かな胸が強調されていたが、本人は無自覚だろう。

リュリュはため息混じりに呟く。

「こうしてみると、異常さが際立つね」

ソラはリュリュの言葉に頷いた。

事態の異常性に気が付いた最初の人物は、サニアだった。

関税による収益を計算していた所、布の輸入が拡大傾向にあったのだ。

子爵領では、難民流入の影響もあり布の需要が非常に高くなっている。

とはいえ、輸入している商会がいつも同じだったため、サニアは気になったのだ。

報告を受けたソラは、ゼズが買ってきた布を思い出し、念のために調べる事にした。

すると、サニアが気付いた大手商会以外にも、いくつかの大手商会が布を備蓄している事を突き止めた。

いずれも、ジーラの商会連合に参加していない大手商会だった。

大手商会の動向に注意を払っていたが、変化は別の場所で静かに起こっていた。

サニアが布に書かれた町の名前を棒で指し示し、横にスライドさせて数字の減少を指摘する。

「見ての通り、いくつかの町や村で布が値下がりしてるの。原因は大手商会と繋がってる行商人みたい」

ソラが尻尾を掴めなかった理由でもあった。

大手商会は出入りの行商人へ密かに布を託し、中心商会が支配する商圏への拡大を計っているのだ。

大手商会の動向にばかり気を取られていたため、ソラ達は反応が遅れたのである。

──気付いていたとしても止められなかっただろうな。

大手商会は行商人に布を卸しただけ、行商人は布を販売しただけと言い訳が立つ。

平時なら、ソラも商業活動にとやかく言うつもりはない。

だが、難民流入が激しさを増している現状では、商会同士の潰し合いは雇用に悪影響がでる。

商圏の拡大なら子爵領の外に向けてやってほしいと思いながら、ソラは商会と話し合いの場を持つ事に決めた。

「まずは安値競争をやめさせる。問題の各商会に連絡を取ってくれ」

──考えたくないが、話し合いが決裂したら会議を開かないとな。

ソラは眉間を揉みながら、ため息を吐く。

隣ではリュリュが両手を組んで、座ったまま軽いストレッチをしていた。

何とはなしに壁に貼られた資料を眺めていたリュリュは、ふと気付いたように口を開く。

「あれ? サニア、資料にグラントイースとグランスーノが載ってないね」

どちらも子爵領有数の人口を誇り、大きな需要が見込める街だ。

リュリュの疑問に、サニアが地図を指差しながら答える。

「どっちも凄く大きな商会があるからだよ。しかも、それぞれの街官吏が最近になって多額の出資をしてるの」

違法じゃないのか、とリュリュがソラを見る。

ソラは朝日を見て眩しそうに眼を細めていた。

「俺だってウッドドーラ商会に資金や商品の案を渡してるだろ。利益誘導してなきゃ目を瞑るさ」

緊急で何らかの品を必要とする時、懇意にしている商会がないと苦労する。

そして、ソラ達の場合は難民救済などで度々世話になるのだ。

取り締まっていたら仕事にならない。

リュリュは納得した様子で頷いた。

「でも、その二つの商会が商圏を拡大し始めたら……?」

リュリュの言葉をきっかけにして、ソラは想像する。

「どこも資金力の差を見せつけられて潰されるか、ジーラの商会連合と手を組んで対抗するな」

対立の仕方によっては、安値競争の激化を招くだろう。

歓迎できない未来である。

「いずれにせよ、動向に注意だな」

ソラが話を締めようとした時、どこからともなく、クゥといった可愛らしい音が鳴った。

ソラとリュリュが同時に音の出所へ視線を向ける。

サニアが赤い顔でお腹を押さえていた。

「そ、そういえばジーラの商会連合の船って──」

「アジの開き」

慌てた様子でサニアは話を逸らそうとするも、ソラが機先を制する。

再び、可愛らしい音がサニアから聞こえてくる。

サニアは真っ赤な顔を俯けた。

ソラは一瞬意地悪な顔をしたかと思うと、演技がかった口調で続ける。

「さぁ、想像しろ! 大きく二枚に開かれ焼き目の付いたアジが横たわる。熱に弾ける魚の脂、絶妙な焼き加減で柔らかさを失わない白い身が口の中で小躍りし、舌の上でうま味をばらまきながら溶けていく。しかも、骨の周りでは香ばしくパリパリとした食感で楽しませるのだ。そして、アジの脂を洗い流す生姜風味のスープを付けよう。炒めたタマネギの甘味とさっと突き抜けていく生姜の香りに、徹夜明けの疲れた身体は安らぎを覚える事だろう。パンを浸して食べるのも良い。あるいは、焼きアジの身をわずかばかり解して入れ、うま味を増してから飲むのも一興だ──」

長々と喋り散らしていたソラだったが、リュリュに後ろから抱きつかれ、口を塞がれた。

「ウチまでお腹が空いてくるから、それ以上は──」

最後までリュリュが言い切る直前、ソラは頭の後ろから可愛らしく空腹を訴える音を聞いたのだった。