作品タイトル不明
第二話 不気味な動くモノ
大樹館の執務室でソラは机にひじを突き、広げた羊皮紙を見つめていた。
羊皮紙にはなにも書かれていない。
サニアは不思議そうにソラの顔をのぞき込んだ。
難しい顔をして何かを考え込んでいるのかと思えば、欠伸混じりの適当さで羊皮紙の上で視線を動かしている。
「何してるの?」
サニアに訊かれて、ソラは目を擦りながら、口を開く。
「ラゼットとゼズの子供が産まれたら、玩具とか必要だろ。いま図面を考えてる」
「……まさか、一から作る気?」
「ラゼットにも、ゼズにも、長く世話になっているし、これからも世話になる。玩具くらい作ってやるのが義理ってもんだ」
ソラは羊皮紙に何かの図を書き込み始める。
次々と書き出される部品と組み立て方を見ながら、サニアは不審そうに目を細める。
「……不気味」
「失敬な奴だな……」
サニアの端的な感想を聞き、ソラは唇を尖らせた。
しかし、図を描く手は止まらない。
「これほど繊細な玩具はない。芸術的かつ技術的だ。しかも、動くんだぞ? 子供の興味を引くこと請け合いだろ」
自画自賛するソラに、サニアはため息を吐く。
ソラが描いている図を見れば、動く事くらいは想像がつく。
ただでさえ、最近のサニアはリュリュと一緒になって新型船の設計図を何枚も描き、ソラに駄目出しされているのだ。
サニアは執務室の隅に置かれた机を見る。
寝ぼけ眼を擦りながら、懸命に設計図を描いているリュリュの姿があった。
「クランク機構を置けばいいはず……。あぁ、スペースが足りない」
リュリュは前髪をくしゃりと掴み、涙目で呟いている。
ソラが描いている図面を見てから、サニアはリュリュに声をかける。
「ソラ様が変な図面を描いてるよ。参考にしたら?」
瞬間、リュリュの寝ぼけ眼がキリリとした物に変わった。
眠気を感じさせない素早い動きで、リュリュはソラの元に近付く。
食い入るようにソラの手元を覗き込み、リュリュは首を傾げたり、頷いたりをせわしなく繰り返す。
「リュリュの玩具にならないと良いけど……」
サニアが苦笑していると、執務室の扉がノックされた。
サニアは勿論、ソラとリュリュも扉を見る。
遠慮がちに開かれた扉からコルがそっと顔を出し、三対の視線を受けて怖がり──扉が閉められた。
ソラとリュリュが顔を見合わせる。
「……まぁ、いいか」
「早く、続き描いて」
「おう。任せろ」
ソラがリュリュに急かされて、羊皮紙に図面を描き始める。
「良いはずがないでしょ!」
マイペースなソラ達に反論して、サニアは扉に早足で近寄り、引き開けた。
頭だけ廊下に出せば、すぐに隅で縮こまっているコルを見つけた。
「用事があったんでしょ? 何で逃げたの?」
「……取り込み中かと思ったので。それに、ラゼットさんがいない今、便利に使われる番は僕に回ってきますから、不用意に近付くと文字通り忙殺されるというか……」
「え? 何、聞こえない。もっとはっきり喋ってよ」
「……すみません」
肩を落とした気弱なコルに首を傾げつつ、サニアは執務室へ手招いた。
コルは恐る恐る、といった様子で執務室に入る。
サニアは怯えるコルに呆れつつ、部屋の中に視線を移した。
「──こんなのもあるぞ。円盤に十字の溝を刻んでから……」
ソラが羊皮紙の隅に様々な機構を描き、リュリュの反応を楽しんでいた。
サニアも些か興味を覚えないではなかったが、手を打ち鳴らしてソラ達の注意を引いた。
「ソラ様、コルさんが用事だって」
サニアの言葉により、再び視線が集まった事にコルの肩が跳ねる。
気にした様子もなく、ソラはコルに用向きを訊く。
「どうした?」
コルが慌てて、報告書を取り出し、読み上げ始めた。
「お、大手商会がジーラに次々と本店を移し始めました」
ソラが眉を寄せた。
ジーラは子爵領中央部の町である。
近くには大きな川が流れ、海岸部と内陸部の中継点として重要な町だ。
しかし、あまり規模は大きくない。
船着き場が狭く、大手商会が集まっても込み合うだけだと思えた。
「移動した大手商会はいくつだ?」
「現在は三つ、更に二つが二か月後までに移動を完了させる、との事です」
「あの小さな船着き場を考えると、おかしな動きだな」
ソラは首を傾げる。
船着き場を拡張するにしても、工事が終わるまでの間は本店を移す意味がない。
悩むソラの横で壁に貼り付けられた地図を眺めていたリュリュが、口を挟む。
「ベルツェ侯爵領や王領との貿易を拡大する気かも」
「なるほど、共同出資で大型船でも買う気か。船着き場を独占すれば、発着スペースは確保できそうだしな」
リュリュの意見に納得しつつ、ソラは腕を組む。
「伯爵領からの難民も増えている。事業拡大で人を雇ってくれるなら、願ったり叶ったりだ」
コルは困ったように報告書の最後を見る。
そこにはソラの予想通り、ジーラに集った大手商会達が、共同出資でベルツェ侯爵領から大型船を買ったという調査結果が書かれていた。
報告内容を先読みされてしまったコルは、退出のタイミングを完全に見失っていた。
「コル、いつまで立ってるんだ? 暇なら片付けて欲しい仕事が──」
執務机を漁り始めたソラを見て、コルは呟く。
やっぱりこうなった、と。