作品タイトル不明
第十九話 成長する者達
「結局、竜骨車の導入が決まったんですか?」
王都から子爵領に向かう馬車の中で、ラゼットがクロスポート周辺の地図を見ながら問いかけた。
ソラは頷きを返す。
「圧密木材の生産を拡大して、ベルツェ侯爵領に輸出する。地図で工場の設置場所を選定してくれ」
ラゼットが面倒そうな顔をして、隣に座るサニアへ地図を押し付けた。
サニアが目を丸くする。
「何でこっちに回すの?」
「えっと……魔法陣の大きさを知ってるサニアの方が適任だから」
「いま考えた理由にしては筋が通ってる……」
サニアは諦めて、地図とにらめっこし始めた。
チャフが地図を覗き込み、少し開けた岩浜を指差した。
「ここならどうだ?」
「そこだと広さが──」
「サニア、口を閉じろ」
質問に答えようとしたサニアをソラが止める。
チャフが舌打ちした。
サニアは不思議そうに首を傾げ、気付く。
「使う魔法陣の大きさを図ろうとしたの!?」
産業スパイの真似事をしたチャフに、サニアが驚きの声を上げた。
王都に来るまでのチャフなら毛嫌いするやり方だ。
「したたかになったね……」
サニアは苦笑して、地図を片付けた。
「ソラ卿の独占素材にするよりも、領民を雇って生産させるべきだと思う」
チャフは腕を組んでソラに意見する。
ソラは無言で首を振った。
圧密木材の製作に使う魔法陣は現代知識で大幅に改良された物だ。
この世界では数学知識が魔法陣を発展させ、魔法陣が武力に繋がる。
とても公開できる代物ではなかった。
チャフは不満そうに口をへの字に曲げた。
「ソラ卿にも考えがあるのだから仕方がないか。しかし、人を増やさずに生産量を拡大できるのか?」
「俺がその質問に答えると思うか? 生産に必要な人数も極秘事項だぞ。生産量の限界を知られるような情報だからな」
チャフがまた舌打ちした。
ソラは疲れたように眉の間を指で揉んだ。
「ったく、シドルバー伯爵に何を教わったか知らないが、随分と情報収集の手法を覚えやがって」
シドルバー伯爵は人格的な成長に止まらず、能力まで成長させたらしい。
シドルバー伯爵の狙いは圧密木材の加工技術だろう。
そう簡単に渡してやるものか、とソラは情報の秘匿を徹底させる事を決意する。
「情報といえば、この設計図はどうする?」
ソラの隣に座っていたリュリュが木筒をソラに渡す。
ソラは中から羊皮紙を取り出した。
「なんだ、それは?」
チャフが興味を示す。
ソラは羊皮紙に目を通しながら、口を開く。
「竜骨車を簡略化し、整備を容易にした物だ。踏車という」
ソラが検分する限り、リュリュが描いた踏車の設計図に不備はない。
チャフが額に手を当てた。
「もう改良版があるのか。何故、会議の場で言わなかったんだ」
「こんな物が出回ったら、圧密木材が要らないだろう。俺は少しでも復興資金が欲しいからな」
ソラは悪びれもせず答えて、木筒に設計図を戻すとリュリュに返した。
リュリュは木筒を手元で弄ぶ。
「チャフ様、そんな物欲しそうな顔で見ても設計図は渡さないから」
リュリュは見せびらかせるように木筒を左右に振る。
チャフが悔しそうな顔でそっぽを向いた。
勝ち誇った顔でリュリュは木筒を手元の鞄に仕舞う。
「帰ったら資料室に保管しておけ。どっかの正義漢の目に付かないようにな」
ソラが意味ありげにチャフを見ながら、リュリュに命じる。
「了解。どっかの考えなしな正義に利用されないように厳重管理しとく」
何か言いたげなチャフを無視して、リュリュが応じた。
チャフの顔が赤くなる様子を視界に捉えながら、ソラは追い打ちをかける。
「そういえば、正義の政策って話はどうなるんだろうな?」
「誰が幸せになる正義なのかも気になる」
ソラとリュリュは顔を見合わせ、チャフを横目で見た。
物事を深く考えなかった過去の自分の発言に、チャフは顔を赤くしていた。
ソラとリュリュがとどめを刺す前に、チャフは腰を上げる。
「御者台で風に当たってくる……」
退散するチャフをニヤニヤと見送った後、ソラとリュリュはハイタッチを交わした。
「ソラ様もリュリュも、あまりからかってはいけませんよ」
ラゼットが呆れ顔で二人に注意する。
「からかわれていると分かる位に成長したんだ。これが祝福の仕方だと思わないか?」
「根性ひん曲がってますね」
ラゼットが率直に返す。
しかし、堪えた様子もなく、ソラはニヤついていた。
御者台でチャフがゼズと話し始めた頃合いを見計らって、ソラは笑みを消す。
「サニア、ちょっとこっちに来い。警戒しなくても耳は触らないから、安心しろ」
怪しむような目を向けてくるサニアに取り合わず、ソラは頭を寄せる。
リュリュにも目配せし、三人で内緒話を始める体勢を作った。
ラゼットは心得たもので、指示をされたわけでもないのにコルを御者台に送り込み、チャフが馬車内に注意を向けないように配慮した。
「ベルツェ侯爵から旧型船が送られてくる。当面の輸送はこの船で賄うが、あくまで間に合わせだ」
ソラの言葉にサニア達が頷く。
薫製木材に加えて圧密木材までもが本格的な輸出商品となった今、輸送船の追加は急務だった。
「他領に造船を頼むという手も考えたが、長期的に見ると良い手ではない」
「積載量の限界でしょ?」
リュリュが訊ねると、ソラは頷いた。
「川の混み具合を考えると、一隻あたりの積載量を増やす必要がある。おそらく、ベルツェ侯爵領の船では焼け石に水だろう」
そこで、とソラは続ける。
「新型船を開発する。二人には開発を半分ずつ任せる事になる」
リュリュとサニアの目が見開かれた。
ソラが何を言いだしても驚く事などなくなっていた二人だったが、話の大きさに加えて自分達が主導的立場になるとは想像していなかったのだ。
不安そうな顔をするサニアとリュリュに、ソラは笑いかける。
「構想は既にある。二人には構造や設計図の作製を頼む事になる」
ソラの目配せを受けたラゼットが、船の外観を描いた小さな布を広げて見せた。
「二人には初の大仕事だ。分からない事があれば、俺に聞きに来い」
サニア達は船の外観図を見つめている。
──成長させるのは何も活火山の専売特許じゃないんだよ。
予算等は子爵領に着いてからと言い置いて、ソラはサニアとリュリュに発破を掛ける。
「これができれば一人前だ」