作品タイトル不明
第十八話 奥庭の問答
「僕としても、ソラ卿が王国に居てくれる事が心強いんだ」
王太子は王城の奥庭にソラを導きながら、にこやかに切り出した。
花がまばらに咲く奥庭は、十代前半の王太子の姿を隠すには十分だった。
ソラもまた、頭より少し高い位置にある植木の頂点に目をやりながら、王太子の言葉の続きを待つ。
「ソラ卿が僕に仕えてくれている内は、僕の頭を悩ませる問題は一つだけだと思う」
「問題、ですか」
王太子はこくりと頷く。
「──ソラ卿が離反した時の対策さ」
王太子が無表情で振り返る。
ソラはにこやかな笑みを作り、首を傾げた。
「随分と唐突ですね?」
「唐突……確かにソラ卿にとっては唐突かもしれないね」
王太子は少しだけソラから距離を取り、落ち着いた笑みを見せる。
──去年の誕生パーティーで見た時より、振る舞いが安定してきているな。
ソラは冷静に王太子の態度を評価する。
だが同時に、多少の違和感も感じていた。
ソラは素早く周囲に視線を走らせる。
駆ける馬を模して刈り込んだイチイの木など、多様なトピアリーが並んでいた
ツル植物を骨組みに巻き付かせて作った熊のトピアリーに目を止めて、ソラは笑みを浮かべた。
──そういう事なら。
ソラは改めて、王太子を失礼に当たらない程度に観察する。
落ち着かなげに手を組み替えては、視線を少し泳がせている。
操る糸が目に見えるようだった。
とはいえ、この歳で表情を作れるのなら大したものだ。
ソラは笑みを消し、王太子の前で地面に膝を突いた。
土が付くこともお構いなしだ。
ソラは王太子に頭を垂れる。
「存分に対策を立てるのが得策でしょう」
何の気負いもなく、自らの不利になる事を勧めるソラに、王太子が目を丸くした。
困ったように視線が泳ぐが、ソラに見られている事に気付くと、取り繕ったような笑みを浮かべた。
「……それは、離反するかもしれないという事?」
王太子は考え考え、不安そうに問う。
ソラは静かに首を振った。
「離反しなければならない事態に陥る未来を想定しております」
「どういう意味?」
王太子が困惑を深めた。
ソラは頭を垂れたまま、淡々と告げる。
「王太子の考えに賛同出来なければ、私は異を唱えます。それでも、私を従わせる必要がある場合、離反時の対策を活用すると良いでしょう」
「僕にソラ卿を脅せって言うの!?」
ソラはゆっくりと頭を上げ、王太子と視線を合わせる。
そして、柔らかく微笑んだ。
「必要とあらば、脅す覚悟をお持ち頂きたい。王太子が目指す未来と私が目指す未来は違います。手段もまた異なるでしょう。片方だけが実行されるべき時、私は決して譲りません」
王太子が難しい顔で腕を組み、考え込む。
「それは、反逆ではないの?」
「民を幸せにする事が反逆ならば、国は成り立ちません」
「……よく分からないよ」
王太子は眉根を寄せて首を傾げた。
ソラは苦笑する。
「私からこれ以上を申し上げる事はできません。何時の日か、殿下が目指す未来と実現への手段をお聞かせ頂いた時、私が目指す楽園の話を致しましょう」
ほんの少しだけヒントを与えて、ソラは口を閉ざした。
王太子は腑に落ちないといった表情を熊のトピアリーに向けた。
すると、熊の腹部分が開き、人影が現れた。
満足そうな顔をしたシドルバー伯爵である。
──糸を引いていたのは活火山か。
ソラは特に驚かなかった。
熊のトピアリーの大きさを見て、人が入っているだろう事を予想していたのだ。
ソラはシドルバー伯爵に軽い礼をした。
「見破られるとは思わなんだが、目的は果たせた。殿下、ソラ卿の手綱を握ろうと考えてはなりませんぞ。ソラ卿が奸雄となる時、それは王国が滅ぶべき時です」
「手綱を握るなって……ソラ卿と真逆のことを言うんだね」
益々分からない、と王太子は眉の間に力を込めて悩む。
シドルバー伯爵はソラをちらりと見た後、ニヤニヤと笑う。
「ソラ卿を脅した所で、数倍の威力で脅し返されますぞ。ベルツェ侯爵のやり方が参考になりますな」
王太子はようやく合点が入って、手を打った。
「貸しを作ればいいんだね!」
「……殿下、シドルバー伯爵、答え合わせは私が居ないところでお願いします」
ソラが口を挟むと、王太子は目を瞬く。
王太子は状況に気付くと、救いを求めるような上目使いでソラを見た。
「思惑が分かっていても、ソラ卿は借りを返さずにはいられない……よね?」
「思惑の内容によります」
ソラの返答を聞き、シドルバー伯爵が大笑いした。
決して広いとは言えない奥庭に笑い声が木霊して、ソラと王太子が思わず耳を塞ぐ。
しかし、シドルバー伯爵は委細気にせず、王太子に向き直った。
「ソラ卿の様子からして、ほとぼりを冷ます時間が必要じゃ。殿下、我々は会議がある故、これにて」
「あぁ、そうやって逃げればいいんだ」
王太子が感心してシドルバー伯爵に頷き、ソラを見る。
「それじゃあ、会議頑張ってね!」
これが正解でしょ、とばかりに満面の笑みで王太子はソラを励まし、手を振りながら奥庭を去った。
王太子の後ろ姿を見送り、ソラはシドルバー伯爵に声をかける。
「能力と人となりを見るために殿下を利用するのは、如何なものかと思います」
シドルバー伯爵はソラの苦言を鼻で笑う。
「殿下に対し嘘偽りを申せば、即座につるし上げるつもりだったのじゃ」
シドルバー伯爵は何でもないような顔で言う。
ソラは顔をしかめた。
──得意の人物眼で早めに悪い芽を摘んでおこうってか。食えねえ爺さんだな。
「そんな顔をするな。ソラ卿は合格じゃ。可愛げのない奴め。チャフを見習え」
「手の掛かる子ほど可愛い、ですか?」
「手を焼くのが年寄りの楽しみじゃからな」
皮肉を受け流され、ソラは苦い顔をした。
──困った爺さんだな……。
会議室に向かうシドルバー伯爵の背中を見つつ、ソラはため息を吐き出した。