軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十七話 商品提案

「なるほど、チャフ殿は信頼し、協力する事を覚えたのか」

ソラから事の顛末を聞いたベルツェ侯爵は、何かを思い出すように天井を仰いだ。

早朝の王城の廊下は澄んだ空気が染み渡り、さわやかな風が窓から吹き込んでいる。

良く磨かれた天井も輝くようだった。

「ようやく、一歩進んだという事か」

「危なっかしい前進でも支える者がいれば、心配せずとも大丈夫でしょう」

ソラの返答を聞き、ベルツェ侯爵は短く笑い声を挙げた。

「まぁ、よい。シドルバー伯爵からチャフ殿も参加させる、と聞いた時には不安であったがな。もう新たな銀山を隠しておいても、早計に悪と断じる事もなさそうだ」

「正義にも種類があると知ったようですからね」

ベルツェ侯爵はソラの言葉に頷く。

廊下の曲がり角から出てきた人を見て、二人は口を閉ざした。

軽く黙礼してすれ違い、ベルツェ侯爵はソラに横目をやる。

「ところで、解決策は思いついたのかな?」

「既に試作品も完成しています。今回の会議で良い案が出なければ、提案させて頂きます」

「……例の件も、解決するのか?」

ベルツェ侯爵は周りを警戒して声を小さくしつつ、問い掛ける。

途端にソラは口元を緩め、悪そうな顔をした。

「もちろんです。……ただ、一つ問題がありましてね」

残念そうな声音を作ってはいるが、ソラは笑みを浮かべたままだ。

ベルツェ侯爵が身構える中、ソラは説明を始める。

「提案させて頂くのは木材を用いた揚水装置、竜骨車です」

ソラは用意していた設計図を取り出し、広げて見せた。

無数の木板が連なり、細長い楕円を描いて回転する機構。

下段には断面が四角形の樋が設けられており、樋を通る木板が水を押し上げる様子が描かれている。

両端に歯車が一つずつ設置され、木板を円滑に回転させる補助を行っていた。

「これは……」

余りに見事な機構に、ベルツェ侯爵が唸る。

ソラは設計図をベルツェ侯爵に手渡した。

「動力源は人です。片方の歯車に踏み板を付け、左右に立った二人で踏み板を漕ぐ形を想定しています」

自転車のペダルを二人で踏む場面を想像して、ソラはクスリと笑う。

誤魔化すように小さく咳払いしたソラは、食い入るように設計図を見つめるベルツェ侯爵に問い掛ける。

「どうでしょうか?」

「……これ以上の良案が出るとは思えない。ソラ殿を頼って正解だった」

感嘆しながら、ベルツェ侯爵が答える。

そして、再び唸った。

「問題というのが分からんな。何処にも不備は見あたらない」

ベルツェ侯爵が不可解そうに首を傾げる。

ソラは設計図の一点、歯車の部分を指さした。

「壊れやすいんですよ。特に歯車部分が」

ソラの指摘を踏まえて設計図を見る。

確かに複数の木板と接触を繰り返す歯車は、磨耗しやすいと想像出来た。

かといって、歯車を金属にしてしまうと木板にダメージが蓄積してしまう。

木板を含めて全て金属製にすると、今度は重すぎて動作に支障を来すだろう。

材質について、あれこれと考えを巡らせていたベルツェ侯爵は、思い出す。

軽くて丈夫、ぴったりな代物がある、と。

ベルツェ侯爵は呆れたようにソラを見る。

「……圧密木材、か」

ベルツェ侯爵が口にした単語に、ソラは我が意を得たりと口元を綻ばせた。

圧密木材は、鉄に比べると強度は劣るが、軽量であり、加工も簡単だ。

竜骨車を作る素材としては打ってつけだった。

しかし、圧密木材はソラが製法を秘匿している、子爵領の特産品である。

必然的に、圧密木材は子爵領からの輸入に頼らざるを得ない。

重要な新素材を、ソラがただで譲るはずもない。

「──お安くしておきますよ?」

ソラは愛らしいほどに柔らかい笑顔を、ベルツェ侯爵に向けた。

ベルツェ侯爵は苦笑しつつ、額に手を当てる。

鉱山の浸水問題を解決しつつ、ベルツェ侯爵の頼みである輸出品を完成させ、更には自らの利益も確保する。

計画の根幹には子爵領特産品を据え、自らの発言力を高める。

「……油断も隙もないな」

「お褒めに与り光栄です」

あっさりと受け流され、ベルツェ侯爵はため息を吐いた。

ベルツェ侯爵は、子爵領の相談役を務めるチャフがソラに毒されないよう、祈った。

「しかし、この装置にどれほどの需要があるのか」

せめて、少しでも安くしたい、とベルツェ侯爵は疑問を挟む。

ソラは見透かしたように笑いながら、竜骨車の有用性を説く。

「竜骨車は農業への転用も可能です。ため池からの汲み出しも楽になりますよ」

「……売る相手には困らない、という事か」

需要に関しても問題はないらしい。

「分かった。正式に採用が決まったなら、書類を交わそう。ウッドドーラ商会を間に入れるか?」

決闘騒動からソラの政治的な立ち位置は中立派である。

シラカバ貿易を結んだ時とは違い、ベルツェ侯爵との直接取引も可能だった。

「ウッドドーラ商会には一口噛んで貰いましょう。伯爵領からの難民が増加傾向でして、少しでも働ける場を増やしておかないといけません」

公共事業として行うには資金が心許ないので、とソラは困った顔をする。

「ウッドドーラ商会に金を出させる訳か。商会長のツェンドは喜びそうだ」

「考えてみれば、ツェンドが一番得してますね」

ソラが面白くなさそうに腕を組む。

「……今度、埋め合わせをしてもらうか」

ソラの呟きが聞こえ、ベルツェ侯爵はツェンドに同情した。

二人は廊下の曲がり角に差し掛かる。

曲がった先にある部屋が会議室のはずだ。

先に曲がったベルツェ侯爵が、突然足を止めた。

後ろにいたソラもあわせて止まる。

「──ベルツェ侯爵、どうかしました?」

ソラはベルツェ侯爵の背後から横にずれて、足を止めた理由を確かめる。

「殿下……」

廊下の先に、王太子が立っていた。

ソラとベルツェ侯爵は、すぐさま臣下の礼を取る。

王太子は気さくに笑いながら、ベルツェ侯爵に声をかけた。

「ソラ卿と話したいんだ。少しの間、借りるよ」