軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十二話 今はまだ、弱い星の輝きに似て

王都に夜の帳が降りる。

しかし、王都を包む光は衰えない。

夜に仕事を始める酒場や盛り場の灯りが、王都の夜を彩っていた。

客足が落ち着いた商会も、人目を忍ぶ客を招き入れるため、明かりをつけている。

そうした庶民の空気に逆らうように、貴族の居住区は静けさを保っていた。

貴族の居住区の端にトライネン伯爵の小さな屋敷がある。

専用の馬屋を持ち、王都で馬を扱う商会と提携した小さな馬場を備えている、珍しい敷地の使い方をした屋敷だ。

チャフは愛馬の世話を済ませて、馬屋を出た。

見上げた夜空に浮かぶ星の数は、いささか物足りない。

──大切なのは心根や目標、か。

ソラが口にした言葉が、チャフの頭の中で反響していた。

──官吏に濡れ衣を着せるような奴が、偉そうな事を言う。

よぎった反論を頭を振って、切り捨てる。

ソラが立ち去った後、戻ってきたサニアにした質問を思い返す。

何故、貴族であるソラの部下を続けているのか。

答えは、単純明快だった。

「ソラ様の目標を実現する手助けをするため」

何を当たり前の事を聞いているのか、とサニアに呆れられる始末だった。

──目標が正義なら、官吏に濡れ衣を着せても良いのか?

チャフは混乱していた。

正義と悪、思考の迷路の中で立ち尽くしていた。

難しい顔をするチャフに、サニアは逆に問いかけた。

「そもそも、トライネン様の正義って何? 領民が飢えても自分が胸を張って生きられる事? それとも、泥を被ってでも領民を飢えさせない事?」

チャフは答えられなかった。

答えが返ってくる事を期待していなかったらしいサニアは、準備体操を始めながら、口を開く。

「教会と魔法使いってだけでも、正義の解釈が分かれるよ。そんなあやふやな物に付き合わされて飢えるなんて、私は嫌だなぁ」

──あやふやな物、か。

チャフは嘆息する。

もう一度、見上げた星は弱い光を放っていた。

ソラが言う大切な事に、心根だけではなく目標が含まれている理由が、少しだけ理解できた気がした。

どちらか片方だけでは足りないのだ。

正義、正義と鳥のようにさえずっても、結果が良くなるとは限らない。

確かに、鳥の歌声は耳に心地良いが、何かを生むわけではない。

だから、目標が大切だ、とソラは言い切ったのだ。

見方によって正義の定義は変わる。

例えば、悪事が領民を救う時、正義が領民を殺す時、どちらを選ぶべきなのか。

答えが存在しない問題だ。

チャフは髪をくしゃりと掻き、歩き出した。

今まで自身が口にしていた“正義”がとても薄っぺらに思えた。

「チャフ様、お出かけですか?」

屋敷の門に立っていた警備兵が、チャフの姿を見て、心配そうに眉を寄せる。

護衛を連れていないからだろう。

「……ベルツェ侯爵領にいた小さな賊の集団が幾つか、姿を消しています。火事場盗賊団の件もありますから、夜の外出は──」

苦言を呈しようとした警備兵は、同じく任務に就いていた年かさの同僚に脇腹を小突かれる。

「ほら、チャフ様も年頃だから、夜に出かけるってのに供がいると、なぁ……?」

何の話だ、と首を傾げるチャフを見て、護衛はにっこりと笑みを浮かべた。

ソラがサニアの耳を観察しながら浮かべる笑みと、酷似していた。

「大丈夫ですって、誰にも話しませんから。ただ、万が一があっても困るんで、遠くから護衛させてもらいます」

「……勝手にしろ」

理解する事は諦めて、チャフは門をくぐった。

護衛が追跡し易いように、人が少ない通りを選ぶ。

華やいだ王都の空気に追い払われている気分だった。

被害妄想染みた想像に自嘲する。

気分は沈んだまま、思考は淀んだまま、チャフは足を止める。

散歩を続ける意義が見いだせなかった。

──オレが描く正義の定義、見据えるべき目標。

散歩道に答えが落ちているはずもない。

自らが考えて出すべきモノだから。

チャフは足を屋敷に向けようと、振り返る。

「──きゃッ」

「なッ!?」

チャフは、すぐ後ろにいた娘が小さい悲鳴を上げた事に驚き、一歩遠ざかった。

遠ざかった事で娘の全身が目に入り、チャフは余裕を取り戻して、相手の顔に目を向ける。

驚きに丸まった目と、視線がぶつかった。

チャフを呼び止めようとしていたのか、中途半端な高さに挙げていた片手を困ったようにさまよわせている。

驚きで不用意に動いたせいか、銀の髪が四方に跳ねていた。

「──ビックリしました」

困ったような口調で言って、銀髪の娘はチャフに悪戯っぽく微笑んだ。

「クロスポートでもお会いしましたよね、迷える少年さん?」