作品タイトル不明
第八話 要求する対価
ベルツェ侯爵領とシドルバー伯爵領の貿易構造を完成させるなら、貿易路の整備が必要になる。
この貿易路を連絡に使えれば、火事場盗賊団や模倣犯が再度現れても、連絡が早くなる。
ソラも利点をすぐに理解できたが、資金が足りるかは疑問だった。
しかし、ベルツェ侯爵は心配要らないと首を振った。
「王領へシドルバー伯爵領からの鉱石類を運搬する道程を短縮できるのだ。陛下からも資金を出して頂ける」
「……確かに今がチャンスですね」
新たな銀鉱山が見つかった今なら、銀鉱石の輸入を当て込んで、国王の財布の紐が弛む。
ベルツェ侯爵領には中継地点として金が落ちる。
「トライネン伯爵は?」
現在、シドルバー伯爵領から金属を運搬するには、道の関係でトライネン伯爵領を経由する。
貿易中継地を持つトライネン伯爵からしてみれば、ベルツェ侯爵が商売敵になるだろう。
「既に話を通してある。トライネン伯爵としても、食料や燃料の輸入経路が増えるのは嬉しいのだろう」
──流石、抜かりないな。
ベルツェ侯爵の調整能力に舌を巻きながら、ソラは目を細める。
「……私にも何か利点があるのでしょうか?」
ソラが口元にだけ笑みを浮かべた。
ベルツェ侯爵は、友好的に見えるように調整した笑顔を浮かべて迎え撃った。
「ソラ殿には何かと便宜を図っているつもりだ」
だから、協力しろと仄めかすベルツェ侯爵に、ソラは頭を下げる。
「感謝しております。だからこそ、今回の依頼を引き受けました」
でも、それとこれとは別件扱いです、とソラは言外に込めた。
笑顔で睨み合った二人だったが、同時に堪えきれない笑いを漏らす。
「──遊びと分かっていると、こういったやり取りも楽しいものだな。若返った気分だ」
「お付き合い頂き、ありがとうございます」
「さて──ソラ殿はなにが欲しい?」
ベルツェ侯爵が真剣な視線でソラを射抜く。
遊びは終わり、という意味だろう。
願いを訊くからには、相応の準備をしているという事。
──やはり、貿易構造の完成による利益は莫大か。
策が成った際、ベルツェ侯爵の懐にどれほどの金額が転がり込むのか。
ソラは冷静に勘定し、着地点を見定める。
「大型船を造りたいので、船大工を数人貸して頂きたい」
そして“ ふっかけた”。
ベルツェ侯爵が口元を引き結ぶ。
「面白い冗談だな」
大型船の建造ともなれば、特殊な技術と知識を必要とする。
それだけで価値ある産業であり、技術的な遅れを取り戻す事も難しい。
長い時間を掛けて培い、育んだ造船技術だ。
欲しいと言われて渡せるものではない。
ソラは真っ向からベルツェ侯爵の視線を受け止め、笑って見せた。
「今は冗談に聞こえるでしょうが、私がシドルバー伯爵に紹介する装置の価値を思えば、対等な取引だと考えています」
「排水装置がそれほどの価値を持つとは到底考えられん。重ねて訊くが、からかっているわけではないのだな?」
「もちろん、本気で言っております」
ベルツェ侯爵は腕を組んで逡巡する。
クラインセルト子爵領が食料をベルツェ侯爵領に依存している以上、ソラが嘘を吐いて関係を悪化させても益がない。
近い内に食糧難が解決するとも思えず、ソラの言葉は本気だと判断できる。
ひとしきり悩んだ上で、ベルツェ侯爵は口を開く。
「やはり、船大工は貸せん。だが、我が領で建造した大型船の通行に限り、クラインセルト子爵領との行き来に関しては船の通行税を免除しよう。……どうだ?」
ソラは渋い顔をする。
──貿易の活性化を図る案か。悪くはないが、特産品が少ない今は時期尚早だな。
ソラが難しい顔をしていると、ベルツェ侯爵は条件を上乗せした。
「型遅れの大型船を三隻、譲ろう」
──やはり、結論はそこに落ち着くか。
想定通りの着地点に辿り着き、ソラは条件に口を挟む。
「……川を一隻、海を二隻」
「海は一隻、川は二隻。海船で動かせるのは一隻のみだ」
「帆船ですか?」
「川の片方は漕ぎ船だ。もう一方は帆も使える」
「他の形式はありますか?」
「……待ちたまえ。ソラ殿、どんな形式を想定している?」
ベルツェ侯爵が訝しげにソラの瞳を覗き込んだ。
──勘が良いな。
違和感を持たれないように、ソラはまぶたを下ろした。
「こちらの船はどれも型遅れでして、別の推進形式があるのならば、聞いておこうかと思いました」
「相変わらず、油断も隙もないな。他の推進形式など存在しない。……他国にはあるかもしれないが、聞いたことはないな」
ソラの言い訳を聞いて、ベルツェ侯爵は説明した。
騙すようでソラも気が引けたが、悟られるわけにはいかなかった。
船に関する技術の重要性はベルツェ侯爵の反応で分かる通りだ。
それが革新的技術ともなれば、秘匿しておくに越したことはない。
「それで、条件は決まりか?」
「えぇ、決まりでしょう。契約の類は後ほど──」
にこやかに場を締めようとした時、廊下から声が聞こえた気がして、ソラは顔を向けた。
「……今、ソラ殿の名を呼ぶ声がしなかったか?」
ベルツェ侯爵にも聞こえたのか、不思議そうな顔で扉を見つめる。
ここは王城だ。
誰かを捜すためであっても、大声を張り上げる事が許される場所ではない。
──もし、さっきの声が自然な大きさだったら?
ソラとベルツェ侯爵は同時に声の主を思い浮かべた。
「そういえば、チャフはどうなったのでしょうか」
「シドルバー伯爵に連れ去られたからには、人として成長するか、さもなくば」
「……さもなくば?」
「ぼろ布になっているな」
──ぼろ布って……。
絶句するソラを後目に、ベルツェ侯爵は立ち上がり、扉に手を掛ける。
「ソラ殿も気を付けるがよい。私は先に屋敷へ戻る。……シドルバー伯爵は手に負えん」
「私も逃げるというのは?」
「屋敷に乗り込まれては敵わん。ケリを付けてから帰ってきてくれ」
非情な言葉に、ソラは言い返せなかった。
逆の立場なら同じ決断を下しただろうから。
「……承知しました」
ソラが諦めて呟く。
気の毒そうにソラを一瞥したベルツェ侯爵だったが、扉を開けようと力を込める。
その瞬間、目を見開いたベルツェ侯爵は慌てて扉から飛び退いた。
同時に、扉が力強く押し開けられ、ベルツェ侯爵は間一髪で激突を免れた。
「──ソラ卿! 何処だ!?」
扉を開けた人物、シドルバー伯爵を見て、ベルツェ侯爵は逃げ遅れた事を悟り、肩を落とした。