作品タイトル不明
第九話 三者面談
シドルバー伯爵は肩の荷を放り投げ、ソラの対面に腰を下ろした。
例によって肩の荷を務めていたチャフは、部屋の狭さをものともせずに受け身を取る。
「よし、早速だが、ソラ卿に頼み事があってな」
シドルバー伯爵は椅子の上で胸を張り、大声を出す。
狭い室内に閉じこめられた音は、逃げ場を探して木霊した。
ソラは座りを調整する振りをしてシドルバー伯爵のはす向かいにずれる。
せめて、直撃する事だけは避けたいと思っての行動だった。
シドルバー伯爵は無慈悲に顔を向けて、ソラの努力を無に帰す。
「頼みというのは他でもない我が孫の事じゃ。少々──いや、かなり頭が悪くてな。まずは、ソラ卿から見て、チャフはどんな生活をしとったか聞かせろ」
ソラは気まずそうにチャフを見る。
──三者面談かよ。
心の内で呟いたソラは無難な答えを返そうとして、諦めた。
シドルバー伯爵がチャフを連れ去った経緯を考えれば、ある程度の事情を把握しているはずだ、と考えたのだ。
──素直に話さないと飛び火しそうだな。チャフ、お前の犠牲を無駄にはしない。
ソラはチャフに関する事を包み隠さず話した。
チャフとフェリクスが何度も試合を行っている事や、ベルツェ侯爵領から招いた官吏から事務仕事などを教わっている事、ソラに政策勝負を仕掛けた際に放った啖呵など、微に入り細に穿ち、語り尽くした。
チャフは肩身が狭そうに縮こまっていった。
「……ふむ、フェリクスか。貫陣の奴め、良い人選をしおったな」
聞き終わったシドルバー伯爵は顎を撫でて、何やら考え始める。
恨めしそうなチャフの視線を避けつつ、ソラは解放の時を待ちわびた。
話す事が残っていない以上、自分は用済みのはずだと、ソラは椅子に浅く座り直す。
許可が下りれば、すぐにでも部屋を出ていける体勢だった。
シドルバー伯爵は考えをまとめて、再び口を開く。
「ソラ卿、風の噂に聞いたのだが……配下に獣人がおるというのは本当か?」
唐突に、シドルバー伯爵が質問した。
一瞬にして、場の空気が多大な質量を持つ。
チャフは動きを止め、ソラの出方を窺うように見つめた。
ベルツェ侯爵は難しい顔でソラの言葉を待った。
──獣人は貴族に受けが良くない、か。
ソラは空気が変質した理由を正確に理解し、はっきりと答える。
「はい、おります」
声には緊張が一切含まれず、文句があるなら言ってみろ、と言わんばかりの態度だった。
チャフが不愉快そうに眉根を寄せる。
シドルバー伯爵は目を細めた。
「どんな奴だ?」
「熊の獣人で元は浮浪児、現在は魔法陣の作成と研究に加え、帳簿の作成と管理を担い、一対一で火炎隊士を投げ飛ばして勝利出来ます」
ベルツェ侯爵とシドルバー伯爵が口を半開きにした。
「──チャフ、今のは事実か?」
シドルバー伯爵が慌ててチャフに確認する。
チャフは苦い顔で頷いた。
ベルツェ侯爵は天井を仰ぐ。
「ソラ殿、私が巨兵隊の育成に何年掛けたと思う……?」
「十年、くらいですか?」
「二十年だ。魔法の教育法を確立するまでに十年費やした。しかも、未だに不完全だ」
異常性を認識していないと思い、ベルツェ侯爵は指摘するが、ソラがニヤニヤと笑っているのを見て口を閉ざす。
理解した上でひけらかしたと、気付いたのだ。
王国近衛隊を相手に人数差を覆した火炎隊、それを一対一で倒し、あまつさえ魔法が使える者。
獣人だからと蔑ろに出来る人材ではない。
「……ソラ卿の隠し玉か。頼み難くなったな」
シドルバー伯爵が腕を組み、両目を閉じる。
ソラは首を傾げた。
「何か頼むつもりだったのですか?」
シドルバー伯爵は右目だけを開くと、無言で右に座るチャフに視線を向ける。
チャフが怪訝な顔をした。
一方、ソラとベルツェ侯爵は得心が入って、頷く。
置いてけぼりにされたチャフが不満を垂れるより早く、ソラが口を開く。
「チャフの件に関しては、部下達の判断に任せています。本人が頼みを聞きたいと言うのであれば、私は口を挟みません」
ソラの言葉に、シドルバー伯爵は見極めるような目をして、身を乗り出した。
どうやら、興味を引かれたらしい。
「何が起こっても責任は取らん、という意味か?」
「何が起こっても私が責任を取る、という意味です」
試すようなシドルバー伯爵の質問に、ソラは気負いなく答えた。
シドルバー伯爵はソラを鋭い眼光で射抜く。
「チャフがフェリクスを投げ飛ばせるまで、獣人に鍛えさせる」
シドルバー伯爵の計画を聞き、チャフが顔色を変えた。
「ま、待って下さい! 何でよりにもよって、獣人なんかに──」
「その性根を叩き直す為じゃ! 愚か者は黙っとれッ!」
シドルバー伯爵の一喝が響き渡り、チャフは悔しそうに沈黙した。
チャフに目を向ける事すらなく、シドルバー伯爵はソラを睨む。
「武の鍛錬に事故は付き物だ。怪我程度ならば何も言わん。だが、チャフは貴族だ。場合によっては、当事者の命で償えと言い出す輩も──」
シドルバー伯爵は最後まで言葉を紡げなかった。
紡ぐことを躊躇したのだ。
部屋の空気が凍り付き、息をする者全ての肺を捻り潰すような緊張が場を支配する。
日の光は確かに窓から射し込んでいるにも関わらず、巨大な手で部屋を覆われたように暗く思えた。
今この瞬間にも、死角から伸ばされた腕に暗い場所へ引きずり込まれる未来を、想像してしまう。
「……言い出す輩がいたら、黙らせますので、ご心配には及びません」
顔を強ばらせる面々に向かって、ただ一人笑顔を浮かべたままでソラは答えた。
シドルバー伯爵は深く息を吐き出す。
「……そのようだな。では、本人に頼んでみるとしよう」
「私の口から伝えても構いませんよ?」
「ぬかせ。ソラ卿が主君なら、家臣も安心して断るだろう。直接、誠意を持って頼まねばなるまい」
「では、泊まっている宿をお伝えします」
「……ベルツェの屋敷に泊まっとらんのか?」
不思議そうに問うシドルバー伯爵に、ソラは首肯した。
「遠慮するもので」
「ほう……なるほど、そういう事か」
シドルバー伯爵が苦笑した。
一般的に、貴族は獣人を嫌っている。
難癖をつけられないよう、獣人が貴族を避けるのは当然だ。
つまり、直接会って誠意を見せない限り、確実に断られていた。
ソラは結論を誘導するためにあえて、威圧したのだと、シドルバー伯爵は気付いたのだ。
言葉で伝えなかったのは、部下に危害を加える者を許さないという意志もまた事実だから。
頼み事を断られたからといって、逆恨みするのなら許さないと、ソラは暗に伝えたのである。
シドルバー伯爵の方が爵位が上であるため、ソラの行動そのものを無礼だと言う事も可能ではある。
だが、ソラはシドルバー伯爵領の問題を解決するために呼ばれた。
年端もいかない新米子爵の知恵を借りなければならない程、手詰まりなのだ。
シドルバー伯爵領は火事場盗賊団による損害を受けて間もない。
新たな銀鉱山は起死回生の価値を秘めており、採掘が頓挫する事態は避けたい。
ソラは解決策を人質にしているのだ。
「……食えん奴だな」
シドルバー伯爵の人物評に、ソラはニッコリと笑った。