作品タイトル不明
第七話 追加注文
国王達の部屋を辞して、ソラは廊下を歩いていた。
部屋を出る際、ベルツェ侯爵に目配せされたため、歩調はゆっくりとしたものだ。
「どこか、休めるところはないか?」
案内役の近衛隊士に訊く。
顔をよく見れば、決闘騒動でチャフに率いられた近衛隊士の一人だった。
近衛隊士は白い歯を見せて笑う。
「流石のクラインセルト子爵も、陛下の御前では緊張しましたか」
「緊張するさ。俺は小心者なんだ」
ソラが軽口を返すと、近衛隊士は朗らかに笑いながら、一室へ案内する。
「陛下へお目通りする方の控え室の一つです。お茶を持って来させましょうか?」
執事のように気を回す近衛隊士に、ソラは苦笑した。
「必要ない。扉を開けておいてくれ」
「了解です」
近衛隊士は扉を開け放ち、壁の側に直立する。
彫像のように微動だにしない。
眺めていると、わき腹をつついてみたい衝動にかられる。
幸いにして、ソラが好奇心に負ける前に、ベルツェ侯爵が部屋へやって来た。
「……ソラ殿、待たせた」
ベルツェ侯爵は扉を締め、ソラの対面に腰を下ろした。
一息吐いて、肩の凝りを解すように首を回す。
「お疲れのご様子ですね」
「まぁな。単純に歳のせいもあるが、最近は大事が立て込んでいるからな」
「……苦労をおかけします」
ソラが頭を下げると、ベルツェ侯爵は首を振った。
「ソラ殿には助けられてもいる。最近の大事とは、火事場盗賊団の事だ」
ベルツェ侯爵の言葉に、ソラは顔を上げた。
ソラとしても、火事場盗賊団の存在は気に掛けている事案の一つだ。
「最初は王都の貧民街、次は南下してベルツェ侯爵領の林業都市、前回は北東に移動してシドルバー伯爵領の鉱山街。大きな所ばかりが狙われていますね」
火事場盗賊団の活動歴をソラが挙げる。
ベルツェ侯爵は深刻な顔で頷いた。
「当初は教会派を疑ったが、向こうも浮き足立っている様子でな。被害に遭った我が家に情報の開示を求めてきている」
「何分、情報が少ないですからね。ただの賊にしては、狙う場所が大きすぎます」
「……シドルバー伯爵が賊を数名討ち取っている。聞いているな?」
ソラは肯定の意を示す。
シドルバー伯爵軍は、トライネン伯爵軍と合同演習を行うなど、極めて練度が高い。
ソラが集めた情報では、火事場盗賊団の犯行で街が燃やされるや否や、シドルバー伯爵軍は消火部隊と追撃部隊に分かれたそうだ。
追撃部隊は活火山のシドルバー伯爵が直々に指揮し、山々を駆け回って火事場盗賊団を発見、奇襲と離脱を繰り返した。
火事場盗賊団は這々の体で逃げ散ったという。
「間違ってはいない。だが、特筆すべき点が幾つかある」
ベルツェ侯爵は眉を寄せた。
「一つは、シドルバー伯爵が奇襲と離脱を繰り返した点だ」
練度の高い部隊を率いての追撃戦だった。
しかし、火事場盗賊団に逃げる隙を与えず、一度で決着をつける決戦を選ばなかった。
「正面から当たると被害が大きい、とシドルバー伯爵が判断したのですね」
──やはり、ただの脳筋爺さんじゃないのか。
少々失礼なことを考えつつ、ソラは唸る。
シドルバー伯爵軍と地元で戦って、被害を与えかねない火事場盗賊団の規模。
──こっちに来たら手に負えないな。
ソラが保持する戦力は火炎隊だけだ。
人数を徐々に増やしてはいるが、練度は低い。
──戦力の増強が必要か。
ベルツェ侯爵は話を続ける。
「奇襲を行ったシドルバー伯爵は確かに戦果を挙げている。生きたまま捕らえた者もいた」
「火事場盗賊団の内部事情が分かったのですか?」
貴重な情報だ。
ソラは期待を込めて身を乗り出したが、ベルツェ侯爵は重苦しいため息を吐き出した。
「口を割らせたところ、近隣で活動していた山賊の構成員だと分かった。つまり、火事場盗賊団の中には地元の無法者が組み込まれている」
「寄せ集めが、シドルバー伯爵軍に危機感を持たせる程の戦力を持っている、と?」
にわかには信じられない話だ。
ソラの疑問にベルツェ侯爵は頷きつつ、付け加えた。
「火事場盗賊団には中核をなす部隊がいるのだ。中核部隊の実数は分からないが、頭と思われる男はシドルバー伯爵軍の兵を数名斬り殺している。極めて腕が立つ厄介な男だ、とシドルバー伯爵も証言している」
──腕が立つ厄介な男、か。
実際、味方に損害を出しつつも逃げきったのだ。頭もキレるのだろう。
──参謀役がいる可能性もあるか。
可能性を脳裏に列挙しながら、ソラは口を開く。
「逃走経路は?」
ベルツェ侯爵は最後の情報を開示する。
「シドルバー伯爵領から……ベルツェ侯爵領。つまり、我が領だ」
「……不味い、ですね」
ベルツェ侯爵が言う大事はこの事かと、ソラは納得し、眉を顰めた。
しかし、シドルバー伯爵領が襲われてから、火事場盗賊団がベルツェ侯爵領へ逃げ込むまで、時間があったはずだ。
情報を受けていれば、ベルツェ侯爵が対策を取らなかったとは考えられない。
──と、なると原因は……。
「……山、ですか」
「ご名答。シドルバー伯爵領との境にある険しい山を、直に越えてきたのだ」
火事場盗賊団は当初、南に進路を取って逃走していた。
シドルバー伯爵領の南はトライネン伯爵領、王国随一の猛将と騎兵隊を持つ土地だ。
シドルバー伯爵はトライネン伯爵と連携して、賊を挟撃、一息に壊滅させるつもりだった。
しかし、シドルバー伯爵軍の奇襲の間隙を縫って、火事場盗賊団は秘密裏に寄せ集め部隊と中核部隊の二手に分かれ、中核部隊は西へ方向を転換していた。
ベルツェ侯爵領へは山越えをしなければたどり着けない。
シドルバー伯爵も、賊があえて山を越えるとは考えていなかった。
それほど険しい山なのだ。
結局、地元の村人が崖下に墜落死した賊の死体を幾つか見つけ、事態が発覚する。
報告を受けたベルツェ侯爵が虎の子の巨兵隊を向かわせたが、時すでに遅かった。
「──山越えで中核部隊も疲弊している。しばらく活動できないと思うが、領内にいるとなると安心できなくてな」
ソラとしても他人事ではなかった。
復興途中の子爵領を襲われては元も子もない。
ベルツェ侯爵領からは川で繋がっており、行き来もたやすい。
「山越えの経験を積んだ火事場盗賊団が、ベルツェ侯爵領とシドルバー伯爵領を行き来する可能性もありますね」
「考えたくはないが、その懸念を潰すためにも、知恵を借りたい」
ベルツェ侯爵が申し出る。
「具体的には、鉱山の排水装置の組み立てを我がベルツェ侯爵領で行い、シドルバー伯爵領へ輸出する。この構造を教会派に噛みつかれないように完成させたい」
──そんな、無茶な……。
ソラは渋い顔をした。