軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話  二者面談

シドルバー伯爵は近衛隊の練兵場までチャフを担いできた。

すれ違う老若男女は、王城ではまずお目に掛かれない光景に一瞬ギョッとする。

しかし、シドルバー伯爵の顔を見ると、納得顔の苦笑という不思議な表情で道を譲った。

巻き込まれたくなかったのだろう。

哀れな生け贄がトライネン伯爵家の長子、チャフだと気付くと、更に納得した様子だった。

シドルバー伯爵は練兵場に足を踏み入れ、休憩中の近衛隊士に目を付ける。

「そこの髭面、木剣を貸せ」

水筒に口を付けて天を仰いでいた近衛隊士は、大声で命令された事を訝しむように目を向ける。

発言者がシドルバー伯爵だと知るや否や、目を剥いた。

「は、はい! ただいま持って参ります!」

「うむ、良い返事じゃ!」

シドルバー伯爵は愉快そうに言いつつ、肩に担いでいたチャフを地面へ放り投げる。

他家の子息に対して、やってはいけない扱いだ。

しかし、シドルバー伯爵がトライネン家を相手に遠慮するはずがない。

チャフも予想していたらしく、地面に落ちる瞬間に受け身を取って、立ち上がった。

シドルバー伯爵は鼻で笑った。

「さて、チャフ。この一年間で何度ソラ卿に負け、どの様に差を縮めてきたんじゃ?」

シドルバー伯爵は腕を組んで仁王立つ。

問われたチャフは、視線をさまよわせた。

少なくとも、武においては勝負を挑んでいない。

唯一の勝負は二ヶ月前、麦角を巡る騒動でソラに仕掛けた政策勝負だ。

しかし、勝負は未だに継続中である。

チャフが包み隠さず伝えると、シドルバー伯爵は鼻から息を吐き出した。

「……親子揃って、貴様らは全く。勝負を挑んだだけ、息子の方がマシか」

呆れたような呟き声だが、シドルバー伯爵の声量で呟いても丸聞こえである。

チャフは怪訝な顔で問いかけた。

「親子揃って、とはどういう意味でしょうか?」

「そのままの意味じゃ。貫陣はベルツェに劣等感を抱いておった。貴様はソラ卿が相手のようだがな」

「父が、ベルツェ侯爵に……?」

チャフには初耳だった。

シドルバー伯爵は首の裏をボリボリと掻く。ひどく面倒くさそうだ。

「世話の焼ける奴らじゃ」

シドルバー伯爵が嘆息した時、近衛隊士が木剣を二本持ってきた。

シドルバー伯爵は二本ともチャフへ放り投げる。

「両手に持って、儂に掛かって来い」

「えっ?」

足下に落ちた二本の木剣とシドルバー伯爵を見比べて、チャフは困惑した。

なにしろ、シドルバー伯爵は丸腰で、しかも老人である。

動けないでいるチャフを見て、シドルバー伯爵が苛々しだす。

「さっさと掛かって来い。どこまで儂の手を煩わせるつもりじゃ! 貴様だけ武器を持っておるこの状況でも、まだ差が埋まっていないと言うつもりかッ!?」

シドルバー伯爵に一喝され、チャフは気付く。

完全に舐められているのだ。

ここまで舐められては、自らの沽券に関わる。

瞳を険しくしたチャフは、木剣を両手に持った。

シドルバー伯爵は丸腰で仁王立ちしたままだ。

危なくなったら寸止めすればよいと考えて、チャフは駆け出す。

右の木剣で狙うのはシドルバー伯爵の腕、左の木剣は追撃として振り降ろすべく肩に担ぐ。

間合いに入るか否かのところで、シドルバー伯爵が予備動作なしに右足を振り上げた。

チャフは、届くはずのない蹴りを繰り出されて訝しむ。

しかし次の瞬間、チャフの目前に何かが飛来した。

驚いて頭を仰け反らせるが、左に担いだ木剣の重量により体勢を直すまで時間が掛かってしまう。

仰け反っているため、シドルバー伯爵の動きも見えない。

一度下がって体勢を立て直そうとするが、何故か足を引けなかった。

「──馬鹿正直に木剣を二本持つからじゃ」

シドルバー伯爵はチャフの足を踏み、逃げられないようにしていた。

庭の枯れ葉を払うような軽い仕草で、シドルバー伯爵はチャフに足払いを掛ける。

「──あっ」

焦りの声を短く上げ、尻餅を突いたチャフを腕組みしたまま見下ろして、シドルバー伯爵は顎をしゃくる。

チャフが後ろを振り返ると、シドルバー伯爵の靴が片方転がっていた。

「チャフ、貴様は頭が悪い」

シドルバー伯爵は断言する。

実際、挑発されただけで誘いに乗った自分は馬鹿だと、チャフはうなだれた。

「しかも、状況判断も不正確じゃ。ソラ卿は儂と初対面にも関わらず、儂が怒鳴る事を予期して耳を塞ぎよった。ベルツェの奴より動きが早かったくらいじゃ」

度重なるシドルバー伯爵の指摘は、チャフとソラの差を明確に言葉にしていった。

チャフは木剣を手放し、耳を塞ぎたい衝動に駆られる。

だが、次のシドルバー伯爵の言葉に目を見開いた。

「──しかし、ソラ卿の運動能力は並だ。事実、とっさに受け身も取れんかった」

チャフがよろめいてぶつかった時、ソラは受け身を取れていなかった。

思い返してみれば、火炎隊との訓練でも、ソラは地面を転がされてばかりだった。

しかし、引っかかる事もある。

チャフは決闘の際、ソラに投げ飛ばされているのだ。

チャフの疑問をシドルバー伯爵は鼻で笑った。

「投げるためだけに、状況を整えておったじゃろうが。チャフだけをおびき出し、部下に攻撃を防がせ、儂が先ほどやったように物を投げつけて体勢を崩す。運動神経は並で十分じゃ」

言われてみれば、あの時の自分はかなり不安定な体勢に誘導され、ゴージュの捨て身の忠義を不意に見せつけられて、心の平静を欠いてもいた。

チャフは思い返し、初めて決闘の内容を客観的に見つめた。

シドルバー伯爵はチャフを立ち上がらせる。

「ソラ卿は身体能力の低さを把握し、それを思考力や計画で補った。チャフが見習うべき事の一つじゃ」

チャフは渋々頷く。

シドルバー伯爵は借りていた木剣を近衛隊士に投げ渡した。

「チャフ、貴様は一年もの間、ソラ卿の仕事を見てきたはずじゃ。ソラ卿の辣腕振りは儂の耳にも届いておる。貴様が劣っている事が分かった今、学び取れる物があるじゃろ?」

シドルバー伯爵に問われたチャフは、拳を握りしめた。

「ソラ卿のやり方は参考にならない。あんなやり方は──」

チャフが言い切る前に、シドルバー伯爵は彼の顎を鷲掴みにし、口を開く。

「勝ってから抜かせッ!」

轟音が練兵場に響き渡り、驚いた近衛隊士達が木剣や訓練用の槍を取り落とした。

シドルバー伯爵はチャフの顎を鷲掴みにしたまま、言葉を続ける。

「ソラ卿だけではない。貴様より優秀な輩は星の数ほどおるんじゃ! 一々劣等感を抱いていじけるだけでは飽きたらず、優れた者から学び取ることすら放棄する気か。気に食わん手なら、参考に止めれば良いだけじゃ。そんな事すら分からんのか、貴様はッ!」

顎を掴まれたチャフに反論など出来るはずもない。

シドルバー伯爵はチャフを突き飛ばす。

「どこまでも世話を焼かせおる」

シドルバー伯爵は鼻息荒く吐き捨て、ふと思い付いたように王城を振り返った。

「確か、ソラ卿の元には変わった経歴の部下が多いと聞いたな……よし」

シドルバー伯爵は一人、何かを決断した。

嫌な予感がして逃げ出そうとしたチャフの襟首をむんずと掴み、担ぎ上げる。

そうして、シドルバー伯爵は再び王城を闊歩しだした。