作品タイトル不明
第二話 ちらつく銀の影
ウッドドーラ商会の店構えは、如何にも儲けています、と言わんばかりだった。
巨大な木製扉は開け放たれており、掃除が行き届いた店内が覗いている。
一歩、足を踏み入れれば、即座に案内人がやって来て用向きを聞き、適切な窓口へと客を導く。
案内人が必要な程、来客が多い事を物語っていた。
裏に回れば、船への積み卸しがひっきりなしに行われ、怒声染みた指示が飛び交っていた。
「流石、賑やかだな」
活気に揺れる空気を肌に感じながら、ソラは呟く。
廊下の先を行く案内人、ミナンが肩越しに振り返った。
「造る端から売れていきます。その分、在庫管理が大変ではありますが、王都でやりくりしていた担当者は嬉しそうでした」
担当者は、商会が教会に敵対視され、ゆっくりと資金が無くなっていく様を見てきたのだ。
黒字に続く黒字とくれば、帳簿を付ける担当者もうれし涙を流すだろう。
「こちらの部屋です。当商会の長、ツェンドは中で待っています」
ミナンが扉を押し開き、ソラに中を示した。
革張りの長椅子に腰掛けて、ラゼットとツェンドが世間話に興じていた。ラゼットの後ろにはサニアが立っている。
ソラがリュリュを伴って部屋に入ると、座っていたラゼットとツェンドは立ち上がり、一礼する。
ソラが長椅子に腰を下ろす。
ラゼットは慣れた仕草で、長椅子の後ろに立った。
ソラの後ろに、ラゼットを挟んでサニアとリュリュが並ぶ。
ツェンドの後ろには、ミナンが同じ様に佇んでいる。
少々、女性の比率が高い。
ツェンドは話のきっかけに丁度良いと見て、ソラへ水を向けた。
「綺麗所が揃っておりますね。いやはや、眼福です」
ツェンドは嬉しそうに目を細め、女性陣を見回した。
品の悪さを感じさせない自然な動きと表情だ。
ラゼットとミナンは愛想笑いで受け流し、リュリュは興味なさそうに壁の材質を観察している。
気付かれないように横目を投げたソラは、照れたように俯くサニアを見てから、ツェンドに向き直った。
ツェンドは人好きのする笑みを浮かべていた。
「美人といえば、“銀の娘”の噂をご存知ですか?」
あっさりと話題を切り替えたツェンドの言葉に、ソラは首を振った。
「知らないな。何をしている女だ?」
自分も詳しくは知らない、と前置きして、ツェンドは噂の内容を舌に乗せる。
「なんでも、あちこちの商会に出入りしているそうです。銀髪が目を惹く行商人風の娘らしいのですが、行商の足跡が辿れない。何を商っているのかも分からない。正体や目的が一切不明との事です」
「要領を得ないな」
噂なんてそんな物かと思いつつ、ソラは思考の端に追いやろうとして、思いとどまった。
「あちこちの商会に出入りしているなら、出入りしている商会の共通点から、銀の娘の商品を絞れるだろう?」
「それがバラバラでしてね」
「……調べたのか?」
──詳しくは知らないと前置きしていた癖に、要は話に食いつかせたかったのか。
好奇心を逆手に取られて、ソラは苦笑する。
ツェンドはニヤリと笑ったが、肩を竦めた。
「調べたのですがね。何も分からない、という事が分かりました」
「ほう、そいつはまた……」
ツェンドの結果報告に少し驚いて、ソラは感心の声をこぼす。
「少なくとも、銀の娘は存在するんだな?」
「ほぼ、間違いありません」
ソラは楽しむような眼をまぶたで隠す。
──ウッドドーラ商会が調べて駄目となると、少し“耳が良い”程度では尻尾が掴めないか。
つまり、銀の娘は極めて慎重に、隠密行動を取っている事を示唆している。
──後で調べさせるか。
ソラは、コルを通じて、宿料亭組合から情報を吸い上げる事に決めた。
「他にも何か面白い話はあるか?」
ソラが水を向けると、ツェンドは勿体ぶるように口を閉ざし、間を作る。
間隙を縫って、紅茶が用意された。
「……最近、銀細工の出物が増えているのです」
ツェンドが切り出した。
ソラは僅かに眉を上げ、興味があることをアピールする。
「出所を辿ってみるとシドルバー伯爵に行き着きました。ですが、妙でしてね」
「シドルバー伯爵領は火事場盗賊に襲われたからな。復興資金の捻出に、銀細工を売り払ったんだろ?」
ソラが指摘すると、ツェンドは頷く。
「最初は同じ考えでした。しかし、流通量が少々多すぎるのです。別の貴族から、シドルバー伯爵へ銀細工が送られているのではないか、と予想しています」
「なるほど、シドルバー伯爵領はトライネン伯爵領を経由しないと道が悪い。かさばる貨幣ではなく、付加価値付きの銀細工を送って支援している者がいるのか」
ソラが理解したと見るや、ツェンドは商談用の笑みを浮かべ、口を開く。
しかし、ソラが開いた片手をツェンドの鼻先に突きつけ、機先を制した。
「言っておくが、俺は銀細工など持っていない。貧乏子爵だからな。トライネン伯爵領を経由して輸送路を確保する事も無理だ。チャフに頼め。出回っている銀細工にも興味がない。客なら他を当たれ」
提案する前からことごとく却下され、ツェンドは口を開け閉めする。酸欠の魚を連想させた。
ソラはため息を吐く。
「ツェンド、俺を呼んだ理由はそれだけか?」
「……いやはや、こうも手際よく撥ね付けられますと、いっそ清々しいですね」
参ったように後頭部を掻いて、ツェンドは肩を落とした。
「銀はやや値下がりしております。揺り戻しに期待し──」
「急激な揺り戻しはない。仕掛け人が王国の財布、シドルバー伯爵だからな。余剰資金もないのに、長期投資をしたくはない。他を当たれ」
ツェンドに最後まで言わせず、ソラは一蹴した。
シドルバー伯爵領は豊富な鉱山を持ち、金や銀、銅なども多く産出する。
王国貨幣の材料はシドルバー伯爵領から供給されているのだ。
「王国の財布、言い得て妙です。焦げて穴が空いておりますが」
ツェンドが悔しそうに皮肉った。
ソラは苦笑する。
一段落着いた所で、部屋の扉がノックされた。
ツェンドが一瞬、顔をしかめる。即座にミナンが頭を下げ、扉の向こうに消えた。
ツェンドは改めて、ソラに頭を下げた。
「申し訳ありません。後で良く言って聞かせますので」
しばらくして、ミナンが帰ってきた。腑に落ちないという顔をしていたが、ツェンドの耳に口を寄せる。
ツェンドは鬱陶しそうにミナンから遠ざかった。
「今は大事なお客様がいらっしゃっている。後にしろ」
「……その大事なお客様に、来客なのよ」
ミナンの囁き声を聞きつけて、ソラは首を捻った。
ツェンドも不思議そうな顔でソラを見る。
問うような視線に対して、ソラは首を振った。
「心当たりはない。誰だ?」
ソラが素直に訊ねると、ミナンは困惑を表に出した。
「ベルツェ侯爵の使いです。手紙を持ってきた、との事でした」