作品タイトル不明
第一話 復興を遂げた村
子爵領の中央からやや北よりの村に、ソラは視察に来ていた。
着任時にも立ち寄った程、ソラはこの村を気にかけている。
なぜなら、子爵領の財源に直結する重要地点の一つだからだ。
「思い切った投資をしたな……」
村外れの建物を見て、ソラは苦笑した。
煉瓦造りの建物が数棟並び、屋根から煙を上げている。
「これなら、虫も来ないだろうね」
リュリュが辺りを見回して、呟いた。
立ち込めている煙の効果を想像したらしい。
案外、川に隣接するように建てた理由の一つかもしれなかった。
しかし、本命は資材搬入を容易にするためだろう。
実際、今も村人が材料のシラカバを川から運び込んでいる。
ここはクラインセルト子爵領の財源であると同時に、ベルツェ侯爵領にある林業都市の生命線、燻製シラカバ材の生産拠点の村だ。
村と言っても、クラインセルト伯爵領から流れ込んだ難民を受け入れ、人口が急速に増加している。
村から町へと昇格させるべきかもしれない。
そんな発展著しい村だけあって、活気も目を見張るものがある。
しかし、村長は目の下に隈を作ったやつれ顔だった。陰気な事この上ない。
「ソラ様、こんばんは──いや、朝でしたね。うん? 昼なのか?」
微妙に壊れた調子で半笑いして、村長は太陽を見上げ、ふらついた。
「目が霞む。今なら苦しまずに死ねそうじゃ」
「死ぬには当分早い。まだ働いてもらうからな」
村長が見ていたゴールテープを、ソラは躊躇なく遠ざけた。
ただでさえ陰気な村長の顔に、絶望の影が差す。
「しかし、倒れられては困るからな。後輩の育成に時間が割けるよう、人を出そう」
一筋の光が村長の陰気さを払った。
──これで当分は頑張ってくれそうだな。
こき使う気満々のソラは、内心でほくそ笑んだ。
後輩を育てたとしても、村長の仕事は減りそうにない。
ソラは改めて燻製小屋に隣接する川へ視線を移す。
澄んだ水が流れる幅広の川には、何隻もの船が行き交っている。
どれも燻製シラカバ材を積載した船だ。
「……リュリュ、どう思う?」
綺麗な線を描く顎に手を当てて考えているリュリュに、ソラは意見を求めた。
「窮屈そうだね。船足も遅い。込み合うわけだよ」
リュリュの分析は的を射ていた。
船はどれも小型、たまに中型の大きさで、積載量は高が知れている。
燻製シラカバ材を満載した船は、川の上流を目指して動く。むろん、流れに逆らっているため、船足は遅い。
動力は櫂による人力だ。
積載スペースを確保するため、帆柱を設けておらず、風の力が借りられないらしい。
ソラは弱り顔で腕を組んだ。
「大型船の所有禁止が、ここまで足を引っ張るとはな……」
伯爵領時代、豚伯爵の父、ソラの祖父に当たる人物が、大型船の所有を全面禁止した。
ソラは子爵領の成立後、すぐさま所有を解禁しようとして、頓挫した。
船は武力に直結する。
領民や教会がソラに反旗を翻した時、対抗できるだけの船を揃えておく必要があったのだ。
二月ほど前に発生した毒騒動では特に警戒したが、予想に反して、素早い回収などがソラの人気を後押しする形になった。
反乱の可能性はもう無視できると考えたソラは、大型船の解禁に踏み切った。
しかし、第二の問題に直面した。
大型船建造の技術が、断片的にしか残っていなかったのだ。
海に隣接する領地だというのに、大型船が建造できない。
事実を知った時、ソラは乾いた声で笑うしかなかった。
技術者達は既に他界したか、仕事を求めて別の領地へ移民していたのだ。
残っている物は、数十年前ですら型遅れとされた船の設計図くらいである。
ソラはため息を吐きながら、川を行き交う船を見つめた。
「……この状況では、輸送限界も近い。どうしたものかな」
ソラが思案していると、隣にいたリュリュが向かって来る何者かに気付いたらしく、手を振って合図した。
「サニア、こっちだよ」
「なに? サニア!?」
リュリュが口にした名前にソラは反応し、瞬時に首を振り向けた。
ソラの勢いに驚いた村長が背をのけぞらせ、腰を痛めた事に、ソラは気付いた様子もない。
「おぉ、サニア! やっと機嫌を直し──」
駆け出そうとしたソラの顔面に、布に綿を詰めた鞠のようなボールが直撃した。
最近、サニアが愛用しているソラ撃退グッズである。
肉体的ダメージこそ皆無だが、サニアが投げる事により、ソラへ精神的ダメージを期待できる。
案の定、ソラは目に見えて気落ちして、地面の小石を川へ蹴り入れ始めた。
リュリュはボールを拾い上げ、近くに来ていたサニアへ投げ渡す。
片手で見事にキャッチしたサニアは、油断なくソラとの距離を測りつつ、リュリュの隣に到着した。
「馬車の中で耳を触られそうになった事、まだ怒ってるのか?」
苦笑しながら、リュリュが問う。
サニアは赤らめた頬を膨らませて、ソラを睨んでいた。
「ソラ様、ラゼット姉が呼んでる。ウッドドーラ商会の準備が出来たって」
サニアに呼びかけられたソラは、横目でチラリと盗み見る。
「サニア、ソラ様が許して欲しいってさ」
リュリュが助け船を出すが、サニアはソラに舌を出して、ウッドドーラ商会へ走り去った。
リュリュは苦笑を深めて、ソラの肩を叩く。
ウッドドーラ商会への道を歩き始めながら、リュリュは思いつきを口にした。
「機嫌を直して欲しいなら、何かプレゼントでもしてあげたら?」
「俺に耳を撫でられる券を作ってやればいいんだな」
「……ブレないね」
リュリュは呆れを通り越して、感心さえしてみせる。
ソラは難しい顔をして、青空市場の方角へと目を向けた。
ベルツェ侯爵領との交易を行う村であるため、子爵領では手に入らない細工物も売っている事だろう。
「ちょっとは興味が出てきた?」
ソラの考えを見透かして、リュリュが問いかける。
ソラは曖昧な顔で首を振った。
「やめておこう。プレゼントを売り払った金で、布ボールが革ボールに強化されかねん」
そんな馬鹿な、という顔をしたのは村長だけだった。
リュリュは納得しつつ、困り顔で口を開く。
「……サニアもブレないからね」