作品タイトル不明
283.黄鱗帝国過去編4
蘭が伝説の存在と思われていたエルフという事もあってか、側室になる事に反対する者はいなかった。
伝説の存在というより、膨大な 龍(魔) 力を持っていると知られているからというのが大きいだろう。
三か月後、空いていた宮殿を改修し、蘭の住まいが決定したのと同時にとても面倒な手順の婚礼が行われた。
エルフにはない風習な上、エルフの里の全員を合わせた数より多い人数に見られながらの婚姻の儀式は蘭の精神を消耗させただけでなく、 延景(イェンジィン) の父親である皇帝が明らかに私に興味を持っているのがわかり、皇后や皇帝の寵妃達からの視線が痛いほど突き刺さる。
けれど、その苦痛を乗り越えた後には蘭にとっての楽しみが待っていた。
延景(イェンジィン) と出会ってから都に到着するまでに話を聞いていた、初代皇帝が友となった黄龍に会えるのだ。
蘭はドラゴンに何度か会っていたが、黄鱗帝国のドラゴンは翼がなく、身体が長い珍しい種と聞いて好奇心が疼いていた。
実際、蘭は城に到着してからずっと、とても大きな魔力を感知していて、何度か探しに行こうとしたくらいだ。
だが、黄龍に会えるのは皇族だけで、婚姻を済ませたら会えると聞いていたから蘭はこの日を待っていた。
数日かけて行われた婚姻の儀の最終日、人前での儀式は全て終わり、二人は後宮へと向かう。
婚姻のための朱い衣裳のまま蘭達が向かったのは、後宮の中心にある大きな建物だった。
四方を高い壁で囲むような建物があるのは遠目にもわかり、そこが黄龍の住まいだ。
ハイエルフに勝るとも劣らない膨大な魔力で、歓迎されない者は圧を感じて近付く事もできないだろう。
いつも 延景(イェンジィン) について回っている侍従達も、建物がある門の前までしか近付く事を許されていない。
建物の扉の前に二人が立つと、念話で語りかけられた。
『よくぞ参った。新たな皇族を歓迎しよう』
落ち着いた男性の声。しかし、 延景(イェンジィン) が開けた扉の向こうにはちょっとした森のようになっており、その上に声の主である黄龍が浮いていた。
「黄龍様、 我(わたし) の側室となった蘭を紹介しに来ました。よろしく頼みます。蘭、黄龍様だ。今は地上に出ておられるが、この地下で休んでいらっしゃる事も多い」
「お初にお目にかかります。蘭と申します」
『エルフとは懐かしい。 玄耀(シュエンヤオ) と共に過ごした事のあるハイエルフ以来だな。名を何と言ったか……も……も……おおそうだ、萌だ。エルフのそなたが来たのなら、私が去っても安心だろう。久々に萌に会いに行くのもまたよし』
「黄龍様! そのような事をおっしゃらないでください! あなた様がいらっしゃるからこそ、この黄鱗帝国は栄えているのです!」
これまで歴代の皇帝が迷った時に相談を受けたり、干ばつが続いた時には雨を降らせたりと手助けをしてきたが、依存体質にならぬよう離れなければと、黄龍は以前から考えていた。
そこに現れたのが、黄龍よりは格段に魔力量が落ちるものの、エルフの中でもそれなりの魔力を持つ蘭。
いきなり何の助けもない状態になるより、段階を踏むのにちょうどいいと思えたのだ。
『いきなりいなくなるような事はせぬよ。 延景(イェンジィン) 、我が友 玄耀(シュエンヤオ) の子孫よ、お前が皇帝になるのを見届けるまではこの国に留まると約束しよう。心配するな、そこの蘭は若く見えるが数百年は生きておるはずだろう? 魔力を見ればわかる』
「それは……そうですが……」
これまで黄鱗帝国を支えてきた黄龍が、自分の代からいきなりいなくなる。
そんな状況に 延景(イェンジィン) は恐怖にも近い感情に襲われた。
蘭が長く生きているエルフだとしても、国を治めてきたわけではない事は話をしてわかっているから頼れない。
そんな 延景(イェンジィン) の胸中を蘭は察していた。
「 延景(イェンジィン) 、何もすぐいなくなると言ってはいないんだ。もしかしたら心変わりするかもしれないし、少しだけ遊びに行って戻って来るかもしれないじゃないか。すぐに 延景(イェンジィン) が帝位を継ぐわけでもないし、今後の事はこれから考える時間はあるさ」
蘭は 延景(イェンジィン) の肩に手を置き、落ち着かせる。
「そ、そうだな。急な話で動揺してしまった。すまない」
その日から、 延景(イェンジィン) は時々不安を漏らすようになった。
蘭が側室になった事で、反対派は鳴りを潜めて皇太子の座は不動のものになったが、自分が即位した途端に黄龍がいなくなれば、家臣達から責められるのではないかと言うのだ。
「だったら黄龍を城に封印しよう。捕らえたドラゴンを養分として土地を潤す魔法陣がある。黄龍が封印されている限りこの帝国が衰退する事はないはず」
奇しくもその魔法陣は数百年後、邪神を復活させるために、四天王であるダミアンが黒に対して使った魔法陣と類似のものだった。
その知識はダークエルフの茜から禁術だと言われたもので、蘭自身一生使う事はないだろうと思っていた魔法陣だ。
これまでの 延景(イェンジィン) であれば、この提案に反対しただろう。
だが、即位と同時に去ると黄龍に告げられてから募らせた焦燥感、そして蘭という理解者の存在が判断を誤らせた。
それから十年後、 延景(イェンジィン) と 翠琴(スイチン) の間には二人の子供が生まれており、病に伏した皇帝の代わりに 延景(イェンジィン) が即位する事が決まる。
その事を黄龍に報告する時が来た。
延景(イェンジィン) と 翠琴(スイチン) 、そして蘭の三人が地下のねぐらにいる黄龍を訪ね、翌日戴冠式があると告げる。
『そうか、では明日の戴冠式を見届けてから行くとしよう』
「それでは困るのです。あなたにはずっとここにいてもらわないと」
この十年の間、蘭は黄龍に気付かれないように地下に魔法陣を構築していた。
魔力でバレないよう、灯りの魔導具や、換気のための魔導具など、蘭の魔力を感じるのが当たり前の状態にしていたのだ。
蘭はその魔法陣を発動させた。