作品タイトル不明
282.黄鱗帝国過去編3
蘭は父親とナルマト大陸を旅していた時、路銀が心もとなくなると、魔物討伐で困っている領地に行って領主に声をかけていた。
そういう事が数回どころではなくあったため、貴族女性の話し方やしぐさを見る機会は多かったと言えよう。
社交界の華と呼ばれていた貴婦人をイメージして蘭はその場に集まった者達に挨拶をする。
ほとんどの者は蘭の姿に見惚れていたが、 翠琴(スイチン) のお付きの女官達はあからさまに敵意を向けていた。
己の主のライバルが現れたのだから、当然の反応だろう。
蘭はそれすらも楽しんでいた。
「今宵はもう休むだろう? 蘭は東宮殿の客間を使うといい。 翠琴(スイチン) も出迎えご苦労だったな」
夕食は都の外で陽が沈む前に済ませていたため、 延景(イェンジィン) は早々に解散して長旅の疲れを癒そうとしていた。
身体の方は蘭の魔法で元気だが、精神的な疲れは慣れた寝室での睡眠が一番だと 延景(イェンジィン) は思っている。
「あの……東宮様。蘭様を側室にされるのでしたら、今宵から後宮に留め置くべきかと。わたくしの宮でしたら部屋が整っておりますので、すぐに休んでいただけますし」
「そうか? ならば任せる。二人とも、また明日話そう」
「「おやすみなさいませ」」
延景(イェンジィン) はあくびをしながら、自室へと入って行った。
翠琴(スイチン) は 延景(イェンジィン) が見えなくなると、蘭に向き直る。
「蘭様。少しお時間いただけますか? あなたの事を知りたいのです」
「もちろんですわ。お世話になるのですから」
「では、ついてきてください」
余裕げに、にっこりと微笑む蘭に気圧されつつも、東宮妃としての意地と言わんばかりに毅然とした態度で蘭を東宮妃殿へと案内する 翠琴(スイチン) 。
門をくぐり、十分ほど歩いて到着した。
「部屋に水差しなどの準備をさせますから、その間はわたくしとお話しましょう」
「ええ、喜んで」
翠琴(スイチン) の部屋に通され、お茶が出された。
お付きの女官に毒でも盛られるのではないかと思う視線の中、蘭は口を開く。
「東宮妃様、最も信頼できる口の堅い者を一人残して、二人だけの内緒話がしたいのですが」
「無礼な!」
真っ先に声を上げたのは、お茶を出した中年の女官。
翠琴(スイチン) のお付きの女官の中でも、最もわかりやすく敵意を見せていた者だ。
「では、あなたがここに残ればよいでしょう? 私が妙なマネをするようなら、大きな声を出して他の者を呼んでかまいません」
「 桃霞(タオシャ) 、蘭様の言う通りになさい」
「……はい。皆、部屋の外で待機なさい」
桃霞(タオシャ) に言われ、部屋にいた五人の女官が出て行った。
「では私の事を話しましょう。『 防音(サウンドプルーフ) 』……。見ての通り私はエルフです。エルフと人族の間に滅多に子は成せません。そして私と 延景(イェンジィン) の間に恋情はなく、あるのは友情のみ。側室となるのは、皇帝の手がつかないようにするための方便です」
「「えぇっ!?」」
さらりと語られた内容に、 翠琴(スイチン) と 桃霞(タオシャ) は驚きの声を上げる。
途中で魔法を使った事にも、 延景(イェンジィン) と呼び捨てたことに気付かないほど、予想外の話だったのだ。
「もしも私の部屋に 延景(イェンジィン) が来たとしても、ただ話しているだけか、酒を酌み交わしているでしょうね。……言葉を崩しても?」
「え? あっ、はい!」
まだ動揺している 翠琴(スイチン) は反射的に返事をした。
その様子を見て、蘭は満足だと言わんばかりに、にんまりと笑う。
「人前以外では私と 延景(イェンジィン) はこのように言葉を崩して話している。後宮で隙を見せてはならないと言われたしな。だが、さすがに東宮妃にとっては側室というもの自体が不安になるだろう? この事実を知っておけば、私と 延景(イェンジィン) が一緒にいても心を乱す事なく、安心できると思って話したんだ」
翠琴(スイチン) と 桃霞(タオシャ) は、後宮の女にあるまじき、口が開きっ放しの状態だ。
「……ハッ! 東宮様の御名を口にするのは不敬です!」
我に返った 翠琴(スイチン) が指摘する。
だが、蘭は気にした様子もなく、少し温くなったお茶に口を付けた。
「……ふぅ、美味しいな。こうしてお茶やお酒を飲んで楽しい会話をする時、気楽に名前を呼び合ってこそ友と言えるのでは? まぁ、友と言っても 延景(イェンジィン) も東宮妃も私からすれば幼子同然ではあるが」
「幼子……ですか?」
「私は何歳に見える? 四百歳を超えていると言ったら信じるか?」
「「四百歳!?」」
二人は再び口を揃えて驚きの声を上げた。
どう見ても二十歳そこそこで、肌の 肌理(きめ) も細かく、シミもシワも見当たらない。
だが、実際今の蘭の身体は四百歳を超えている。
「そう。つまりはそこの 桃霞(タオシャ) も私からすれば小娘という事だ」
「私が……小娘……」
そんな言葉は二十年以上前にしか言われていないであろう 桃霞(タオシャ) は、妙に嬉しそうに呟いた。
「これで私が東宮妃の敵にはならないとわかってくれただろうか。 延景(イェンジィン) も忙しいだろうから、時々私の話し相手になってくれると嬉しい。ああ、私の側室という立場が嘘という事以外は周りに話しても問題ない。年齢が四百を超えている事もな」
「わかりました。わたくしも話相手ができるのは喜ばしいですから。これからよろしくお願いいたします、蘭様」
「蘭でいい。東宮の正妃である東宮妃の方が側室より立場が上だしな」
「では、わたくし達だけで話す時は、わたくしの事も 翠琴(スイチン) とお呼びください。東宮様だけでなく、わたくしともお友達でしょう?」
「ふふ、そうさせてもらおう」
道中、 延景(イェンジィン) から城は伏魔殿だと聞いていた蘭は、思ったより穏やかに暮らせそうだと楽観的に考えていた。