作品タイトル不明
284.黄鱗帝国過去編5
『何を……っ!?』
闇のように黒い鎖が黄龍を捕らえ、石畳の床に黄龍が押さえつけられる。
動けなくなったところでジワリジワリと魔力が抜けていく事に黄龍は気付いた。
『おのれ……っ! これまで帝国を守ってきたワシにこのような仕打ちをするのか!!』
「申し訳ない! だが、 我(わたし) が皇帝になった途端に黄龍様がいなくなったとなれば、家臣達はきっと 我(わたし) を責める! それが恐ろしいのです!」
「黄龍様を決して殺したりはしません。けれどその溢れんばかりの魔力をこの帝国全体に行き渡らせ、逃げられないようにさせていただきます。あなたの友の国が、あなたの魔力のおかげで凶作とは無縁になるのですから喜んでください」
膝をついて泣き崩れる 延景(イェンジィン) とは対照的に、蘭は薄ら笑いを浮かべて黄龍に告げた。
この時から黄龍については箝口令が敷かれ、黄龍に関する書物は一部の皇族だけが入れる場所へ保管される事に。
皇后である 翠琴(スイチン) の二人の子は、一人は東宮として、魔力を持っていた弟は黄龍の世話係として役目を与えられた。
黄龍の前に蘭が姿を見せると荒ぶるが、まだ子供の皇子であれば、黄龍は穏やかになる。
元々気の優しい黄龍は、懸命に己の世話をする友の子孫を受け入れ、慈しんだ。
帝国全体に広がった黄龍の魔力は、いつしか帝国全体を肥沃な大地へと変え、貧しさに耐えかねた辺境の小国は全て統合された。
これでシユラ大陸にある国は黄鱗帝国と山脈の向こう側にあるエルドラシア王国だけになり、蘭の住む宮殿で大陸の地図を見ながら酒を飲んでいた 延景(イェンジィン) が盃を飲み干して蘭を見つめる。
その瞳は明らかにこれまでとは違う熱を持っていた。
延景(イェンジィン) の手が蘭の華奢な手に重なり、大きな手で包み込む。
「大陸が統一されたら、二人で旅するのも楽しいだろうな。…………蘭」
「何だ? 延景(イェンジィン) 、もう酔ったのか?」
いつもと違う友の様子に、蘭はほんの少し動揺した。
心臓の音がうるさく感じるのは酒を飲み過ぎたせいだと己に言い聞かせながら。
「金蘭の交わりよりも尊い 我(わたし) の蘭よ。そなたは友だが、それ以上に愛しいと思ってしまう 我(わたし) を許してほしい」
「 延(イェン) ……ッ」
友の名を呼ぶ前に、その声は熱を持った唇に呑み込まれる。
山脈のこちら側が統一された日の夜、蘭は 延景(イェンジィン) を受け入れた。
女性の身体で過ごすうちに心まで感化されたのか、それとも蘭自身が 延景(イェンジィン) という人間に惹かれたからなのかわからないままに。
それから二十年が経った頃、若者は黄龍の存在を伝説上のものだと思い、真実を知る者は少なくなっていた。
延景(イェンジィン) は蘭の外にも側室を十人迎えていたが、最後まで通い続けていたのは出会った頃と同じ美しさを保っている蘭だけである。
しかし、そんな幸せも長くは続かなかった。
延景(イェンジィン) が暗殺されたのだ。
噂では早く孫を皇帝にしたい 翠琴(スイチン) の父親が黒幕だとか、 翠琴(スイチン) の一族に罪を被せて我が子を皇帝にしたい側室だとか、臆測が臆測を呼び、城内は混乱した。
そんな中、 翠琴(スイチン) に殉死を求める声が上がる。
本来であれば次代の皇帝の母となる 翠琴(スイチン) が殉死する事はない。
だが、皇帝暗殺の潔白を証明するためにと、会議の場で政敵である側室の一派がゴリ押ししていた。
真実は蘭もわからなかった。ただひとつ言えるのは、 延景(イェンジィン) のいない黄鱗帝国に未練はないという事。
「皇后の代わりに私が殉死しましょう。明日の朝、私の遺体を部屋に迎えに来ていただきたい」
「蘭!?」
蘭の発言に 翠琴(スイチン) は驚きの声を上げた。
動揺で瞳を揺らしている 翠琴(スイチン) に、蘭は優しく微笑みかける。
二十年前のあの日、 延景(イェンジィン) と蘭が結ばれた事を知った 翠琴(スイチン) は二人を祝っており、恨まれても仕方ないと考えていた蘭は、そんな 翠琴(スイチン) に救われたのだ。
「片付けなどありますから、朝までは誰も私の部屋に近付かないでください。では失礼します。 翠琴(スイチン) 、今までありがとう」
それだけ言い残し、蘭は会議の場から離れた。
自室に戻って美しく着飾り、化粧を施すと、魔力を使って魔法陣を描き、皇帝の側室だった身体からダークエルフの茜の身体に乗り換える。
「魂はないけれど、共に過ごした身体は 延景(イェンジィン) と 永遠(とわ) に。『 隠蔽(ハイディング) 』」
こうしてダークエルフの姿となった蘭は、城を抜け出し、都を後にした。
「まずは茜が行きたがっていたエルフの里に向かうか。そこを足掛かりにエルドラシア王国を黄鱗帝国のものにするのも一興か」
蘭は 延景(イェンジィン) と二人で過ごしたあの夜の言葉を思い出す。
『大陸が統一されたら、二人で旅するのも楽しいだろうな』
延景(イェンジィン) はもういないとわかっているが、もしも統一が実現したら、 延景(イェンジィン) に会える気がした。
「必要ないとは思うが、万が一のために隠しておくか」
エルフの里があると思われる山脈に入り、探索魔法で複雑な洞窟を見つけた。
そこに黄鱗帝国の向こうで最初に手にかけた、兄妹の父親の身体を隠し、仕掛けを施す。
使う事はないと思いつつ準備した蘭だが、この用心が後の命運を分ける事となる。
後宮の側室の衣装のまま山中を歩き、あえて清浄魔法も使わず大きな魔力を感じる方を目指した。
「ダークエルフ……?」
弓に矢をつがえた一人のエルフが蘭を見つけ、驚いたように呟く。
蘭はとっさに出会った頃の茜を思い出しながらか細い声で訴える。
「ごめんなさい……殺さないで……」
相手が矢を下ろしたのを見て、蘭は内心ほくそ笑む。
この日から、蘭の長きにわたる計画は動き出した。