軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

各国の結婚事情

魔力に固有の波があることが判明してから数日後、依頼を終えて事務所に戻ってくると、スイードから来ているカタリナ=アレナスさんが読んでいた本を閉じて出迎えてくれた。

「お帰りなさいませ。お疲れ様でございました」

「ただいま戻りました。本読んでたんですね。なんの本ですか?」

まさか……俺の本じゃあるまいな……。

「え? ああ、恋愛小説です。お気に入りの作家の最新作なのですが、今日は早く仕事が終わったので続きが気になって……」

そうか……良かった……例の本じゃなくて……。

「へえ、お気に入りの作家なんているんですね。なんて名前なんですか?」

俺がそう聞くと、カタリナさんは嬉しそう教えてくれた。

「アマーリエって言って、キュンキュンするお話を書かれる作家さんなんですよ!」

「あ……」

カタリナさんがそう教えてくれたとき、ダームから来ているアルマ=ビエッティさんの小さな声が聞こえてきた。

「アルマさん、どうしました?」

「あ……すみません。報告書を書き損じてしまって……書き直さなきゃ」

しまった。

カタリナさんは仕事が終わっていたのかもしれないけど、アルマさんはまだ仕事中だったのか。

「すみません、騒がしくしてしまって」

「い! いえ! 私の方こそ話の腰を折ってしまってすみません。どうぞ、お話の続きを……」

そう言われると中々話し辛いんだけど……。

かと言って話を切り上げてしまうとアルマさんが責任を感じそうだしなあ。

なんか、アルマさんってオドオドしてるっていうか、周りに凄く気を遣ってる感じがするし。

なので、アルマさんに変な気を遣わせないように、さっきの話を続けることにした。

「カタリナさんって、結構本とか読まれるんですか?」

「はい! と言っても、恋愛小説ばっかりですけど……あ! でも! シン様の本は読みました!!」

「ぐふっ!」

油断した!

まさか、この流れからそっちに話が向かうとは!

「あの本はもう、シン様とシシリー様の恋愛小説と言って過言ではないですね! 読んでてキュンキュンしました!」

やめて!

これ以上追い打ちをかけないで!

「ソ、ソウデスカ……」

俺のことを書いたあの本の読者から直々に感想を聞かされるなんて……。

なんて拷問だ!

「プッ……ククク」

そう思っていると、背後から笑い声が聞こえてきた。

オーグが帰ってきたらしい。

よく見ると、俺と一緒に帰ってきたマークやオーグと一緒に帰ってきたトニーまで肩を震わせている。

お前ら……。

「アレナス、それ以上は勘弁してやってくれ。シンは自分のことが書かれている例の本が恥ずかしくて仕方がないのだ」

「そうなんですか?」

カタリナさんは、心底不思議そうに首を傾げている。

なんでこの恥ずかしさを分かってくれないんだ……。

「ところで、なんでそんな話になっているんだ?」

「ああ……いや、カタリナさんが本を読んでいたからどんな本を読んでるのか聞いてたんだよ」

「ほう。どんな話なのだ?」

オーグも興味を惹かれたようでカタリナさんに訊ねると、彼女は途端に口ごもった。

「えっと……その……」

「なんだ? 言えないような内容の本なのか?」

その様子を訝しんだオーグの目がちょっと細くなった。

「いえ! そういうわけでは!」

「あれ? 恋愛小説って言ってたよね? そんな話し辛い内容じゃないと思うけど……あ! もしかして、大人向けの……」

官能……?

「ち、違います!! 普通の恋愛小説ですよ!」

違うらしい。

「なら、なぜ口ごもるのだ?」

「さっき俺には普通に内容話してくれそうだったよね? オーグには話しにくいの?」

「あの……これは、あくまで架空の国の架空のお話ですから」

オーグと俺がさらに追及すると、カタリナさんは念を押すようにそう言ってから内容を話してくれた。

「これは、平民の少女が、お忍びで街に来ていた王子様と出会って恋に落ちるお話です」

……ん?

物語としてはありがちな設定だな。

なんでオーグに対して口ごもるんだ?

「……それのどこが言いづらいのだ?」

「それが、その……」

俺の気持ちを代弁するようにオーグが訊ねると、カタリナさんは視線をキョロキョロさせたあと、観念したように話し出した。

「王子様には、政略で決められた婚約者がいるのです。王子様はその婚約者の女性が好きではなくて……妃殿下を愛されている殿下には話しにくいなって……」

ああ、そういうことか。

オーグが妃であるエリーのことを大事にしているのはよく知られている。

学院を卒業してすぐにエリーが妊娠したと発表されたので、やはり王太子殿下は王太子妃を深く愛されていると市民の間で評判になっている。

依頼先で知り合った人から聞いたから間違いない。

そんなオーグに、婚約者のことが好きではない王子が出てくる話は聞かせにくかったんだろうな。

だが当の本人は、内容を聞いてもピンときていないのか首を傾げている。

「なぜ話しにくいのだ?」

「え? だって、婚約者を蔑ろにする王子様ですよ? この話に出てくる婚約者は性格最悪ですし……ご気分を悪くされるんじゃないかと……」

カタリナさんの方も、え? なんで? と言った表情で説明している。

……ああ、これはお国柄の違いで齟齬が生じているのかも。

「あの、カタリナさん。もしかしてスイードって、貴族とか王族って政略結婚が主流だったりする?」

「はい。スイードだけでなく周りもみんなそうですよ」

カタリナさんはそう言うと、事務所にいる皆を見回した。

事務員の皆も話を聞いていたようでクワンロンのミン=シャオリンさん、カーナンのイアン=コリーさん、クルトのアンリ=モントレーさんが頷いた。

「うちは貴族制度がないから、そういうのはあんまりないなあ」

そういうのはエルスのカルタス=ゼニスさんだ。

エルスは大統領制だからなあ。

身分制度はなく全員平民だ。

イースのナターシャさんはシシリーに付いていて俺の家にいるのでここにはいない。

となると、残る一人に視線が集まる。

アルマさんだ。

「あ……えっと……すみません。うちは今、よく分からないです……」

アルマさんはそう言うと俯いてしまった。

その言葉を聞いて、オーグの目が少し険しくなった。

「よく分からない、か。そもそもビエッティはここに派遣される前は役所に勤めていたと聞いたが?」

オーグのそれは、質問というより詰問に近い。

政治情勢の不安定なダームからの派遣員ということで、アルマさんの動向に目を光らせている。

実際、何人か隠密に監視させているらしい。

もっとも、基本的に事務所と自宅として借りているアパートの往復ばかりで、たまに買い物に出かける以外は家に引きこもっているらしい。

今のところは、不審な動きはないとのこと。

それでも疑いは拭いきれないらしい。

この機に少し踏み込んだ質問をしようという狙いが見て取れる。

オーグの質問に、アルマさんは忙しなく視線を動かしながらも返答した。

「えっと……私は平民で、仕事も役所の事務員でした。なので貴族の方と関わったことはないです。なので、貴族の方がいなくなって、せんきょ? で選ばれた人が来ても、正直あんまり私の仕事には関係なかったっていうか……」

そりゃそうか。

上が変わったって、末端の職員にはあんまり関係ないよな。

「ほう。それなのにウチの事務員に選ばれたのか?」

そういえばそうだ。

こう言っちゃあなんだけど、うちの事務員に選ばれたのは凄い経歴のエリートばっかりだって聞いたぞ?

アルマさんの経歴書も見たけど、優秀な事務員だという推薦文があった筈だ。

嘘を吐いたのか?

「それは、その……」

オーグの質問に、アルマさんは言いにくそうにしながらもその理由を話した。

「字が綺麗だからと……あと、報告書が読みやすいと褒めてもらったので、それが理由ではないかと……」

「「……」」

ん?

字が綺麗で報告書が読みやすいから選ばれた?

なんだそれ?

「ああ、確かに。アルマさんの報告書は字が綺麗で読みやすいと、王城の担当者に好評でしたね」

アルマさんの話した理由に首を傾げているとアンリさんがそれを肯定した。

「そうなのか?」

「はい。簡潔でいて分かりやすいと、この前王城に行ったときに依頼受付担当者が言っていました。うちは字が汚くて要領を得ない報告書を提出する奴らばかりだからって羨ましがられました」

へえ、そうだったのか。

アンリさんはうちと王城との間で依頼のすり合わせをすることが多いから、そのときに話を聞いたんだろうな。

秘書的な役割のカタリナさんに、書記のアルマさん、営業のアンリさんに差配のカルタスさんか。

ちなみに、イアンさんは計算が得意なのだそうで、経理を担当している。

立派な筋肉に今のところ使い道はないらしい……。

急遽事務員として増員されたシャオリンさんは、総務としての仕事をしているが、近々開設されるクワンロン語の語学学校の準備で事務所にいないことが多い。

時々、俺らのゲートを使ってクワンロンに戻ったり別方面で忙しそうにしている。

「そういえば、なんの話だっけ?」

話が大分脱線したけど、元はなんの話だった?

「アールスハイドは恋愛結婚なのかということです」

元々の話の提供者であるカタリナさんが思い出させてくれた。

「ああ、そうだったな。アールスハイドでは貴族も基本恋愛結婚が推奨されている。王族もだ。それに、貴族と平民の結婚も問題はない」

「あの、ちょっと聞いていいですか?」

そう言ったのは、いつの間にか帰ってきていたアリスだ。

側にコンビのリンもいる。

「なんだ? どうしたコーナー」

「えっと、シン君とシシリーのところは、シン君が普通じゃないから問題ないと思うんですけど、それ以外も大丈夫なんですか? 例えば、貴族令嬢が普通の平民の人と結婚するとか、その……平民女性が貴族男性に嫁ぐとか……」

アリスは、ちょっとモジモジしながらそうオーグに訊ねた。

え?

これ、誰だ?

アリスか。

え? アリス!?

「あ、ああ。本人たちが納得しているのなら特に問題はないな。ただ、平民女性が貴族男性に嫁ぐのは大変らしいが……」

「そうなんですか!?」

戸惑いながらもオーグが答えると、アリスが更に食いついた。

だから、これ誰だよ!?

「あ、ああ。貴族としての生活は平民とは大分違うからな。覚えなければいけないマナーも多いし、中々慣れずに精神が疲弊する者も多いと聞くな」

「そうなんだ……」

アリスはそう言うと神妙な顔をして考え込んだ。

え? マジでなに?

「……コーナーはどうしたんだ?」

オーグもアリスの様子に困惑した様子で、俺に小声で聞いてきた。

「分かんね。なんだろ?」

今まで、こういった恋愛関係の話には反発しかしてこなかったのに、今日のアリスは……。

あ! ま、まさか!?

俺が自分の推理に驚愕したとき……。

「あ、あの!」

さっきまでオドオドしていたアルマさんが急に大きな声を出した。

「さ、さっきの話の続きですけど……もしかして殿下と妃殿下も恋愛結婚なんですか?」

ああ、そういえばそんな話してたっけ

「あ、ああそうだ」

急に態度が変わったアルマさんに若干引きながらもオーグがそう答えると、カタリナさんとアルマさんの二人が「「わあ」」と歓声を上げた。

「だから、政略で婚約者が決まる話などに自分を重ねたりはせんよ」

「そうなんですね! 素敵です!」

「あ、あの! こ、今度詳しくお話をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

素直に感激しているカタリナさんと違い、アルマさんの食いつきが凄い。

そこまで感激したのだろうか?

「すまないが、そういう話をするのは得意ではなくてな。遠慮してくれ」

だが、オーグはアルマさんの願いを素気なく断ってしまった。

なんだ? やっぱり警戒して……いや、違うな。

そういえば、俺もオーグとエリーの馴れ初めは聞いたけど、付き合いだした経緯とかプロポーズとか聞いたことない。

本当に苦手なのか、単に恥ずかしいのか。

どっちにしても聞き出すのは難しそうだ。

「あ、そ、そうですか……」

断られたアルマさんは、ショックだったのかしょんぼりしてしまった。

「あー、アルマさん、ちょっといい?」

そう言ってアルマさんに近付いたのはマリアだ。

いつの間に帰ってたんだ?

マリアはアルマさんに近寄ると、何事かを耳打ちした。

その途端にしょんぼりしていたアルマさんの目が再び輝きだした。

「本当ですか!?」

「ええ。全員帰ってきたみたいだし、もう仕事終わりでしょ? 良かったら一緒にご飯でも行かない? カタリナさんも」

マリアのその言葉に、カタリナさんは笑顔で「是非!」と言ったが、アルマさんは喜びの表情を浮かべたと思ったら、すぐに「あ」となにかと思い出したらしく、またしょんぼりした。

「すみません……今日はこのあと用事が……」

「あ、そうなの。じゃあ、また今度にしましょうか」

「はい。折角誘って頂いたのに、すみません」

アルマさんはそう言うと、自分の荷物を持ってすぐに帰ってしまった。

「じゃあ、私も今日は遠慮しておきますね。アルマさんの都合が合ったときに一緒に行きましょう」

アルマさんを差し置いて自分だけマリアと食事に行くのは気が引けたのか、カタリナさんもマリアに断りを入れた。

「そうね。残念だけどそうしましょう。じゃあ皆、お疲れ様!」

マリアはそう言うと、そそくさとゲートで帰ってしまった。

「あ! おい、待てメッシーナ!」

オーグが慌てて手を伸ばすが、ゲートは無情にも閉じてしまった。

ゲートが消えた空間に手を伸ばしていたオーグは、ワナワナしながら差し出していたてを握りしめた。

「あいつ……まさか話すつもりじゃないだろうな?」

あー、そういえばマリアはああ見えて伯爵令嬢だ。

オーグと同じ貴族の通う学院に中等部までいたらしいから、オーグの恋愛事情とかよく知ってるのか。

まあ、あの流れだと話す気満々だろうなあ。

だからそそくさと帰ったんだろうし。

「……ここは王太子の権限で口止めをするか……」

なにしょうもないことに王太子の権限使おうとしてるんだ、コイツは。

俺は諦めろという気持ちを込めてオーグの肩に手を置き、そっと首を横に振った。

女子に恋バナを中断させるとか……。

あとでなに言われても知らないからな。

俺の気持ちを汲み取ったのか、オーグはガックリと肩を落としたのであった。

それより、さっきのマリアはなんか違和感があったな。

恋バナなのに、なんかサッパリした対応をしていたというか……。

前までだったら他人の恋バナなんか聞いた日には「なんで周りばっかり!」ってキレてたのに。

まあ、俺たちももう社会人だし、そういうノリは仲間内だけでするつもりなのかもしれない。

知り合って日が浅い事務員さんたちの前だし、そういうのは自重したのかも。

そういう意味では、マリアがカタリナさんやアルマさんと一緒にご飯に行くのは意義があるのかもしれない。

そういえば、アルマさんって事務所と自宅の往復ばっかりって言ってたよな?

用事ってなんだろ?

----------------------------------------------------

アルティメット・マジシャンズの事務所を出たアルマは、途中で夕飯の食材を購入した以外は真っすぐに自宅に向かった。

着いたのは、レンガ造りの三階建てのアパート。

アパートの階段をのぼり、自分の部屋の前まで来たとき、声をかけられた。

「ようやく帰ってきたか……」

声をかけてきたのはスーツを着た中年の男性だった。

その男性の顔を見たアルマはそっと溜息を吐くと、自室の扉を開けた。

「早く入って」

アルマは短くそう言うと素早く部屋に入り、男性もそれに続く。

男性がアルマの部屋から出てきたのは、数時間経ってからだった。