軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

069話 晩餐会

海賊騒動からひと月。

「乾ぱ~い」

キン、と甲高い音がする。銀杯同士のぶつかり合う音だ。中身はボンビーノ家とっておきの秘蔵の酒。

広間の中のいくつかで、同じように銀杯や木杯を掲げるものも居る。当然、これらの中身も酒だ。

もっとも、銀杯のうちの二人分は、かなり薄まったものになっているのだが。

なにせその二人は、聖別の儀こそ済ましているものの、まだ体も出来上がっていない少年なのだから。

「ああ、美味しいですね。モルテールン卿」

「同感です。勝利の美酒というやつでしょうか」

ボンビーノ子爵家の大広間。先だっての晩餐会の折も、ここで行われた。

没落を重ねる子爵家の、精一杯の見栄として手入れされていたこの部屋も、今は本来の輝きを取り戻しつつある。

新しい照明、新しい装飾、新しい敷物、手の込んだ料理と、どれもが新鮮で豊かな気持ちを抱かせる。

そして何より、居並ぶ面々の顔色がとても明るいのだ。

没落しても尚ボンビーノ家と縁を持っていた家の者が、こぞって集まっている。

その理由は一つ。

「こうして戦勝祝いを開けるとは……先代以来になりますから、もしかしたら私が生まれる前ぐらいからの御無沙汰だったのではないかと。これも、全てモルテールン卿のおかげです。感謝しています」

「その感謝は、御家の為に尽くした皆にお願いします。僕一人の力ではありませんから」

「それでも、卿が居られなければ、こうした場に立つことも無かったでしょう。私の感謝を、どうかお受け取りください」

「そこまで言われては遠慮も出来ません。では、いただきます」

改めておかわりを出されたものを、ペイスは受け取る。そしてもう一度、二人の杯が綺麗な音を立てた。

中身こそほぼ水と変わりがないような葡萄酒ではあったが、これはこれで風味の付いたお 冷(ひや) と思えば美味しいもの。少なくとも、ペイスの口には合った。

「それにしても、リハジック子爵の凋落ぶりは、凄かったですね。たったひと月であそこまで落ちぶれるとは」

「あれは、自業自得と言うのです」

先だっての海賊騒動の際、ボンビーノ子爵家がモンィエの村を接収した。

そのおまけに、蓄えられていた物資を、海賊収奪品の奪還という名目で、ペイスがその日の内にモルテールン領やボンビーノ家の港町に運んだのだが、その後のリハジック子爵の凋落ぶりは、仕組んだペイスさえ憐れみを持つほどにひどい物だった。

元々、モンィエの村にはボンビーノ子爵領の村や、リハジック子爵領の物資が集積されていた。海の無いリハジック領からは、全ての物資を街道で運ぶのだから不自然なことでは無い。

巷では、かなりのやり手と噂だったリハジック子爵アロック。彼は、何事も用意周到に準備することを好んでいたのだが、その性格もあって、集めた物資については既に売り先や使い道をきっちり決めていたのだ。

とりわけ、家畜と農作物については既に前金を受け取った上で、近日中に複数の領地に送り届ける予定だった。

そこにきて“海賊による被害”が起きてしまったのだから、当人が泡を吹いて倒れるぐらいの大騒動になる。

信用を守る為に家畜や農作物を買い集めようにも、冬を目前にした季節であったため、どこの村でも冬備えの屠畜や保存食作りを行っていて、まともに残っていない。残っている極僅かなものも、家畜などは翌年の繁殖用の為、足元を見られて常時の市価の数十倍から数百倍を吹っかけられる有様。

家畜の冬備えをしない家など、そうそうに無い。というよりも、皆無だ。家畜を飼うのなら冬の備えをしないはずがなく、家畜の冬備えをしない家はそもそも家畜を飼っていない。

唯一と言って良い例外が、モルテールン家。家畜を冬備えで屠畜する風習がまだ無い新興の家の為、この季節でもまだ多くの家畜が飼われていた。という事になっていた。

ここなどは、山羊一匹に購入時の二百倍の値段を付けて売りつけ、大儲けしている。誰が企んだことであったのかは分かり切っていたが、背に腹は代えられないとリハジック子爵は臍を噛んだ。

それでも契約を守れず、結局は違約金の請求が飛び込んできたのだから、リハジック子爵もよほど星の巡りが悪い。

いい加減あちこちから請求が飛んでくるようになったところで、リハジック子爵も流石にキレた。

「あの怒り具合は、歴史に残るでしょうね」

「そうですね。それで、ボンビーノ閣下の下に、軍勢揃えて怒鳴り込みに行ったところで、レーテシュのお姉さんが登場でしたか」

「あれも、モルテールン卿の取り成しあっての事。事前に準備も出来ましたし、迅速に連絡がつきました。ありがたかったですね」

「何の。伝言ぐらいならアルバイト程度で、大したことではありません。それにレーテシュ家も自分の家の利益を守る為にやったことですよ」

憤怒の感情も露わに、最後の手段とばかりに軍を起こしたリハジック子爵だったが、結局これが止めになる。

元々、ボンビーノ子爵家にこそ大義名分も理由も実利も公文書もあったため、後ろ盾となるレーテシュ伯は勿論の事、近隣諸領がこぞってボンビーノ子爵に味方したのだ。

そもそも、ボンビーノ家の後ろ盾でもあるレーテシュ伯に、面と向かって刃向える南部貴族などそうは居ないのだから。

リハジック子爵家対、南部諸領大連合という形になってしまった紛争。結果は、当然リハジック家の惨敗。半日も持たず無残な敗北を喫した男は、騎士としての名声まで奪われる羽目になった。

結果、多くの家からここぞとばかりに賠償金を求められ、今まで蓄えていた財貨もすべて吐き出し、今や借金まみれに落ちぶれた。

落ち目にここぞとばかり集る弱肉強食の論理は、貴族社会の悲しい摂理でもある。領都のみを維持するのにも四苦八苦したまま、他領に毟られ続けるという悲哀。

今やリハジック領は、ハゲタカとハイエナの狩場である。

対しボンビーノ子爵家は一躍、時の人となった。

少々多すぎる“海賊の戦利品”をモルテールン家と山分けにし、それで積もり積もった負債を全て完済。のみならず、今まで支援してくれた家に御礼まで出来た。

更にはその後に賠償もせしめたものだから、今までの凋落ぶりが嘘のように繁栄を取り戻したのだ。

おまけに、金のなる木ともいえる 南部街道(サウシーロディア) の両備え。リハジック子爵家を支えてきた金脈を丸ごと呑み込んだ形になる上、既存のインフラと併せての相乗効果は計り知れない。

今後の発展も間違いなしと、こぞって多くの貴族がボンビーノ子爵の下を訪れるようになったのだ。

今やボンビーノ子爵ウランタは、同年代の中では一番の有望株と見られるようになった。

丁度良い身代わり地蔵が出来たと、ほくそ笑む銀髪少年が居るのは余談である。

そして今日。

先だって国王陛下から海賊討伐の功を労うというお墨付きも頂けたこともあり、もって諸々の騒動が終結したことを祝って、晩餐会を行うことになったのだ。

ボンビーノ子爵が、何をおいても真っ先に招待したのがペイストリーであったのは言うまでもない。

「これからも、長い付き合いになると思います。モルテールン卿には、是非今後とも色々と教えて頂きたい」

「こちらこそ、学ぶことの多い、得難い経験をさせていただきました。美味しいお魚も貰えましたし」

「あの程度はお安い御用です。受けた恩に比べれば、些細なものだと恥ずかしいぐらいです」

海賊騒動の後、大量の物資と共に、ペイストリーが持ち帰った魚介の類。神王国では高級魚とされる魚を、採れたてで沢山持って帰るものだから、モルテールン領で耳目を集めないはずが無い。

先にお土産を食べたことの有る連中の話が広まって、噂が噂を呼んでいたため、是非とも食べたいという人間が、本村どころか領内中から集まってしまった。

とてもペイス一人では一度に料理しきれないと、魚の殆どを保存食とし、冬の間の労務奉仕の炊き出しにすることが決定。

労務奉仕とは、本来は領主に対する労働力の貢納という意味合いがある税の一部、のはずなのだが、ペイスの料理食べたさに募集に殺到。

税を払わせろと領民が競い合う、という、何とも摩訶不思議な光景が繰り広げられたのも笑い話である。

「では、食事を楽しんでいって下さい」

会の主催者であるボンビーノ子爵は忙しい。

ペイスとの雑談もそこそこに、また別の人間に話しかけに行く。

一人残されたペイスはといえば、こちらも色んな人に挨拶をして回っていた。

今回の騒動の陰の主役と、誰もが知る秘密であるため、集まった面々も下にも置かぬ態度で接する。

そんなペイスが、一人の女性に声を掛けた。女性の周りだけはぽっかりと開いたクレーターのようになっている。そう思えるほどあからさまに人が離れていたため、見つけるのが容易かったという点ではペイスに好都合。

「ニルダさん、ここの食事はどうですか?」

海蛇のニルダ。海賊討伐の際にはペイスの参謀として戦った、水龍の牙の頭目。

どう見ても新品に見える赤いドレスを着て、子爵家の用意した料理をガツガツと食べている所でペイスに声を掛けられた。

女性用のパーティードレスとは、多少の肌の露出もあるのだが、この会場のどの女性よりも逞しい筋肉と、日に焼けた肌が露出しているため、ドレスが似合わないことこの上ない。

この服装、水龍の牙の口の悪い連中などが、いっそ男装にした方が良いんじゃないかと言って、ニルダに鉄拳制裁されていたりもする。ちなみに払いは、褒美の意味もあってボンビーノ家持ち。急遽誂えたものであり、故に新品の感じがあちこちに残っている。

ペイスの従士だったという立場と、海戦時の参謀にして功労者という異例の立場から、晩餐会参加を例外的に認められていた。ウランタの粋な計らいである。

「美味いね。こんな良い料理が食えるなんざもう二度とないだろうから、今から食いだめしておくつもりさ」

「そうですか。しかし、もう二度とない、という事も無いかもしれませんよ?」

「あぁ? どういう意味だい、そりゃ」

「貴女方が望むならば、今後もこういった料理を食べられる機会があるかもしれない、という話です」

「モルテールンの坊ちゃん、あたいは学もなくて頭の悪い人間でね。何を言いたいのかはっきり言いな」

「では単刀直入に聞きます。貴女たち水龍の牙を、ボンビーノ家が従士として抱えるよう推薦するつもりです。その気はありませんか?」

「はぁ?!」

ニルダは、白身魚のソテーが山盛りになっている皿を、取り落しそうになった。

全く想定外のことを言われたからだ。

確かに、一般庶民が戦場で手柄をあげて、貴族の目に留まって従士として引き立てられるという話は、よくあるサクセスストーリ。ニルダとて、その手の話は幼いころから腐るほど聞いてきた。

しかし、下層民で、しかも女の自分の身に起こるなどとは考えもしなかった。

それ故の驚きだった。

「今後、ボンビーノ家は人手を必要とするでしょう。中でも最も必要で、かつ最も雇用の困難な人材が、海を知り尽くした人材。そう、貴女たちのような人材です。僕が強く推薦すれば、必要なのは確かですから、まず間違いなく雇用されるでしょう。どうです、ここらで蔑んできた周りの連中を見返してやろうと思いませんか?」

「……急に言われても困る。うちの連中とも話がしたいよ。お貴族様ってのを嫌ってる奴らも居るからね」

「その気があるなら、これをボンビーノ子爵本人に渡してください。僕の直筆の推薦状と、今回の討伐での感状です。このままうちに仕えて貰えればとも思ったのですが、モルテールン領には海がありませんから、貴女方の能力の無駄遣いになってしまいます。それならば、うちが恩を売ってある家に仕えてくれていた方が、人脈のコネという意味では遥かに意味があります。前向きに検討しておいてください」

「ああ」

ニルダはそのまま、酒を煽った。

何だか、自分の境遇が激変していることに、頭が付いて行かない。だからこそ、とりあえず酒を飲んで、今日だけは何も考えずに居たかった。それなりに強めの酒のはずなのに、今日は酔いが回りそうにない。

下手な男よりも逞しい女性の様子を見ながら、場を離れたペイス。

彼にとってみれば、有力な手駒が友好的な立ち位置にある方が、何かと都合がいいのだ。もし今後、海上戦力を必要とした場合、かなりの無茶も通せる。

そして何より、水龍の牙という使える連中を、ボンビーノ家が養ってくれるのだから、維持費も掛からない。

自分達で抱え込むよりボンビーノ家に抱え込ませた方が、よりメリットが大きいとペイスは判断したのだ。

ペイスがまた一手、何がしかの手を打ったらしい。

当然、それに気づいた目敏いものも居た。

それもまた女性であったことこそ不思議な縁である。もしかしたら、ペイスには女難の相のようなものがあるのかもしれない。

「ペイストリー=モルテールン卿」

「これはレーテシュ閣下。この度は御助力頂きましたこと篤く御礼申し上げます」

「いいのよ。うちにも結構余禄があったし、何かと鬱陶しかったリハジック家を潰せたし。今後とも、持ちつ持たれつでいきたいものね」

「おっしゃる通りかと存じます。持ちつ持たれつ、共存共栄こそ理想でありましょう」

レーテシュ家が南部統括にあるとはいえ、何かと反目する家も幾つかある。

上昇志向の強いリハジック家と、安定志向の強いレーテシュ家とは、何かと意見を違えることも多かったのだ。それを思えば、政敵を一つ合法的に潰せただけでも、レーテシュ家にとっては実に意義のあることだった。

情け容赦のない判断と行動。伊達に女傑と呼ばれる訳ではない。

「また美味しい話があれば、今回みたいに一枚噛ませてもらいたいわね。わたしと貴方の仲なわけだし、遠慮はしなくても良いのよ?」

「はは、今後ともお世話になります閣下。しかし、よろしいのでしょうか。あまり他の男と仲良くしていては、色々とあらぬ噂でもって足を引っ張ろうとする者も居るのでは?」

「おほほ、それは大丈夫よ。わたしとセルジャンの間ではよく話をしているし、今のところ誤解やすれ違いは無いもの。ヤキモチぐらいなら焼かれるかもしれないけど」

「仲がよろしいようで、紹介した身としても嬉しく思います」

レーテシュ伯が、自信をもって関係を肯定する。よほどセルジャンとの仲が上手くいっているという事なのだろう。

二人の仲を取り持った人間としても、それは望ましい結果である。

白身魚のソテーに、たっぷりと柑橘類の汁を絞って食すレーテシュ伯に対し、ペイスは微笑ましいと言わんばかりの笑顔で応えた。

実際問題、セルジャンとレーテシュ伯の仲が上手くいけば、それを取り持ったペイスにしても箔がつく。

二人は、にこやかに見える風で談笑を交わす。

「ああそうそう、また今度、うちでもちょっとしたパーティーを開くの。是非いらしてね」

「都合が付けば、喜んで伺いますとも」

忙しい二人は、場を離れる最後まで笑顔だった。

その後も、あちらこちらからペイスは声を掛けられる。

中でも、低位貴族の売り込みが凄かった。今回の晩餐会の主催であり、主役であるボンビーノ子爵ウランタは、爵位の事もあって低位貴族の人間が自分から声を掛けることが出来ない。

ならばとばかりに、ペイスに声を掛ける者や、或いは取り成しや紹介を頼んでくるものが多かったのだ。

それに辟易するのも、仕方がないのだろう。

晩餐会も終わり、社交疲れもあって、挨拶もそこそこにしてモルテールン領へ戻ったペイス。

彼が家に戻って来れば、婚約者の笑顔がその労を労う。

「お帰りなさい」

しかし、その日は普段と様子が違っていた。少女の方が、では無い。少年の方が、である。

婚約者がどこか慌てた雰囲気をしていたことに、出迎えたリコリスが首を傾げながら尋ねる。

「ペイスさん、どうかしましたか?」

「リコは今、サイズと季節に合った礼服というものを持っていますか? 簡易式でなく、正式の典礼衣装です」

「え? 持っていませんけど……」

「ならば、すぐに手配して取り寄せるなり仕立てるなりしてください。御父上へのご連絡は僕がします。ああそれに、僕の礼服も大急ぎで仕立てるようにしなければ……」

質問に質問で返すペイスに対して、リコリスは戸惑った。

「一体、何があったんですか?」

「……レーテシュ伯の結婚式が、大幅に前倒しされる可能性が出てきました」

後日、ペイスの予言が的中したとき。

神王国では大きな騒動となるのだった。