軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

070話 海賊のお宝

レーテシュ女伯爵が結婚!!

晩餐会より二週間も経たないうちに発表されたニュースに、神王国のみならず諸外国にも激震が走った。しかも、式が発表の一ヶ月後という慌ただしさ。

近年右肩上がりの活況を 呈(てい) するレーテシュ領領袖にして、神王国の重鎮の突然の発表。まさにハチの巣をつついたような大騒ぎ。

ことが神王国南部で起きただけに、モルテールン領も無関係ではいられなかった。発表から今日までの一ヶ月は、事実確認の連絡やら方々への緊急連絡の伝達などでカセロールは大忙し。ペイスにしても、諸々の準備で寝る間も惜しむ日々を過ごしていた。

「しかし、よく坊は気付きましたね」

「レーテシュ伯の食の嗜好が、明らかに変わっていましたから。肉体労働者であるニルダさんと同じように濃い味を好むようになり、酸味を欲し、酒を避けた。服装にしても、身体を冷やさないよう露出の少ない服を着て、腰回りを締め付けないデザインにしていた。これで疑うなという方が無理じゃないですか?」

「ですね。それにしても、あのレーテシュ伯がご懐妊とは……」

「一応建前としては、電撃的に結婚式を執り行うことで、第三者の介入を避ける為……となっています。今までも色々と妨害を受けてきたので、というのが理由ですね。親しい者にすら突然の発表となったのも、敵を騙すために味方にも黙っていたからだ、と言い張っていますから、懐妊のかの字も表には出て来ていない。しかし本当の理由が、結婚前に子供が出来ては都合が悪いからなのは明らかです。セルジャン殿も存外に手が早いですね」

「いや、案外女伯爵の方から押し倒したんじゃねえですかい? 行き遅れで焦ってたんで、既成事実を急いだってのは有りそうな話で」

「それなら周りが煽ったというのもあるのかも。焦りというなら、周囲の人間の方が深刻に感じていたでしょう」

「なるほど。ってえことは、部下も含めてグルでしょうぜ。ひょっとしたら、女伯爵と旦那が揃って一服盛られた被害者って線も……」

「シイツ、ペイス、お前らも下世話な話をしていないで、さっさと準備をしろ」

カセロールにせかされて、皆がせっせと用意をしているのは、結婚式典参列の準備。

誰有ろうレーテシュ伯の結婚式典である。服装はドレスコードがきっちり決まった正式の典礼服でなければならない。

「何にせよ、ペイスが事前に気付いてくれて助かった。婚礼用の典礼服なんて、使うときは普通半年以上前から連絡があるものだからな」

「父様も、準男爵位になって日は浅いですが、前のものは使えませんしね。間に合ってよかったです」

典礼用の衣装について。葬儀の場合は、略装でも許容される。人が死ぬときは大抵突然死ぬものだから、準備のしようが無い場合がザラにあるからだ。というよりも、準備万端整えて葬式に参加するなど、事前に死ぬのが分かっていたのではないかと勘繰られるのが落ちだ。

対し、婚礼の場合は一分の隙も許されない。祝い事にケチが付くような真似をすれば、祝われる側からの相応の報復を覚悟せねばならないのだから。

モルテールン家としても、絶対に敵に回してはならないのがレーテシュ家。装いにも細心の注意を払う必要があった。

例えば、まず髪型。

男性の場合は、肩以上に伸ばしてはならない。また、禿げていてはいけない。本当に毛が無い人間はカツラを被る。

前髪が目にかかってはならず、横は耳が隠れてはならない。

ボサボサにしてはならず、櫛で梳いた上に香油でしっかりと整えることとされていた。

服装についても厳格で、男性の場合はズボン。刺繍をはじめ飾りが多いほど良いが、多すぎて元の布地が隠れてはいけない。

上着にしても、ヒラヒラとした服装で良いのは聖職者のみで、それ以外は燕尾服のような形の上着を着る。色は様々で良いとされているが、前ボタンの数は位階によって決められていて、準男爵は大きいボタンが三つと、小さいボタンが一つ。

ペイスの場合は、小さいボタンが減って、大きいボタン三つで前留めを行う。

これに、勲章を受けているものは肩掛け布を掛ける。現代で言えばサッシュと呼ばれるようなものだが、これも色と模様が勲章の種類や位階で厳密に決められていた。

モルテールン家で言えばカセロールが、青一色の染め抜きに、赤と白の糸で格子模様を刺繍した布を掛ける。

勲章はこの布に付けておき、目立つように胸に飾るのが決まり。付ける時は、格の高い勲章ほど内側に着ける。

そしてこの布は、汚れたりほつれていたりしてはいけない。意図的に汚そうとしたものは、例え相手が上位者でも剣を向けて良いとさえされていた。

靴は、必ず革のブーツだ。

色は、黒か茶とされているが、必ず膝までの長いブーツを用いなければならない。雨の日でもこれを履かねばならないため、普通は晴れの日の多い夏に結婚式を行う。

今回は季節が真逆であり、その点でこのブーツが実に扱い辛い。革が硬くなる時期だし、足のつま先まで冷え込むのだ。男性であっても悩みの種になるだろう。

「面倒ですね」

「全くだ」

他にも細かいしきたりがいっぱいあるが、それらを完璧に準備せねばならないのだから、貴族と言うのも大変だ。儀典官の居ないモルテールン家のような弱小貴族は、しきたりをいちいち誰かに確認しなければならないのだから。

これらの準備について。普通は一月以上の時間が掛かる為、急遽執り行われるレーテシュ伯の結婚式には、各所で大騒動が起きた。

特に、王都では参列する者達やその縁者による買い物ラッシュが発生。目ぼしい職人は寝る暇もないほどに忙しい状況になった。

例えば、このラッシュで忙しかったのがカツラ職人である。髪の毛の買い取り価格が一時は二十倍に高騰し、王都の目ぼしい平民女性が皆髪を短くする光景が見られたとか。

髪の毛の転売屋まで現れ、女性が道を歩いていて髪を切られる事件が多数発生。王都駐在の騎士団が出動する事態になったのだが、この程度の騒動は序の口と呼べるものだった。

或いは、布職人のトラブルもある。

一つの服を作る際、一色だけの布というのはまずない。数色を組み合わせて使う。ただし、色ごとに使う量が違う。

普通は在庫を用意しておいて、注文客に対してはそこから必要な布を見繕って用意するわけだが、余りにも大量の注文が一度に来たため、在庫が空になる者が続出した。特に、数の多い騎士爵位や準男爵位の色が、こぞって町から消える。

こうなってくると、普通は組合の職人同士で在庫を融通しあって必要な布を揃えるのだが、今回は融通してくれる相手もまた在庫が払拭する有様。

限られた糸や布を巡って職人同士が取り合い、刃傷沙汰まで発生するに至っては、関係各所は大わらわになったのだ。

馬車職人も忙しかった。

王都から南部辺境レーテシュ領まで行こうと思えば、丈夫な馬車が要る。お互いに乗り合わせ出来るほど親しい者が居れば良いが、そうでない場合は急遽手に入れる必要がある。

かといって、一台作るのに何カ月も掛かるものが、すぐに用意できるわけがない。有り合わせの馬車や、商人が持っていた商品運搬用の馬車が売り買いされ、それを補強することで間に合わせる家が続出。何とか形だけは取り繕う家が多かった。

ところが、今度は馬が無い。商人ならば一頭引きで構わないが、貴族となれば最低でも二頭要る。これに関しては、農耕馬の徴発まで起きる混乱ぶりであったが、それでも揃えられなかった家もあった。

故にカセロールも運び屋としての依頼が重なり、ペイスに曰く三月の引越し屋状態。目の回る忙しさで、過労死が心配されたほどである。

或いは、傭兵。

護衛の依頼が幾らでもある為、有名どころの傭兵団は皆軒並み王都からレーテシュ領に移動することになる。

故に、王都から南は安全この上ない状況になるのだが、それはつまり他の地域が傭兵不足、盗賊過多になるということだ。

このことで余計な出費が嵩んで、肝心の結婚式用の準備が進まない家も出たほどである。

これらの特需と騒動。

今日を過ぎれば一山越えるとあって、多くの人間が胸をなでおろしている。

しかし、逆に言えば今日が最も忙しいという意味でもあった。

「とりあえず、僕は準備を終えました。女性陣を呼んでくるので、荷物の積み込みは頼みます。あ、この荷物は横置きや逆さ置きしないように注意して運んでください」

「これ、何が入っているんですかい?」

「レーテシュ伯へ届けるお菓子ですよ」

「菓子って言う割にゃ大きいですぜ?」

「そういうものです。準備を頑張りましたから、自信作ですよ」

「頑張る優先順位を間違えてるでしょうよ。クソ忙しい時に、菓子作りなんて」

「こればっかりは譲れません。ふふん」

お菓子作りに関しては手を抜かない、とペイスは胸を張ったが、優先順位のおかしさについては大人たち全員が匙を投げている。

この少年唯一の欠点だと。

荷物の搬入や、贈り物の用意は部下に任せる。そうでも無ければ【転移】を使える魔法使い二人は、あちらこちらを飛び回るための労力を割けなくなる。

特に、魔力についても国内指折りのペイスは、魔力タンクとしては必須。些事にかまけている暇はない。はずなのだが。

取り急ぎ、自家の面々だけは最優先でレーテシュ領まで送り、その後は関わりのある色々な人間を、親子でピストン輸送せねばならない。

これから式が始まるまでに限っていうならば、レーテシュ家の従士長の次ぐらいに忙しいのがモルテールン家の二人である。

「準備出来たわよ」

「ジョゼ姉さま、御似合いですよ。いつにもまして可愛く見えます。僕のと意匠を揃えているのですね」

「そうよ。下手に変えると時間が掛かるって言われたから、折角だし揃えたの。母様ももう少ししたら来るわよ。お化粧に時間が掛かってるの」

貴族家の妻として、身だしなみに隙があってはならないと、アニエスは数日前から入念な準備をしてきた。今朝もまた、日が昇る前から起き出して準備している。

それでも尚諸般の事情から、娘と比べれば化粧等々に時間が掛かるのは致し方ない。

付き合わされる男連中は皆、溜息をついた。幾ら忙しいとはいえ、こういった時に待つのも男の甲斐性である。

ようやくアニエスの準備も終わり、モルテールン家一同は揃って家の前に集まる。留守番役のシイツ以外、従士全員が護衛役として同行する。

荷物の積まれた馬車と共に、カセロールとペイスは騎乗。女性陣は馬車に乗り、従士は徒歩で周りを固める。広場までの行進だ。

これもまた、領主としてのお仕事。

広場までのごく短い距離とはいえ、こういった時には領民に対して顔見せもしておく必要があるのだ。

着飾った領主一家の姿に、領民たちは羨望の気持ちを抱く。時折こうやって見られる領主の魔法のデモンストレーションは、一種の娯楽。マジックショーの開演に、領内の村々からも人が集められていた。

「では皆、あとは頼んだ」

「行ってきます」

瞬間移動で一家が転移したとき。モルテールン領の領民は誇る。我らの領主こそ、国一番であると。

留守番役のシイツのみ、その後の後始末の大変さに憮然としていたが。

そして移動したモルテールン家一同はと言えば、レーテシュ伯爵領領都レーテシュバルの広場に居た。直接城に行かないのも、諸般の事情があっての事。

「へえ、ここがレーテシュバルなの」

「身を乗り出すと危ないぞジョゼ。大人しくしていなさい」

「あ、ビビ姉様だ!!」

ジョゼが、馬車から身を乗り出すようにして手を振る。

彼女の目線の先には、自身と顔立ちのよく似た女性が居た。髪の色もよく似ていて、目鼻立ちが若干内寄りな事を除けば、ジョゼの数年後と言っても良いほど。

それもそのはず。何せ、ビビことヴィルヴェは、ジョゼの実の姉なのだから。

モルテールン家の馬車に、夫であるハースキヴィ騎士爵ハンスや、子供たちと共に近づくビビ。

ハンスとカセロールの儀礼通りの挨拶はじめ、一通りの大人たちの挨拶が済めば、姉妹がくだけた挨拶をする。

「ジョゼ、元気そうね」

「ビビ姉様も久しぶり」

お互い正装で、重たい服を着込んでいるために、凝った挨拶は出来無いものの、親しげに言葉を交わす。

そして当然、姉の目は弟の方にも向く。

「ペイスも、久しぶりね。ちょっと背が伸びた?」

「お久しぶりですビビ姉様。この服を仕立てる時に計って貰ったのですが、ちょっとだけ背も伸びていたらしいです。良く気付きましたね」

「そりゃもう。弟の事ですから。あ、そうそう。今回は色々と世話になったわ。うちの旦那からだと言い辛いだろうから、私から御礼を言っておくわね」

「姉様と義兄様の為ですから、大したことではありません」

ハースキヴィ騎士爵は、絵に描いたような弱小貴族。

当然、諸領に情報網を張り巡らせるような真似は出来ないし、頻繁に社交の場に顔を出すことも無い。

それだけに、大抵の情報は遅れて届き、何かにつけて後手に回ることも多い家だ。

だからこそ、ペイスは気をまわして情報をリークし、余った布を仕入れ値で譲る、といった援助も行った。そして何とかかんとか格好を付けて、今日を迎えることが出来たのだ。

自分の力不足を本人が口に出すことは出来ない為、ハースキヴィ騎士爵に代わって、妻が実家に礼を言った形になる。

もっとも、代わりに面倒事も押しつけられているのだが。

「それでは義兄様、母様とジョゼ姉様のこと、頼みます」

「うむ、任せて欲しい」

面倒事とは、レーテシュ伯結婚式当日の警護。

あちらこちらに飛び回らねばならないペイスやカセロールから、女性陣の護衛を託されるのだ。

結婚式の場ともなれば、社交において結婚を話題にするのは当たり前。当然、大貴族すら目を付けるペイスや、未だ婚約者の居ないジョゼなどは、美味しい獲物だ。

式が始まる前の偶然を装い、何かと押し込もうとしてくる輩は少なからず居る。

そんな面倒事を、一切合財ハースキヴィ家に押し付けたのだから、持ちつ持たれつといいつつも、したたかなモルテールン家に嘆息を禁じ得ない。

「さて、では行きましょうか」

ハースキヴィ騎士爵の号令で、一団がレーテシュバル城に向かう。

モルテールン家の従士一同と、ハースキヴィ家の従士一同が護衛しつつ向かうのだ。これで十数人の軍集団が出来上がるわけだが、それだけに周囲への配慮は欠かせない。

ここで下手を打てば、レーテシュ家に対する軍事行動と見なされかねない為、粛々と行進を行って城に向かわねばならないのだ。

「ようこそお越しくださいました。モルテールン家御一同様並びにハースキヴィ家御一同様。これより会場まで、ご案内いたします」

レーテシュバル城に着けば、正門が完全に開いていた。そして、レーテシュ領の兵がずらりと並び、儀仗兵代わりに来訪者を歓迎する。

案内役は、多忙を極める従士長に代わって、若い者が務めるらしい。

案内に沿って進めば、城の一室。会場の控室となっている場所に通される。

ここで、式を挙げたレーテシュ伯ブリオシュと、オーリヨン伯爵子セルジャンの二人が披露宴を開くまで待機になる。

変わらぬ愛を、互いに神と精霊とに誓い合う儀式こそ教会で行うが、これは本当に身内のみの参列。終わり次第、新婦のお色直しがあって披露宴となる。

この披露宴こそ、レーテシュ家の張り切りようが見て取れる力の入りっぷり。

「凄いわね。さすがはレーテシュ伯って感じがする」

「ええ。来てる人も錚々たる顔ぶれよね~」

女三人寄れば姦しい、とはよく言うもので、モルテールン家の肝っ玉母さんに、その娘二人が揃えば途端に会話が弾む。

しかも、こういった控室でも多少の社交がある為、会話に参加しようとする顔見知りも何人か居た。あら久しぶり、などといったどこかで見たことがある様な会話が交わされるのだ。

正装で着飾った女性陣が集まれば、非常にカラフルな集団になる。

「人も集まってきたわ。そろそろかしら」

「そうね。両陛下も来られたから、もう始まるわよ」

控室の中でも上座にあたる位置に、国王夫妻が陣取るに至り、間もなく披露宴が開始されると、誰もが察する。国王を長く待たせるというのも無いからだ。

ちなみに、多忙の国王夫妻をレーテシュバルまで運んだのも、アニエスの旦那達である。

最後の最後まで、多忙だったカセロールとペイス。控室のアニエスたちの下に帰って来た時には、ヘロヘロになっていた。

「父さま、もう帰って良いですか?」

「馬鹿を言うな。これからが本番だ」

「もうへとへとに疲れましたよ」

「それは私とて同じだ。それ、もう始まった」

そして、式が始まる。

国王夫妻を先頭に、一組づつ席へと案内されていき、控室から人が出て行く。

カドレチェク公爵夫妻一同、ジーベルト侯爵夫妻一同、フバーレク辺境伯名代、エンツェンスベルガー辺境伯名代、ミロー伯爵夫妻一同などなど、順に人が減っていき、いよいよモルテールン家夫妻一同が呼ばれた。

「ではお先に」

「ええ」

モルテールン家とハースキヴィ家は別々で、先にモルテールン家が呼ばれる。案内された席は、場所こそ下座の中ほどであったが、新郎新婦からは顔が見える位置で中央の導線に近い。どういう扱いをされているのかがこれで良く分かる。

レーテシュ伯から見て、あまり重要視されていない家人は、離れた場所や顔の見辛い位置に居るのだから。

特に、ペイスの座る席が一番顔の見えやすい位置だったのは、明らかな意思表示なのだろう。

ざっとカセロールが周りを見渡せば、数年前と比べて、大きく勢力図が変わっていることに気付く。先ごろモルテールン家と縁のあったボンビーノ子爵家が相当な上座に居るのもそうだし、カドレチェク家が他の重鎮を差し置いて陛下夫妻の最近に席を置いている点も目を見張る変化と言えた。

「これはまた、うちへの風当たりが増しそうだな」

カセロールは呟く。

大体、席順が大きく移動している面々に共通するのが、自分たちと縁のあった者達でもあるというのがその理由だ。

良しにつけ悪しきにつけ、原因は一つしかないわけだが、その原因は現在のほほんと姉や母と会話していた。

「お腹がすきましたね」

「食事はまだまだ先よ。挨拶があるし、そもそもまだ案内も終わってないわ」

最後の一人の案内も終わり、新郎新婦がお披露目に出てきた。

皆、一斉に立ち上がって拍手と歌で出迎える。

新婦であるレーテシュ伯は、全身白一色の衣装。両手を広げたよりもまだ広い幅のあるスカートを身に着け、専用の椅子に座ると、まるで大輪の花が咲いたように輝いて見えた。やはり女性とは、こういった場でこそ光る何かがあるのだ。

そして、新郎であるオーリヨン伯爵子セルジャン。今日の教会での誓いの後は、晴れてセルジャン=ミル=レーテシュとなり、レーテシュ家の婿という立場になるのだ。この場はそのお披露目でもある。

彼もまた白一色の衣装ではあるが、肩掛け布には真新しい勲章がある。海賊討伐による軍功を認められた証であり、ペイスは辞退したが、ボンビーノ子爵は同じ物を授与されている。

逞しい花婿と、美しい花嫁。そこには美男美女ともいえる二人が、大勢から祝福を受ける姿があった。

そして、宴が始まる。

国王陛下の祝辞や、来賓の挨拶といった、長くて眠たくなるような退屈極まりない時間を過ぎれば、食事の時間。

レーテシュ家の財力を惜しみなく注ぎ込んだ美食の有様は、来賓来客が舌鼓を打つに十分すぎるものである。山海の美味や珍味が並ぶ。その中には、どこかで見たことがあるタルトなどもあった。

この食事の時間を利用して、参列者は順に新郎新婦への祝辞を述べに行く。贈り物を贈るのも、この時とされているが、大抵は目録である。現物は後日の引き渡しだ。

急な話で、贈り物まで気が回らなかった家が多かったのだ。何せ、諸々の物資が不足する冬と言う季節が悪い。

もっとも、現物を持ち込んだ家もゼロと言うわけでは無い。無論、モルテールン家はその一つ。

「閣下、この度の御成婚に際し、心よりお祝い申し上げます。また、日頃より御恩を賜っております者として、些少ながらこの度のお祝いにお贈りしたく持ってまいりました物がございます。セルジャン=レーテシュ卿ともども、今後ともお幸せに在らせられるようにとの気持ちを込めておりますので、お受け取りください」

「ペイストリー=モルテールン卿にはこの度の事にも並々ならぬお力添えを頂き、またこうしてお祝いの品までいただけましたこと、篤く御礼申し上げます」

社交辞令の後、ペイスが贈り物を披露した。

中にあったのは、当然お菓子である。それも、結婚式にはぴったりのお菓子。

「これは……」

「はい閣下。クロカンブッシュという菓子にございます」

クロカンブッシュ。

シュークリームを円錐状に積み上げて、飴などでコーティングした飾り菓子。

欧米。特にヨーロッパ西部や北部では、赤ん坊がキャベツ畑で採れるという言い伝えがあり、キャベツに見立てたシュー生地は、子孫繁栄を意味する。

結婚式には相応しい菓子であり、ヨーロッパの一部ではこのクロカンブッシュを結婚式のウェディングケーキとして用いることもあるのだ。

ペイスは、シュー生地が子孫繁栄を意味する事のみ伝え、贈り物とした。

横で素知らぬ顔をしているカセロールなどは内心、このクロカンブッシュの美味しさと製法の秘密を巡り、またひと騒動あることを覚悟しているのだが、騒動の中心人物はそれとは知らずに笑顔で社交をこなす。

招待客も多い為それほど時間を掛けることも出来ないが、僅かな時間でも手ごたえはあった。

ペイスは深々と一礼する。

「ではまた、後日改めてお祝いに伺います」

「ええ、お待ちしております」

最初から最後まで、社交辞令に終始するペイス。笑顔のまま席に戻れば、一仕事を終えた満足感を体が満たす。

そして宴もまた、大きなトラブルなど起きようはずもなく、恙なく進んでいくのだった。

◇◇◇◇◇

神王国南部。レーテシュ伯。

南の海を所狭しと暴れ回った初代には、自然と呼ばれるようになった二つ名があった。

曰く、海賊伯。

時には船の上に立って隣国と争い、時にはならず者を武力で強引に従えていく。

その姿は、見る者を圧倒した。

とりわけ神王国の基盤が不確かな時期にあっては、敵対者の船を襲って積荷を奪うというような、補給妨害作戦も立案・遂行している。騎士の称号を持つ海賊として、周りを震え上がらせたのも歴史の知る真実である。

レーテシュバルにある海賊伯が居城とした城は、何時の頃からか海賊城とも呼ばれるようになり、海賊の中の海賊とまで言われるほどの圧倒的実力をもって、南の海を制した。

以来代々のレーテシュ伯は、その二つ名を海賊伯と呼ばれる。

「音に聞こえた女海賊の、おめでたというわけですか。体面を取り繕うのも大変でしたね」

「あら、何の事かしら」

慈しむように腹を撫でるレーテシュ伯に、相対するは銀髪の少年。

大騒動で国中を混乱に叩き落した結婚式から二週間。情勢も落ち着いたとあって、改めて“お祝い”を述べに、手土産持参でペイスが訪問しているのだ。手土産は、勿論シュークリーム。

お祝いの内容が結婚祝いなのか、或いは別の祝いなのか。当人たちだけが良く分かっている。

「今更でしょう。もし誰も兆候に気づかず、招待客が準備も整わず、揃って欠席としていたら、閣下の面目は丸つぶれでしたよ?」

「貴方なら、絶対に気付くと確信していたわ。ねえ、稀代の魔法使いペイストリー=モルテールン卿?」

ペイスは、目の前の女性が言った言葉で、自分が良いように利用されたことに気付いた。

モルテールン家の強みは、情報伝達の迅速さにある。

だからこそ爵位も低いのに最辺境の僻地を任されているわけだが、今回はその情報伝達の速さを利用された。

ペイスが晩餐会でレーテシュ伯の懐妊に“それとなく”気づいた所で、縁のある所にその情報を流すという形で。

モルテールン家の人脈の多さと情報伝達の速さ。利用すれば、僅かな期間で大勢に結婚式参列の準備をさせることも可能。だが、それと分かっていても、ペイスが気付かなければ大恥をかくことになるわけだから、豪胆さも含めて並みの神経では無い。

利用された側は、タダ働きに舌打ちするのだが、今回は海賊伯の一本勝ちだ。

「情報が届かず、結婚式の参加を見合わせた貴族も居たと聞きますが?」

「陛下や公爵、フバーレク卿を始めとする目ぼしい貴族は、参列するなり名代が来るなりしたから、問題ないわよ。耳の弱い連中が多かったのは意外だったわね」

「そして閣下は、他家の情報網の精度を計る事が出来る……ですか。いい性格していますね」

「褒めて貰えて嬉しいわ」

権謀術数の渦巻く貴族社会。情報網の質の良さは、貴族の実力と直結する。

つまりは、今回限られた情報の中でも正確に状況を把握し、結婚式に参加、ないしは代理を送れた家というのは実力の高い家。

逆に、結婚式の話を聞き、寝耳に水とばかりに慌てた家は実力の低い家だ。

また実力の低い家でも、何とか準備を整えてみせたのは侮れない家。準備に失敗して参加できなかった家や、不完全なまま出席した家は相手にする価値の無い家だ。

そう、レーテシュ伯は判断する。

少なくとも、自家に対する他家の諜報網の精度を計るのに、これほど良い試金石も無いだろう。

「今日は、お祝いでしたので、この辺でお暇いたします。閣下のお元気そうな御姿を拝見できただけでも満足です」

「もっとゆっくりしていってもらっても構わないのよ?」

「それはまたの機会に。では閣下、どうぞご自愛ください。もう、お一人の身体では無いのですから」

一人の身体では無い。

結婚したから夫が居るだろう、とも受け取れる言葉だが、その裏にある言葉の意味を分からないはずが無い。

「そうね。ありがとう」

レーテシュ伯は微笑む。

そして、自らの大切な宝を慈しむのだった。