軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

004話 夢

夢、と言うのは人それぞれである。

大きくなったら何になりたいか、と聞かれて答えるのも夢であるし、大人になったら何をしたいか、と聞かれて答えるのも夢である。

ペイストリー=ミル=モルテールンの夢は、いつか自分が理想とする最高のスイーツを作り上げることである。その為の 行動の自由(フリーハンド) を得る為に、目下全力で父の領地を魔改造中だ。だが、これは少々この世界の子供らしからぬ夢でもある。

男の子の夢、などというものは大抵相場の決まっている物だ。

勇者になってドラゴンを倒したいとか、騎士になって大事な人たちを守って見せるとか、或いは賊に襲われている幼馴染を颯爽と助けて惚れられてウハウハとか。

半分ぐらいは妄想と言われてもおかしくないものでも、夢と言われる。

女の子の夢、というのも色々とパターンが決まっている。

格好良い王子様と出会って見初められてお姫様になるとか、凛々しい女騎士に自分を重ねてみるとか、或いは食べても太らない体質になって、好きなだけ美味しいものを食べまくるとか。

これまた半分ぐらいは妄想と言われてもおかしくない。

では、親の夢とは何だろうか。

人が生き物である以上、子どもを産み育てると言うのは尊ばれるべきものだ。

誰もが親になる可能性がある。

とりわけ、女性にとっては出産というのは一大事であるし、産んだ以上はそれから先を考えるのは当たり前の事。どうしても子供を勘定に入れて将来を考えてしまう。

親であるからには、子供抜きの将来の夢は想像しにくい。であるなら、やはり親の夢とは子供に関するものが多いのではないか。

その答えは、一人の女性を見れば明らかだ。

彼女の、親になってからの夢は“いつか息子に最高の晴れ着を着せること”なのだから。

言わずと知れた、アニエス=ミル=モルテールン騎士爵夫人。ペイスの母親だ。

彼女は目下、夢の実現に向けて全力疾走中である。目的の為に手段を選ばず、全力になる様は、息子ととても良く似ている。妙にそっくりだ。

「こっちの上着はどうかしら。うん、良い感じ。ああ、でもそれだと靴下の色と少し合わない気がするわね。でもでも、この靴下は縫製が丁寧だから見栄えもするし、捨てがたいのよねぇ。先に靴を合わせる方が良いのかしら。う~ん、サイズの合う靴があるかしら。あゎ迷うわぁ」

子どもの服を着せかえる、というのは、母親にとっては楽しいものだ。

着せ替え人形で遊ぶのと良く似ていて、“自分好みの格好“をさせることには、物作りとよく似た感動がある。

自分では着られないものでも、息子にならば着せる事が出来る。

最高の菓子を作る職人の気迫にも似た、最良の“男の子”を作ってみせると意気込む母の凄味。つくづく、妙な所で瓜二つの“生き写し“だ。

最も良い組み合わせを探す、パズルにも似た楽しみを、彼女は今この瞬間も満喫中である。

抵抗虚しく流されてしまった息子は、既に諦めの極致にあった。もう勝手にしてくれ、というやさぐれの気持ちだ。

しかも、それに拍車を掛ける存在が居る。

「母様、こっちの靴はどうかしら。私が昔履いていた靴だけど、ペイスには合うんじゃない?」

「あらあらジョゼ、それは貴女が大事にしていた靴じゃない」

「良いのよ。弟の晴れ舞台に、貸してあげるわ」

「ああ、なんて良いお姉ちゃんになったのかしら、ジョゼ。素敵だわ」

母親が、大袈裟なリアクションと共に抱きしめたのは、自らの娘。

五女のジョゼフィーネである。ペイストリーからすれば一番下の姉であり、上の四人は既に嫁に出ているので、この家に居る唯一の姉になる。

ジョゼフィーネことジョゼは、母からの過剰なスキンシップには最早慣れっこ。というより、物心ついてからの習慣であるから、当たり前の事として受け入れている。

母娘のスキンシップは、男の子を抱きしめるよりは、まだ見る方の目にも優しかろう、とペイスは思った。

いつもは自分が被害担当なだけに、そのまま母親を抱き付かせたままにしてくれるなら幾分かありがたい。

だが、そのままでは一向に作業が進まないので、やむなく彼は姉に声を掛ける。

「ジョゼ姉さま、ありがとうございます」

「お礼なんていいのよ。ペイスも頑張ってね。私は付いていけないけど、お父様の言う事を良く聞くのよ」

「はい、大丈夫です」

モルテールン家の姉妹と言えば、美人で名高い。

父親は精悍な顔立ちで、母親が美人であるのだから、その血を受け継いだ彼女たちが美人なのは当たり前と言う人も居る。

六人姉弟(きょうだい) 皆それぞれが、美女の名も高かった母の容貌を少なからず受け継いでいた。

そんな兄弟姉妹の中でも最も母に似たのは、悲しいことに末っ子の長男坊であるのは甚だ余談である。

そんな姉妹たちが、皆揃って可愛がっている生き物がある。

別にペットを飼っている訳ではなく、彼女たちの弟がそれだ。

兄弟姉妹と言えば、下の子供とは不遇な境遇となる場合が多い。とりわけこの世界は封建制にも似た社会であり、上が下を従えるのは当然と見る常識があった。

だが、彼女たちは弟をこの上なく可愛がった。

その理由は、弟が非常に素直で賢く、そして愛くるしい生き物だったからだ。サラサラの銀髪。プニプニとした頬っぺた。くりっとした目。小柄な手足。

どれもこれもが、目じりを下げるに十分な要素だ。

そして、その仲良しな様を両親が褒めちぎるものだから、一層拍車がかかる。

やられる方は嫌で嫌で仕方がないのだが。

ペイスにとって、姉達との関係が良好であるのは幸運であった、と言える事だが、今“だけ”は不運とも言えた。

「母様、このドレスなんてどうかしら。ペイスに似合いそうじゃない?」

「まあ可愛い。そうね、このドレスを着せてみるのも良いかもしれないわね」

「母様、姉様、僕は男なのですが……」

「良いのよ、似合うんだから」

「そうね、ちょっとだけ着て見なさい。ね、ちょっとだけだから」

姉と母の強力タッグに、抗うことのむなしさを感じるペイスではあったが、流石に女装は避けたい思いがあった。

自分は男だ、という確固たる思い。

「いっそ下着も女物にしてみる?」

「じゃあ私が脱がす!!」

「やめてくれぇぇ~~!!」

その日、日が暮れるまでの攻防は、ペイスを大いに疲労させるものであった。

◆◆◆◆◆

「はあ」

「どうした息子よ。そんな疲れた顔をして。折角の晴れ舞台なのに」

件(くだん) の日の朝、カセロールは疲れ切った顔をした息子の姿をみて、おおよその惨状を把握した。

彼とて、伊達に息子を見てきたわけではない。

これから 本村(ほんそん) の皆に見送られて出かける晴れ舞台だというのに、浮かない顔をした息子の現状。それを見て、連日の着せ替え人形扱いのせい、と看破するだけの眼力は持っている。

だが、息子に同情はするものの、服に関しては諦めろとしか言えない。

事情が事情だけに、母親の興奮も仕方の無いことだ。

全体的には右肩上がりの活況とはいえ、未だ良く言って発展途上、悪く言えば手つかずの未開地を多く抱え、人口も収入も少ないモルテールン騎士爵領では、どの家でも服を作る、或いは買う、というのは贅沢な事だ。

それは、領主である自分達の家も同じであると彼は理解している。

無論着たきりでは無く何着かで着回しはするものの、一つ服を買えば、それをかなり長い間使い続けるのが当たり前だ。

若いころに手に入れた服を死ぬまで使い続けると言うのも珍しくないし、それを相続することまである。特に礼服等はその傾向が顕著で、従って丈夫な服が好まれる。

日本の和服でも、着物を祖母から母、母から娘と受け継いでいくような伝統がある。それと同じような風習は、何処にでもあるものだ。

大量生産大量消費の時代であれば考えられない事ではあるが、服とは、大事な個人の資産。それもかなりの高級資産だ。

そこには領主も領民も無く、当たり前で常識的な事と言える。

例外が、子供服である。

子供の成長とは日進月歩であり、特に成長期ともなれば、ものの 一月(ひとつき) で丈が合わなくなる、というようなことは良くあることだ。下手をすれば、昨日の晩と今日の朝で身長が違っているということまで有りうる。

母親が子供に合わせて丈を直してあげたり、或いは長い時間を掛けて晴れ着を縫ってあげたりと言うこともあるが、日々の仕事に追われる中ではままならないこともざらであるし、丈直しは物理的な限界もある。元の裾丈以上には伸ばせない。

そこで多くの場合、子どもの服を兄弟同士、或いは村の家同士で融通し合うという互助の風習がうまれる。

一つの家でそんなに数を買えるわけでも無いので、近所の家同士で、丈が合わなくなったような服をより小さい子供の居る家に譲っていく。

村ぐるみの子供服ローテーションだ。

中には自分が小さい時に来ていた服が、つぎはぎだらけになった状態で自分の子供に回ってきた、ということもある。

貧しい領地の酷い家になれば、小さい子供が裸で居たりするのだから、それに比べれば服があるだけ恵まれているともいえる。

そのローテーションで、一等一番の最初の始めに“新品”を着るのは誰か。

大抵の場合、一番身分の高い“領主の子”である。

これは、領内の序列を明確化し、子どもにでも身分の上下を理解させる為の方策という面もあり、何処の領でも行われている風習だ。

仮に小金持ちが居たとしても、新品を遠慮して新古品を買うということもあるぐらい一般的と言える。

それだけに、今日この日の為の新品の晴れ着を、周りの人たちから羨ましそうに見られるのは当然であると言えた。

そして、その誇らしい成長の成果披露を、母親が一日千秋の思いで待つのもまた当然であった。

「王都に行くんだって」

「へえ。それであんな格好しているのか」

「おい、見てみろよ。あのボタン、凄く細かい細工がしてあるぜ。あれ、お館様の紋章ってやつかな。高そうだ」

「スゲエ。沢山付いているんだから、一個ぐらいくれないかな」

憧憬のまなざしも眩しく、同世代の少年少女達がペイスを見つめる。それどころか、本村の連中の多くが見つめている。

そうなるだけの説得力が、皆の目の前にあった。

凛々しくも美しい顔立ちに、風にたなびく煌びやかな銀の髪。それに見事に調和した青みがかった晴れ着。

前ボタンで留める形の上着は、着る人間の細身な体型に合わせて腰の辺りで微妙な括れがある。そのせいか、すらりと引き締まった印象を与える。

ズボンには一切の皺が無く、折り目も正しくきっちりと裾丈が揃えてある。靴だけはやや女物の気配がするが、高級品であることは見て取れる。

上から下まで、どこからどう見ても良家の御令息としか見えない、素晴らしい仕立て。

それに向けられる無垢な眼差しも、やんちゃ盛りの少年少女たちには無遠慮なからかいのネタでしかなかったらしい。

「良いなぁ。俺もあんな風にカッコイイ恰好して王都に行ってみたいよ」

「無理だな。それだけは絶対無理だ」

「なんでだよ。俺だっていつかあんな服を着られるようになるかも知れないだろ」

「それでも無理さ。お前があんな良い服を着ても、中身がお前ならどうあがいても着飾った醜男になる。服が良くても、中身が悪いから格好良くはなれっこないね」

「んだとコラァ!!」

「へっへ~んだ、ここまでおいで」

未だに幼さが抜けない少年たちは、あっという間に騒がしくなる。

やいのやいのと煩くなるのに、それほど長い時間は要らなかった。

そしてそれを、肝っ玉な母親たちにいつもの通り強制的に治められるのだった。

頭のたんこぶと共に。

無論、幼いレディ達の目にも憧れの色があるのだが、少年たちのそれとは若干色合いが違う。

身近な“私の王子様”に対する、可愛らしいおしゃまさんだ。

黄色い声で騒がしくなってきたところを、これまた母親たちに宥められている。

騒がしい娘は坊ちゃんに嫌われるよ、という心温まる冷やかしと共に。

こうして皆が騒がしくも集められたのは、見送りの為だ。

そう、集まったのではなく集められたのだ。

それは、息子を自慢したい領主の親馬鹿という一面もあったが、それ以上に領内の統治の為の必要な行動という面が大きかった。

このモルテールン騎士爵領は、今の当主であるカセロール=ミル=モルテールン騎士爵が一代でここまで大きくしてきた新興領地である。

元は王家所有の荒地と山脈であり、隣国との緩衝地帯という意味合いのある場所として知られていた。

地理的に国内の他領からは交流しづらく、また野獣やらの野生の宝庫で統治が難しく、それでいて下手に手を出すと隣国に要らぬ圧力を受けるが故の緩衝地帯。悪く言えば放置された不干渉地帯。

雑草すら中々生えない荒れた土地に、他領よりも明らかに少ない降雨量。放置されるのも当然の土地である。貰っても嬉しがる人間が居らず、さりとて仮想敵にくれてやるわけにもいかない土地。

そこに領地を得たのは、カセロールが類まれな武勲を上げたという理由と、もう一つ“彼でしか治められない理由”があったからだ。

その理由が隣国への強力な抑止力となっていると共に、他の各領から孤立しているに近い僻地であり、難治を極めるこの領内の統治を可能にしていた。

それを領民には機会あるごとに魅せつけ、求心力とすることで領内の安定を図っているのだ。

一種のデモンストレーションである。

その理由とは、万人に一人と言われる稀有な能力。

ずばり『魔法』である。

「それじゃあ皆、行ってくるよ」

そう言って息子と共に、人の輪から離れていく領主。

そこには責任感を背負った男の誇らしさがある。

「行ってらっしゃい、あなた。ペイスも向こうでは気を付けるのよ。知らない人に付いて行っちゃ駄目だからね」

「いってらっしゃいませ、お館様。お早い御帰りをお待ち申し上げております」

「ペイス様~俺にお土産忘れないでくれよ~」

「この馬鹿のお土産は忘れても良いですよ~。俺には忘れないで下さいよ~」

口々に見送りの言葉を掛ける人々の前で手を振りつつ、カセロールはペイスの肩に手を置く。

「行くぞ」

「はい、父さま」

その言葉と共に、その場から二人は居なくなる。

一切の痕跡すら残さずに消え失せた、ように見える。

事実、そこには何事も無かったような無人の空き地があるのみであった。

「相変わらずご領主様の魔法は凄いな」

「あれ、なんて言うんだったっけか?」

「瞬間移動とか言うんじゃなかったか」

「そうそう、それだ。しょんかん移動」

「阿呆、瞬間だ、しゅんかん。お前の耳はゴブリン製か」

「んだよ、だからそう言ったじゃねえか」

先ほどまではペイスの衣装の話題で騒がしかったが、今度は騎士爵の魔法で騒がしくなった。

自分たちのトップが、余人に代えがたい才能を持っていることを改めて実感している所だ。

それを誇らしげにしている領民が多い所を見れば、モルテールン騎士爵は善政を敷いて慕われているのだろう。

満足そうに頷きながら、皆自分の家に帰っていく。

その中で一人。いや二人。いつまでも領主と次期領主が消えた場所を見つめる女性が居た。

アニエス=ミル=モルテールン騎士爵夫人とその五女ジョゼフィーネである。

三々五々自分たちの家に帰っていく人々の中で、何故か怪訝そうな顔をしていた。

二人とも、しきりに首を捻っている。

そして彼女達は、自身の中である重要なことに気付いた。

母はそれを伝える相手として、すぐ傍にいた娘、ジョゼフィーネに声を掛ける。

図らずも、ジョゼもまた同じことに気付いていた。

「ねえジョゼ」

「はい、母様」

母娘の目が、お互いに何を言おうとしているかを悟る。

二人が発した言葉は、流石に親子というだけの見事な一致をみた。

「「やっぱりペイスには女装の方が似合う」」

ペイスにとっての悪夢の日々はまだまだ続きそうだった。