軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

005話 王都

「うわぁ」

ペイスは、思わず声をあげた。

驚嘆を含みながらも、その意味は感動に近い声。

「どうだペイストリー、ここが王都だ。大きいだろう」

「ええ、凄いです。こんな大きい町は初めてです。人が沢山居ますね」

艶やかな唇をややあけ、目を見開くペイスの姿は、年相応の子供らしさと愛嬌がある。

それを父親は微笑ましく思いつつ、はぐれない様に手を引いていた。

ペイス自身も、それをありがたいと思いつつ、あっちをきょろきょろ、こっちをそわそわ。正に、おのぼりさんそのものの様子。

中央広場の市までくれば、父親の手を振り切りそうなほど騒ぎだす。

はしゃぐ子犬のような有様である。

「どうやら今日は三日市らしいな」

「何ですか、それは」

「決められた露天商以外が市で売るものを、日毎に取り決めているのだよ。七日で一巡り。一日目は武器や防具の鉄市。二日目は布市。三日目は食べ物で、四日目は樽市。木製品全般だな。宝飾品や雑貨も売る日が決まっている。そうしないと、収拾がつかなくなるからね」

「へぇ。あ、父さま、あっちに人が集まっていますよ。いってみましょう」

「はは、ダメダメ。まずは用事を済ましてからさ」

「ちぇ。それにしても良いものがいっぱいあるなぁ」

とりわけ、少年の目を惹くもの。

それは、黒砂糖と果物である。

自分の故郷でもあるモルテールン騎士爵領は田舎というのもおこがましいほどの貧村ばかりなのだから当然ともいえる。

生まれてすぐに前世の記憶と今の自分が混然一体となった彼にとってみれば、ちょっとした不作が有るだけで餓死者の出かねない土地は衝撃だった。

自分の夢である菓子作りよりも、まずは日々の食べ物をと、豆や麦や肥料の研究に勤しんできた。

その甲斐あって最近では少々の凶作の年でも無事に越せる程度には豊かになってきている。

事実、昨年の冷害では近隣諸領が軒並み不作にあえぎ、餓死者や身売りが相次いだのに対し、モルテールン騎士爵領からは一人の餓死者も身売りも出さず乗り切っている。

これぞ名領主、と騎士爵の評判はうなぎのぼり。彼の親馬鹿の異名も絶賛拡散中である。

ペイスは、現在も地道な研究と領地改造を父と共に行っていた。

それでも夢を忘れたわけでは無い。いつか最高のスイーツを作りたいと思っているのだから、砂糖や果物に目を奪われるのは至極当然と言えた。

目指す所は、領内をお菓子の国にすることだ。

ただし、楽しそうに目線を飛ばしまくる今の様は、ただの子供そのものであるが。

「父さま、あれは何ですか?」

「あれはボンカだな。北の方で採れる果物らしいから、ここら辺で見かけるのは珍しいものだ。酸味のある味だそうで、私も食べたことはそんなに無いから、帰りにお土産として買って帰ろうか」

「是非そうしましょう!!(うぉぉ、リンゴぉぉ。それも旨そうなリンゴ。この世界にもあるとは感動だ。あれでアップルパイでも作るか。それともタルトか。いや、まずは砂糖漬けを試してみるか。しかし砂糖はこっちじゃ贅沢品だし我儘も言い辛い。いっそ養蜂でもやって蜂蜜を手に入れて、漬けてみるか? まてまて、まずは生でどんな味か試すのが先だろ。どの程度酸っぱいか。甘味が強ければ使いでも多い。これはお土産に必須じゃぁ!!)」

内心の狂喜乱舞を、一応は隠せているらしい。

単に物珍しさからはしゃいでいる少年、と周りからは見られているらしく、物売りの声も呼び止めるには笑い声が混じっている。

露天商が軒を連ねる一角に、ペイスは目を奪われっぱなし。

父親の目尻は下がりっぱなしである。

観光と言う概念が乏しく、農民が土地に縛られるこの世界でも、一応他の街からの往来という概念はある。

行商を行う商人、農作物を売りに来る者、或いは日用品を買いに来る者、職探しに来た流民、腕に覚えがある傭兵、工房の職人や丁稚。そして貴族。

常から王都は人でごった返す。

一応は貴族の末席に居るモルテールン騎士爵とその令息は、自分たちの目的の為にとある場所に向かっている。

人の波を泳ぐ様にかき分けながら。時折馬車を避けながら。

目的の場所。

それは聖教会の礼拝堂と呼ばれる場所である。

正しくは、聖教会の支教会だ。

ボーヴァルディーア聖教会は、王都であるボーヴァルディーアが発祥の宗教で、国教に指定されている。

それ故、町の中心の本部と幾つかの礼拝堂が王都に存在し、それぞれの礼拝堂にはそれぞれ司祭が居て、地域密着の布教を行っているそうだ。

そのうちの一つ。西区にある支教会に着いた二人。

教会とは神と精霊に祈る場所。

祈りを捧げる行為は神聖な行為である。

これは、古今東西どんな宗教でも変わらない。

ペイスの知る限りでも、神道然り、キリスト教然り、イスラム教然りである。

それ故、彼は教会というものにある種の固定概念を持っていた。

静かで、厳かな場所である、という固定概念だ。

その固定概念は、ペイスが教会に着いた瞬間崩れるほど脆い物だったらしい。

「お兄さん、麻袋は要らないかい。うちのは仕事が丁寧だから丈夫で長持ちするよ。今なら十枚に一枚おまけも付けるぜ!!」

「そこの旦那、今王都で流行の首飾りはどうです。浮気がばれてもこれさえあれば、奥さんは上機嫌になるよ!!」

「坊ちゃま、坊ちゃま、串焼きは如何。特別に肉厚で美味しい所をおまけしとくよ」

耳をつんざくような喧噪。

教会の庭とも呼べるような場所で、大勢の人たちがめいめいに布を広げ、更には布上に置いた物品を売り込もうと声を張り上げている。

「何で教会が市場に?」

思わずペイスが聞いてしまったのも仕方ないだろう。

厳粛なはずの教会が、下手をすれば町の広場の市よりも賑やかなのは違和感しかない。

だが、そんな不思議そうな顔をしているペイストリーそのものを不思議に思ったのが父親だ。

初めて来た場所に、興味を持ったり、或いは驚きをもったりするなら子供らしい反応である。

自分の場合は、初めて王都でこの光景を見た時には、興奮してはしゃいでしまったのを覚えている。

それに比べると、落着きを通り越して怪訝そうにしている息子の反応は、酷く不自然だった。

とりあえず騎士爵は、息子が大人びている故の落着きだろう、と気にしないことにして、息子の質問に答えてやることにした。

「ここで物を売っている人たちは、商業権の無い人たちなのさ。だから、厳密に言えばここは市ではない」

「商業権?」

「物を売ったり買ったり出来る権利のことさ」

流石にそれぐらいは分かる、とペイスは思ったが、それ以上聞くのは止めた。

今回の王都訪問とは、関係の無いことにあまり首をつっこみたくなかったからだ。

それよりも、早く用事を終えて、例のリンゴらしい果物を食べてみて、どんなスイーツに使えるか期待する気持の方が大きかった。

ここで下手に父親を質問攻めにして時間を浪費するのは、その楽しみが遅れるだけであり、ペイスにとっては不本意なことになる。

そう判断できるだけの頭があるのは、七歳児には不釣り合いではあったが。

教会の中は、流石に騒ぐ物売りも居らず、外の喧騒が漏れ聞こえてくる以外では静かなものだ。

歴史を感じさせる扉を開けてなかに入れば、そこには見る者を圧倒する雰囲気があった。

石造りの聖堂は、冷たくひんやりとした空気に満ちていて、それが不思議と神聖なものを感じさせる。人が数十人は入れそうなほどに広々としていて、天井は三階建てにでも出来そうなほどに高い。

並べられた長椅子。四人掛けか五人掛けの椅子なのだろうが、それが三列五段で並べられていた。

椅子は、背が全てペイスの入ってきた方にある。すなわち、全て入口に背を向けて並べられているという事だ。

椅子の向く方向。入口から向かって正面には段があり、演説でもするような台が置いてある。

如何にも偉ぶった聖職者の説教の為でございます、と言わんばかりの演台ではあるが、それはどうやら教会の主賓ではないらしい。

何故なら、台の後ろの一番目立つ壁に、遠目からでもはっきりとわかるほどに大きな絵画が掲げられていたからだ。

描かれているのは、恐らく精霊なのだろうが、人を模したであろう四柱の精霊が、手に手に何かしらを持っている。火だったり、水らしきものだったりする。

何故精霊だと分かるかと言えば、空を飛んでいる様を描いているからだ。この世界の普通の人間は空を飛べない。おまけに、羽の生えた人というのは存在しない。

宗教とは儲かるのだな、などとペイスが考えているところに、近づいてくる男が居た。

「ようこそ、ボーヴァルディーア聖教会プラウリッヒ神王国王都ボーヴァルディーア西区支教会へ。これはこれは、モルテールン卿ではありませんか。御息女の聖別の儀以来ですかな」

父子に寄ってきた神父っぽい人。よく噛まずに言えたものだ、と少年は思った。

実際、彼はこの教会で司祭の地位にあり、一般には神父と呼ばれる人間だ。

年のころは40前後だろうが、その目の下には隈があり、誰の目にも明らかな疲労が見られた。

やや太めの腹と、白を基調に黒色が所々の装飾になっている服を見れば、パンダというニックネームを付けたくなる。

「ご無沙汰していました」

「いえいえ、遠い御領地からわざわざお越しいただきまして。卿のご活躍の御噂は私どもにも聞こえてきますよ。先ごろは冷害をものともせずに領民を守られたとか。教会としても、敬虔なる卿の信仰と見識、神の恩寵にただただ尊崇するばかりです」

「 偏(ひとえ) に、神と精霊のご加護があったればこそ。そして、息子のおかげです」

息子のおかげであるという言葉で、ようやく司祭は騎士爵の傍に子どもが居ることに気付いた。

そうでも無ければ、やや大柄なカセロールの体に隠されて、気づけなかったのだ。

それほどに、傍の子供は小さかった。

教会に、子供を連れてくる親は意外と少ない。特に、小さい子供を連れてくる親は極めて稀である。

何故なら、自分の恥になるからだ。

教会での祈りの時間や、説法を聞く時間などは子どもにとって退屈極まる時間である。仮に信仰篤い敬虔な子供であっても、意味も良く分からない長い説教など、聞いているだけでも体罰に近い。

子どもというのは、じっとしていることが何よりも苦手なもの。一説には体感時間が何倍も違うからだと言われている。

眠ってしまえば不謹慎であるし、さりとて大人しくさせられないなら躾の行き届いていない子どもと見られる。

子どもの躾も碌に出来ないのか、と言われれば、立場が高い者ほど顔を赤くするだろう。

とりわけ貴族のような立場であれば、子供とはいえど恥さらしは即不利益に直結する。

だからこそ、教会に子どもが来ることは珍しい。

「本日はどういったご用件で当教会にお越しいただいたのでしょうか」

「実は、息子に聖別の儀を受けさせようと思いまして」

「ほう」

神父の口調には、若干の驚きがあった。

彼からみて、モルテールン騎士爵の傍に居る少年は、幼すぎるように見えたからだ。

それ故神父は、簡易の聖別を頭に思い浮かべた。祝詞のみで終わらせる、簡易な聖別であれば、子供といえども本聖別ほどに危険は無い。しかし、それであれば、わざわざ王都まで出向いてこなくとも良いはずである。

「受けさせるのは、本聖別を考えています」

「何と。失礼ながら、本気でおっしゃっておられるのですか?」

「無論です」

「卿はご子息を大層可愛がっておられるとは聞き及んでおりましたが、それほどに……」

聖別の儀は、成人の儀式とも言われる。

心身、とりわけ精神的に未熟な人間が行えば、心的外傷を負いかねない物だからだ。

それ故、最初から“儀式の恩恵”を諦めて、簡易的な儀式で済ませる人間が圧倒的に多い。

カセロールは、それを良しとしない、と言ったわけである。

訝しげにペイスを観察していた司祭。

その手を取り、手のひらの上にポンと置かれた皮袋。

気づけばいつの間にか騎士爵が懐から取り出していた。

「これは些少ですが、心付です」

「いや、これは申し訳ありませんな。……なるほど、早速やりましょうか」

「お願いします」

ちっとも申し訳なくなさそうな声で、素早く袋の中身を確かめた司祭。

入っていた硬貨を見て、言いたいことを察するぐらいの要領の良さは持っていたらしい。

意味するところは、“良いからさっさとやれ”である。

何も言わずに態度を改めた所からして、相当なタヌキだ。パンダっぽくてもタヌキだ。

モルテールン騎士爵が神父に渡したのは、銀貨二十枚。

ボーヴァルディーア貨或いはボーブ銀貨とも言われる、王都近辺で流通する貨幣だ。発行しているのは王家。

銀の含有量が比較的多く、ある種の共通通貨として扱われるこの国で一番有名な貨幣である。

相場によって価値は日々変動するものの、一枚あれば大袋の小麦を五袋は買える。一般的な家庭がぎりぎり一月暮らせるぐらいの金額と言えば分かりやすい。

つまりは、それなりの大金と言う事だ。

神父がやや大げさに驚いて見せたのも、金額に見合った謝辞を述べるのが仕事の内だからでもある。

建前として、聖職にあるものが物欲や金銭欲に塗れることは良くないこととされている。

だが、教会の人間とて 霞(かすみ) を食って生きている訳ではないので、今回のような冠婚葬祭の儀式の際には、ある程度の金銭的な報酬を、信徒が自発的に渡すのが慣例となっていた。

早い話が御布施である。

カセロールも貴族であり、腹芸を求められる立場にある。

無闇に銀貨を渡したわけでは無く、そこには強い意味が込められていた。

それなりに大金のお布施と、更にはあえて大袈裟に驚いて見せた神父の会話を要約すれば

『大事な息子の儀式に、絶対にケチをつけるなよ』

『これだけ貰った以上、疎かには出来ませんよ』

となる。

白々しさを笑顔で隠した、大人の会話。

「それでは準備もありますので、こちらへどうぞ」

そういって、教会の奥の方に案内しだす腹黒い聖職者。後ろを黙って付いて行く二人は、地下に降りた上で見慣れない部屋へと通される。

「げっ」

思わず洩れたペイスの嫌悪の声。

少年らしい可愛らしさが、逆に真実味を帯びて人の耳に届く。

連れて行かれた別室には、一風変わった物があった。