軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

003話 女性というのは・・・

「お腹すいたぁ~。母様、朝ごはんまだぁ~」

椅子に座った少女が、不満げな声をあげる。

日は既に顔を出し、早朝をやや過ぎた時間。

朝食の時間としてはまだ若干早めではあるが、モルテールン家ではどちらかと言えば遅めの時間になる。

武人の家は、朝が早いのだ。

先ほどから、自らの空腹を訴えている少女は、ジョゼフィーネ。この家の五女で、ペイストリーからすれば一番下の姉になる。

当年とって十二歳。育ちざかり、食べ盛りの時期であり、朝食の要求は至極もっともなものだ。

一日二食が基本の社会では、朝ごはんを抜くなどという現代人の寝坊助のようなことは出来ない。

その少女の隣。下座に当たる席には、末っ子の長男坊であるペイストリーが座っていた。

彼もまた、自らの腹が背中とくっつきそうになっているのを我慢している。

ペイストリーの場合は、日も昇らないうちから父親に剣の特訓を受けているから腹が減る、という点が姉とは違う。

長男として、貴族の跡継ぎの役割を教えてこられたペイストリーは、何故自分たちが空腹を我慢させられているかをしっかりと理解していた。

未だ空席となっている上座に当たる席。すなわち、家長の席の主が執務中だからだ。

ペイスがこの世界に前世の記憶とも呼べるものを持ったまま生まれ、幼い身体と自我を統合させていく中、真っ先に戸惑ったのはこの封建制に近い身分制度である。

家のことを決める決定権は全て家長にあり、家人はそれに従うしかない。食事の時間さえ家長の都合であり、家長の食べる時間が食事の時間なのだ。

最近は慣れてきたとも思えるが、やはり腹の虫が鳴いている中待たされれば、不満の一つや二つは出てくる。

「遅くなった。早速朝食にしようか」

ようやく姿を見せた父。

当然、座る席は家長の席。

神と精霊に食事の感謝を言い、祈りを捧げたのちに食事が始まる。

待ちくたびれた、とばかりに姉は食事を掻き込む。勿論、ペイストリーもゆっくりと味わう様にして食べ始める。

食事の内容は、質素そのもの。

豆と葉野菜のスープ。それとパン。家長のカセロールと跡目であるペイスには干しイチジクも付くが、ペイスはそれをいつも姉にあげている。現代日本人の目から見れば、不平の出そうな食事にも思える。

だがこれでも最近はモルテールン領の食糧事情が改善してきているらしく、豆がたっぷりと入ったスープになっている。もはやスープというより煮豆に近い。

領地開拓初期のころは、ほとんど水と変わらないスープだったそうだ。

昔のことを今も鮮明に覚えている騎士爵からすれば、朝から子供たちを腹いっぱいにさせられるようになったことに感慨すらある。

例えパンが硬い黒パンであっても。

カセロールは一瞬、微笑ましさと誇らしさに口が緩みそうになったが、食事が終わるまでに話を切り出すことにした。

「ペイス、剣の稽古は楽しいか?」

「はい、ようやく何かつかめてきた気がします」

「そうか」

ペイストリーは、父の突然の質問にも笑顔で答える。

剣を振るのには全身の力が要る。それが、おぼろげにある前世の記憶に助けられ、日毎に身になりつつあるのが実感できるのだから、楽しくないわけが無い。

前世の記憶。菓子職人の修行時代に、生地をこねるのに腕力だけでこねようとするなと叩き込まれた。そのせいか、腕だけでなく体重も使うコツを体で覚えていたのが実に役に立った。

「私の目から見ても、ペイスもそれなりに頑張っているようだ。そこで、急な話になるが、三日後。ペイスに聖別の儀を受けさせようと思う」

「聖別の儀?」

そう言われて、ペイスは首を捻った。

これは、別にペイスが聖別の儀を知らなかったからではない。

自分にはまだ早いのではないか、という当然の疑問を持ったからだ。

聖別の儀とは、神と精霊に成人を報告する儀式の事。

現代日本でいう所の、成人式のようなものだ。宗教的な意味合いとしては、七五三のように子どもの成長を祝う意味もある。

この世界では、おおよそ十三歳から十五歳で成人と見なされる。

成人を迎えるに相応しいかどうかは家長が判断し、成人となれば家人として責任も出てくる。或いは家を出て別個に家を建てることも出来るし、結婚できるのも儀式を経た者だけだ。

「あなた、ペイスにはまだ早いのでは無いかしら?」

妻の問いかけに、カセロールは頷いた。

確かに、世間一般と比べても、明らかに早すぎると思われるのは仕方がない。

それゆえ頷いて見せたのだが、結論を変えることも無かった。

「ペイスの聡明さはお前も知っての通り。剣の腕も、咄嗟の一撃を防げる程度にはなった。碌に剣も習わず遊んでいるそこいらの子弟には負けん程度だ。文武に関しては、成人に足ると私は判断している。他にもやむを得ない事情はあるが、これは私が決めたことだ」

「そうですか。あなたが決めたのなら仕方ないわね」

母親からは、諦めとも残念さとも思えるため息が出る。

四十も半ばに手の届きかけた年の割に、その憂いを帯びた容貌には美しさが滲む。

ペイスは、母親似の顔立ちであり、小さい時から物わかりの良い素直な子であった。両親の愛情をそのまま受け取った息子である。父は勿論の事、母も相当に溺愛していた。

それ故、早すぎる息子の成人には残念な気持ちがあったのは、二親とも同じである。もう少し子供の時間が続いて、可愛がってやれると思っていた。

「三日後に出かけるから、その為の準備をしておいて欲しい。アニエスもジョゼフィーネも、頼まれてくれるか?」

家長の言葉に反応したのは、ペイスの母と姉であった。

ギラリ、と目が光ったように感じたのは、ペイストリーの気のせい。のはずだ。

「まあ、うふふふ。任せて。どこに出ても恥ずかしくないように、しっかり準備するから」

「母様、私も手伝うわよ」

ふふふと怪しく笑う女性陣。

その様子に、ペイストリーだけでなく父親も若干引き気味だ。

息子は父親に、助けてくれと目線を送る。

親譲りの鳶色の目が、僅かに涙目になっている。

愛息の弱弱しい様子など、普段はあまり見られないだけに心が揺れる騎士爵ではあったが、もはやここに至っては、彼であっても妻と娘を止めるには 能(あた) わない。

あきらめろ。

言外にそう応える父親に、ペイスは端正な顔を歪めた。

ペイストリーの母と姉。

二人がここぞとばかりに気色ばむのもそれなりの理由がある。

貴族にとって、自領の外に出るというのは、国で言えば外交という意味合いがある。

目的が親善であろうと、外遊・観光であろうと、交渉であろうと、視察であろうと、本質は変わらない。

会社の社長が社外で活動すれば、大抵が営業活動の一環になるのと同じようなものだ。

領地の総責任者か、それに近しい人間が、他人の領地に行くのだ。些細なもめごとすら、下手をすれば軍事的な衝突になりうる。

それだけに、礼儀作法の順守と、所謂“舐められない行動”というのが必要になってくる。

その最たるものが服装だ。

第一印象の七割は見た目で決まると言われるように、パッと見て受ける印象というのは馬鹿に出来ない。

軍装で出向けば軍事的な意図と立場を強調され、礼装で出向けば公式な交渉訪問となる。

高そうな服装は領地の財力を示し、財力のある人間には人も寄ってくる。

逆に貧相な服装だと、中身が幾ら立派でも低く見られる。何故なら、他人の縄張りへ訪問するときに、最低限の衣服さえ整えないような人間は常識知らずとみられるし、そもそも服装を整えられないのなら貧しさの証だからだ。

例えば、サラリーマンが余所の会社に出向くとき、股引に腹巻の便所サンダルで出向けば、常識知らずと思われるのと同じだ。スーツぐらいは最低限の常識と言えるし、スーツや時計のブランドがハッタリになったりする。

貴族社会も同じで、最低限の見栄というものがあり、そこにどれだけ上積みを載せられるかで力関係を図るのだ。

すなわち、息子の服装を吟味するのも、母の“内助の功”と言える。

姉も、いずれ別家に嫁ぐ身として、貴族の妻の役目を学ぶのは必須である。

貴族家の女性として跡取りを上手く飾り立てるのは、大事なお役目だ、と張り切るのは至極当然と言えた。

では、何故ペイストリーが涙目になっているのか。

日本人的な感覚で、着飾るのが苦手なのか、と言えばNOである。

世界の舞台にも立てる職人であれば、目立ってなんぼ。まして菓子は、見た目も重要であるのは言を 俟(ま) たない。

目でも楽しめるのがスイーツという芸術である以上、服装のように見た目に拘る重要性は熟知している。

ペイスが泣きそうになっているのは、自分が女性陣から可愛がられているからである。

もっと正しく言うのであれば、可愛がられすぎている。

「リボンで髪を飾るのはどうかしら。きっと可愛らしくなると思うのよ」

「母様、それならリリアナ姉さまのドレスが似合います。身体に合わなくなったからと私が貰った、あのフリフリがいっぱい付いたピンクのドレス」

「あらあら、良いわね。素敵ね。でもそれならお化粧もさせておいた方が良いかしら」

ただでさえ娯楽の少ない田舎。

愛くるしい子供を着せ替え人形にするのは、この上ない極上の娯楽である。

「あの、母様に姉さま、僕は男なのですが……女装は勘弁してください」

おもちゃにされる被害者の犠牲を無視すれば、の話だが。

「可愛いから良いのよ。もう食べ終えたわね。早速準備しましょう」

「誰か助けてぇ!!」

母と姉に連行される息子を見送ったカセロール。

気の毒そうな目をしてはいるが、止めはしないようだ。

「あ、しまった」

ふ、と何か大事な事を失念していたように呟く。

事実彼は、部下から大事な事を言われていたと今更ながら思い出したのだ。

「ちゃんとした礼服が明日には届くことを言い忘れていたな」

ペイストリーの受難は、明日まで続きそうだった。