軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

347話 馬子にも衣裳

ヴォルトゥザラ王国公都。

とある貴族の別館に、学生たちがお邪魔していた。

この屋敷は、神王国風に言うならヴォルトゥザラ王国有数の大貴族の持ち物である。大規模な離れといった方が適切だろうか。新婚夫婦の為に、気兼ねなく過ごせるようにと作られた別館、だった建物である。

お邪魔した理由はシンプルで、この屋敷の主であり大貴族の妻である女性から、服飾について学ぶ為だ。

「我が国の装いについては、三つのことを押さえておかねばなりません」

肌の浅黒い初老の女性が、学生たちの前に立ち、姿勢を伸ばしたまま手を前で組んで話をしている。

彼女こそ、ペイスが苦労して交渉した、服飾の先生だ。

名をアルビナ=オズム=サファムと言い、サファム伯爵の妻である。

ふくよかな体形に、少々低めの身長。それでいて油断できないと感じさせるのは、動きが年の割に素早いからだろうか。

老女の言葉に、学生が反応した。

「三つとは何でしょう」

「貴女、質問は挙手してからするように。お国ではどうだったか知りませんが、我々の間では人の話を遮るのは失礼に当たります」

「申し訳ありません」

学生の一人であるリンバースは、早速ヴォルトゥザラ王国の洗礼を受ける。

この国では神王国人を内心で嫌っていたり、見下していたりする人間は多い。目の前の女性も、若干ながらその気配があった。

慌てて姿勢を正すリンとその学友。

「はあ、折角の質問ですから答えますが、色、留め飾り、模様の三つです」

一度ぴしゃりと言われたことで、今度は学生もじっと口を噤んで話を聞く。

「まずは色。これは、家柄を表します」

ヴォルトゥザラ王国の装飾は、神王国のそれと比べるととてもカラフルだ。

原色を多分に用い、目にも鮮やかなものが多い。

それは、ファッションという面も勿論あるが、その色遣いに政治的な意味があると女性は言う。

「基本的に、色の数が多いほど良い家柄を表します。貴族であれば、一つの布地に最低三つは色を使います」

ヴォルトゥザラ王国の服装がカラフルなのは、そういう理由なのかと学生たちは納得する。

色が多ければ多いほど良い家柄というのなら、出来る限りカラフルにしたいと思うだろう。

「ただし、例外もあります。このように、近い色合いのものは同じ色として扱う場合と、違う色として扱う場合があり、それぞれの場合を覚えておく必要があります」

夫人が、二枚の布を取り出して並べた。

目の前に置かれた布は青地をメインにして紫や黄色などの色が乗っている布である。

いくつかを比較の為に出してきたのだろうが、シンやマルクといった服装にあまり興味の無い人種には違いが分かりにくい。

「難しいな」

「紫と薄紫の違いはどこにあるんだ?」

男二人がこっそりつぶやいたところで、夫人が反応する。

「そこっ!! しっかり聞いてください」

「はい、サファム夫人、申し訳ありません」

軍人として、叱られたときは背筋を伸ばして挨拶する。

返事は常にハイか了解だ。

話を聞かずにお喋りをしていたなど、もしも学校内で咎められればペナルティがある。

教官によって違いはあるだろうが、腕立て伏せやランニングを課されるのが常。

つい、癖で敬礼してしまうのはご愛敬だろうか。

「次に、留め飾り」

更に老女が取り出したのは、ブローチのようなもの。

小ぶりながら手に収まる程度の大きさであり、使われているのは宝石や貴金属だろう。

あれを持っていれば一生楽にできるのにと、物欲しそうにしている者も居る。

この国の衣装に合わせたようなピン止めの装飾品らしく、普段学生たちが着ているような軍服のようなものには着けづらそうだ。薄く、摘まみやすい生地でなければ不要に穴をあけかねない。神王国では馴染みのないオシャレ要素に、女性陣は興味津々だ。

「これは、部族を表すものです」

そのブローチらしきものを、皆に見えるように持ち上げて横に動かす老女。

全員が見えるようにという配慮だろうが、どことなく誇らしげだ。

「例えば、ロズモであれば甲虫か薔薇の意匠を用います。同じようにオズムであればオリーブ、大エルモであれば盾の意匠です」

夫人が見せたのはサファムの意匠だという。

結婚してから、サファムの一員になった証として贈られたものであるらしい。結婚指輪のような意味合いがあるのだろう。

誇らしげに見せるわけだ。

「質問をしてもよろしいでしょうか」

「はいどうぞ」

手を挙げたシリルに、夫人が質問を許可する。

「マフムード家の意匠は何になるのでしょう」

「マフムードの意匠は 棕櫚(しゅろ) です」

「あれ? そうなんですか?」

質問に答えてもらったのは良いのだが、その答えはシリルにとって不思議に思えた。

「何か疑問でもありますか?」

「私の記憶が確かであるならば、第一王子は薔薇の意匠を付けていたような……」

先の、使節団歓迎の行事の折、シリル達学生も一応はその場に居ることを許されていた。

元々、多くを学んで人脈を築くことが目的の学生動員である。自身の役目を真面目に考えていた者は、最初の式典であったからと張り切って重要人物たちを観察した。顔を覚えようとしたし、身なりについても出来るだけ記憶に残そうとしたのだ。

元より記憶力には定評のあるエリートたち。シリルにしても記憶力にはそれ相応の自信がある。

自分の記憶によれば、第一王子は薔薇のアクセサリーをしていた。

王家であるマフムード家の意匠が棕櫚であるというのなら、第一王子がそれを付けていないというのは如何なる理由があるのか。

「はい、その通りです。ガハラ王子はマフムード家の人間ですが、部族としてはロズモになるのです」

「……お答えいただきありがとうございます、サファム夫人」

質問に答えてもらったのは良いのだが、疑問は残ったままのようだ。

部族主義の考え方のヴォルトゥザラ王国の文化。これは、血統主義の神王国人にとっては実に分かりづらい。

第一王子が王家の人間であることは事実だ。故に、王家の立場を強調するときには、マフムード家の意匠を身に着ける。しかし、王子は同時に部族としてロズモ出身である。国内の行事であれば、この出身部族の方を優先するのだ。

例えるのであれば、出向社員と出向先の関係性のようなものだろうか。

出向した先の内々であれば、出向元の所属を名乗る。Aから出向してきた誰それで、今日からBでお世話になります、という挨拶をする。

だが、対外的に名乗るのであれば、出向先の所属だと名乗るだろう。よその会社の人にはBの誰それですとだけ挨拶する。わざわざAから来てBに席を置く誰それです、とは名乗らない。名乗ってもいいが、結局対外的にはBの人間と見られるし、何かやらかした時の責任もBにある。

或いは試合だからと野球部に助っ人に来たバスケ部のマネージャー。

野球部の中で「貴方はどこの人?」と聞かれれば「バスケ部」と答えるだろうが、対外試合などに出向いて他所の学校の人間から「貴方はどこの人?」と聞かれば、「〇〇(学校名)野球部です」と答える。ここで学校名も名乗らず、単に「バスケ部です」と答えたりはしないだろう。

王子の場合も、対外的に聞かれたならば、王家の人間であると名乗り、国内で立場を名乗るなら部族名を名乗るのだ。

代々の王には各部族からそれぞれに側室が嫁いでいるため、王子が王家の人間だと名乗ったとしても、国内の人間からすれば「王家の人間なのは分かったが、どこの部族の者だ?」となるという国内事情があるのだ。

何となくわかったような気がすると、曖昧な理解のままで聞き流すことにした学生たち。

「最後は模様について。これは、見て覚えてもらうしかありません」

ざっと夫人が並べた衣装。

それぞれに模様の違いはあるのが分かる。ただし、一つとして同じ模様が無いように見えた。

勿論、菱形の模様、波線の模様、直線の模様など、構成する模様そのものは共通点も多い。だが、それらを組み合わせて出来上がる模様は、色遣いや模様の大きさと合わせて一切同じものが存在していない。

「違いは分かるのですが、それを言葉にするとなると……」

「ああ、難しい」

そうだろう、さもありなん、と夫人は頷く。

正直な話、この模様というのはヴォルトゥザラ王国の者でも完璧に見分けるのは難しい。ぶっちゃけ、体系だって決められている訳では無く、長い伝統の中で何となく身についているものだからだ。

「この模様は、立場を示すものです」

「質問をよろしいでしょうか」

「どうぞ」

「立場とは、具体的にどういうものでしょうか。貴族や王族といったことでは無いのでしょうか」

神王国であれば、立場の違いというのは身分の違いだ。

平民と貴族では住む場所から食べるものまで、あらゆるものに違いがあるし、出来ることや認められている権利も違う。

「立場とは、部族の中の立ち位置になります。部族の長老、 長(おさ) 、長の血縁者、長の妻、未婚の女性などがそれぞれ違った模様で表されるのです」

しかし、ヴォルトゥザラ王国の立場とは、神王国のそれとは少し違う。

封建的度合いや部族主義の色合いがより強い為、国から与えられる地位ではなく、所属する部族の地位が、社会的な立場となる。

時には国の立場と部族の立場が逆転することも有り、その場合は部族内の立場を優先するのがヴォルトゥザラ王国だ。

「……違いが分かんねぇ」

「違いを見分けられるようになることが、子供が社交の場にでる目安になります。簡単にできることでは無いので、今日はそのような見分けをするのだということだけ理解してもらえばいいです」

「はい、サファム夫人」

完璧に見分けるのは、ヴォルトゥザラ人でも難しい。ただし、最低限偉い人の立場を示す模様ぐらいは慣れで分かる。

それが、社交に出せるようになったかどうかの目安。

学生たちにしても、それぐらいは出来るようになりたいという思いがある。

「では、実際に着てみましょう。服は着てみてこそです」

「はい、サファム夫人」

習うより慣れろ。

学生たちは、男女それぞれに分かれて実際に民族衣装を着てみることとなった。

「まず、男性にはこれ」

老婦人は、大きな布のようなものを男たちに渡す。

「こうやって、こう着ます」

着方は、一番基本的なものを習う。

大きな布で体を巻くようにして着るのだ。

「そこ、もっと丁寧に。そこで皺が出来ると、全体が崩れるのです」

「はい、サファム夫人」

こんなもん楽勝だろう、とばかりにさっと布を巻いたマルクは、真っ先に怒られた。

神王国人の感覚からすればただの布でも、ヴォルトゥザラの感覚では間違いなく服なのだ。着こなし方にもコツというものがある。

「ああ、手を止めてください。そこは、そのように寄せてはいけません」

「はい」

「こうやって、上から下に、丁寧にやっていかねばなりません」

「はい、サファム夫人」

シンは、きちんと言われたとおりに着こなしていた。

美形が着ると何を着ても似合う。

それ故、夫人の物腰も若干ながら丁寧だ。

厳しさ自体は一切の妥協がないが。

「ほら、貴方、何をしているのです!!」

「はい、申し訳ありません!!」

学生には、ルミニート親衛隊も含まれる。

あからさまに他所事に気を取られている色ボケ連中は、夫人の雷が落とされた。

「鬼教官って、どこにでもいるんだな」

「まあ、モルテールン教官ほどじゃねえよ」

マルクは、シンの呟きに半笑いで答える。

彼の経験上、特定のことの為に妥協を一切許さない鬼教官というのなら、お菓子狂いの異常者が一番合理的で、一番厳しい。

何故かそれを聞いていたルミやリンといった女性陣も頷いているが、ペイスの厳しさを実際に知っているのはルミだけである。

「女性服も、着方を覚えましょうか」

「え?」

「着方を覚えておけば、便利でしょう」

「はあ……」

男連中が、慣れない着付けに四苦八苦している中、夫人は女性陣にも実際に服を着てみるよう促す。

衝立のようなものが用意され、男どもが覗けないようにされたスペースで、女性陣は服を着替える。

最初にさっさと着替え終わったのは、リンであった。

「似合う!!」

「おお、色っぽい」

日頃は女っ気に乏しい連中は、艶やかで煌びやかな服装に着替えたリンに掛け値なしの賞賛を贈る。

女性的な曲線美の豊かさにかけては学内でも屈指であり、民族衣装を着ると特に上半身に男性陣の目線が集まった。

更に、続いて着替え終わったのはシリルだ。

「スゲエ、良いじゃん」

「背が高く見えるね。カッコイイ」

シリルの衣装は、特に体のラインがはっきりと分かるものだった。

軍人として鍛えられているだけに、民族衣装を着ていてもわかるスタイルの良さは圧巻である。

「おい、やっぱ俺は良いだろ」

「何言ってんのよ。私たちだけ見世物にするなんて許されないわよ」

最後まで、ぐずぐずとしているのはルミだ。

モルテールン領出身の彼女は、あまり自分が綺麗に装うことに慣れていない。

だからだろう。恥ずかし気な様子を見せつつ、おずおずと夫人のチェックを受けに出てきたルミの姿は、逆に一同の目線を独占する。

「お前……ルミか?」

マルクは、民族衣装を纏った幼馴染の姿に見惚れ、言葉を失うのだった。