軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

346話 意識の違い

ヴォルトゥザラ王国首都郊外。

広さにして東京ドーム20個分は有るであろう大きな農場の一角。

遠目から見ると巨大な屋敷に見える場所に、大勢の神王国人が働いていた。

働くのは寄宿士官学校で上位を争う俊英たち。

さぞ、知的で高尚な勉学に励んでいるのだろうと思うと、さにあらず。

若人たちは今、家畜の糞と敷草の混ざった肥料の出来損ないを、服を汚しながら掃除しているところであった。

「ああ、臭いぃぃ」

リンことリンバース=ミル=トーリーは、盛大にぼやく。

黒髪を後ろで纏め、一見すれば舞台俳優かと思える美人。

それが掃除用具片手に顔を顰めて不平をぶちまけていた。

「ぎゃあ、顔!! 顔舐められた!!」

人の背丈よりも高い位置に顔の有る 獣(けだもの) が、リンの顔を舐めた。

彼女の身に着けている香水の匂いに惹かれたのか。はたまた若者らしい艶やかな頬っぺたが美味しそうに見えたのか。

舐められた方は、気持ち悪さに涙目である。

「こんなことして、何の意味があるのよ。モルテールン教官は私たちをイジメたいのかしら」

シリルこと、エシライルー=ミル=カーディンも同じく、これ見よがしに不満をぶちまけた。

軍人の世界に生きるだけに、命令に従うことには当然だという思いはある。しかし、それにしたところで限度というものがあるだろう。

士官を志す人間として、いざという時には泥水を啜ってでも命令を熟す覚悟はある。だが、まさか家畜の糞に塗れて、平民でもやりたがらない辛い仕事をするとは思っても居なかった。

ウンコ掃除など、淑女のする仕事でも、軍人のする仕事でも無いと、文句たらたらである。

勿論、騎士としては馬の世話のいろはを学んではいる。しかしこんな不快なことは、普段なら雑用係の下働きがやる仕事だ。

二人の淑女(?)の悪態。

それを横で聞いていたマルカルロ=ドロバは、やれやれとため息をつく。

「そう文句ばっかり言うなって。俺はあんまり頭が良くないけどよ、一つ分かるのはモルテールン教官は無意味なことはやらせないってことだな」

昔は親の手伝いからも率先して逃げ出していたマルクが、今では文句を言わずに与えられた仕事を淡々とこなしている。

親が見れば涙を流して喜ぶだろうが、これは教育の成果なのだろうか。

マルクは、学内では相当に目立つ存在だ。

今の同期の中では数少ない平民階級の出身であり、あのモルテールン家推薦で入学しており、更には美人な幼馴染が同級生という存在。

こんなもの、エリート意識の強い同級生からは、反感を持たれて当然である。

モゲロ。

故に、出来るだけ真面目に過ごし、与えられた仕事を熟して目立たなく生きる処世術を身に着けた。

持って生まれた雑な性格は治りそうもないが、それでも普段は優等生を装える程度に模範的態度を身に着けたのだ。

今も淡々と作業をしていたわけだが、流石に自分たちの親分たるペイスのことを疑われては、口を出さずにはいられなかった。

「どんな意味があるっていうのよ」

「それが分かるなら俺は教官やってるっての」

「それもそうか」

あのペイスの思考を、完璧に理解できる人間はいない。少なくともマルクの知る限りはいない。

もしもそんな人間が居たら、そいつもまた稀代の変人でド変態に違いないと、マルクは確信する。

勿論、ペイスとの付き合いの中で、培ってきた信頼や信用はある。合理主義者の揃っているモルテールン家の御曹司が、わざわざ外国で、自分たちの部下ともいうべき学生たちを、ただただ虐めるなど、そんな無駄なことをするわけがないのだ。

必ず、何かの意図がある。

それがどういうものかは計り知れないが、どうせトラブルを起こし、お菓子を作ってほくそ笑むのだ。

マルクの言葉には、女性陣も一応は納得したらしい。

龍殺しの英雄が、わざわざか弱い女性を虐めるはずがないよね、という意見で一致した。

訓練では大の男を殴り飛ばすお前らのどこがか弱いんだよ、というマルクの正論は、女性陣の掃除用具による制圧で黙らされた。

「こっちも大変だけど、あっちはあっちで、大変そうだね」

シリルが、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した二人を宥めながら、話題を逸らす。

皆よりも年上の彼女が指さす先には、一人の美女と、その取り巻きの姿があった。

「ルミが親衛隊に囲まれてら」

今回の技術研修では、ふた班に分かれて研修を行うようになった。

十人規模の人間が一塊で作業しても、あまり意味がないとの判断からだ。

ペイスによる独断によって、ルミとマルクは別の班に分けられた。それぞれが違った経験をした方が、モルテールン家のメリットになる、と言われてしまえば納得するしかない。

ルミの方は、家畜の洗体や飼料の運搬。つまり、家畜に 齧(かじ) られるお仕事だ。

何故か、ルミの周りには男どもが常に寄り添い、お互いに牽制し合いながら彼女の気を引こうと頑張っている。

当のルミは迷惑そうにしているのだが、それでも彼女の代わりに荷物を持とうとしたり、無駄に重たい荷物を持ったままわざわざ遠回りして目線に入ろうとしたりする男どもが数人。

ルミニート親衛隊と自称する彼ら。早い話がアホの集まりである。百歩譲って色ボケの集団だ。

「おいおい、マルカルロ君、放っておいて良いのかね?」

リンが、にやにやとした顔で、マルクを揶揄い始める。

先ほどの口撃の仕返しなのだろう。

ルミとマルクの関係性は公然の秘密であり、お互いに両想いらしいことは女性陣は知っている。

そんなはずは無いと無駄に夢を見ているのが親衛隊の連中であり、今も思春期らしいアホな黒歴史を作り続けている。

今この瞬間も、泥溜まりに自分の上着を置いて、さあどうぞと言うアホが出た。泥を避けるなり、跨ぐなりすれば済むものを、上着を泥だらけにして何がしたいのか。

「あいつらはルミに嫌われるのが一番堪えるだろうし、無茶はしねえだろ」

「余裕見せるね。何か進展でもあったのかな?」

「なにもねえよ」

進展というなら、何もない。毎日ヘトヘトになるまで訓練をし、頭から蒸気が出かねないほど頑張って勉強しているのだ。浮ついたことを考える余裕すらない。

むしろ、進展というならこうやって同じ作業をするのが進展だ。日頃は別々の教官の下で個別に学んでいるのだから、長い時間行動を共にするというのも久しぶりである。

他人の色恋話というものは、学生にとって最良の娯楽。

いつの時代も変わらない真理。

つまり、マルクたちの班は、会話に夢中になって手が止まってしまっているということ。

それを見咎めたのは、班員の一人。

「貴様ら、無駄にお喋りするのは構わんが、手は動かせ」

「シンは気にならないの? マルクとルミの進捗具合」

シン=ミル=クルム。

マルクとは同性ということもあって、一応は馴染んでいる。

日頃はクールで無感情な態度なのだが、今は色々と汚れた服装であり、珍しく怒っている様子だった。

「下らん。恋愛にかまけて貴重な機会をだらだらと怠惰に過ごす馬鹿に付き合ってられん」

シンの憤懣は、自分の班員の能力の低さに向けられている。

十三歳で寄宿士官学校に入学し、既に将来の首席卒業候補の呼び声も高い天才児からしてみれば、どうして宝の山を目の前にして下世話で下らない雑談が出来るのかと不思議で仕方がない。

「貴重な機会ねえ」

「やってることは、家畜の厩舎を掃除してるだけじゃない」

「そうそう。臭いし、汚いし、しんどいし。ヴォルトゥザラからの世話係とか言うのは平民だったし、適当に説明したらあとは放置だし」

「こんなの、私たちがやる必要ある?」

女性陣は、シンの不満には気づいていても、その不満が妥当だとは思えなかった。

技術を学ぶというから気合を入れていたのに、蓋を開けてみればやることはただの雑用。下働きの人間が要領を得ない雑な説明をしたきり、放置されている。

これでいったい何を学べというのか。憤るのは当然だと、言い張った。

「ふん、馬鹿ばかりだな」

やれやれ、とばかりに肩を竦めた若者。

これは、流石にイラっと来る態度だ。

幸いなことが有るとすれば、生意気な態度というものに耐性のあるマルクにはじゃれ合いにしか思えなかったことだろう。

「お? じゃあお前は分かるのか?」

「無論だ」

マルクの問いには、自慢げに頷くシン。

「何? どんなことを学ぼうってのよ」

給金も出さずに、学生だからとこき使われる下働き。

こんなもの、奴隷労働だというシリルとリンに対して、少年は言い聞かせるように話す。

「まず、この家畜についてだ」

「…… 駱駝(らくだ) 、だったっけか?」

「神王国では見かけない家畜だろ」

「そうだな」

彼らが面倒を見ているのは、駱駝。

ヴォルトゥザラ王国では割とポピュラーな家畜であり、利用用途は多岐にわたる。

神王国では馴染みのない動物の為、初めて間近で見たという人間もこの場には多い。

「あたしはちょっと知ってる。ルーラー領に親戚が居るから、珍しい動物ってことで聞いたことがあったから」

ヴォルトゥザラ王国との交流や交易について、主として担当しているのは神王国の西部である。

時には剣をもって交わったことも有るし、金を使って交わることもある。

利害においては複雑な関係性を持ち、家畜についても同様だ。

全くの没交渉という訳でもないので、神王国でも知らない人間がいないわけでも無い。

「へえ。旨いのか?」

マルクの問いかけ。

家畜といえば食うものという、実に率直な意見だ。

すぐに食べ物を連想してしまうのは、モルテールンが元々貧乏領だったころの癖だろう。

「美味しいなら、モルテールン教官が私たちだけに世話させるわけないじゃない」

「それもそうだな」

駱駝は、神王国人からすれば不味い。

より正確に言えば、臭い。

元々食肉用として飼育している訳では無いので、年老いたものしか食用にならないというのも、不味さの理由。

「神王国ではあまり見かけないのに、この国では普通に飼われている。そこにお前らは疑問を持たないのか?」

シンの問いかけに、しばらく考えてハッとした班員。

「なるほど、つまりこの家畜は、ヴォルトゥザラ王国では育てやすい家畜ってことね」

「まあ、そうだな」

逆に言えば、神王国では育て難い。

駱駝のもつ特性がそうさせるのだろうが、何故ヴォルトゥザラ王国では育てられていないのか。

「理由は何かしら。気候?」

「植生ってのはどうかな。食べ物の問題って学校でも習ったじゃない。軍馬の飼料と補給について。遠征すると、植生が変わることが有るって。この子たちが草食ならって前提だけどさ」

「習ったね。この駱駝は何を食べるのかしら?」

家畜として動物を育てるのに、最も大切なのは餌である。

動物も食べねば生きていけないし、適したものを食わせないと家畜としての効能が低下するのだ。

間違った餌で育てれば、食肉であれば肉の生産量や食味が落ち、労働力としてであれば筋力や持久力が落ちる。

この駱駝という生き物が役に立つと仮定して、ヴォルトゥザラ王国で一般的に育てられていない理由が分かっていれば、いずれ何かの役に立つかもしれない。

これは学びだ。

「だから、お前らは馬鹿だというんだ。今お前たちがやっていることは何だ」

「家畜の世話……ああ、そういうこと」

「そういうことだ。わざわざ疑問の答えそのものを目の前に置かれていて、気づけないのを馬鹿と呼ぶのがおかしいか?」

「腹立つ言い方だけど、言いたいことは分かったわ」

駱駝が何を食べるのか。もう一つの班が運んでいるものが答えだ。

さらに言えば、自分たちが掃除しているものも役に立つ。

「この家畜が、これほど御大層に飼われている。なら……そこにも意味が有るんだろうな」

「ほう」

「俺らの国は、騎士の国だ。馬を大事にする。この国じゃあ、この駱駝ってのを大事にする。普通に考えりゃ、駱駝が馬替わりってことだろ?」

「うん、そうだろうね」

実際、駱駝というものの体の大きさは、目にしてみて驚く。

更に厩舎を見渡せば、この駱駝に乗る為と思われる鞍のようなものや、運搬に使うと思われる籠らしきものもあった。

物を運ぶ、人が乗る、食料になるというなら、ヴォルトゥザラ王国で扱い方を学んでおく意義は有る。

学校で軍用馬の性能が行軍の制限になり得ると習ったのなら、その応用も有り得るだろう。駱駝の性能の限界は、ヴォルトゥザラの騎兵……駱駝兵というものの存在を仮定したときの活動制約足り得る。

「駱駝に乗って戦う連中が居るってことだな。そんで、そいつらはきっと平民ってことは無いんだろうさ。こうやって丁寧に世話をさせられるんだからよ」

「ふむ、貴様もなかなか着眼点が良い。褒めてやろう」

「だから、いちいち偉そうにすんな。ぶん殴るぞテメエ!!」

拳を振り上げて脅してみるが、シンは平気で受け流す。

実際、腕っぷしの強さもここに居る面々はそう差がない。全員が鍛えられた軍人なので、多少の強弱こそあれ絶対的な差は無い。

それが分かっているからこその、平然とした態度なのだろう。

「この国にとって、恐らくは軍事的にも経済的にも価値を持つであろう家畜について、実際に体験して学べるというんだ。お前ら、真面目にやれよ」

結論として、シンがまとめる。

今やっていることが無駄でないと分かったなら、あとは手を動かすに限る。

もっとも、正論であってもそれが受け入れられるかは別の話だ。

「お前に言われたくねえよ!!」

「そうよそうよ、あんたさっきからずっと仕事せずに隅に居たの、知ってるんだからね」

「俺は家畜の生態を知るために観察していたのだ。ほら、働け間抜けども」

「ぶっ殺すわよ!!」

いい加減、偉そうな態度に切れたリンが、箒を思いっきり振り回し始めた。

剣術を習っているだけに、下手に当たれば大怪我になりそうな鋭い振りだ。ぶんぶんと、とても箒とは思えない物凄い風切り音がしている。

「やめろ、落ち着け、おい、お前らも止めろ!!」

今まで掃除に使っていた箒を振り回すのだ。色々といけないものが飛び散って、阿鼻叫喚である。

ぎゃあぎゃあと騒がしくなってきたところ。

そこに、いきなり爆発音のような大きな音がした。

「はいはい、そこまで。喧嘩をする為の研修ではありませんよ」

「モルテールン教官!!」

音を出したのはペイスだったらしい。

平然とした態度で厩舎に入ってきたペイスが、学生たちを集合させる。

「技術習得は上手くいっていますか?」

「はい!!」

「良い返事です。先ほど彼が言っていた通り、この技術研修には幾つも狙いがあり、決して無駄にはなりません。真剣に取り組んでくれることを望みます」

「分かりました」

まだ、作業が終わった訳では無い。これからも仕事が残っている。

うんざりしそうな話ではあるが、一班の方はやる気を盛り返した。

今やっていることが、確かに学びと技術習得に繋がっていると確信できたからだ。

「そうそう、言い忘れていました。明日からは別の所に行きます。今日の成果は、改めて報告書にまとめるように。何を学んだかを含めて、書き置くこと。報告書は、殿下や大隊長にも目を通していただきますし、本国にも送ります。内容次第では、表彰があり得るので、頑張るように」

学生たちの目には、やる気が満ちていた。