軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

348話 命を懸けて

学生たちが多くの技術を研修で習得していく日々を過ごしてしばらく。

ペイストリーが、学生たち全員を集めた。

総勢で十一人。引率として学生たちの監督をするホンドック教官を数に入れずにこの人数。

決して少なくない数であるが、彼らは皆が軍人の卵。集合を掛けられて、即座に集まって直立不動で待機するぐらいは日常のことである。若さと向上心に満ち満ちた集団というのは、まとまっているだけでも華やかさがあった。

「一同、傾注」

ざっと全員がペイスの話を聞く姿勢を取る。

「皆、今日までの技術研修、ご苦労様でした」

学生たちが右手を握りながら左胸にあてる、敬礼の姿勢で微動だにしない。

実によく訓練が行き届いている。

満足げに全員を見回しながら、ペイスは答礼を返した。

「ヴォルトゥザラ王国での技術研修。色々と思うことはあったとは思いますが、よく頑張りました。苦労をしながら考えを深めることで、より多くのことを学んだことと思います」

今日の今日まで、若者たちは色々なことをやらされた。

調理場で芋洗いや皮むきといった下働きもさせられたし、牧場で不慣れな家畜の世話もした。ファッションモデル紛いの真似もしたし、街に出て警邏の手伝いもやった。

何なら、雑用としか思えないことまでやっている。市場に出て、聞いたこともないような食材を買い出しに行き、絶対に予算内に収めろと言われたプレッシャーと戦いながら値切りに必死になったことも記憶に新しい。

どれもこれも、真面目にやっていればいい経験になっていることだろう。

軍人の勉学だったのかといえば、普通の教官であれば首を傾げかねないあれやこれや。だがしかし、世の中に無駄な知識などというものは無いのだ。有るとすれば、十分に何かに活かせる知識と、自分の能力不足で活かせない知識があるだけ。

より多くを学ぶことが出来たのなら、決して無意味にはならないと、銀髪の少年は確信する。

建前上であったとはいえ、学生たちに学生らしいことをさせられた点で、ペイスの寄宿士官学校の教導としての立場は完璧に果たされた。引率していたホンドック教官も、無事に帰れば大手柄間違いなし。建前は十全に果たされた。

そして、今日集められたのは建前では無い部分。

技術研修を名目に時間稼ぎと長期滞在をしていた、真の目的を話すためだ。

「さて諸君、我々は王子殿下の命を受けました。謹んで聞いてください」

ルニキス王子は、外国に居る間は使節団のトップ。全権を持った大使でもあり、ヴォルトゥザラ王国滞在中の神王国人にとっては、現状の意思決定におけるトップオブトップである。

正式な肩書は国王の代理。任に当たる間は、使節団にとって王子の言葉は国王陛下の言葉と等価になる。彼の下す命令もまた然り。

その王子殿下からの命令。つまりは、勅命だ。

王の命令を聞くかの如く、最敬礼で聞かねばならない。

「これより三日後、ソラミ共和国から要人がやってきます」

ソラミ共和国と言われて、ピンと来た人間は優等生のシンぐらいのものだ。

他の面々は、祖国とは隣国でもない遠い遠い外国の、それも出来てさほど間がない新興国の名前など分からない。彼らが知っているのは周辺国家とその付属ぐらいなもの。直接的な軍事的脅威になりそうな国に対しての知識に偏っている。

軍人である以上仕方がないともいえるが、少なくとも自分たちの学んだ一般常識には無い。学生たちは困惑気味だ。

勿論、ペイスとしても学生たちにとって聞き馴染みのない国名であることは承知している。

ゆっくりと、嚙み砕いて説明するペイス。

ソラミ共和国がヴォルトゥザラ王国の更に西方にあること、近年隆盛している新興の成長株であること、国体が神王国とは全然違う国であること、などなど。皆にとっては初めて聞くことばかりだ。

必要と思われることを一通り説明したところで、学生たちにもある程度の納得感が生まれる。やはり地頭がいいからだろう。ソラミ共和国が軍事的にも多少なりとも意味が有るのだと察する。

「この国は、将来我が国にとって大きな意義を持つ、戦略的な互恵関係を結ぶ可能性のある重要な国。更には、その国から外交使節を任されるほどの要人と縁を繋ぎ、顔を売るというのは願っても無いことです」

元々、我らが国王陛下が王子殿下を派遣した裏の目的は、このソラミ王国との繋がりを持つことでは無いか。ペイスはそう疑っている。そうでなければ、これほどまでにタイミングの良いことが有るだろうか。或いは、この場にペイスが居ただろうか。

仮に共和国要人に対して縁を持とうと思うなら、今回の件は絶好の機会。遠く離れた神王国までソラミ共和国の要人がやってくるのは大変だし、逆も同じ。神王国の使節が幾つも国を跨いでソラミ共和国に出向くのは困難極まる。また、そこまでして使節を交換すれば、ヴォルトゥザラ王国は警戒の度合いを一段階か二段階引き上げかねない。自分の国の西と東にある国同士が連携を取り合うのだ。しかも、どちらも決して無視できない力を持っている。

挟まれる方は気が気ではないだろう。最悪の場合は予防的な軍事行動さえ有り得る。

表立ってお互いの国を訪問しづらいが、手を組むメリットの大きい国同士。

折角のチャンス、他ならぬヴォルトゥザラ王国内で、“偶然”にも鉢合わせるというのは利用しない手は無いのだ。

「あなた方は、この為に来たと言っても過言ではない」

ペイスの言葉に、学生たちは神妙な態度を見せる。

将来の外交的資産としても、他の神王国人には持てない繋がりを築くという意義は大きい。

学生たちは、ある意味ではこういう“神王国に居てはあり得ない人脈”を築くことも期待されているのだ。

この為に来たと言っても過言ではない、というペイスの言葉。文字通りの意味である。

「今から二日間は、この国の社交におけるしきたりやマナーを徹底して叩き込みます。技術研修の最後の難関だと心しなさい」

ペイスを始めとする“大人達”は、裏でもずっとこの 邂逅(かいこう) の為に準備をしていた。

とりわけ、社交のマナーを教えてくれる人を確保するのは絶対の条件であった。

ところ変われば品変わるという言葉も有る通り、社交のマナーというものもお国が変われば差異が生まれる。

流石にソラミ共和国のマナーを学べるとは思わないが、ヴォルトゥザラ王国のマナーであれば学べる。学ばねばならない。

最低限ソラミ共和国の人間が、不快感を持たない程度のマナーは人脈形成に必須。

教えてくれる人を探すのも大変だったのだが、何とかペイス達は都合をつけた。学生たちに教えるという形だったからこそ実現したことでもあるのだが、その点は幸運である。

ペイス達がただ単にマナーを教えてほしいと言っていれば、相当警戒されていたことだろう。

「そして、彼の国の使節が歓迎の式典に呼ばれる際、我々も乗り込みます。貴方たちを引き連れて」

学生たちにどよめきが走る。

具体的に、社交の勉強を実践する場を指定されたからだ。

一国の使節が、それも大国たる神王国使節団が滞在する中での歓迎式典ともなれば、ヴォルトゥザラ王国としても恐らく張り切って準備するはずである。

学生たちにとっては、付け焼刃でいきなり大舞台に立たされることになるだろう。

ざわつく学生たち。

「静粛に!! 良いですか。全員、我が国の顔であるという自覚を持ちなさい。貴方たちの一挙手一投足が、祖国の名前を高めもし、貶めもするのです。無様な真似は決して許しません。改めて、王子殿下の名のもとに、勅命です。謹んで拝命するように」

「はいっ!!」

改めて、ペイスから訓示が言い渡される。

社交の場に出て、外国の使節と挨拶を交わすとなれば、それは即ち神王国を代表する立場ということ。

神王国に対する印象の全てが、学生たちの態度に掛かっていると言っても良い。

重大な任務であるというペイスの言葉。若者たちは緊張と興奮を隠せない。

「では、早速取り掛かりなさい」

「はい、モルテールン教官!!」

改めて敬礼をして、それぞれに準備をしようと散っていく学生たち。

「ああ……、親衛隊諸君はちょっと残ってください」

そんな学生たちのうち、半分ほどをペイスが呼び止めた。

足を止めたのは自称『ルミニート親衛隊』の面々である。どうしてもと言い張って、勝手についてきた面々だ。

モルテールン家にとって大事な「生え抜きの女性従士」を守る為の人材が彼ら。最悪の場合はルミを守る為の肉壁にさえなる男たちの集団。

穢れなき女神を守る為の聖戦士を自称する、ちょっとばかりイタい連中だ。

「あなた方にはちょっと特別な任務を与えます」

おかしな連中をこっそり集めたところで、彼らにはペイスから別途の任務が言い渡される。

勿論、命令の内容はペイスの上司たるスクヮーレ大隊長との相談の上で決めたもの。

正式に軍の命令となるということであり、親衛隊にとっては寝耳に水であろう。

「特別な任務とは?」

親衛隊の一人が、ペイスに尋ねる。

質問に対しては、ペイスは少しあごを引いて頷きながら答える。内緒話の姿勢だ。

「平民に扮し、共和国の内情を探って貰いたいのです」

こともなげなペイスの言葉に、プライドの高い親衛隊一同は気色ばむ。

「我々が平民の真似事をすると!!」

寄宿士官学校は貴族子弟の為の学校。必然、通う学生は大半が貴族の子弟。

ルミニート親衛隊の面々も、間違いなく貴族である。貴き血筋の誉れある身分だ。

中には将来貴族家を継ぐ、 嫡嗣(ちゃくし) の立場のお坊ちゃんまで含まれていた。

そんな彼らは、プライドも高い。

一般庶民に変装して、平民のふりをしろと言われたことに対して憤る。なんで自分たちがそんな真似をせねばならないのかと。

これは例えるなら、高校生や大学生に対して、保育園児や小学生の真似をしろと言っているような感じだろうか。身分意識の強い人間であれば犬の真似をしろと言われるような感覚なのだろうが、幸いなるかな平民のルミを崇める彼らに、そこまでの強い意識は無い。

だが、彼らの感覚としては、恥ずかしいという感覚が先に立つ。

反発するのは当然に予想されたこと。

「必要とあれば、この国で言う貧民にも扮してもらいます」

そして、ペイスは更に続けて言葉を重ねた。

平民に扮するというだけでも憤懣ものであるが、あろうことかそれに加えて貧民になれという。

これにはさすがに若者たちが怒った。自分たちにプライドを捨てろというのか、と。

身分差が当然のものとされる神王国の常識では、彼らの感覚の方がより一般的だろう。

理不尽すぎる命令ならば、流石に従えないという気もある。

「褒賞として……こんなものを用意しました。成功の暁にはこれを進呈します」

勿論、ペイスも親衛隊が憤るであろうことは分かっていた。それ故、とっておきの御褒美を彼らに見せつける。

ペイスが取り出したのは“ルミのヴォルトゥザラ民族衣装の写真”であった。

羊皮紙に転写されたそれは、色鮮やかでありながらもルミの魅力を余すところなく訴えかける逸品である。

少し恥ずかしそうにしている、普段の男勝りな活発さとは違った様子なのも好ポイント。

撮影も含めて当人の許可済みではあるが、まさかここで出されるとは思っていなかっただろう。

「お任せください!! 命に代えても任務を果たしてご覧に入れましょう!!」

親衛隊たちは、ズビシとポーズを決めてみせるのだった。