作品タイトル不明
第44話
スコーンを口に入れたまま余計なことを言ってしまったせいで、俺はまた敵方への使者を務めることになった。
今回は自分で言い出してしまったので恨むこともできない。浅はかなことをしてしまった。
まあでも、これも姫のためだ。
身支度を整えながら、俺は姫とカナティエに説明する。
「このまま包囲して敵の砲撃を浴び続けるのも暇ですので、ちょっと敵方に挨拶してきます。すぐそこですから護衛は必要ありません」
呆れたような顔をする姫とカナティエ。
「近所に買い物に行くみたいな口調で何を申しておるのだ……」
「さすがに危険すぎますよ、ジュナン殿!?」
危険なのは間違いない。
本来なら、ここでじっと耐えているだけでいい。
しかしひとつだけ、俺には不安があった。
「外部からサイダルの救援が来たとき、テルダムに籠城している兵が呼応して出撃してくると、我々は挟撃されてしまいます」
そう。包囲攻撃は内側に向けて戦力を投入するので、外側からの攻撃に非常に弱い。包囲することで陣形は薄く伸びており、背中はがら空きだ。
もちろんそれはユナト陣営のみんなが理解している。姫もだ。
「なんだ、そんなことを気にしておるのか? 心配は無用であるぞ」
姫は胸を張り、それから不安そうに指を折って数え始めた。
「ええと、まず陣触れを出すのに最低一日であろう? そこから領主たちが割り当て分の兵を集める。ま、一日あればできるはずだ。集結地点に兵を集め、そこから一日かけてテルダムまで行軍をして……」
俺はそっと助け船を出す。
「今回の場合、テルダム包囲の報が王都に届くまで一日必要だったと考えていいでしょう。そこから情報収集を始めて、王都にユナト軍が迫っていないことを確認するのに最低でも一日かかります。これは陣触れと並行させるでしょうが、両方が終わらない限り出陣できませんので、どちらかが手間取れば長引きます」
人工衛星も航空機もない世界では、国土のどこかに敵の軍勢がいてもなかなか見えない。全ての街道をチェックして敵がいないことを確認するのに時間がかかる。
だからテルダム救援の軍勢が来るまでには、最短でも四日かかる。実際には五日か六日必要だろう。
ちなみに今日はまだ三日目だ。
指を折って計算していた姫は、ホッと胸を撫で下ろす。
「うむ、やはりまだ慌てる必要はないな。実際には兵の支度にもう少しかかるであろう。海路は父上がそろそろ決着をつけてくださる頃合いだし、陸路からは兄上が増援を送ってくださる予定になっておるぞ。早ければ今日の夕方には着く」
ユナト艦隊は現在、テルダム近海でサイダル側の艦隊に襲撃をかけているはずだ。平時は小規模な艦隊に分けて分散配置しているらしいので、それを個別に潰してまわる。
海上戦力に打撃を与えた後、テルダム近海で海上封鎖を行う予定だ。
そして敵の救援を撃退するために、こちらも後詰めの援軍が少しだけ来ることになっている。挟撃に耐える強度が増すので、今は少しでも兵力が欲しい。
姫がちょっと誇らしげな顔をする。
「後詰めが来ればもう安心だ。後は焦らず待つだけで良い。そうであろう?」
「そうなんですけど、姫はそれがわかっていても待ちたくないんですよね」
「うむ! 今すぐにでも総攻撃を仕掛けたい!」
ダメだってば。
「待つのが苦手な姫のお気持ちはわかります。俺としても、今やれることをやっておこうと思っただけですよ」
俺は腰に剣を吊るし、ニコッと笑ってみせた。
「ですので、挨拶がてら敵の考えや兵力を探ってきます。表向きは降伏勧告の使者ということにしますので、そうそう殺されたりはしないでしょう」
しかし姫は不安そうだ。
「そんな剣で大丈夫か? ウィルベルニルは持っていかずともよいのか?」
姫が伝家の魔剣をちらつかせながら尋ねてきたので、俺は首を横に振る。
「その剣は曰くがありすぎます。普通の剣で十分ですよ」
姫とカナティエが顔を見合わせる。
「いつものというと……」
「例の木剣ですか……?」
いやいや、違うから。
あの竹光はもう卒業したから。
俺は新調した剣を二人に披露する。
「さすがにあれはまずいので、今回の遠征のために剣を新調しました」
なんだかんだで俺の給料も増えており、たかが剣一振りを買うのにそこまで苦労はしなくなった。刀身はちゃんとした鍛鉄だ。
カナティエが俺の剣を抜いて、いろんな角度からしげしげと見つめている。
それからヒュッと軽く振った。危ないな、もう。
「どうかしましたか、カナティエ殿?」
「これはあんまり……」
渋い顔のカナティエ。
「ダメですか?」
「いえ。儀礼用の剣としては申し分ないですが、使っている鉄が柔すぎるように見えます。何度も打ち合うと曲がるかもしれません。折れるよりはマシですが」
鉄の剣がそうそう曲がってたまるか。……曲がらないよね?
俺は不安になってきたが、よく考えたらどっちでも良かった。
「俺の腕では何度も打ち合えませんよ。それに紋章官が抜剣して戦うときは、どのみちもうおしまいです」
どうやらあまり良い剣ではないようだが、それでも竹光よりはマシだろう。あれだと打ち合うことすらできない。
姫がそわそわしながら、俺に魔剣をぐいぐい押しつけてくる。
「悪いことは言わんから、これを持っていけ。な?」
「敵将に死を告げる不吉な剣を押しつけないでください。またあらぬ誤解を受けるでしょう」
今回はこちらが侵略者側ということもあり、あまり事を荒立てたくなかった。
「とにかく交渉事は俺の領分ですので、ここは俺に任せてください。包囲攻撃をしている以上、こちらの要求を伝えることは最低限の義務ですし」
こちらの意図は明白なので向こうもいちいち使者を送ってきたりはしていないが、よく考えたらまだ何の交渉もしていなかった。基本的な手続きを省略するのは良くない。
不安そうな顔をしている二人に向けて、俺は冗談っぽく笑ってみせる。
「交渉以外に取り柄がないんですから、俺にも少しは手柄を立てさせてくださいよ」
「おぬし、まだ手柄を立てるつもりか……?」
姫が呆れたように腰に手を当てる。
「ルマンデ奪還の際に使者として活躍したばかりではないか。もう危ない橋は渡らずとも良いのだぞ」
「姫にお仕えしている限り、そうもいかないでしょう。それに」
俺はカナティエから剣を受け取りつつ、にっこり笑う。
「覇道を邁進される姫のお隣にいるためには、俺も少しは働きませんと」
「う、うむ。わかったから早う行け」
行くなと言ったり行けと言ったり、この年頃の女の子はよくわからないな。