作品タイトル不明
第45話
こうして俺は大砲がドカンドカンぶっ放されている中、使者としてのこのこ出向いていくことにした。
「おーい、撃つな! 使者だ! ユナト王国フィオレ王女殿下付紋章官、ジュナン・エンドだ!」
俺は使者を示す白い旗を振って、籠城側に全力でアピールする。ここで撃たれたら間抜けすぎるので俺も必死だ。
さすがに向こうも俺を撃つほど無茶苦茶ではないらしく、砲撃がピタリと止まる。
「何者だ!」
さっき名乗っただろ。砲声で聞こえなかったんだろうけど。
城壁の方から聞こえてきた誰何の声に対して、俺は堂々と名乗りをあげる。
「ユナト王国フィオレ王女殿下付紋章官、ジュナン・エンドである! テルダムの領主殿にお会いしたい! 取り次ぎを願う!」
普段と違って堅苦しい口調だが、これが貴族の使う言葉だ。そこら辺の平民とは違うことをアピールしなければ会ってもらえない。
「ちょっと待ってろ!」
乱暴な口調で誰かが叫び、俺は白い旗を持ったまま戦場のど真ん中で立ち尽くす羽目になる。暇だ。
ちなみにこの白い旗、縁取りの刺繍などは軍旗と同じになっている。ただし色を染めず、紋章も付けないのがこちらの世界でのルールだ。
前世と同じで白色が用いられているのは、たぶんどこにでも転がっているからだろう。赤だの青だの言われると染料の問題で調達が難しい場合がある。
などと考えていると、城壁の方からまた誰かが怒鳴ってきた。
「入れ! 妙な真似をしたらぶっ殺すからな!」
乱暴な口調だが、いきなり攻め込んで包囲してる方が乱暴なので文句も言えないだろう。
「かたじけない!」
「礼なんぞいらん! さっさと入れ! ぶっ殺すぞ!」
いやまあ、ぶっ殺したいよね……侵略者だもん。
俺は申し訳ない気持ちを抱きつつ、少しだけ開かれた城門の隙間からテルダム市に入ったのだった。
テルダム市内に入った瞬間、目に飛び込んできたのはゴミゴミとした町並みだった。荷車がかろうじてすれ違える程度の狭い通りに、小さな家屋がひしめいている。
三階建ての建物が多いが、どうも途中で増築されたように見える。四階や五階建ての建物もちらほらあったが、道路側にせり出してるので見てて不安になった。
「ほう……」
「何を見ている」
俺を取り囲む兵士たちは短槍やマスケット拳銃で武装しており、怖い目で俺を睨んでいる。ただ、手出ししてくる気配はなかった。
「おいユナトの紋章官、さっさと歩け」
「ああ、わかった。いい町だな」
「襲ってきた連中に言われても嬉しくねえよ。歩け」
「それもそうか」
狭くて圧迫感のある大通りを歩きながら、俺は納得する。
当たり前の話だが、城塞都市の内側では土地は貴重だ。町が栄えれば城塞都市はぎゅうぎゅうになり、最終的には上に伸びていく。
城壁の外にはいくらでも土地があるが、治安が悪いのか領主が禁止しているのか、とにかく外には建物を建てられないようだ。
ちなみにユナトの大きな都市は城壁の外にも町が広がっていることが多い。
「一棟三戸、一戸五人として十五人。この区割りだと一区画八棟だから、百二十人ってとこか……」
「おい! 何を計算して……って、お前計算メチャクチャ早いな?」
「徴税官の助手をやってたからな」
兵士が呆れた顔をしているが、前世の義務教育で培った暗算能力はこちらの世界でも俺を助けてくれた。
とにかくこのテルダム、人口密度が極めて高いようだ。商業港として栄えている証拠だろう。
だがそれはテルダムにとって致命的な弱点でもある。
「この町、糞便は近郊の農村に払い下げてるのか?」
「黙って歩け!」
なるほどなあ。道理で臭う訳だ。この区画だけでも百二十人ぐらいが毎日トイレを使っていて、それが地下に溜め込まれているんだからな。この町は包囲されているので溜まる一方だ。
今は海からの心地良い風が悪臭を洗い流してくれているが、夕凪になれば相当臭うだろう。
ただ、兵士たちをあんまり刺激すると殴られるかもしれないので、おとなしくしておく方が賢明だ。
彼らの武装は統一されておらず、鎧を着ている者もいれば着ていない者もいる。武装もまちまちだ。
共通しているのはグロティウス家の家紋が入った緑色のたすきをしていることで、これが彼らの職位か身分を示しているのだろう。グロティウス家の家紋は人魚がモチーフだ。オシャレでいいな。
「あんたたちは市民兵か?」
「領主様公認の自警団だ。お前らみたいな不埒者から町を守るためのな」
「なんかすまん」
町を攻撃すると市民が武装して守備隊に参加してしまうので、城塞都市の攻略は非常に難しい。力押しでは大損害が出ていただろう。やらせなくて正解だった。
俺はわざとらしく声を潜めるふりをして、こう伝える。
「うちの姫様は凶暴だが、交渉の結果がどうであろうと無茶なことはしないように伝えるつもりだ。だから俺が帰るときに撃たないでくれよ」
「ふん……。まあいいだろう」
口調は乱暴だが、最初よりは態度が軟化してる気がする。
俺は一瞬だけ自警団員の指先を見て、それからこう言う。
「綺麗な町だな。特に漆喰の壁がいい。いろんな模様をつけてるな」
すると自警団員の表情が変わった。
「さすがにユナト人にもわかるか。テルダムの左官職人はな、サイダル随一の腕利きさ」
誇らしげに鼻の下を擦っている自警団員の指に、漆喰がついている。要するにそういうことだ。
俺は通りすがりに漆喰の壁を撫でる。
「いろいろな模様があるが、この波打つ模様が気に入った。日差しで陰影が変化するから、たぶん一日中眺めていても飽きないんだろうな」
「おお、わかってんじゃねえか。そいつは三つ波紋つってな、波模様の基本形よ。それだけにごまかしが利かねえ」
なるほど。
ちなみに前世では「青海波」と呼ばれていたヤツだ。偶然の一致かもしれないが、和柄が見られてちょっと嬉しかった。
左官職人の自警団員が別の建物を指差す。
「ま、さっきの施工はまだ甘いな。見ろ、あっちの」
「違いがわからん」
「バカおめえ、端の模様を見てみろよ。上から下までピシッと揃ってるだろうが。ありゃ俺の師匠がやったんだ。名工中の名工だぜ」
その話、もしかして長くなりますか?
「元々はこの辺も木造の茅葺きだらけだったらしいんだがな。マグヌレスの大火であらかた焼けちまってよ。そのときに新築する家屋は漆喰か煉瓦で建てるようにって御触れが出た訳さ」
いかん、長くなりそうだ。しかし興味深い。
「後はもう左官職人の面目躍如って訳よ。ほれ見ろ、あれが俺の施工したヤツだ。依頼主の要望で猫の足跡を再現してな」
ほほう?
ちょっと興味が湧いたので、冗談がてらこう言ってみる。
「いいな、猫大好きなんだ。もっとよく見せてくれ」
「よっしゃ、あれは肉球型の木版を発注して……って待て待て。お前は領主様に会うんだろうが」
「そうだぞ」
「そうだぞじゃねえだろ……」
本気で自分の任務を忘れかけていたのか、自警団員が慌てて首を横に振る。
俺はちょっと笑いながら言う。
「なるほど、ひとつひとつの建物に職人の魂が込められているって訳だ。こんな美しい町を破壊させる訳にはいかないな」
「おっ、おう。よくわかってんじゃねえか」
そんな話をしながら歩いて行くと、町の中心部の広場に出る。広場に面した場所に立派な邸宅が建っていた。明らかに貴族の私邸だ。
自警団員が親指でクイッと邸宅を示す。
「ほれ、ここがグロティウス家のお屋敷だ。俺らは入れねえから、後は衛視に案内してもらいな。帰りはまた送ってやるよ」
「わかった、ありがとう」
「町を壊さないよう、うまいこと交渉してくれよ」
「任せてくれ」
自警団員たちは俺に手を振って別れを告げ、俺は立派な鎧を着た衛視に睨まれながら邸宅の中へと通されたのだった。
お遊びの時間はおしまいだな。
ここからが正念場だ。