軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話 サディア⑤

秋祭りの当日。わたしは特に何の役職にも付いていないから、休むこともできた。

一緒にお祭りを見て回って、楽しむ友達もいないし。

エリオット様には声をかけられたけど「他のご令嬢たちとお楽しみください」と辞退した。

わたしは、ただ、ハンカチをロバート様……ハードウィック子爵令息の渡ししたいというその一心で、お祭り会場を歩き回っていた。

ロバート様……ハードウィック子爵令息は、わたしの知らない誰とどこを見て回るのかもしれない。

もしかしたら、会えないまま時間だけが過ぎるかもしれない。

でも、それでもいい。

ううん、嫌。

せっかく一生懸命心を込めて刺繍をしたのだ。

渡したい。

手に、ハンカチを握って、校舎内を速足で探して歩く。

探して、探して……ロバート様……ハードウィック子爵令息を探していたのに、ご令嬢に囲まれたエリオット様に見つかってしまった。

「おーい、サディアー!」

エリオット様の声がした途端に、わたしは逃げればよかった。

なのに、足が止まってしまった。

ああ……。

目が合って、会釈もしないで立ち去るのはマナー違反。

そんな淑女の儀礼が、わたしの足を止めてしまった。

「一緒に回ろうって言ってただろ?」

「お断りしましたけど」

「またまた! そういうこと言うからサディアは誤解されちゃうんだぞ?」

……わたし以外の誰からも嫌われたことなく、天使のようだともてはやされているエリオット様。

だから、わたしの嫌悪にも気が付かない。

そもそも、嫌悪という感情なんてものも、エリオット様にはないのかもしれない。

天使、だから。

顔だけではなく、きっと心も、性格も。

天使のように穢れがないから、他者の悪意にも嫌悪にも気が付かない。

しあわせな、誰も彼もが仲がよい、戦争も喧嘩も起こらない円満な場所で生きいる。

「誤解ではないです。どうぞ、エリオット様はエリオット様とご一緒したいご令嬢の皆様とお祭りをお楽しみください」

断ったのに。

立ち去ろうとしたわたしの手を掴んだ。

「待ってよ! あれ? それって……」

エリオット様は、わたしが手にしていたハンカチを取った。

「あ……」

「なーんだ。ハンカチ、刺繍してくれていたのかー」

違いますと叫ぶ前に、エリオット様はわたしのハンカチを広げた。

「ふんふん、紫色のアイリスだね。口ではいろいろ言うけど、やっぱりサディアはボクのことをちゃーんと思ってくれているんだね」

嬉しそうに笑うエリオット様。

違うのに!

それは違うのっ!

「返してくださいっ!」

叫んだのに。

「あれぇ? でもイニシャル、まちがってるよ? ボクのイニシャルは『E』だよ? うっかりしちゃった?」

嘲るのではなく、本当に心の底から疑問に思っているような声。

エリオット様は、天使だから。

人間の、わたしの、気持ちは、分からない。

「……返してください。それは、あなた宛てではありません」

言ったのに、言葉は通じない。

「ねえ、アイリスの花はキレイだからさ、もう一回、今度はちゃーんと『E』のイニシャルで刺繍しなおしてくれる?」

かわいらしく、愛らしく、エリオット様は笑う。

笑うエリオット様の後ろから、ロバート様がやってきたのが見えた。

しかも、わたしの知らない、可憐な令嬢のエスコートをして。

その瞬間、わたしはキレた。

「ふざけないでよっ! 違うって言っているでしょう!」

腹の底からの怒り。

それからロバート様がエスコートしている可憐な令嬢に対する嫉妬心もあったのかもしれない。

「『E』と『R』を間違って刺繍なんて馬鹿なことしないわよ! アンタ宛てじゃないのっ! いい加減にしてよっ! わたしはエリオット様なんて大嫌いなのっ! わたしが好きな人は『R』の名前の人なのよっ!」

「え……?」

戸惑い顔のエリオット様に、更にイライラが加速する。

「え? じゃないわよ、え? じゃ。ねえ、何度言わせるの? わたしは照れてもいないし、間違えてもいない。あなたのことは嫌いだし、あなたを幼馴染だとは思っていない。ただ親同士が親しいだけで、仕方がなく挨拶に付き合わされただけっ!」

「嘘……」

「嘘なんか言わないわよっ! 嫌いったら嫌いっ! ねえ、ヘンストリッジ伯爵令息。あなたとあなたを慕うご令嬢たちのせいで、わたしの学院生活は真っ暗よっ! 好きでもないあなたを好きだと勘違いされて、ご令嬢たちからは取り囲まれるし、無視されるし。あなたのおかげで友人の一人もできやしない‼」

「そ、そんな……」

泣きそうな顔のエリオット様。

でも、わたし、何回も言ったわよ!

「わたしとあなた様は、仲良くなんてないと、お誘いは迷惑だと、何度も言ったでしょう⁉ それをあなたが勝手に照れてるとかなんだとか余計なことを言うから、周囲の人たちに誤解されたのよっ!」

全部、全部、エリオット様が悪いのに。

今まで何回も言っていたのに、聞きもしなったのに。

どうしてエリオット様のほうが泣きだしそうな顔になるの!

泣きたいのはわたしっ!

傷ついているのもわたし!

加害者はあなたで、被害者はわたし!

なのに、まるで私がエリオット様という天使を泣かせている悪者みたいじゃないの!

「ねえ、いい加減に理解してよ! あなたのせいで、わたし、好きな人に告白もできやしないのっ! 誤解されて、たくさんの人にわたしがあなたを好きだと曲解されて、迷惑でしかないのっ!」

怒りのままにエリオット様に近寄って、ハンカチを奪い取る。

そして、見せる。

「目を見開いて、よく見なさいよ! イニシャル、あなたのものじゃないの! 間違えじゃないの! 『R』のつく、わたしのホントウの初恋の人に、このハンカチを渡したくて、ひと針ひと針、思いを込めて刺繍をしたの! それなのに、アンタのせいで全部台無しよっ!」

エリオット様が、汚した、わたしの大事なハンカチ。

もうこれを、ロバート様にお渡しすることなんてできない。

「馬鹿っ! わたし前から消え失せろっ! ううん、わたしが消えるわよ! アンタなんかがいない、平和な場所に行く! 永遠にサヨウナラっ!」

泣きながら、叫ぶだけ叫んで、わたしは駆け出した。