軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

06:道を選ぶ

「ヒッ……!」

昨夜の熊の魔物を思い出し、私は息を飲み込んだ。

逃げなければ。霊珠を握りしめる。

逃げ切れないのなら、この霊珠を使って戦わなければ!

だが。

茂みから頭を覗かせたのは、まだ小さい角を持つ若い鹿だった。

向こうは向こうで驚いたようで、私を見て一目散に逃げていった。

「びっくりさせないでよぉ」

へなへなと足から力が抜ける。

地面にへたり込みそうになるのを何とか堪えて、もう一度森の獣道を探した。

かれこれ三十分くらいは探しただろうか。

朝日がゆっくりと登って、朝焼けがだんだん薄まっていく。

それでも道は見つからなかった。

いや実はそれらしき道を見つけたのだ。でも三つも見つけてしまい、どれだか判断ができない状況だった。

「どうしよう」

そうしているうちにも空腹と喉の渇きはひどくなる一方だ。

勘を頼りに行ってみるか? 私の勘、前世も今世もろくに当たったことがないのに?

森を覗き込んでみる。

朝日の差す森は、昨夜よりは不気味さが和らいでいる。

鳥たちが活動を始めたようで、ピピピ、チュンチュンと可愛らしい鳴き声がした。

とはいえ、それでも森は森だ。

ろくに手入れされていない樹木は伸び放題で、少し奥まで行けば薄暗くなっている。

私は悩んで唾を飲み込もうとして。

口の中が渇ききっており、ろくに唾が出ないのに気づいた。

(このままじゃ駄目だ。正しいと思う道を進んでみよう)

昨夜、暗い中で岩場にたどり着いた時のことをよく思い出す。

(あっちから歩いてきて、この岩を見つけた……気がする)

逆算して、たぶんこれだという道を選んだ。

「よし。出発」

不安はあったけれど、私は意を決して獣道に踏み込んだ。

手には霊珠を大事に握っておいた。

で、現在。

私は早速選択を間違えたことに気づいた。

しばらく歩いた後に小川に出たのである。

昨夜通った道には川なんてなかった。つまりこの道ではない。

「早速やらかしたわ……」

自分の勘の悪さにがっかりだよ。

でも、川を発見したのは怪我の功名でもある。

喉はもうカラカラに渇いていた。一口水を飲んでいこう。

川岸の岩にしゃがみ込んで、手を川に差し入れた。

岩には苔が生えている。滑りやすいのでよく気をつけた。

秋の水は少しひんやりとしている。私は思わず喉を鳴らした。

(でもちょっと待って)

手ですくって口元に持っていった時、私はふと思った。

前世、何かのニュースで見たことがある。森や山の水は澄んでいるように見えても汚染されていることが多い、と。

実は私の前世は北海道民だった。北海道はキツネの寄生虫・エキノコックスが有名で、山野の湧き水は絶対に飲むなと言われていた。

エキノコックスはとても怖い寄生虫。肝臓や脳に寄生して、お腹に水が溜まったり意識障害を起こしたりする。最終的な致死率も高い。

この水も汚染されているかもしれない。

寄生虫かどうかは分からないが、森の中の川に動物や魔物の糞が入り込むなどはあり得る話だ。

けれど喉はもう限界まで渇いていて、このまま飲まず食わずでいたら倒れてしまうかもしれない。

「いや。やめておこう」

水はとても飲みたかったけれど、病気になっては元も子もない。

私はため息をついて立ち上がろうとした。

と。

しゃがんだままの低い目線の先で、少し向こう側にある木に実がついているのを見つけた。

立った時の視線だと木の葉に隠れてちょうど見えなかった。

「あれ、食べられる実!?」

川岸を少しだけ離れて、その木の根本まで行ってみた。

よく見ると実がなっているのは蔓草のような木で、背の高い他の木に絡みついている。

つるには鈴なりに実がなっていた。

丸っこい緑色の実で、大きさは霊珠よりも少し大きい二、三センチ程度だ。

「食べたい。でも食べられるかどうか分からない」

こんなことであれば、前世でも今世でも山歩きサバイバルの技術を磨いておけばよかった。

でも誰が異世界転生などというファンタジーな出来事の当事者になって、しかも宮廷劇じゃなくてサバイバル展開になるなどと思うだろうか。

せめて下地アリの冒険者になりたかった。

私が悩んでいると、頭上でピピピ……と小鳥の声がする。

見上げてみれば、何羽かの小さい鳥が実をつついてついばんでいた。

(鳥が食べるなら、人間も食べられるッ! たぶん!)

丸一日以上何も食べていないせいで、目の前の実が実に美味しそうに見えてくる。

川の水を飲むのを我慢したせいもあるだろう。これ以上は耐えられなかった。

私は手を伸ばして緑色の実をむしり取り、軽く服でこすってから口に放り込んだ。

「おいひい!」

思わず叫んだ。

皮はちょっと硬かったけど、噛み砕いた先の実はとても美味しい。

甘酸っぱい味が口いっぱいに広がる。噛めば果汁が出てきて喉を潤してくれた。

「んー? なんか、キウイフルーツに似ている味?」

一個目をさっさと食べ終わってしまい、私は二個目に手を伸ばした。

カブリとかじって断面を見てみれば、中身も緑色。黒い種と白い芯があり、見た目もキウイに良く似ていた。

「はぁ……。美味しい。生き返る」

十個近くを一気に食べて、私は満足の息を漏らした。

実の甘さと果汁が疲れた体に染み渡っていくようだ。実家の屋敷で与えられていた食事より、よほど甘くて美味しいと思える。

もう二つばかりを食べて、私はやっと落ち着いた。

「よし。これで元気チャージできた。道を引き返して、もう一度王都を目指そう」

さっきから独り言ばかり言っているが、周りに誰もいないことだしいいだろう。というか、声を出していた方が不安が和らぐのだ。

「この実、携帯食で持っていきたいけど」

あいにく今着ている綿のドレスにはポケットというものがない。

時代文化のせいだろうか、貴族の衣服にはそういう実用的で便利なものがないのだ。

使用人の服にあるかどうかは分からない。ポケットという概念そのものがなかったかもしれない。

私はスカートをたくし上げて、余った布の中に実を入れた。ちょっと多めの二十個ほどだ。

これがあれば当面の水分と栄養補給ができる。

とはいえ、万が一にも危険な魔物に出くわしたら、実を惜しまずに放り投げて逃げようと心に決める。

食べ物を惜しんで魔物に食い殺されたら本末転倒である。

霊珠だけは特別だから、袖口に入れてみた。

この服は袖口をボタンで留めるタイプ。霊珠が転がり出てしまうことはないだろう。

「これでよし」

ちょっと歩きにくかったが、食べ物を確保できた安心感はとても大きい。

「それで、どうしようかな」

こちらの道が西側に向かっているのは確かなはずだ。

それならばこのまま進めば、王都の方角へ森を抜けられる可能性も高い。

岩場で見つけた道は、これを含めて三つあった。これが不正解だとしても、またもや二択をしなければならない。

「うーん」

昨日は午後になって森へ到着し、それから夜になるまでずっと歩いた。

途中で熊に追われて坂を転がり落ちたりもしたが、おおむね半日程度歩いていたわけだ。

で、今日は早朝のうちにあの岩場を出発した。今はまだ午前中。

このまま歩き続けていれば、夜になる前に森を出られるか……?

「よし。行ってみよう」

ここに来るまで一時間や二時間は歩いた体感がある。

戻って再スタートとなれば、お昼を過ぎてしまうだろう。そうすれば明るいうちに森を抜けられるか怪しい。

私は景気づけに実をもう一個口に入れると、スカートの端を掴みながら歩き始めた。