作品タイトル不明
44:焼肉定食
焼肉定食。それは魅惑の響き。
四字熟語といえばこれ。むしろ四字熟語の頂点になる。
翌日の昼食時、私は食卓に四つの霊珠を並べた。
今は割と霊珠に余裕がある。魔族の魔道具で実験を始める前に、試さねばならない。
『焼肉定食』は全てが動詞もしくは名詞の漢字で、四字熟語自体も名詞である。
そのままではすぐに消えてしまうだろう。
しかし今までの経験で、複数の漢字を組み合わせると効果時間が多少伸びると分かっている。
となれば、四字熟語である『焼肉定食』は数分から十分程度の効果があってもおかしくない。
「十分あれば食べ切れる……!」
私はメラメラと闘志を燃やした。
食卓に並べた四つの霊珠に順に触れて、文字を刻んでいく。
「プリムローズ? 四つも霊珠を使って、何をやるんです?」
「とても大事な儀式よ。崇高な実験でもある」
真面目な口調で答えたら、ヴィオラは(何言ってんだこいつ)みたいな顔で黙った。
私はそれを見なかったことにして、静かに漢字を読み上げた。
「『焼』」
「『肉』」
「『定』」
「『食』……ッ!」
ガカッ!
四つ連なった霊珠が激しく光った。
虹色の光が渦巻く。明らかに普段の漢字と違う!
そうしてまばゆい光が収まった後には――。
まず木製のトレイが目に入った。
次に皿の上でほかほかと湯気を立てている、焼肉。付け合せのサラダ。
最後にこの世界に生まれ変わってから初めて見る、お茶碗に白米が盛られている様子!
「や、やった! 大成功! 急いで食べなきゃ! シルヴァとヴィオラも食べて!!」
焼肉は照り焼きのような艶があり、お醤油の香ばしい匂いが漂っていた。
白米は懐かしい炊きたての香りがする。
添えられていた箸を手に取り、肉を取ろうとした瞬間。
――シュンッ。
何ということだろう。
焼肉定食は無常にも、食卓の上から消え失せた。
後は呆然としている私だけが残されている。
と。
何もかも消えたはずの食卓の上に、何かが残されているのに気づいた。
小さな紙片だった。
羊皮紙ではない、前世の植物紙に似たそれを手に取ってみる。
そこには『日本語で』こう書かれていた。
『焼肉定食、絶対やると思った。でも残念! 物質の具現化はさすがに制限が大きいんだ。魔王に無理を言って実装してもらったけど、これ、大魔法になるから。あまりやらないでね』
「…………」
これはあの魔王と会話していた女性の手紙だろう。
内容の重要さに反して口調が軽すぎる。緊張感が出ない。
思わず脱力すると、紙もふいっと消えてしまった。
「魔王に無理を言って焼肉定食作るとか、何なの……」
定食屋・魔王。普通にありそうで困る。
思わずため息が漏れた。
「おい、プリムローズ! 今のは何だ!」
後からシルヴァとヴィオラに質問攻めにされて、みんなで呆れたのだった。
◇
焼肉定食の一件から、さらに翌日。
とうとうシルヴァの魔道具がお披露目された。
「装着方法は前に言ったとおりだ。ベルトを腕に通し、金属部分を背中に持ってくる」
私は魔道具を手に取って眺めた。
木製の杖だった頃に比べて、回路が精巧になっている……気がする。
金属部分は少し厚みのある板で、大きさは手のひらくらい。
サイズはそう大きくないが、五つの霊珠を嵌め込むスペースが確保してあった。
「そこの空白部分に霊珠を嵌めておいてくれ。五つ作っておいたが、全部埋めなくてもいい」
「手持ちはあるから、五つ入れちゃうね」
カラの霊珠を取り出して、それぞれ嵌めた。
途端、魔力が活発に巡り始める。
いつもは霊珠に文字を刻む時、手で触れるのだが。これだけスムーズに魔力が流れていれば、服越しの背中でもいけるかもしれない。
試してみることにした。
教えられたとおりにベルトに腕を通し、背中に金属を背負うようにした。
「わ、すごい」
金属部分を背中に密着するようにすると、服越しにも魔力の流れを感じられる。
「当然だな。僕の長年の研究と、両親が教えてくれた新しい回路。ついでにお前の霊珠。全てを高レベルで組み立てた、僕の渾身の逸品だ」
シルヴァがドヤ顔をしている。
コタローも真似して得意げだ。
「それじゃあ、いきます。まずは『飛』!」
背中の霊珠に文字が刻まれたのが分かった。
次の瞬間、私はロケットが発射されたように垂直に飛び上がった。長い銀の髪が彗星の尾みたいにたなびく。
「プリムローズ!」
「ミャオッ!」
地上でみんなが叫んでいる声が聞こえる。
「ひぃぃ~~~っ!?」
私は何とか姿勢を安定させようとしたが、飛び出す勢いが強くてなかなかできない。
「こ、こ、『行』!」
『飛行』の二文字が入ると、飛ぶ勢いは少し落ち着いた。
けれどそれまでにメチャクチャな勢いがついてしまっていたせいで、手遅れだった。
私は地上を飛び出したのと同じくらいのスピードで、今度は垂直に落ち始めた。
「落ちる! 頭から落ちるーっ!」
既に高度は二十メートルほどにもなっている。この勢いで頭を打てば、さすがに死ぬ!
「そうだ、霊珠!」
腰に吊るしていた巾着から、急いで霊珠を取り出した。
もう考えている暇はない。直感で漢字を選んだ。
「『柔』!」
文字が入った霊珠を地面に投げつける。
直後。
私は地面に叩きつけられた。
「プリムローズッ!!」
シルヴァの悲鳴が響く。
ぼよ~~ん。
悲鳴に重なって間抜けな音がした。
薄らと雪が積もっていた土の地面は、まるでトランポリンのような柔軟さで私を受け止めた。
ぽよん、ぽよんと何度かバウンドして、華麗に地面に立った。
「はー、びっくりした。まさか『飛』があんなに激しいなんて」
「馬鹿者が!! いきなりやるやつがあるか! 命綱をつけるとか、もっと気を配れ!」
シルヴァが掴みかかる勢いで詰め寄ってきた。
ヴィオラは後ろで固まっており、コタローは一拍遅れて走り寄ってきた。
「ミャア! ミャアーッ」
「わわ、飛びつくのはやめて。重い、重い」
しがみついてくるコタローを抱っこしてやる。
「あーごめん、心配かけちゃった?」
「当たり前だろうが! 肝が冷えすぎて凍るかと思ったぞ」
「冷凍肉だけに」
頭をどつかれた。
「原因は、魔道具で魔力の通りが良すぎるせいかも。思ったより強い効果が出た」
「ふん。僕の高性能な魔道具を、お前が使いこなせなかったということだな。もっと慎重にやれ」
「そうする。……ごめんなさい」
心配をかけたのを謝ると、シルヴァは鼻を鳴らした。
「分かればいい。いきなり『飛行』は無理だと分かったな。対策は?」
「んー。もっとゆるい感じの形容詞を入れてみる」
『飛行』の二文字は既に砕けてしまっている。やはり動詞だけでは持続時間の問題もある。
霊珠の予備はまだあるが、昨日は焼肉定食で派手に使ってしまった。
そろそろ慎重にやろう。
「飛ぶに関する形容詞で、緩やかな雰囲気の漢字というと?」
『悠』『漫』『滑』あたりだろうか?
よし、『悠』にしてみよう。
もう一度背中の魔道具に霊珠を嵌め込んで、いざ。
「『悠』然と『飛行』!」
ふわり、と。
今度はゆっくりとしたスピードで体が浮かび上がった。
「おお、いい感じ!」
悠々と舞い上がる。
ただ『悠』の効果が強すぎるのか、飛行というよりは浮遊という感じで、本当にゆっくりとしか進めない。
ふよふよと漂うばかりで、方向転換なども今ひとつ取り回しが悪い。運搬手段としては微妙である。
「ミャオ!」
地面近くで漂っていると、コタローがジャンプして肩に乗ってきた。
「わあ、重い」
コタローは肩から背中の方に行こうとしたので、体勢を地面に対して水平にしてみる。
「ミャー!」
高い所が気に入ったのだろう、コタローがはしゃいでいる。背中をふみふみされてくすぐったい。
魔道具は頑丈な作りなので、踏まれても大丈夫だ。
「うん? 背中といえば。まだ霊珠の余裕があったっけ」
何となく思いついて、もう一つ文字を追加した。
「『翼』!」
霊珠が明るい光を放つ。
次の瞬間、私の背中には光り輝く大きな翼が生えていた。