軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

カインの心(カイン視点)

カインはアリーヤの髪を、神官長の前に差し出した。

その場に居合わせた神殿上層部全員の目が一瞬にして点になる。

アリーヤが勝手に切った髪には溢れんばかりの聖なる力が宿っているので、神力が強い皆にもキラッキラした眩い光が見えているだろう。

「ななななななぜ……?!」

「かっかかかっか髪がぁ!!」

「髪がぁああああ!!」

「皆様落ち着いてください。これはアリーヤ様の決意の証です」

動揺しまくっている上層部達にアリーヤがやる気になったことを告げると、口々に喜びの声を上げた。

「おお!なんと!女神セイレーン様!次代の安寧をお約束していただきありがとうございます!」

「私共はアリーヤ様に誠心誠意尽くす所存です!」

おもむろに祈りを捧げ始めた。

幼少期から神殿で暮らしているカインは、聖女アナスタシアが母代わりだった。といっても二人は祖母と孫ほどの歳が離れている。

だが当時、母からも疎まれ自分の力の強さに怯えていたカインを、大きな愛で包んでくれたのは他でもない彼女だ。そんなアナスタシアにカインは誰よりも懐いた。

平和な日常を過ごしていたカインだったが、14歳になったころ神託が降りた。

『今年十を数える者の中に聖なる力が現れる』

大陸中が沸いている中、カインはただ辛く悲しかった。次代の現れ、それはアナスタシアの死を意味している。

「カイン、私の代わりに儀式を見てきてちょうだい」

アナスタシアに言われ、これも務めだと気のない自分にはっぱをかけ、儀式に参加した。

そのとき初めてアリーヤと会った。亜麻色の髪にくりっとした濃茶の瞳、かわいらしい容姿ではあるがカインが気になったのはそこではない。

どの少女も期待に胸膨らませる中、アリーヤだけが最初から最後まで、四聖候補に決定したときでさえやたら淡々としていたからだ。

「なぜあんな他人事のようなのか、意味がわかりません」

カインが言うとアナスタシアはクスクス笑った。

「きっと彼女は知っていたのよ。自分に聖なる力があることをね」

驚くカインにアナスタシアは楽しそうに言った。

「だって私もそうだったもの。その子が次代の聖女になるかもしれないわ」

カインはアリーヤの世話役になることに決めた。アナスタシアの次なる聖女を見極めてやろうと思ったからだ。

だがアリーヤは、日々の生活は誰よりも候補者らしいのに、いざ力を示すときになればその力を隠してしまう。

カインには理解できなかったがアナスタシアは「大丈夫よ」と笑った。

「あなたの神力と同じように、大きな力を使いこなすには確たる意思が必要なの。だから無理強いはダメ。彼女が四聖になるかならないか、聖女になるかならないか。カイン、あなたは私の代わりに見守ってあげて」

臥せることが増えたアナスタシアからカインは離れたくなかった。だからアリーヤの世話役を疎かにしてしまった。

しかし彼女は「そんなこと気にしないでそばにいてあげて」と物理的に背中を押してきた。

アナスタシアが帰らぬ人となったとき、カインは泣かなかった。普段から感情を抑制していたせいで、ぽっかり空いた穴の大きさに自分では気付けていなかった。

そんなカインにアリーヤは。

「バカね、カイン。悲しみを抑え込むなんてしちゃダメよ。解放してあげなくちゃ」

「解放ですか?」

「そうよ。悲しみを解放してあげるの。それが深ければ深いほど愛していた証なのだから。あなたが泣けば泣くほど、それは愛となってアナスタシア様に届くのよ。アナスタシア様はきっと待ってるわ」

「なんですか、それは」

その夜、カインは一人で泣いた。泣いて泣いて、もう自分は大人になったというのに、これでもかというほど泣いた。

次の日目を腫らしたカインに、アリーヤは笑顔で言った。

「あなたの愛がアナスタシア様にいっぱい届いたわね」

その日からカインの心にアリーヤがいる。

おおらかな優しさ、元気いっぱいの笑顔、騒がしくも温かな毎日。気付けばこの日常が、この先もずっと続けばいいと願うようになっていた。

だがアリーヤは変わらず四聖になる気はなさそうで、それを隣で静かに見守る日々。

そしてとうとう、四聖最後の巫女が儚くなった。次の儀式で四聖を決定しなければならない。

アリーヤが神殿を去ってしまえば、ここから離れることのできないカインは顔を見ることすらできなくなってしまう。カインは憂う心に蓋をした。

婚約者に会いに行くと笑顔で出て行ったアリーヤがえらく早く戻ったと聞いた。何かあったのかと部屋に行ってみれば、いきなり髪をバッサリ切っているではないか。慌ててハサミを取り上げた。

古語で祈りを捧げながら、ずっと触れてみたいと思っていた柔らかな亜麻色の髪を指に絡ませ、丁寧に少しずつ切っていく。カインに触られて落ち着かなさそうにもぞもぞしているアリーヤに、思わず笑みがこぼれる。自分の心に入り込んで、柔らかな温もりを与えてくれる大切な少女。

だがそんな彼女を、四聖になれないからと婚約者は捨てた。久しくなかった怒りが心を占める。アリーヤの価値はそんなものではないというのに。

アリーヤは四聖になると息巻いている。待ち望んだこの時が、ようやく訪れた。

神官長も司祭もアリーヤの髪の神々しさを褒め称えている。二人もずっと、アリーヤがやる気を出さないことを残念がっていた。

本人はわかっていないだろう。神殿上層部がこれほどアリーヤに期待していることを。

「せっかくの御髪、どのようにいたしましょう?」

「ものすごい力を持っていますが候補者のものですからね。国に献上するものではないでしょう。少しずつ束ねてお守りを作り、孤児院に配るのはいかがですか?」

「それはよいですね。子供達が健康に育むよう我らで祈りを捧げます。早速手配しましょう」

二人の会話に皆が同意した。だが神官長が眉を寄せる。

「アリーヤ様がやる気になってくださったことは大変喜ばしいことです。ですがいきなり本領発揮すれば周りがさらにうるさくなるでしょう」

「そうですね。いつの時代も身分が低い者へのやっかみがあるようですから」

「四聖が決定されればまずはお披露目会。他にもさまざまな行事がありますし」

嬉しさ半分、困った困ったと話し合っている皆に、カインは微笑んだ。

「大丈夫ですよ。今後も私がそばにつきますから。誰からも文句は言わせません」

「そうですか!それは心強いです!」

「どうぞよろしくお願いします!アルカイン様!」

皆がいっせいに頭を下げた。

「それに。婚約者が彼女をいらないというなら、私がもらってもいいでしょう」

カインは、いや、アルカインは、誰にも聞こえない声でそっと呟いた。