軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

決意のアリーヤ

「やられたわね」

神殿に戻る馬車の中でアリーヤは呟いた。

キールに色々言われた言葉が頭にこびりついている。彼がなぜアリーヤの力が強いことを知っていたかは謎だが、そんなことは今やどうでもいい。

「騙された気分ってなんなのよ。それはこっちのセリフだわ」

ギリリと奥歯を噛み締めた。

「何が四聖よ!あんたと結婚するために!こっちは力を抑えてたっていうのに!!」

我慢しきれずアリーヤは叫んだ。

実はアリーヤ、ずっと聖なる力を抑えていた。

儀式のときでもわかるようにアリーヤの力はものすごく強い。だがそれは神殿関係者から見ての話で、アリーヤ自身はよくわかっていなかった。神殿入りして初めて、他の候補者と自分との差に愕然としたのだ。

ーー普通にしていても私って四聖入り確実じゃない?!

これはまずい、と力を隠すことにした。日々の修行はしっかり励むが、定期的に行われる“力の証明”では落ちこぼれを装った。

そうしないと婚約者のキールを巻き込んでしまうと思ったからだ。

四聖になっても結婚は自由と言われている。だが実際のところ、四聖の住まいは神殿もしくは王宮といった高位の場所になるため、結婚相手もそれなりの人物が推奨される。四聖はもちろん、その相手も一挙一動が注目されるからだ。恩恵をもらって優雅に、なんて世の中そんなに甘くない。

しかも神殿入りしてから聞きかじったことだが、相手によっては国から試練が与えられるらしい。

キールはといえば自由気ままに育った田舎子爵の甘ちゃん三男坊。アリーヤが四聖となった場合、確実に該当者だ。

このときアリーヤは確信した。

「キールじゃ試練に耐えられない」と。

だからこそ力を隠した。

キールが好きかと問われれば正直よくわからない。だが幼馴染として大切なのは間違いなく、いらぬ苦労をかけるのも気が引けた。

四聖が決まれば他の候補者達はお役御免となるので、外された後は普通に学園に通い、いずれキールと結婚して領地の片隅で細々と生きていけばよいという人生設計に、忠実に従った。

だというのに。

「四聖になれないお前が悪いなんて、ね。そんなことを言われるとは思わなかったわ」

キールからぐいぐい押されて決めた婚約。

俺にはお前が必要だなんていう言葉を、アリーヤはそのまま素直に受け取っていた。

だから候補から脱落してもなんの問題もないと思い込んでいた。

それがまさかの聖なる力目当て。さらに次の婚約者までいるという。

他に好きな人ができたと頭を下げられるならまだしも、謝るどころか役立たず扱いで婚約破棄だ。

バカバカしい。あまりにバカバカしい。

力を隠し続けたこの六年はなんだったのか。

苛立ちを感じながらも、ふと冷静に思う。

ある意味幸いだったとも言えるのではないか、と。なぜなら今は四聖を決定するギリギリ一歩手前。まだ間に合うのだ。

「そうよ。もう力を抑える必要なんてないんだわ。むしろ、完全解放するべきよね」

キールの嘲りが思い出されて、アリーヤの瞳がメラメラ燃える。

「見てなさいキール!あなたの望みどおりに!私は四聖になってみせるわ!!」

アリーヤは再び、今度は力強く叫んだ。

◇◇◇

神殿に帰り着いたアリーヤは自室に戻った。

着替えを済ませて鏡を見ると、腰まで届く長い亜麻色の髪が気になった。

キールに長い髪が好きだと言われて伸ばしていたのだ。

よくよく考えればキールとは甘い雰囲気になったこともなければ、まともにエスコートしてもらった記憶もない。

体に気を付けろとか、修行頑張れとか、労りの言葉がキールの優しさだと思っていたが、どうやらそれは俺の将来のために頑張れという、身勝手な言葉だったようだ。

そんなキールのために従順に髪を伸ばしていたのかと思うと余計腹立たしく、今となってはただただ邪魔くさい。

引き出しを開けてハサミを手に取り、シャキシャキと鳴らしてみる。

「思い立ったが吉日ね」

顔の横に流れている髪をむんずと掴み、胸の上あたりでジョキリとやって鏡を見る。

「うん、いいわね!」

いいわけない。ガタガタだ。だがアリーヤは短くしたことが満足なのであまり気にならない。

そうして反対側もジョキリ。

「後ろは難しそうね。まあ、適当でいいわ」

さくっと切ろうとしたとき、ノックが聞こえ神官のカインが顔を覗かせた。

「お早いお戻りで、って!何をやっているのですか!」

普段あまり動じないカインの大声に肩がビクンと揺れる。

「ちょっとカイン、びっくりするじゃない」

「それはこちらの台詞です!髪を切りたくなったらおっしゃってくださいと、あれほどお伝えしたでしょう!」

「あれ?そうだっけ?」

聞いた気もするがどうだったかなと首を傾げるアリーヤに、カインは呆れたように溜息をついた。

「まったく、あなたという方は。いいですか、髪には聖なる力が宿っています。きちんと手順を踏んで切らないと、力が落ちてしまうのですよ」

「えっ?!」

「え、じゃありません。切った髪をご覧なさい」

カインが拾い集めて差し出してきた髪は、心なしかキラキラ輝いているように見える。

「な、なんだか光っているように見えるわ」

「ように、ではなく光り輝いています。はっきり言いますが、アリーヤ様は聖なる力がかなりお強いので御髪にもそれが現れているのですよ」

その言葉にアリーヤはびっくりする。

「え?!ちょ、ちょ、ちょっと待って!それって、まさか……」

「我々神官は神力が高ければ高いほど、聖なる力を感じることができますから」

淡々と答えるカインに、アリーヤは本日二度目の衝撃を受ける。

ーーじゃあ何?!私がずっと力を隠してたの、カインにバレバレだったってこと?!

冷や汗がだらだら垂れてくるが、カインは何事もなかったかのように「今から整えますね」とアリーヤを椅子に座らせ、ぶつぶつと古語を唱えて髪を切り出した。古語とは神力を持つ神官が使う言葉で、魔術でいうところの呪文に当たる。

四聖候補達にはそれぞれ世話役の神官がついており、アリーヤの担当がこのカインである。

アリーヤよりも四歳年上の彼は、幼いころから神力が強くほぼ神殿で育っているそうだ。

そして驚くほどの美貌の持ち主。

銀色の長い髪を横に流してひとつに結び、透き通るほどに美しいアイスブルーの瞳は切れ長でいつも微笑みを絶やさない。昔から優雅で洗練されていたが、大人になるにつれて色気までまとうようになっていった。

そんなカインに髪を優しく触られ、アリーヤはなんだか背中がもぞもぞする。今さら恥ずかしがるという関係でもないはずなのに、なんだか緊張してしまう。

これはきっと、先程のカインの爆弾発言のせいだとアリーヤは結論づけた。

「終わりましたよ」

鏡の前に立ってみると、肩より少し下のあたりで綺麗に切り揃えられている。

さすがカインだ。

「ありがとう。ずいぶんすっきりしたわ」

「よくお似合いですよ。ところで、なぜ急に髪をお切りに?」

「そうだわ!聞いてよカイン!」

アリーヤはキールとシルビアの話をした。カインの表情が冷めていく。

「あなたが四聖になれないから、ですか。なんてくだらない」

カインから若干冷気が漂っている。珍しく怒っているようだ。それがアリーヤには嬉しい。

「こう言ってはなんですが、そんな男と結婚しなくてよかったではないですか」

「そうよね!私もそう思うわ!だから私、キールを見返してやりたいの!それで本気で、あの、えーっと」

力を隠していたことがすでにバレているだけに、この先が言いにくい。

そんな気持ちを汲み取ったかのようにカインが微笑みながら言葉を繋いだ。

「本気で四聖を目指されますか?」

「えーっと、まあ、そういうことだけど。あ、でもこんな不純な動機で目指すなんてよくないわね」

「大丈夫ですよ。前聖女のアナスタシア様も似たようなものだったそうですから」

クスクス笑うカインにアリーヤはびっくりした。

「そうなの?!」

「ご本人からお聞きしました。当時、侯爵令嬢だったアナスタシア様には親に決められた婚約者がいらっしゃったそうです。ですがその婚約者は別の女性を見初められたとか。それで“君とは結婚するけど僕が愛するのは彼女だけだ”とのたまったそうですよ」

「はあ?!何その男!!」

「アナスタシア様は大激怒されたそうです。四聖になって婚約なんて破棄してやる!それが口癖だったそうですよ」

なかなかたくましい前聖女である。

「そ、そんな話、私にしちゃってよかったの?」

「アナスタシア様からは迷う候補者がいれば話してあげてほしいと言われていましたので」

カインは優しい瞳を窓の外に向けた。

アナスタシアは二年前に儚くなった。床に就くことが増えたアナスタシアにアリーヤ達候補者が会えたのは数えるほどしかないが、いつも朗らかな笑みを浮かべており、年齢を感じさせない素敵な女性だった。

「ですからアリーヤ様、きっかけは何でもよいのです。あなたが本気で四聖を目指す、それが大切なのですから」

優しく笑うカインにアリーヤは嬉しくなった。神殿入りしてからずっとそばで見守ってくれているカインに、力強く宣言する。

「ありがとうカイン!私、四聖になるわ!」

「はい。ですが二度と勝手に髪を切らないと約束してください」

「あはは、ごめんね。でもあまり変わってない気がするから大丈夫よ。邪魔だったしちょうどよかったわ」

聖なる力が宿る髪を邪魔だと言い切るアリーヤに、カインは苦笑いしかなかった。