軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

候補達の日常

四聖候補の毎日は修行で始まり修行で終わる。

といっても日常は至って単純だ。

まず日の出とともに裏手の川で禊を行う。この川が驚くほど冷たく、初めて入水したときアリーヤは悲鳴を上げた。

そんな冷たさも次第に慣れていき、今ではこの禊があることで「今日もやるぞ!」と発奮材料になっている。

その後は大聖堂にある女神像の前で祈りを捧げる。食事前には必ず祈りを捧げるのだが、この朝の祈りが一番長い。

午前中は神殿内の清掃と、国から派遣された教師による勉強の時間。午後は淑女教育もあり、その後は庭にある畑の世話をする。夕食後は少し自由時間があり、就寝前に再度自室で深い祈りを捧げて一日が終了する。

休息日以外は外出せず、当たり前だが着替えや入浴などすべて自分でやる。そんな毎日だ。

「すべてが聖なる力の源になっているため、日々を丁寧にしっかりこなす。それが聖なる力を高めることになります」

最初に神官長から説明を受けた。

その言葉どおり、アリーヤは神殿入りしたときから真面目に毎日をこなしている。自然と向き合い厳かに暮らすこの生活は、男爵家の小さな領地を走り回っていたアリーヤにとってそれほど難しいものではなかったし、むしろ心地よいものに変わっていった。

だが問題がないとは言えない。

幸か不幸か、今回の四聖候補に選ばれた十数名は全員貴族令嬢、しかも割と高位に位置している。そのせいで神殿内だというのに、令嬢特有のウフフオホホの世界になってしまっていた。

そういったことが苦手なアリーヤはできるだけ近寄らないようにしており、はっきり言うとカイン以外まともに話す相手がいない。それは別に構わないのだが、相手が放っておいてくれない。

アリーヤが畑の草むしりをしていると令嬢達がぞろぞろ寄ってきた。

「アリーヤ様、婚約を解消されたようですわね」

声をかけてきたのは塊の中心人物であるカトリーナ・アラナイル公爵令嬢だ。

“力の証明”では毎回トップに君臨しており、四聖入り確実と見られている。

さすが公爵令嬢ともいうべきか、彼女はマナーやしぐさ、立ち振舞いなどどれをとっても一級品。見た目ももちろん美人で、輝くようなハニーブロンドの髪にアクアマリンの瞳がとても綺麗だ。しかもアラナイル公爵家は病没した王妃の実家なので、カトリーナは国王の姪、王子達の従妹にあたる。

彼女の存在があるからこそ、他の候補達はとりまきになっているのだ。

ーーうわぁ。面倒くさいのが来たわね

そうはいっても相手は高位の令嬢達。努めて平静を装い立ち上がると、カトリーナの筆頭とりまきジェシカがわざとらしく溜息をついた。

「四聖候補ともあろう者が、嘆かわしいお話ですね」

その言葉に続いて、とりまき達がかしましくなった。

「本当ですわ!まさか一方的に破棄されるなんて!」

「ですがアリーヤ様では候補と呼べるようなお力もありませんし。仕方がないのでは?」

「そのとおりですわね。早くカインを解放して差し上げたらいかがです?」

クスクス笑うとりまき達にげんなりする。

アリーヤにもいえることだが、聖なる力と性格の良し悪しは関係ないらしい。ではなぜ選ばれたかといえば、それこそ女神セイレーンのみぞ知る。

このとりまき達はアリーヤがカトリーナに侍らなかったことが気に入らず、さらに超美形なカインが落ちこぼれのアリーヤ付きなのが不満。

そんなこんなで昔からアリーヤをあげつらう。それをカトリーナが容認しているので、思い出したようにこうして嫌味を言いにくるのだ。

「もうじき四聖が決定されます。そうなればアリーヤ様はここから去るでしょう?四聖になられたカトリーナ様のお側付きにはカインがよろしいかと思いますが、皆様どうでしょう?」

「まあ!ジェシカ様!素晴らしい提案だわ!」

「ええ!ええ!カトリーナ様ほどお美しい方のお側付きにはカインがぴったりですわ!」

アリーヤが脱落することを前提に令嬢達は盛り上がっている。とりまきに持ち上げられて澄ましているカトリーナに、アリーヤはなんと言えばよいかわからない。実は力を隠していて、次は本気出します、などと言えるはずもない。

今まではこの相手をするのが面倒くさく、適当に愛想笑いをしてすぐ隅の方へ逃げていた。だが今は四聖になると決めた。逃げるのは無しだ。

「皆様よくご存じですね。おっしゃるとおり、私は先日婚約を破棄されました。せっかくですので当事者から新しい情報を。私の元婚約者ですが、婚約解消の手続きをしたその日に、レイタック家のシルビア様と婚約を結んだようですよ」

令嬢達は目を丸くした。さすがにここまでの情報は知らなかったようだ。

「それは、その、ずいぶん……」

「ええ。ちょっと、その…常識が……」

令嬢達の呟きが聞こえたので、アリーヤはふふふと笑った。

「私もこの話を聞いたときは、用意周到すぎてさすがに驚きましたよ」

アリーヤは父の手紙でこの事実を知った。キールの両親はアリーヤにも男爵家に申し訳なく、だが伯爵家の意向には逆らえないと嘆いていたそうだ。

婚約を反故にした場合、体裁を整えるためにも次の婚約は最低一ヶ月の期間を空けるのが暗黙の了解となっている。にもかかわらず解消と婚約を同時に行うなど、非常識だと思われても仕方ない。格下のアリーヤを舐めきっているからできることだ。

笑っているアリーヤを見てとりまき達は怪訝な顔をする。

「なぜそんなにお元気なのかしら?」

「だって結婚してからでは遅いですもの。早くわかってよかったです。浮気男なんてこちらから願い下げですし」

「まあ!ではあなたはシルビア様が浮気男とご婚約されたと言われますの?!」

「どこか間違っていますか?」

「よほど自信がおありなのね。ご自分の魅力が足らなかったとは思わないのかしら」

「それならそれでさっさと私との婚約を解消するべきだったのです。私は皆様みたいに綺麗ではないし、しがない男爵令嬢です。ですが婿入りの話と同時進行なんて不誠実にもほどがあります」

「「「「「………」」」」」

皆が黙り込んだ。同じ女性として思うところがあるのだろう。

そんなふうにアリーヤは解釈したのだが、実際の令嬢達は“いやいや、あんた普通にかわいいから”と突っ込みたかっただけだ。少なくとも化粧で誤魔化しているシルビアよりは上ではないか、と。

「今さら私には関係ないお話ですよ。それより草むしり頑張りましょう!」

いつも目立たぬように隅の方でおとなしくしていたアリーヤがやたら元気でハキハキしている。にっこり笑顔を向けられて、令嬢達は戸惑った。

「アリーヤ様がそれでよいとおっしゃるなら、わたくし達からは特に言うことはありませんわ。皆様、行きましょう」

カトリーナがそう言ったので皆がぞろぞろと離れていく。

とはいえ彼女達は草むしりするわけではない。木陰に涼みにいくのだ。

ーーまた休憩するのね。大丈夫なのかしら

気になるものの彼女達にとやかく言うつもりはない。一人になったアリーヤは黙々と作業を続けた。

「今日は珍しく撃退していましたね」

夜の自由時間になり、紅茶を一口飲んだカインが話しかけてきた。

この時間はいつからか、二人でのんびりティータイムを楽しむのが日課になっている。今日の出来事を見ていたらしく、カインは楽しそうに笑った。

候補者達のいざこざはよほどのことがない限り、神官達は静観するように義務付けられている。閉鎖的なこの空間ではままあることで、これもお互いの成長を見守るといったお役目のひとつなのだとか。

「だって四聖になると決めたもの。逃げてばかりはいられないわ」

「素晴らしい心意気です」

満足そうに頷くカインに、アリーヤは聞いてみることにした。

「ねえ、カイン。なんで誰も注意しないの?」

実はここ最近、アリーヤは他の候補者達の行動が気になっていた。昼間の草むしりもそうだが。

ーーなんか、結構みんなサボってる?

蝶よ花よと育てられた貴族令嬢達には神殿の生活が窮屈なのだろう。

食事はパンや野菜を中心とした比較的質素なものだし、服は生成りのワンピースのみで華美に着飾ることもない。あれこれ世話をやいてくれる侍女もいない。

色々と不満があるようで、意外にだらだら過ごしている候補者が多い。神官が注意しないのも大きいのだろう。

今までは令嬢達に近づかないようにしていたのでわからなかったが、いざ四聖を目指して周りを見てみると、大丈夫なのかと逆に心配になる。

そんなアリーヤにカインは「やっと気づきましたか」と苦笑した。

「四聖は強制されてなるものではないのです。聖なる力を高めるのは本人次第。他人に促されてやっても意味がないのですよ」

聖女も巫女もその力は大陸全土を覆う必要があるため、かなりの力が必要になる。自力で手に入れろということか。

「前四聖の方々も名家のご令嬢方ばかりでしたが、立派に努められていたそうです。こういった修行に身分は関係ありません」

「要はやる気の問題ってことかしら」

「そうですね。今回の候補者は残念ながら先頭に立って引っ張る方がおられません。一番地位の高いカトリーナ様が積極的とは言い難いでしょう。こういうものは伝染するのです」

「なるほどねぇ」

「アリーヤ様は神殿に入ってから常に前向きに取り組まれてきました。慣れない環境であるにもかかわらず、文句ひとつ聞いたことがありません」

「文句なんて別にないわ。そりゃ最初は戸惑ったけど今は快適だもの」

「他の方々は未だに色々おっしゃっているようですよ。アリーヤ様は朝の沐浴もしっかりこなされていますからね。セイレーン様もお喜びのはずです。たとえ本来の力を隠していたとしても」

クスクス笑うカインにバツが悪くなったアリーヤはそっと目を逸らした。

「私はあなたが決意してくださったことがとても嬉しいですよ」

カインはそう言って微笑むが、妙に色気を感じる。こんなことは長年婚約者だったキールにも感じたことはなく、アリーヤはなんだかドキドキしてしまった。

「まもなく最後の“力の証明”が行われます。頑張ってくださいね?」

念押しするかようなカインに、アリーヤはぶんぶん頭を縦に振った。