軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

91 コウモリ

ヘンリー様たちを見送ったら、知らずにため込んでいた息を、ようやく吐き出せた。

無理やり笑顔を作ったせいで強張った顔の筋肉が、少しずつほぐれていく。

「ダニエル様。先ほどは庇っていただいて、ありがとうございました」

「ああ、いえ」

ダニエル様に感謝を込めてお礼を言うが、なぜかダニエル様は目を逸らし、視線を彷徨わせている。

「ルナ様たちをきつく責めてしまいそうになりましたが、無事に乗り切ることができました。本当にありがとうございます」

「・・・・・・・・・でも、私は全面的にアンナ様の味方をしたわけではありませんよ」

(・・・どうしたのかしら?)

いつも微笑んでいるダニエル様なのに、唇の端がかすかに震え、頬の筋肉が引き攣っているように見えた。

声も微妙に掠れている。

「そうですか?ダニエル様は、私を助けてくれましたよね?」

「・・・・ルナ様にも、助け船を出しましたけどね」

「あの状況では、そうすることが一番良かったからでしょう?」

ダニエル様が止めてくれなかったら、耐えきれずに感情に任せて喧嘩をするところだった。

それに、ダニエル様がルナ様を気遣って他の店を提案しなければ、あの場の空気は最悪なものになっていただろう。

本当にダニエル様がいてくれて良かった。

「・・・でも私は、アンナ様を裏切ったヘンリーに祝いの言葉だけでなく、結婚祝いまで渡しましたよ」

「別に気にしていませんよ。ダニエル様が結婚のお祝いをヘンリー様に渡してくれたおかげで、場が和みました。おかげでルナ様との関係も良くなったし、明日の披露宴にも安心して出席できます」

迷惑を被ったのは、高価な時計を渡す羽目になってしまったダニエル様だろう。

それなのに、自分を責めているかのように唇を噛んでいる。

「・・・・・・私はアンナ様にも、ヘンリーたちにも、いい顔をしようとしたんですよ?」

「両方にいい顔をしようとしたのではなくて、お互いを気持ちよく過ごさせるために、場を調整してくれただけですよね?何でダニエル様が、そんな申し訳なさそうな顔をしてるんですか?」

これこそが商売のコツだとしたり顔で言うかと思ったのに、ダニエル様は、自分の細く長い指に目を落としたままだ。

「・・・私は今、そんな顔をしていますか?」

「ええ。酷く落ち込んでいらっしゃるようにみえますけど?」

「・・・・・・だって、私とアンナ様は友人でしょう?私はアンナ様の友人でありながら、アンナ様を裏切ったヘンリーに対して、怒ることも諫めることもせず、それどころか、ヘンリーの機嫌まで取りましたよ」

「正面切って味方をするだけが、助けになるわけじゃありませんよ。だって以前、『最善の方法を探れ』っておっしゃっていたじゃないですか。これが『最善の方法』でしょう?」

そう言いながら、ダニエル様が私を本当の「友人」だと思っていたことに驚く。

昨日友情を求められた時は、なにか裏があるのではないかと疑った自分が恥ずかしい。

「・・・ダニエル様、本当に今日はどうしたんですか?ダニエル様の方がヘンリー様に会った私より、傷ついているように見えるんですけど?」

どうしたというのだろう。

店内には明るい光が溢れているというのに、ダニエル様の瞳には光が全く映っていない。

「・・・・・・・・・商売をしているとですね、よく非難されるんですよ。『どちらにもいい顔をする』とね。つい先日も取引先に、皆にいい顔するような奴は信用できないと非難されましてね」

公私混同もいいとこだ。

個人的に親しく、友人というならわかるが、商売上は仕方がない。

「可笑しなことを言う方もいるのですね。仕事相手と友人は違うでしょう?」

「まあ、そうなんですけどね」

「そんな事を言う人の言葉なんて、気にしなくていいんですよ。そんな方に限って、ダニエル様が困った時は簡単に見捨てて逃げていきますよ」

冷たいようだが、仕事は仕事だ。

うちだって、お金がない時に疎遠になった取引先がある。

裏切られた気がして辛くて落ち込んだが、相手にだって生活があるのだ。

どんなに親しくしていても、仕事と友人は別だ。

「でも、昨夜友人にも言われましたよ。『信用ならない』って」

「・・・・・・それ、ちゃんと理由を聞きました?」

「理由?」

「ええ。聞かないとわかりませんよ。その人が、どういう意味で言ったのかなんて」

みんなに辞める理由を聞けばいいものを、聞かなかったばかりに、延々と悩んでいた自分だからこそよくわかる。

怖がらずに聞くのが一番だ。

聞いた結果後悔しようとも、一人で答えのない問いに悩むよりはずっといい。

「・・・・・・アンナ様はまだお若いのに、人のことがよくわかるんですね」

「そんなことないですよ。ただ、人よりちょっとだけ経験が多いだけです」

4年前の嵐で財産を失った時だろうか。それとも父が亡くなった時だろうか。

悲しいことに、自分を取り巻く環境が悪くなるごとに他人の本質が見えるようになった。

でも、辛い思いをした分、人の見えない優しさもわかるようになった。

優しいからこそ、ダニエル様は傷つくことが多いのかもしれない。

「ダニエル様は、きっと優しすぎるんですよ」

「・・・・・・・・・」

「だから人の気持ちに敏感で、人が受けた痛みを、自分のことのように感じるんです。人の気持ちがわかるからこそ、誰にも嫌な思いをさせたくないんでしょう?」

ダニエル様のことがよくわからないと思っていたが、今なら少しだけわかる。

自分が繊細だからこそ、あんなに人の心に沿うように行動できるのだ。

「誰に対しても、公平で気配りができるダニエル様は、素敵です」

「・・・・・・・・・・・・でも、私のあだ名は『コウモリ』ですよ」

(・・・有名なコウモリの寓話ね)

獣と鳥に分かれて戦いになった時に、賢いコウモリは、それぞれの前で味方だと言った。

だが、獣と鳥が和解した途端、どちらの側からも「ずるい奴だ」と批判されるようになり、暗い洞窟に身を潜めることになった話だ。

この寓話から、簡単に意見を変えて、調子のいい人をコウモリと揶揄する風潮がある。

仕事柄、誰にでも如才なく接するダニエル様を妬み、蔑んだのだろう。

(ダニエル様を傷つけるなんて、許さないわよ)

そんなことを言ったのは誰だか知らないが、猛烈に腹が立ってくる。

コウモリには、コウモリの言い分があるのだ。

事情を知らない他人が口を挟むなと言いたい。

「いいじゃないですか。コウモリ」

「・・・え?」

「だって、コウモリって、すごくないですか?」

「何を言って・・・?」

「だって、生き残るために獣と鳥、両方に保険をかけたんですよ。賢いからこそ、できたんだと思いますけど」

「・・・でもそれで、両方からそっぽを向かれるんですよ」

「勝負の結果なんて、最初からわからないでしょう?それなら、万が一の時のために、両方に賭けるほうがいいです」

どちらかに忠誠を誓い、戦えたらカッコいいだろう。

でも、負けたらどうなる?

一人ならまだしも、コウモリは、コウモリ全体の命運を握っていたはずだ。

「それに私、両方に取り入ろうとした、コウモリの気持ちがわかるような気がしますけどね」

「・・・コウモリの気持ちって?」

「弱いコウモリが身を守るためには、それしか手段がなかったんじゃないかと思って。コウモリは、鳥と獣の両方にいい顔をすることで、自分と家族を守ろうとしたんじゃないですか?」

領主の仕事柄、色々な人に会う。

会う人全てが、いい人ばかりではない。

たった少しのお金のために、嫌味を聞き流したり、嫌な相手に頭を下げたり。

「若い」から、「女」だから、「学歴がない」からと馬鹿にされることもある。

言いたいことを言って、喧嘩できたらどんなにいいか。

嫌な相手と縁を切れたら、どんなにスッとするか。

でも家族のために、自分を情けないと思いつつも、嫌な相手にもいい顔をして踏ん張るしかないのだ。

「私はむしろ、自分の本音を隠して、頑張って生き残ろうとしたコウモリを賞賛したいです。特に、うちのような弱小子爵家なんて、多少睨まれただけでも命取りになりますし」

私が仕事中に馬鹿にされたなんて知ったら、タイラーたちはどんな思いをするか。

私を「自慢のお嬢様」だと信じて疑わないクララは、嘆き悲しむだろう。

誰にも辛い気持ちを言えずに、暗い洞窟の中で身を潜めるコウモリは、部屋で声を押し殺して泣く私の姿だ。

子どもの時に卑怯な奴だと蔑んでいたコウモリも、大人になった今では、むしろ慰めて褒めてやりたくなる。

「ダニエル様も、そう思いません?」

「・・・・・・そう、ですね」

私に気を遣ってか、光のない目で返事をするダニエル様が痛々しかった。

日頃弱さを見せないダニエル様が傷ついているのを見ると、どうしていいかわからず、胸が苦しくなる。

「私、コウモリって好きですよ」

「・・・・・・・・・・・・・・え?」

「コウモリって、害虫を減らす益獣ですからね。大量に虫を食べてくれるおかげで作物はよく育つし、農薬も少なくてすむし、大助かりです!」

不気味だと嫌われるコウモリだが、一晩で何百匹もの昆虫を食べてくれる。

おかげで農作物の生育がよくなるから、人間にとっては益獣なのだ。

「夜に、一生懸命に虫を追いかけている姿を見ると、『頑張れ~』って応援したくなります」

「・・・・・・・・・そうですか」

「それに、可愛いです!ダニエル様は、コウモリが休んでいるところを見たことあります?」

「・・・・・・いや」

「ぜひご覧になってください!体に翼をぴったり巻き付けるんですよ。おくるみに包まれた赤ちゃんみたいで、癒されます!!」

「・・・今度、見て見ましょう」

なんとかダニエル様に元気になって欲しくて、コウモリについて力説していると、ダニエル様がゆっくりと目を閉じた。

なかなか目を開けないダニエル様を不安な気持ちで見つめていると、ようやくダニエル様が薄く目を開いた。

ダニエル様のまぶたの下で瞳が優しく光り、口元に柔らかな笑みが戻ってきたのを見てホッとすると同時に、いつもの甘い、とろりとした声が耳の奥に入ってきた。

「・・・・・・・・アンナ様、私と結婚しませんか」