軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

92 ダニエル様の求婚

「・・・・・・・・アンナ様、私と結婚しませんか」

「は?」

ダニエル様の突然の求婚に、間抜けな言葉が出てしまった。

耳がおかしくなったとしか思えず、思わずダニエル様を見ると、薄く開いたまぶたの奥の目が、射貫くように私を捕らえていた。

「ヘンリーの披露宴には、おひとりで出席されるのでしょう?」

「え、ええ」

唯一出席が許される身内であるオリバーは、テスト期間中のため出席できない。

ヘンリー様の披露宴には、私がひとりで出席しなければならない。

「私と結婚することにすれば、二人で出席できますよ。そうすれば、先ほどのように辛い思いしなくて済みます」

「いえ、ダニエル様に、そのようなことをしていただくわけには・・・」

いきなりどうしたということだろう。

ダニエル様の真意を知りたくて瞳を覗き込めば、ダニエル様の瞳孔が開いていたため、背筋に冷たいものが走った。

「私、アンナ様でしたら、人生を一緒に歩めるような気がします」

「は?」

「アンナ様を一生大事にすることを誓います」

「え、あ、あの・・・」

コウモリの話をしていただけのはずなのに、なぜ急に求婚する展開になるのか。

よくわからずに焦ってしまい、声が上擦ってしまう。

「け、結婚って・・・」

「ええ。結婚しましょう」

思わず半歩後ずされば、ダニエル様はその倍の歩幅で前に出てきて、逃げたはずの距離が一瞬で詰められてしまった。

「あの、でも、ダニエル様は、私のことを好きってわけでは・・・」

「いえ、私はアンナ様を愛してますよ」

「え、でも・・・」

「それに、アンナ様は、昨日おっしゃいましたよね。『愛だけではやっていけない』と」

「え、ええ。確かに、そう言ったような気はしますが・・・」

私が更に後ずさると、ダニエル様は追うようにもう一歩踏み込み、腰を屈めて、息がかかりそうな距離まで顔を近づけてきた。

絶対に、距離がおかしいような気がする。

「では、別に問題ないでしょう」

「え?」

「うちは歴史の浅い子爵家ではありますが、裕福です。大丈夫です。アンナ様にお金の苦労はさせませんよ」

「あ、あの・・・」

「サウスビー家にも援助しますし、アンナ様がやりたい事業のお手伝いもしましょう」

「え・・・・・・?」

(いや、それはすごく魅力的だけど!)

でも、求婚の最中に口にする言葉としてはどうなのだろう。

あまりにも現実的過ぎて、戸惑ってしまう。

「兄がサイレニアに拠点を置いています。弟のオリバー様が留学したいなら、そのお手伝いもできますよ」

「えっと・・・」

「オリバー様は、とても優秀だとお聞きしています。技術大国のサイレニアには行ってみたいのでは?」

「そ、それは・・・・・・」

(ど、どうしよう・・・!)

ダニエル様が、私がダニエル様と結婚することについての利点を提示してきている。

こんなに条件のいい結婚話なんて、私にあるわけがない。

さっきまで一人寂しく暮らしていく未来しかないと嘆いていたのに、こんな幸運があるのだろうか。

ダニエル様の魅力的な提案に、思わず心が揺れ動いてしまう。

「で、でも、私なんかでは・・・」

「いえ。アンナ様は、資質・能力ともに申し分なく、アスター商会にとって理想のお嫁さんです。どうか私と結婚してください」

(えぇ!?それって、私じゃなくても、アスター家の利になるなら誰でもいいって言ってますよね!?)

どうやら現実的な判断のもとで結婚相手として見染められたらしい。

でも、私にとってもこの結婚は利益しかない。

お互いにメリットがあるのだから、問題ないような気もする。

だけど、そんな理由で一生を共にする相手を決めていいのだろうか。

(ど、ど、どうすればいいの・・・!!)

少し考えようと、もう少しダニエル様から距離を取ろうと後ずさる。

しかし、背中にはすでに指輪の入ったショーケースが当たり、思うように動けない。

私の目の前に、微笑みを浮かべたダニエル様が迫っていた。

逃げようにも、もはや逃げ場がなく、必死でダニエル様を押し戻した。

「あ、愛もないのに、ですか?」

以前は結婚に愛など必要ないと思っていたが、やっぱり多少は欲しい。

ダニエル様の『愛してる』は、どこか嘘臭い気がして、申し訳ないが信じられない。

だがダニエル様は、まぶたを半分閉じながら、ゆっくりと口角を上げた。

「いえ、愛ならありますよ。私はアンナ様を愛しています」

(いや、そんな嘘臭い笑顔で言われても!!!)

でも、ダニエル様の瞳孔が開いているせいで、本当の笑顔のようにも見えてくる。

もしダニエル様が本気で求婚してくれているなら、私も真剣に考えなければいけない。

(どうしよう、どうしよう、どうしよう)

まさかダニエル様に求婚される日が来るなんて、思ってもみなかった。

自分の人生が大きく変わるのだと思うと、胸の中で焦燥がざわめき、押し寄せる波のように心をかき乱していく。

「私との結婚は、条件も悪くないと思いますが、いかかでしょう?」

甘い甘い蜂蜜を纏った声で、ダニエル様が悪魔のように耳元で囁いてくる。

身体の奥まで染み込むような甘さに眩暈がして、思わず崩れ落ちそうになる。

ダニエル様はすごく優秀だ。

いつも微笑んでいる優しい顔だって魅力的だし、お金だってある。

同じ子爵家でも、貧乏なうちと天下のアスター家では、天と地ほどの開きがある。

それにダニエル様は時々嘘臭いけど、本当は優しい。

気遣いの塊みたいなダニエル様なら、私を幸せにしてくれそうな気がする。

ダニエル様に守られて、心穏やかに生活する自分の姿が見える。

ダニエル様と結婚したら、きっと幸せになれるはずだ。

私の気持ちの揺れを感じたのか、更にダニエル様は声の甘さを増しながら微笑んできた。

その柔らかい微笑みこそが、本当のダニエル様の姿のようにも見えてくる。

「アンナ様のお気持ちを、お聞かせ願えますか?」

(待って、待って、待って!お願いだから、少し待ってください!!)

ダニエル様のあまりにも優しく穏やかな顔を見て、思わず条件面ばかり考えた自分を叱りたくなった。

これでは、私を『よく働きそうだ』と見定めて結婚の申し込みにきたホランド伯爵と同じではないか。

ヘンリー様とはお互い打算の上の政略結婚だったからいいが、もしダニエル様が本気で求婚してくれているなら、私は今、すごくダニエル様に失礼なことをしている。

ダニエル様が、本気で私を好きだと思ってくれたのなら、私も誠実に愛を返さなければならない。

でも、どんなにダニエル様が愛してくれようとも、私はダニエル様に愛を返せないような気がする。

「い、いえ、あの、申し訳ないのですが、お断りさせてください」

「どうしてですか?他にお好きな方でもいらっしゃいますか?」

「好きな方・・・」

何故だかアルバート様の顔が浮かんできたが、慌てて打ち消す。

(・・・・・・もう二度と会えないんだから、アルバート様は関係ないわ)

だけど、アルバート様を忘れることはできない。

たとえ自分の未来が寂しく悲しいものになったとしても、こんな気持ちを抱えたまま結婚するわけにはいかない。

ダニエル様の優しさに付け込んで、一方的に、ダニエル様の愛だけを受け取るわけにはいかないのだ。

自分の気持ちを偽ってこのまま頷いてしまったら、絶対にダニエル様を傷つけてしまう。

(私、どうしたらいいのかしら?)

求婚には頷けない。

でも、断ってもダニエル様を傷つけてしまう。

どうすればいいかわからずに唇を噛んで俯いた私を気遣うように、ダニエル様が下から覗き込んできた。

お互いの視線が触れる距離に、思わず心臓が跳ね上がってしまう。

「・・・・・・アンナ様、どうされましたか?」

「い、いえ、あの、大丈夫です。何でもありません」

「では、お返事を聞かせてきただきたいのですが?」

「あ、あ、あ、あの、それは、その、ご、ごめんなさい。ダニエル様とは友人でいたいというか、・・・いえ、友人で!友人でお願いしたいのです!」

(そう!、そうよ!、友人よ!!)

自分の閃きに感動する。

ダニエル様を傷つけずに求婚を断るための、いい言葉を思いついた。

ダニエル様を愛することはできなくとも、それでも私にとってダニエル様が大切な人であることだけは変わりはない。

「・・・・・・・・・なぜでしょう?」

「あの、結婚して上手くいかないと、その、別れてしまうでしょう?でも、友人だったら、ずっと一緒にいられると思いまして・・・」

苦しい言い訳だが仕方がない。

愛を囁いてくれたダニエル様に、「友人でいさせてほしい」と願うのは、私の都合のいい望みかもしれない。

それでも、これ以上の愛を返すことは、今の私には到底無理なのだ。

「・・・・・・・・・友人なら、ずっと一緒」

ダニエル様は、少し考えるように視線をショーケースに逸らした。

宝石の煌めきがケースを通してダニエル様の瞳に映り、一瞬だけダニエル様を別人のように見せた。

視線を宝石に移したままダニエル様は、動きを止めている。

(・・・・よ、よかった。上手く断れたかしら?)

今のうちにダニエル様から距離を取ろうとした瞬間、聞き覚えのある明るい声が響いた。

「何をしてるのです?」