軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

84 いざ、アスター商会へ

「これでどうかしら?」

鏡の前でおかしい所がないかを入念にチェックする。

ルーシー様の作ってくれたドレスだ。

今日、ダニエル様にも見せねばならない。

上品な紺色の生地のドレスに、銀糸で丁寧に細かく刺繍がしてある。

ルーシー様は、このドレスを作るのに、どれだけの手間と時間をかけたのだろう。

このドレスに施された刺繍を見た後だと、ベスのドレスに刺繍して、店でも売れると自画自賛した自分が恥ずかしくなる。

(・・・そんなことを気にしてる場合じゃないわ!)

気を取り直して、もう一度鏡でチェックする。

オフショルダーのドレスを着るのは初めてだから、肩がどれくらい出ているのか気になって落ち着かない。

多少気恥ずかしくはあるが、街行く人も着ていたし、これが今の流行のドレスなのだろう。

それに、これぐらい胸元が開いてないと、タンザナイトのネックレスが目立たない。

(・・・・・・ダニエル様が、ルーシー様を認めてくれるといいんだけど)

折角のルーシー様の力作を、私のせいで台無しにしたら申し訳ない。

ドレスを美しく見せたくて、鏡の前でポーズを変えながら練習していると、そっと扉がノックされ、宿屋の女将が控えめに顔をのぞかせた。

「お嬢様、予定していた時間より少し早いですが、馬車が到着しましたよ。いかがされますか?」

昨日は気さくに声をかけてくれたのに、今日はなんだかよそよそしいような気がする。

やっぱり人は着ているものが違うと、変わってみえるのだろうか。

平民感満載だった私が、今は高貴な令嬢に見えるから不思議だ。

「ありがとうございます。じゃあ、もう出発します」

ダニエル様は、見るからに神経質で約束の時間に遅れることを嫌うタイプだ。

だから、早く着く分には問題ない。

約束の時間まで、アスター商会の店内を見て回ればいいだろう。

ダニエル様の待つアスター商会は、本店の1階が宝飾、2階に靴と服飾。3階が事務所だ。

折角だし、買えるかどうかは別として、セオドアの入団祝いを見てみたかった。

慣れないドレスに足を取られないように慎重に階段を降り、馬車へと向かった。

◇◇◇

(さすがね・・・)

馬車を降りて、白い大理石の外壁に覆われたアスター商会に見惚れる。

アスター商会は、一等地にある大きな5階建ての建物だ。

いつもは自分の服装に気が引けて、裏口から事務所に行っていたが、今日は綺麗なドレスを着ているし、セオドアの入団祝いを買う目的もある。

堂々と店内を歩ける喜びに胸を弾ませながらアスター商会の重厚な扉を開けると、そこには美しく上品な調度品でまとめられた空間が広がっていた。

深いワインレッドの絨毯に、磨き抜かれたショーケース。

柔らかな光に包まれた店内は、深い森にいるような爽やかな香りが漂っている。

一瞬、自分が場違いな気がして、踵を返して帰りそうになった。

(・・・・・・契約の前から、怖気づいてどうするのよ)

ダニエル様は、自信のない者とは契約しないだろう。

以前言われた言葉を思い出し、慌てて背筋を伸ばしてしゃんとした。

(と、とりあえず、セオドアの入団祝いを見ようかしらね)

早めに来て良かった。

セオドアの入団祝いを探しながら店内を回れば、アスター商会の格式ある雰囲気にも慣れるだろう。

何事も慣れだと自分に言い聞かせる。

(・・・まずは、アスター商会の代名詞になっている靴を見にいくべきかしら)

アスター商会は、創業当初から手掛ける靴が耐久性と履き心地の良さで知られ、今ではアスター商会を象徴する存在となっている。

洗練されたデザインと優れた機能性により、国内はもちろん外国からも高い人気を得ているという。

世間では「一生に一度でいいから、アスター商会の靴を履いてみたい」と庶民の間で言われるほどで、羨望の的になっている。

だが、2階に上がる階段を探すが、目につくところに階段がない。

(・・・これもダニエル様の戦略かしら?)

どうやら階段に進む前に、1階の宝飾品売り場を必ず通る構造になっているようだ。

恐らく、2階階段の手前にあるのはドレス売り場だろう。

そうすれば、靴だけを求めて訪れた客も、ドレスと宝飾品が自然と目に入る。

それに靴を買えば、靴に合わせるドレスやアクセサリーも欲しくなるはずだ。

客はこの店にくれば、ドレス・靴・アクセアサリーといった服飾品全てを揃えることができる。

客は他の店に行く手間も省けるし、アスター商会も儲かる。

まさしく一石二鳥だ。

(やっぱりダニエル様は、すごいわね・・・)

アスター商会は、ダニエル様が騎士団を辞めて戻ってきてから、業績が飛躍的に伸びたと聞く。

私も商売のコツをダニエル様に教えて貰ったが、頭でわかっていることと、実行できることは違う。

ダニエル様の経営手腕に私もあやかりたいと思いながら、曇り一つないショーケースを汚さないよう身を引き気味にしながら覗く。

(・・・・・・綺麗!!)

見るだけで心を奪われるような、星のように煌めく宝飾品が並んでいた。

ゆったりと間を空けて並んでいるため、それぞれの宝石が光を反射して、その存在感を主張していた。

恐らく、10年、20年、いや、100年経っても輝きを失わないような、見事な宝飾品の数々だ。

(勿論、お値段も一流だけどね)

値段に慄くが、細部にまで行き届いた作りを見れば納得せざる得ない。

このドレスで来て良かったかもしれない。

朝の早い時間のため店内に客はいないが、母の古い服では、門前払いをされたかもしれない。

(・・・セオドアの入団祝いに、時計もいいわよね。)

2階にある靴を見に行こうとしたが、美しい輝きを放つ時計売り場で足が止まる。

オリバーが書いてくれたお勧め品リストに、腕時計も入っていた。

懐中時計と違って、腕に巻くから時間を確かめるのに便利だし、何よりお洒落だと王都で流行っているそうだ。

(・・・・・・・・・うん、高い!!)

ショーケースを覗いてみたが、私に買えるような値段ではなかった。

いや、頑張れば買えないこともないのだろうが、さすがに私のへそくりだけでは厳しい。

どの腕時計にも、文字盤に小さな宝石が散りばめてある。

針が動くたびに光が瞬き大層美しいが、お値段の桁が違って目がクラクラする。

「お嬢様、腕時計をお探しですか?」

眩暈を起こしそうになっている私に、品のいいおじ様が、にこやかに私に声をかけてきた。

流石はアスター商会。店員まで上品だ。

「え、ええ。あの男性用の腕時計を探していまして・・・」

「さすがはお目が高い。こちらは性能もデザインも良く、大変お手頃でございます」

もう少し手頃な時計はないかと尋ねたかったが、この陳列の値段が「お手頃」と言われるなら、さらに安いものはないだろう。

(諦めるしかないかしらね・・・)

予算の都合上、仕方がないから諦めようとしたが、目にするとやはり欲しい。

いちいち懐中時計をポケットから出して時間を確認しなくていいのだ。

せっかちなセオドアは、便利だと喜びそうな気がする。

(・・・・・・高いけど、セオドアの入団のお祝いだし買ってもいいわよね。フレディ様も、清水の舞台から飛び降りる気持ちで指輪を買ったと言ってたし、ここは思いきって飛び込んでみようしら)

正直私には『清水の舞台』どころではなく『山の頂上』から飛び降りる気持ちだが、セオドアのために勇気を振り絞る。

意を決してショーケースの中から選ぼうとすれば、おじ様店員は首を振りながら、優しく私を押し留めた。

「お嬢様には、もっとふさわしいお品がございます」

「え、そうですか?」

もしや、私が買うお金がないとわかったのだろうか。

さすがはアスター商会だ。

もう少し手頃な価格の腕時計を出してくれるのかと期待し、胸が躍る。

感謝をこめておじ様店員を見つめていると、おじ様店員は白手袋をつけ直して、奥から恭しく腕時計を取り出してきた。

「・・・・・・・・・・」

(素人目から見てもわかる。これ、絶対に高いやつだわ・・・)

時計の文字盤の光の輝きが全然違う。

文字盤の縁にまで宝石がついており、高貴な青紫の光を放っていた。

何をどう勘違いしたら、私がこんな高価な腕時計を買えると思うのか。

「あ、あの、このように豪華なものは・・・」

勇気を振り絞って、精一杯断る。

こんな高そうな時計を買ったら、うちは破産だ。

「いえいえ、お嬢様に相応しいのは、この時計でございます。そのネックレスは、タンザナイトでございましょう?この腕時計にも、タンザナイトを使っております」

・・・・・・タンザナイト。

青にも紫にも見えるこの宝石は、そんなに高いものだったのだろうか。

(・・・うち、そんな高い宝石を買うお金なんてなかったわよね)

一体母は、どこから調達してきたのか。

何故だか、子どもの頃の嫌な記憶が甦ってきて、呆然と立ち尽くしてしまう。