軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

85 ドレスの評価

「・・・・・・アンナ様?」

甘くとろけるような声が耳をかすめ、思わずハッとして振り返ると、いつの間にかダニエル様が立っていた。

相変わらず優しい微笑みを浮かべているが、今朝は微妙に強張っているような気もする。

「おはようございます、ダニエル様。昨日はご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」

「あ・・・いえ、その・・・」

深々とお辞儀をしてダニエル様に謝る。

昨夜ひったくり犯を酷く痛めつけたことでフランシス隊長に事情を聴かれたはずだが、大丈夫だったのだろうか。

フレディ様は、正当防衛だから問題ないと言っていたが、ダニエル様を引き留めたフランシス隊長の目は、真剣そのものだった。

「昨夜は遅くまで事情を聴かれたのでしょう?」

「え、いや、大丈夫ですよ。そんなにお気になさらないでください」

普段は滑らかに言葉が出るダニエル様なのに、今日はどうも歯切れが悪い。

やはりフランシス隊長に、いや、騎士団にかなり絞られたのだろう。

「やはり目潰しは、やり過ぎだと怒られたのでしょう?」

「いえ、そんなことは、ありませんよ」

ダニエル様の目がわずかに揺れ、動揺しているように見えた。

もしかして、罰金ぐらい払ったのかもしれない。

「本当に申し訳ありません。もしよかったら、今からでもフランシス隊長に事情を話しに行きます」

優しいダニエル様のことだから、私を庇ったに違いない。

迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ない。

「いえ、本当に大丈夫です。フランシス隊長は、私と昔の話をするために呼び止めただけでしたので」

「本当に?」

「ええ、そうですよ。私が信じられませんか?」

「・・・いえ、そんなことはありませんが」

(ここで、「信じられません」って言う人いる?)

ダニエル様は、フレディ様の話から推測するに、善行を隠す傾向がある。

だが、まるで私の疑いを変えさせるかのように、私のドレスについて触れてきた。

「・・・ところでアンナ様、今日はどうして、そのような格好でおみえになったのですか?」

「昨日、ルーシー様がお作りになったドレスをお見せするとお約束しましたよね?」

(一度人の話を聞いたら忘れないダニエル様なのに、昨日のことをもう忘れたの?)

ダニエル様は、昨日私に色々付き合ったせいで疲れているのかもしれない。

だが、ルーシー様の人生がかかっているのだ。

忘れてもらったら困る。

「あ、ああ、そうでしたね」

「ルーシー様のお作りになったドレスはどうですか。美しいでしょう?」

その場で、ゆっくりとドレスを見せつけるように回って見せる。

セオドアに可愛いと言ってもらうために。

そして、ダニエル様に認めてもらうために、鏡の前で何度もポーズを変え、少しでも綺麗に見えるように練習を重ねたのだ。

美しく見せる自信はある。

「・・・・・・そうですね。大変、美しい、ドレスです」

「そう言ってもらえて嬉しいです。よくドレスが見えるように、もう一度回ってみましょうか?」

「いえ、もう結構です。ルーシーの力量はわかりました」

ダニエル様は目を逸らし、唇をわずかに噛んで複雑そうな表情を浮かべている。

やはり兄としては、荒波に飛び込もうとしている妹の将来は心配なのだろう。

私には、縫製や刺繍の技術的な出来栄えについてはよく分からない。

でもルーシー様は、デザインから本縫い、装飾に至るまで、全て一人で仕上げて見事にドレスを完成させたのだ。

少なくとも、ルーシー様の熱意は伝わったと信じたい。

(・・・これで私も、少しはルーシー様の役に立ったかしら?)

ダニエル様に認めてもらえば、デザイナー修行も許してもらえるだろう。

明るく楽しそうな声を響かせて、許しを貰えたと報告してくるルーシー様を想像すると、思わず顔が綻んだ。

(さあ、これで目的を一つ達成できたわね)

心が浮き立ちそうになるが、次はダニエル様との契約に挑まなければならない。

気合いを入れようと両手を軽く握りしめたら、ダニエル様に昨日借りた上着を持っていたままだったことに気が付いた。

忘れないうちに上着を返しておくべきだと思い、上着をダニエル様にそっと差し出した。

「ダニエル様、昨日お借りした上着です。ありがとうございました」

「あ、ああ、そうですね」

「本来なら洗ってお返しするのが筋なのですが、家に戻ってから返すのでは遅くなってしまうので、このままお返しさせてください」

「え、ええ、わかりました」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

(・・・洗って返すべきだったかしら?)

ダニエル様が、自分の上着を見つめたまま固まっている。

借りた上着に私の髪や汚れが付いていないかは確認したのだが、やはり礼儀として洗って返さないと失礼だったかもしれない。

「あ、やっぱり洗ってからお返ししますね。失礼しました」

「ああ、いえいえ、そうではなくて。差し上げますので、今からでも着てください」

「・・・いえ、寒くないので大丈夫です」

昨夜は冷えたが、今朝は別に寒くない。

むしろ雨が降る前なのか、蒸し暑いような気がする。

それに、男物の上着を貰っても仕方がない。

セオドアは勿論、うちで一番背の高いオリバーでさえ、ダニエル様からしたら低いから、誰にも着れない。

だからといって、いただいた物を古着屋に売るわけにもいかないだろう。

「風邪を引いたらいけませんし、着てください」

「いえ、本当に寒くないので。お気になさらず」

「・・・・・・・・・では、このままお待ちください」

(何かあったのかしら?)

どうしたことか、ダニエル様が首を振りながらどこかへ消えて行った。

おじ様店員も苦笑いしながら、一礼して元の場所へ戻って行ってしまい、一人取り残されてしまう。

(どういうこと?)

全然戻ってこないダニエル様を待ちくたびれて、少し不機嫌になりかけたその瞬間、ダニエル様が美しいショールを片手に戻ってきた。

真っ白な薄手のショールは、光を受けて淡く輝いていた。

「よかったら、どうぞ」

ダニエル様が、私の肩にショールをふわりとかけると、ショールが肩や背中に沿うようにふんわり流れ落ちる。

シルクの肌に吸い付くような滑らかさに思わずうっとりするが、残念ながら今の私には必要のない代物だった。

「お気遣いは嬉しいのですが、別に寒くないので、結構です」

「いえ、身体を冷やすといけませんしね。ぜひお召しになってください」

「でも、本当にいいです」

「いえ、どうぞ。差し上げます」

「いえ!いいです!!そんなの申し訳ないのです!!!」

(アスター商会の品なんて、高いに決まってるじゃない!?)

ショールを返そうと、慌てて肩から外そうしたら、ダニエル様に無理やり胸の前でショールをきつく結ばれた。

「いいから着てください。差し上げると言ったでしょう!?口答えせず、黙って大人しく着てください。冷えは健康によくないですからね。いいですね」

「え、あの・・・」

「いいですね!」

「でも・・・」

「いいですね!!」

「あ・・・、はい」

何が気に入らなかったのか、ダニエル様が怒気を含んだ笑顔で圧をかけてくるので、思わず頷いた。

私が薄着でいると、心配してすぐにショールやひざ掛けを持ってくるクララのようだ。

ダニエル様は昨日咳込んでいたし、風邪を引く前で、自分が寒く感じているのかもしれない。

私が大人しくショールをはおったまま立っていると、ダニエル様は、ようやくいつもと変わらぬ笑顔で手を差しだしてきた。

「さあ、これでいいですよ。それでは、契約を交わしに事務所に行きましょう」