軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

82 理不尽

何度もお礼を言いながら頭を下げて立ち去る被害者に手を振ると、フランシスは、俺を懐かしそうな目で見ながら謝ってくる。

「悪いな、ダニエル。ちょっと付き合ってくれ」

「わかったよ。ひったくり犯を痛めつけたことだろ。でも、彼女が危なかったんだよ。だから2回蹴ったんだ」

誰もいないし、もう敬語を使う必要もないだろうと、昔と同じ口調で答えると、フランシスは嬉しそうに笑った。

フランシスの、こういう人の良さがどうにも憎めない。

「いや、お前が悪くないのは、長年の付き合いでわかってるよ」

フランシスが、まだ痛みで目が開けられないひったくり犯の縛られた手を引っ張り、無理やり立たせる。

フランシスは弱者にはどこまでも優しいが、悪党には容赦がない。

ひったくり犯は、アンナ嬢の目潰しの粉が余程効いたのか、涙が止まらないようだ。

「ただ、ほら、こいつの仲間がいてもいけないしな。一人だと不安だし、騎士団の詰所まで一緒に行ってくれるか?」

(・・・・・・・絶対に違うだろ)

フランシスの縦にも横にも大きい、筋肉しか詰まってない身体をみる。

こいつなら暴漢が束になっても、手も使わずに余裕で足だけでなぎ倒すはずだ。

そもそもフランシスの姿を見ただけで、悪漢どもは裸足で逃げ出すだろう。

フランシスはいい奴なのだが、大事に育てられ、人の悪意に晒された経験が少ないためか、誤魔化したり嘘をつくのが極端に下手だ。

育ちが良すぎるのも、考えものである。

「それにしても、久しぶりだよな。騎士団を辞めて以来か?」

「ああ、そうだな」

「ベンジャミン団長が、ダニエルが騎士団を辞めてから、頼りになる奴がいなくなったと未だに嘆いているよ」

「そうか?」

(単に便利に使える奴がいないと思ってるだけだろ)

心の中で、無能な元上司に毒づく。

第二騎士団の団長のベンジャミンは、自分に媚びを売る奴を重用する奴だった。

上にへつらう奴が幅を利かせるため、雑用は全てベンジャミンの派閥から外れた者の仕事になる。

実力はあっても、フランシスのように口が重たく、おべっかを使えない奴は、冷や飯食いをさせられた。

こいつが第一騎士団に異動になったのは、公平無私なエリオット団長が見兼ねたからだろう。

「ダニエルは頭の回転が速いし、気も利くもんな。それに俺と違って場が読めるからな。それは重宝するだろ」

愚直なフランシスは、俺がまるですごいことをしているように褒めるが、別に騎士団で大したことをしていたわけではない。

商売と一緒だ。

人の顔色を見て要望を察し、言われる前に動く。

多少の無理難題は、上手く口車に乗せて代替案を提示してやればいい。

「たまには騎士団にも顔を出してくれよ」

「まあ、そのうちな」

「それに、寮にも。レギーじいさんが、寂しがってたぞ」

「・・・・・・ああ、そうか」

「それから後輩たちも。『ダニエルさんが恋しい』っだってさ。ダニエルは、面倒見がいいもんな」

「勘弁してくれ。俺は保父じゃない」

(・・・なにが『恋しい』だ。いい加減に独り立ちしろ)

要領のいい古株から仕事を押し付けられる、頼りない後輩たちにため息がでる。

さっきのフレディも仕事はできるくせに、人がいいのか断るのが苦手で、いつも雑用を押し付けられていた。

「ああ、そうそう!カーター団長に聞いたよ。第五騎士団にベストを寄付してくれたんだって?」

「サンプル品だけどな。これから寒くなるし、北の連中には丁度いいだろ」

アンナ嬢から教えてもらった毛糸は、質が良かった。

ただアルパカの毛糸は高価だったから、羊毛と混紡しようと試行錯誤した結果、大量のサンプル品が出たのだ。

折角なので、北の辺境を守る第五騎士団に寄付したのだ。

騎士の健康管理に気を遣うカーター団長なら、絶対に購入を検討するはずだ。

購入の打診が来た時のために、もう全ての用意は整えてある。

「ああ、北の連中は大喜びするだろうよ」

「でも、王都も寒いからな。騎士は身体が資本だから、フランシスも気をつけろよ。うちが作ったベストなら、制服の下に着れるから見た目も損なわない。それに特別な毛糸を開発したから暖かいよ」

フランシスに、うちの商品の良さを擦りこんでおく。

人柄の良さで、周囲に人が勝手に集まってくるフランシスは友人が多い。

フランシスがうちのベストの話を喋れば噂が広まって、第五騎士団だけでなく、騎士団全体で購入しようとする動きが出てくるかもしれない。

「辺境と比べるとそうでもないが、確かにこの制服だけだと王都でも寒いな。俺もそのベスト、買おうかな」

「フランシスの場合は特注でないと無理だから、用意しといてやるよ」

「おお、それは助かる。ありがとう」

フランシスが嬉しそうに笑いかけてくる。

冬でも分厚い筋肉のおかげで寒くはなさそうだが、フランシスも多少は寒さを感じるらしい。

「それにしても、ダニエルは面白いことを考えつくんだな。そういえば、カーター団長の他にも、エリオット団長も何か言ってたな」

「エリオット団長が?」

「ああ、俺がダニエルと親しいと知ったみたいで、お前のことを聞いてきたよ。何か別の商売でもやろうとしてるのか?」

「・・・・・・俺の話はいいよ。それより、その格好はどうしたんだ?」

「ああ、これか、これは、その・・・」

嘘の下手なフランシスは、俺の質問に視線を彷徨わせている。

フランシスの非番の服は、いつも皺ひとつない仕立てのいいシャツに糊のきいたズボンだ。

しかも首が苦しいだろうに、紳士の心得とばかりに、いつもシャツの第一ボタンまできっちり留める。

そんなフランシスが、皺になりやすいリネンのシャツを着ることなどあり得ない。

「いや、ちょっと、警備の手伝いがあって」

「警備?王都の警備は第二騎士団の仕事だろ?」

「最近治安が悪くなってきたから、第二騎士団だけでは、手が足りないんだよ」

確かに、最近の王都は治安が良くない。

泥棒、スリ、ひったくりに強盗。

昼間の大通りはまだいいが、夜は危険だ。

(・・・アンナ嬢は無事に宿屋に着いただろうか)

フレディは頼りなさそうにみえても腕は立つから大丈夫だとは思うが、急に心配になってくる。

「治安が悪いのは、不景気だからか?」

「ああ、そうだな。サイレニアの商品が品質がいいからって売れ行きがいいだろ?おかげで国内の商品が売れなくて、職にあぶれる者が出てきてるらしい」

「それで生活に困って、泥棒やひったくりが増えてるのか」

「まあな」

(・・・・・・うちもどうするかな)

高品質が売りのアスター商会は、どうしてもそれ相応に値段が高くなる。

劇場でも、手頃な値段の服や宝飾品を身に着けている者の割合が増えていた。

もしかしたら、商売の方針を転換する時期にきているのかもしれない。

折角だから情報を集めようと、フランシスに探りを入れる。

「でも、国も対策してるんだろ?」

「そうだな。国も関税をかけたり、国内産業を保護したりしてるから、そこまで生活に困窮する者もいないはずなんだけどな。でも、国民の生活全てを国が守れるわけじゃないからなぁ」

「まあ、そうだよな」

「悪いことに手を出す奴はいつでもいるさ。ただ、ここ最近は、本当に数が増えたな」

「違法の賭場とか、悪い薬が流行ってるとかは?」

「それはない。陛下は国民の害になることが大嫌いだ。そんなことがないように、常に目を光らせてるから大丈夫だ」

「じゃあ・・・」

「おっと、ダニエル。それまでにしてくれよ。お前といると、ついついしゃべりすぎてしまう」

「単なる世間話だろ?」

「そうなんだが、お前は頭がいいからな。ちょっとした会話から、機密情報が漏れてもいけないしな」

「何だよ、機密情報って。フランシス、お前、今、機密情報でも握ってるのか?」

「いや、そんなことはない」

きっぱりと言い切るが、目を逸らすフランシスがどうも怪しい気がした。

しかも話を変えようとするつもりなのか、違う話題を持ち出してきた。

「それよりさっきの目潰し。あれ、どこで手に入れたんだ?」

「ああ、アンナ嬢が持っていたんだよ」

可哀そうにまだ目が痛いのか、ひったくり犯は、ひぃひぃ言いいながら涙を流している。

悪いのはナイフを持ち出した犯人なのだが、あまりの痛がりように自責の念に駆られる。

(・・・まあ、俺も2回蹴ったしな)

ひったくり犯が痛がっているのは、なにもアンナ嬢のせいだけではないだろう。

加減して蹴ったつもりだが、久しぶりだったから、少し力の入れ具合を間違えたかもしれない。

それにしても、騎士団在籍時にフランシスから教えてもらった蹴り技が思わぬところで役に立った。

人を思いきり殴ると、皮がめくれたり、出血することがある。

商売柄、高級品を扱う手に傷があっては、客は興覚めするだろう。

客から好評な自分の手をぼんやりと眺めていると、何故だかフランシスが探るように俺を見てきた。

「・・・・・・彼女と親しいのか?」

「いや、単なる取引先だ。接待の一環だよ。舞台が観たいというから、連れて行っただけだ」

「・・・本当か?」

「本当に決まってるだろ。何だよ、俺を疑うのか?」

「いや、悪党にも必ず手加減するお前が、2回も蹴ったのかと思って」

「何だよ、それ。今回も手加減して蹴ってるよ。後でそいつの身体を確認すればわかるはずだ」

「でも、こいつの鼻、折れてんじゃないか?」

「蹴るなんて久しぶりだったからな。目測を誤ったんだよ」

「・・・・・・ああ、そうだな」

「何か俺を疑う理由でもあるのか?」

珍しくフランシスがしつこかったので、苛々してしまう。

フランシスの取り柄は、素直で人を疑わないところだ。

「別にないさ。でも、お前の言うことは信用できないからな」

(背中を預けあった仲だろ!?)

胸から苦い思いが喉までせり上がってきて文句を言おうとしたが、すでに騎士団の詰所まで来ていた。

石造りの壁に、王家の紋章旗が翻っている。

窓からは明かりが漏れ、若い騎士たちの賑やかな笑い声が聞こえていた。

「ああ、じゃあ、これで」

「おい、待てよ。話があったんじゃないのか?」

用は済んだと言わんばかりに片手をあげるフランシスに文句を言う。

夜の帳が下りた中、聞きたいことがあるからと言われて詰所まで来たのに、それはないだろう。

「・・・ああ、あの目潰しの粉のことを聞きたかったんだ。あれ、いいな。アスター商会で取り扱うなら、今度騎士団に売ってくれ」

「・・・は?」

「ほら、騎士団の中には弱い奴もいるし、あると便利だと思ったんだよ。大丈夫、上司には話を通しとくよ」

(いや、お前に比べたら、誰だって弱いだろうよ・・・)

そんなことで呼び止めたのかと呆然とする俺によそに、フランシスは、さっさとひったくり犯を詰所に連行していく。

フランシスの揺るぎない逞しい後ろ姿が妙に腹が立った。

「待てよ。フレディが戻ってくるまで、俺もここにいる」

「・・・・・・アンナ様が心配なのか?」

「違うよ。フレディの仕事ぶりを見届けるためだ。久しぶりに騎士団に顔を出すんだ。お茶ぐらい淹れてくれ」

「ああ、わかったよ。こいつを引き渡したら、とびきりのお茶を淹れてやるから、待っててくれ」

自信ありげに満面の笑みを見せて手を振るフランシスだが、何年も騎士団にいるくせに、あいつの淹れるお茶はまずい。

よっぽど家で大事に育てられたのか、満足にお茶を淹れることもできない。

一度お茶の淹れ方を教えてやったが、どうも能力の大半は、体力と筋力に持って行かれたらしい。

フランシスがお茶を淹れると、香りもどこかに飛んで行ってるし、渋みが強すぎて舌がおかしくなる。

(今日はツイてない日かな・・・)

金にならない、無駄なことは大嫌いだ。

それなのに、今日はルーシーを探したり、観劇したりと、全く仕事にならなかった。

おまけに、久しぶりに他人の身体を傷つけた。

だからだろうか、なんだか身体が鉛を抱えたように重く感じた。

(・・・・・・いや、罪悪感かな)

アンナ嬢を商売に使える駒として扱い、試す行動を繰り返した俺に不信感を抱いていたはずなのに、彼女は身を挺して俺を助けてくれた。

俺のことなんか放っておいて、自分のことだけ考えれば良かったのに。

純粋に俺を心配した彼女に申し訳なくて、罪悪感で押し潰されそうになる。

しかも、助けてもらったお礼を言うどころか、自分を顧みずに平気で無茶をする彼女のことが心配で、つい本気で怒ってしまった。

彼女からしたら、理不尽極まりないだろう。

(・・・・・・アンナ嬢は、宿にそろそろ着いたかな)

何度も心配そうに俺を振り返りながら、宿に向かったアンナ嬢を思い出す。

お人好しの彼女は、騎士団に連れて行かれた俺のことを心配しているだろう。

せめて、アンナ嬢が心配しなくて済むよう、今のうちに上司に目潰しの件を根回ししておこうと、ため息を飲み込みながら、詰所の扉を開いた。