軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

60 馬車

「もう、何か怒ってるの?」

「怒ってねーよ。手綱を握ってるから、そっち見れないだけだ」

セオドアが馬に鞭をあてながら、ぶっきらぼうに返事する。

私がセオドアと一緒に馬車の御者台に乗ったものだから、狭いのか不機嫌だ。

「お前、馬車ん中に座ればいいだろ?なんでこっち来てんだよ」

「だって、馬車の中は、補助金と見舞金の申請書類で一杯なんだもの。仕方がないでしょう?」

領民たちの動きは早かった。

私が王都に行く前に、ほとんどの者が見舞金申請書にサインをして持ってきてくれた。

申請書類自体は一人一枚だが、被害を受けた状況のわかる見積もり書や領収書といった証拠も合わせて提出しないといけないので、全員分となると結構な量にのぼった。

おかげで馬車の中は、書類を詰めた箱だらけだ。

「大体この御者台は二人用よ。私たち細いし、そんなに狭くないでしょ?」

「自分で細いとか言うなよ。お前、結構図々しいよな」

「細いでしょ!?」

「ああ、そうだな。でも『天高く馬肥ゆる秋』の季節がやってくるからな。今から気をつけとけよ」

一言返すごとに、いちいち突っかかてくるセオドアに嫌気がさして、話題を変えることにした。

「そうそう、セオドア、聞いてくれる?昨日、通達が来てたのよ」

「通達?」

「ほら、役所から各領主に送ってくる書類。王宮からの重要なお知らせが載ってる書類よ。お父様が見逃した補助金とかが書いてあった、大事なお知らせの紙」

半年ごとの通達は、お父様が封も開けずにうちの書庫の中で眠らせていた。

真面目で仕事熱心なアルバート様にとっては、衝撃の光景だったのかもしれない。

「ああ、あれか!」

「半年ごとだったのに、これからは毎月送付になるって書いてあったわ」

「あははっ!アルバートか!あいつ、仕事してるなぁ!!」

私がこんな分厚いもの、読む気力がないなんて言ったものだから、絶対アルバート様が指示したに違いない。

「あいつも王都に戻ったばかりだろうに、よく働くなぁ」

「そうね。きっと忙しくしてるわよ」

眉を顰めながら仕事に邁進しているアルバート様の姿が、目に浮かぶようだ。

もう二度と会うことはないだろうが、アルバート様の存在を感じとれたことが嬉しかった。

セオドアもそうなのだろう。顔が笑っている。

「あ、ところで折角だから、お土産を買ってくるけど、セオドアは何がいい?」

「いいよ。そんなのいらねーし」

「そんなこと言わないでよ。折角行くのよ?タイラーはポマードでしょう。クララは何がいいかしら?私の口紅を素敵ですねって言ってたから、口紅にしようかしら。クララは私と同じ色でいいと思う?違う色の方がいいかしら?」

口紅の色をセオドアに見せるように、顔を近づける。

今日は私も王都に行くからお洒落をしようと思って口紅をつけたので、いつもより少しは可愛く見えるはずだ。

「・・・・・・別にいいんじゃないか、それで」

セオドアは折角笑顔になったのに、また不機嫌そうに顔を背ける。

相変わらずの塩対応のセオドアである。

「もうっ。真面目に考えてよ。でも、私、化粧品を売ってるお店を知らないのよね。オリバーに案内してもらおうかしら」

王都には仕事で行くこともあったが、忙しかったし、宿代も惜しいので常に日帰りだった。

用事を済ませるのが精一杯で、関係ない店を覗くこともなかったから、素敵な店なんて全くわからない。

「ああ、それがいいんじゃないか。オリバーも2年近く住んでるんだし、王都の店も詳しくなってるだろ」

「そうね。ただ気になるのは、いくら王都に詳しくなったとはいえ、あのオリバーが化粧品やドレスを贈ってくるなんて、ちょっと信じられないのよね」

オリバーは、私以上に服飾品に興味がない。

いつもあるものを適当に着るだけなので、色の組み合わせはぐちゃぐちゃだ。

「オリバーに、恋人でもできたんじゃねーか?」

「やっぱり?私もそう思うのよ」

「あの子が口紅を買うなんて、到底思えないでしょう?それにドレスだって、絶対オリバーなら、生地の素材と織り方しか見ないわよね」

「もしくは生地の産地で選ぶな。あとは希少性とか?」

送ってきた口紅とドレスは、どちらもセンスが良かった。

とてもオリバーが選んだ物とは思えない。

口紅もドレスも、絶対に女性が選んでいる。

「うちのお嫁さんになってくれないかしら・・・」

高位貴族は政略結婚が基本だから、皆14歳頃までには婚約する。

だからうちみたいな下位貴族は、学院で結婚相手を見つけることが多い。

あの子の性格上、自力でお嫁さんを見つけるとは到底思えなかったが、もしかしたら奇跡が起きたのかもしれない。

「・・・うちのような貧乏領・小姑付きに来てくれるなんて、まあまあ奇特な令嬢だと思うけどな」

「そ、そう言わないでよ。もしお嫁さんが来てくれたら、すごく大事にするわよ」

このまま姉弟二人、独身のままで養子を迎えることも出来なければ、爵位返上・領地返還だ。

それだけは避けたい。

「オリバーが選んだならどんな方でもいいんだけど、できれば優しくて、オリバーを大切に想ってくれるお嬢さんがいいわよね」

「ああ、そうだな」

「何もしなくていいけど、ちょっとだけでもいいから、家の仕事を手伝ってくれると助かるわよね」

「・・・まあ、そうだな」

「できればうちの経済状況を考えて、あまり贅沢をしないお嬢さんだと嬉しいんだけど」

「・・・・・・お前、注文多くないか?うちみたいな貧乏領に、変人オリバーだぜ?なに自分たちのことは棚に上げて、相手に高望みしてんだよ」

(・・・わかってるけど、オリバーのことを考えたら、少しでもいいお嬢さんに来て欲しいじゃない?)

一人っ子のセオドアには、姉の気持ちはわからないらしい。

姉にとって、弟は可愛いのだ。

そして私がオリバーのことを「変人」と呼ぶには構わないが、人から言われると腹が立つ。

「ちょっと、オリバーのことを『変人』って言わないでよ。あれでも私の可愛い弟なのよ」

「いつもよくわからない研究ばっかりしてるから、『変人』でいいんじゃないか?それに『可愛い』って、あいつも俺と同じで、誕生日がくれば成人だぜ?」

「そんなことはわかっているけど、私にとっては、いつまでも小さい弟のままなのよ」

「小さいって言うけど、アンナより背も高けりゃ、力も強いけどな。ついでに賢いぜ」

「・・・そういうことを言ってるんじゃないの。セオドアもわかってるくせに」

私にとってオリバーは、いつまで経っても守るべき存在なのだ。

勿論、隣にいるセオドアも。

(かなり生意気だけどね!!)

小さい頃は、ピーピー泣いて私の後をついてきたというのに、今や偉そうに私に説教してくる。

「はいはい。でも、そろそろ弟離れしないと、オリバーもだけど、オリバーの嫁さんにも嫌われるぞ」

「・・・・・・わかってるわよ」

両親が亡くなった今、オリバーは私の唯一血の繋がりのある家族なのだ。

でもセオドアが言うように、私がいつまでもオリバーの側にいたら、お嫁さんになる人は嫌だろう。

オリバーのために、やはり私はサウスビー領から離れなければいけない。

一人寂しく過ごす未来を想像して、悲しくなってくる。

しょんぼりする私を見て、呆れながらセオドアが馬を止めた。

「オリバーもまだ若いんだし、そうすぐには結婚しないさ。お前も先のことばっかり気にするなよ。ほら、着いたぞ」

セオドアとしゃべっていたら、いつの間にか王都の街門の前だった。

王家の威信を示すかのように、石造りの街門が高くそびえたっている。

高くそびえる門に見下ろされ、自分が急に小さな存在になったかのように感じた。

「ほら、まずはどこから行く?ノアのとこか、役所か?」

「まずは役所ね。この書類をどうにかしたいわ」

「同感だな」

馬車の荷物がなくなれば、動きも取りやすくなるだろう。

セオドアが手綱を軽く引くと、馬車は石畳の上をゆるやかに進み出した。