軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

複雑な関係(1)

* * * * *

「父上、見てください」

珍しく書斎に来た息子が何かを差し出した。

ユリウスがよく使っているメッセージカードに、まるでヘビがのたうち回っているかのような文字が書かれている。インクも掠れ、大きさも不揃いで、下手な文字だ。

カードを受け取り、裏返せば、ユリウスとエリシアの名があった。

「なんだ、これは? 『なんでもお願いを聞く券』……?」

「はい、僕のお願いはどんなことでも一つ、叶えてくれるそうです」

……何故、それをわざわざ見せにきた?

レオンハルトは内心で首を傾げた。

その手から、息子がメッセージカードを回収する。

「父上はもらっていないでしょう?」

どこか自慢げな雰囲気にレオンハルトは少し驚いた。

息子は物静かで、あまり他人に興味がなく、感情表現も少ない。

……私の背中ばかり見ているからだろうか。

幼い頃の自分を見ているようで少し心配になっていたが、まさか幼くなったエリシア・ヴァンデールに関心を持つようになるとは。

大事そうに息子の胸ポケットにメッセージカードが仕舞われる。

「確かに、私は受け取っていない」

「僕は 特別(・・) だそうです」

「そうか」

そういえば最近、息子と少女が一緒にいるところをよく見かける気がする。

……いつか黒魔術が解けて元に戻るかもしれない。

その時、本来の毒婦と呼ばれるエリシア・ヴァンデールに戻るだろう。

今だけの関係に重きを置くのはレオンハルトとしてもどうかと思う。

「あの幼い姿は一時的なものだ。いずれは毒婦に戻る。……今の記憶を残したままとは限らない」

「分かっています」

息子は意外にもハッキリとした口調で返事をした。

「ですが、今のあの子に罪はありません。明るく振る舞ってはいますが、記憶もなく、本当は不安なのではないでしょうか?」

「それはそうだが……」

「父上、あの子は僕達を恐れません」

その言葉にハッと気付く。

確かに、あの少女は一度もレオンハルトから視線を逸らしたことがなかった。

攻撃系の黒魔術は恐れられ、魔力の多さ故に相手を萎縮させてしまうのが常だというのに、あの少女はレオンハルトをまっすぐ見て、手に触れ、笑った。

あの無防備な顔を思い出すと少し胸がざわつく。

「あの子が戻るまで、僕は『エリシア』という人間に向き合います」

顔を上げれば、息子と視線が合う。

「父上も『毒婦エリシア・ヴァンデール』ではなく、僕達の前にいる『エリシア』を見てみたらいかがですか」

「……分かった、明日時間を取ろう」

「ありがとうございます、父上。僕のほうからお茶会の誘いをしておきます」

一礼し、息子が書斎を出ていく。

その横顔はどこか楽しげで、そんな表情は初めて見るものだった。

扉が閉められ、息子の足音が遠退いていく。

……エリシア・ヴァンデールではなく、エリシアを見る……か。

「明日のティータイムの時間は空けておいてくれ」

「かしこまりました」

部屋の壁際に控えていた侍従が頷いた。

* * * * *

翌日の午後、ティータイムの時間に少女の部屋に向かう。

エリシア・ヴァンデールが幼くなってから、ほとんど顔を合わせていない。

今更、顔を合わせても怖がられるかもしれないし、忘れられている可能性もある。

あまり気は進まないものの、目的地に到着し、扉を叩く。

中から軽い足音が聞こえて扉が少しだけ開かれた。

……誰もいない?

「こーしゃくさま」

下から聞こえた声に視線を落とせば、足元に鮮やかな赤がいた。

目が合うと緑の瞳が嬉しそうに細められる。

「いらっしゃいませ!」

扉が大きく開けられる。

室内のテーブルには既に息子が着いており、こちらを見ている。

つん、とズボンが引っ張られ、見下ろせば少女が見上げてきた。

「てーぶる、どーぞ!」

テーブルまで案内され、席に着けば、少女も椅子によじ登って座る。

息子が少女の頭を慣れた様子で撫でた。

「お出迎え、よくできたね」

「うんっ」

嬉しそうな少女と穏やかな表情の息子は、まるで兄妹のようだった。

侍女が用意した紅茶をレオンハルトが飲んだ。

菓子だけでなく甘くないサンドイッチなどの軽食も並んでいるのは、息子やレオンハルトが食べられるようにということなのだろう。

……ユリウスは人前では好き嫌いを見せない。

それなのにこうして軽食も用意してあるというのは、甘いものが得意ではない息子の好みを知っているからで、息子からレオンハルトの好みを聞いているに違いない。

それほど、この短期間で少女に心を許したのだ。

二人の話す様子に少しばかり疎外感を覚えた。

「そういえば父上、いつまでこの子に僕の服を着せておくつもりですか?」

言われて、我に返った。

「ああ、仕立て屋に声はかけたが、もうすぐ社交シーズンということもあって少し遅れるそうだ」

「急がせたほうが良いのでは? 僕の服のままではあまりに可哀想です」

確かに、ずっとズボンばかり穿いているのは良くないだろう。

「改めて急がせよう」

少女に顔を向けたものの、なんと呼ぶべきか迷った。

毒婦(エリシア) と呼ぶにはあまりにこの少女は純粋だった。

「──……君のことは、今後はシアと呼ぼう」

「しあ?」

少女が目を瞬かせ、そして嬉しそうに笑った。

「しってる! おともだちは、あいしょーでよぶんだよね?」

「友達……」

「ちがうの……?」

緑の瞳が潤み、見つめてくる。

「いや……」

「じゃあ、僕達はこれから『シア』って呼ぶね。……よろしくね、シア」

息子が少女──……シアの頭を撫でる。

「うん、よろしくね! ゆりうす、こーしゃくさま!」

明るく無邪気な笑顔に息子が微笑む。

穏やかで、優しいその横顔もまた初めて見るものだった。

……本当は継母と義理の息子という関係なのだが……。

その姿はどう見ても仲の良い兄妹で、しかし、これ以上何かを言うことはできなかった。

息子にシアと関わらないよう命じることは簡単だが、それではレオンハルトが嫌っていた父と同じになってしまう。己の考えと思想を息子に押し付け、力で従わせるなどすべきではない。

愛称を喜んで受け入れるシアはとても毒婦とは言えない。

……この子を見る、か。

「シア」

名前を呼べば、緑の瞳が見返してくる。

「明日から、食事は食堂で摂りなさい」

「しょくどう?」

「皆で食事をする部屋のことだ」

そう言えば、シアがパッと表情を明るくする。

「みんなでしょくじっ? ゆりうすもいる?」

「うん、僕もいるよ。明日の朝、迎えに来るね」

「わーい!」

両手を上げて全身で喜ぶシアは普通の女の子だった。

レオンハルトが警戒するような人物ではない。

……たとえいつかは元に戻ってしまうとしても。

今ここにいるシアという少女と向き合ってみよう。

* * * * *

公爵とユリウスとお茶会をしてから、少し生活が変わった。

今までは部屋で食事を摂っていたのだけれど、あれ以降、わたしは食堂で食事をしている。

朝、身支度を整えた頃にユリウスが迎えにきてくれて、二人で食堂に向かう。

「おはよう、シア」

「おはよう、ゆりうす」

小さなわたしと手を繋いで、わたしに合わせてユリウスが歩く。

「今日は仕立て屋がくるよ。僕と父上も一緒にいるから、ドレスを選ぼうね」

「どれす?」

「そう、ずっと僕の服だと嫌でしょ?」

そう訊かれてわたしは首を横に振った。

「ううん、ゆりうすのふく、うごきやすいからすき」

「それはそうだけど……僕はシアの可愛いドレス姿が見たいな」

と、言われてしまえば断ることはできなかった。

食堂に着くと公爵が席に着いており、ユリウスとわたしも斜め向かいに並んで座る。

食事が運ばれ始めると公爵が口を開いた。

「午後は仕立て屋がくるから、二人とも予定を入れないように」

「はい」

「うん!」

公爵も仕立て屋の話をしたのがおかしくて笑顔になる。

最初は無関心だった公爵も、お茶会以降はこうして話しかけてくることが増えた。

……妻ではなく、娘みたいな扱いだけどね。

なんとなくだけれど公爵が歩み寄ろうとしてくれているのを感じる。

毒婦エリシア・ヴァンデールではなく、幼いシアという女の子に接している感覚なのだろう。

「シアはどんなドレスがいい?」

「ゆりうすとおいかけっこしたいから、うごきやすいのがいい」

「ふふ、シアはドレスを着ても落ち着きがなさそうだね」

横にいるユリウスに頭を撫でられる。

「宝飾品は好きか?」

公爵の言葉に首を傾げた。

「ほーしょくひん?」

「……宝石などのキラキラしたもののことだ」

幼いわたしに分かるように公爵が言う。

少しばかり、これで伝わるだろうか、という不安が感じられた。

「きらきらしってる! でもいらなーぃ」

「いらない?」

「きらきらより、わたし、けーきがすき!」

わたしの言葉に公爵がキョトンと目を瞬かせ、そして小さく笑った。

「そうか。どんなケーキが好きなんだ?」

「くだものいっぱいの、きいろいくりーむがはいった、ちょっとかたーぃケーキ!」

「ふむ……? ……フルーツタルトのことか」

「うん、ふるーつたると!」

公爵がもう一度「そうか」と微笑む。

「では、作らせておこう。ドレス選びが終わったら皆で食べるか」

「いいのっ?」

「ああ。ただし、良い子で仕立て屋や私達の言うことを聞けたらという条件がある」

「わたし、いいこする!」

両手で拳を握るわたしにユリウスと公爵が穏やかな表情をする。

……望まれない妻より、ずっといい。

たとえこれが偽りの家族関係であったとしても、もう少しだけこのままで過ごしたい。

朝食後は部屋に戻り、一人で文字を書く練習をする。

ユリウスも午前中は学習があるそうで、 家庭教師(ガヴァネス) から授業を受けているそうだ。

この間ユリウスにあげた『なんでもお願いを聞く券』はとても喜んでもらえたので、もっと綺麗に書けるようにしたい。あの券はいまだに使われないままだが。

最初に比べればだいぶ上手に文字を書けるようになってきてはいるものの、やはり、子供の手では繊細な力加減ができなくてインクが滲んだりペン先をいくつか潰してしまったりした。

そうして文字の練習をして午前中を終え、ユリウスと昼食を摂る。

公爵は仕事に集中したいからと昼食はいつも書斎で軽く済ませるらしい。

食後にお茶を飲んで胃を落ち着かせてから、部屋を移動した。

「どこいくの?」

ユリウスがわたしと手を繋いでゆっくり歩く。

「仕立て屋がくるまで時間があるから、ギャラリーでも見に行こうか」

「ぎゃらりー?」

「歴代公爵の絵が飾られているんだよ」

到着した部屋の扉を開けて中に入れば、部屋は横に長かった。

壁に肖像画が飾られており、すぐに現公爵と前公爵夫人の絵があった。

……前公爵夫人は儚げで綺麗な人だったんだ。

毒婦エリシアとは正反対の、銀髪に淡い金色の瞳をした美しい女性で、ユリウスがわたしの視線に気付くと言った。

「僕を生んでくれた母上だよ」

「きれーねぇ」

「そうだね」

それから、二人でゆっくり奥に向かって歩く。

歴代公爵はほとんどが黒髪に赤い瞳をしており、顔立ちも鋭く、どこか冷たい印象を受ける。

……国の剣として戦争にも参加していたから当然ね。

国のため、民のために黒魔術を習得し、努力して、それなのに嫌われるなんて理不尽だ。

繋がった手をぎゅっと握れば、ユリウスがすぐに気付いた。

「シア、どうかした?」

「……むかしのこうしゃくさま、こわい」

「ああ、シアにはそうかもしれないね。そろそろ時間だし、応接室に行こうか」

ユリウスがわたしを抱き上げ、部屋の出入り口に向かう。

……わたしは公爵と結婚したけれど。

この部屋にエリシア・ヴァンデールの絵が飾られることはないだろう。

わたしを抱えたままユリウスがギャラリーを出て、応接室に向かう。

応接室に着き、ユリウスがわたしを下ろして扉を叩く。

中から公爵の声がした。

「失礼します」

ユリウスが扉を開けると、広い応接室に沢山の子供用ドレスが並べられていた。

「しつれーします」

先に入ったユリウスの真似をしてわたしも部屋に入る。

ユリウスが公爵の横に座ったので、どこに座ろうかなと思っていると、公爵に手招きをされた。

近づくと公爵がわたしを抱き上げ、ユリウスとの間に座らせた。

「シアだ。今後この子がここにいる限り、我が家の一員として扱うように」

「かしこまりました」

仕立て屋の女性が一礼する。

「初めまして、お嬢様。さっそくですが、採寸をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「……ドレスを作るために体の大きさや手足の長さを測るんだよ」

ユリウスがこっそり教えてくれる。

公爵がわたしをソファーから下ろしたので、部屋の隅に設置された衝立の裏に移動する。

仕立て屋がユリウスや公爵と話している間にお針子達がわたしの採寸をしていく。

手慣れているようで、あっという間に採寸は終わった。

衝立から出ると、今度はユリウスに手招きをされる。

ソファーに乗せてもらったけれど、テーブルまで距離があるので見にくい……。

「わっ?」