軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

複雑な関係(2)

ひょいと抱えられ、公爵の膝の上に下された。

そうして、公爵がデザイン画を手に持って、わたしにも見えるようにしてくれる。

驚いて見上げれば赤い瞳と目が合った。

ジッと見つめてくるのでわたしはとりあえず笑っておいた。

「こーしゃくさま、ありがと」

「ああ」

横にいたユリウスがソファーの上を移動して寄ってくる。

「このほうが見やすいですね。……シアはどのデザインがいい?」

「んー……」

子供向けのデザインはどれも可愛らしいけれど、派手すぎる気がした。

「もっとひらひら、すくないのがいい」

「ひらひら……こういうものか?」

「うん」

公爵が別のデザイン画を手に取り、リボンやフリルの少ないデザインに頷き返す。

「あとね、ゆりうすとこーしゃくさまと、ふく、おなじいろがいい」

ユリウスの袖と公爵の袖に触れると、ユリウスが微笑んだ。

「お揃いもいいね」

「うん、みんなでおそろい」

「だそうですよ、父上」

顔を上げれば、公爵が仕立て屋に言う。

「このデザインで今、私達が着ているものと同じ色合いのドレスは作れるか?」

「はい、ご用意できます」

「では、私と息子の色に合わせて一着ずつ。色は……シア、君は何色が好きだ?」

公爵に問われて考える。

……好きな色……。

「きいろ」

「後ほど店名を伝えるから、そちらに問い合わせて私達の服に合わせたものを数着、それからシアに似合いそうな色合いと黄色のドレスを数着頼む予定だ」

「かしこまりました」

あ、と気付いて手を上げる。

「あのね、きいろのどれす、なつのおはなもつけてほしい」

「夏のお花……もしかしてヒマワリでしょうか? こういうお花です」

女性がメモ用の紙に花の絵を描いて見せてくれる。

「うん、このおはな」

「では、ヒマワリの形の髪飾りはいかがですか? ドレスも色合いをそれに合わせますね」

「うん!」

毒婦と呼ばれていた頃は淡い色合いのドレスは着させてもらえなかった。

できるだけ悪女のように、派手に見えるようにと濃い色合いのものしか許されず、宝飾品も沢山身に着けていつも窮屈だった。

妹が可愛らしい淡い色合いのドレスを着ているのが昔は羨ましく思っていた。

「良かったな」

公爵がそっと頭を撫でてくれたので、わたしも笑って返す。

「えへへ」

しかし、ユリウスと公爵は意外とこだわりがあるようで、ドレスのデザインについてあれこれと仕立て屋と話をしており、着る側のわたしより熱心だった。

元々、わたしは伯爵夫人や妹が勝手に決めたドレスを着ていたから興味がなかった。

最初は訊いてくれたけど、わたしがドレスについて分からないと気付いてからは二人と仕立て屋で決めていて、わたしは紅茶を飲みながら暇潰しをしている。

……ユリウスも公爵もなんだか楽しそう。

現代でも場に合った服装であることばかり優先して、私服もわりと流行りのものでとりあえずまとめるという感じだったため、ドレスを選ぶ楽しみは分からないが、二人が楽しいならそれでいいのかもしれない。

結局、二時間ほどかけて決まったようで、仕立て屋は嬉しそうな顔で帰っていった。

「早ければ数日から一週間ほどで、できたものから順次ドレスが届くそうだ」

公爵の言葉にユリウスが言う。

「楽しみですね。でも、エリシアは本当にドレスを選ばなくて良かったの?」

「うん、いい。ゆりうすとこーしゃくさまを、しんじる」

それに興味のないわたしより、二人に選んでもらったほうがきっといい。

そういう意味で言った言葉だったけれど、ユリウスと公爵は驚いた顔をしていた。

ユリウスが嬉しそうに微笑んでわたしを見た。

「信じる、か。……嬉しいな」

何も言わなかったが、公爵の手がわたしの頭を撫でた。

「ね、ね、いいこにできてた? ふるーつたると、たべていい?」

公爵を見上げれば、フッ、と公爵が笑った。

……あ。

初めて見る、優しい微笑みにドキリとして息が詰まった。

「ああ、良い子だった」

公爵がわたしを抱いたまま立ち上がる。

ユリウスもついてきて、三人で応接室を出て、どこかに向かう。

……こっちは行ったことないかも?

初めて向かった部屋は両開きの扉で、公爵が開ける。

……書斎?

驚いているうちにソファーの上に下され、横にユリウスが座った。

テーブルの上には大きなフルーツタルトがドンと置かれている。

「ご褒美だ」

瑞々しく輝く果物の下には黄色っぽいカスタードクリームが見え、綺麗に焼けたタルト部分も美味しそうだ。わたしの頭より大きいフルーツタルトに視線が奪われる。

「おっき〜い……!」

思わず両手を頬に当てれば、公爵が笑ってわたしの頭に手を置いた。

「これは全部、シアの分だ」

「わたしのぶん?」

「そうだ。好きなだけ食べていいぞ」

手が離れ、公爵は机に向かう。

壁際に控えていた侍従が紅茶を用意してくれた。

ユリウスが「どうする? 取り分ける?」と訊いてきた。

座ったまま食べるなら取り分けてもらったほうがいいのだけれど、切れ目のないフルーツタルトをそのまま食べてみたいという欲がむくむくと湧き上がってくる。

「ううん、いい」

よいしょ、とソファーから下りてフルーツタルトが置かれたローテーブルの前に立つ。

高さ的に立っていれば問題なく食べられるだろう。

一応、ユリウスと公爵の顔を窺った。

「ほんとに、ふるーつたると、わたしのぶん?」

「本当だよ」

「好きなように食べればいい」

という声に覚悟を決めて、フォークを持つ。

フォークでタルトを刺すと思いの外、簡単に切れ目が入った。

フォークで一口分を切り取り、刺して、食べる。

……美味しい〜っ!!

「美味しい?」

ユリウスの問いに何度も頷いた。

瑞々しくて甘酸っぱい果物に、まったり濃厚なカスタードクリームが合わさりつつ、固すぎないけれど柔らかすぎない絶妙なほろほろ具合のタルト部分が香ばしい。

つい、夢中になって食べてしまう。

現代でこんな美味しいフルーツタルトを食べたら、一体いくらかかることやら。

それ以前の問題で、伯爵家ではわたしが好きに食べられるものなどなかった。

男性達と食事に行く時ですら、伯爵家の侍女がついて食べる内容に目を光らせていたから、自分の好きなものを好きなだけ食べられるなんてエリシア・ヴァンデールの記憶の中では初めてだった。

美味しさを噛みしめているとユリウスがわたしの口元をハンカチで拭う。

「本当にリスみたいだね。……誰も取らないから、ゆっくり食べなよ」

それにハッと我に返った。

手元を見れば皿の上のフルーツタルトは崩れていて、とてもじゃないがユリウスや公爵に分けられるようなものではなくなっていた。

……わ、わたし……。

思わず体が震えた。急に恐怖が込み上げてくる。

わたしだけでこんなに食べてしまった。

怒られる。嫌われる。──……殴られる。

「シア?」

俯いたわたしにユリウスの声がかけられたが、手からフォークが落ちる。

「あ、ご、ごめ……なさ……」

怖くて顔を上げられない。子供の体のせいか涙があふれてくる。

ぽたぽたと涙が頬を伝い、服を濡らしていく。

「シアッ!?」

「どうしたっ!?」

ユリウスと公爵の声が響き、足音がして、抱き上げられる。

ソファーに下され、公爵の手がわたしの両頬を包んだ。

「怪我はしてない……まさか、何か入っていたのか?」

「……毒の心配はなさそうです」

公爵がわたしの口元や手を確認し、ユリウスが代えのフォークで崩れたフルーツタルトを一口食べて、首を横に振った。

心配そうによく似た二つの顔に見つめられて、ひぐ、と喉が詰まる。

公爵の手が頭に伸びてきて、とっさに両手で庇ってしまった。

しかし、公爵の手は優しくわたしの頭に触れて、撫でた。

「……泣くな」

公爵が言い、困ったような顔をする。

「私は、誰かを泣き止ませたことなんてないんだ」

まるでそれしか知らないというふうに頭を撫でられる。

全身が震えるほど感じていた恐怖が和らいでいく。

手を伸ばし、公爵の服を掴み、顔を寄せる。

今は誰かの温もりを感じていたかった。

* * * * *

「シアは?」

シアを部屋に連れて行き、侍女に託した。

戻ってきた侍女は「落ち着いたご様子でお休みになっています」と言った。

それに息子と共にホッと小さく息を吐き、互いに視線だけを合わせる。

「起きるまで眠らせておけ。起きたらすぐに報告を上げろ」

「かしこまりました」

レオンハルトが席を立てば、息子も後をついてくる。

シアの部屋を出て、書斎に戻った。

レオンハルトや息子のユリウスを見ても泣かず、怯えず、緊張すらしなかったシアが、フルーツタルトを食べている最中に突然泣き出した。

触れた小さな体は震えていて、緑の瞳が溶けてしまうのではと思うほど涙がこぼれていた。

……ごめんなさい、とはどういう意味だ?

途切れてはいたが、確かにシアは『ごめんなさい』と言った。

それは何に対しての謝罪なのか。誰に対しての言葉なのか。

ただ、体の震えや硬直具合などからシアが酷く怯えていることだけは理解できた。

けれども恐怖対象はレオンハルトや息子ではないらしく、小さな手がしがみつくようにレオンハルトの服を掴み、体を震わせて泣いていた。

子供なら声を上げて泣くものだが、声を押し殺して泣くシアの姿はあまりにもか弱く、哀れで、そうしてレオンハルトはどうすればいいのか分からなかった。

しゃくり上げが苦しそうだったのでレオンハルトが背中を撫で、息子が頭を撫で、落ち着くまで様子を見ていたものの、泣き疲れたのかそのまま眠ってしまった。

書斎に戻れば、食べかけのフルーツタルトが放置されていた。

崩れて見た目も悪く、ボロボロのそれはいつもならば捨てさせるのだが、嬉しそうに食べていたシアの笑顔を思い出すと勝手に捨てて良いものか 躊躇(ためら) う。

「……これを保存しておけ。シアが食べたいと言ったら、出してやれ」

侍従が頷き、ボロボロのフルーツタルトと床に落ちたままだったフォークを下げる。

その背中を見送りながら息子が呟いた。

「……シアは大丈夫でしょうか……」

そう言ったユリウスのほうが不安そうに見えた。

「子供にとって泣くというのは体力が要るんだろう。起きたらお前にも報告を入れさせるから、顔を見に行けばいい」

「父上は行かないのですか?」

「……いや、私も行くつもりだ」

即座に返ってきた、どこか責めるような息子の声と威圧に一瞬驚いた。

だが、レオンハルトが行くと告げれば、息子の空気が緩む。

「そうですか」

エリシア・ヴァンデールがシアになってようやく一月が経ったばかりである。

それなのに、息子にとってはもうシアは妹同然なのだろう。

「……僕は部屋に戻ります」

「ああ」

「失礼します」

息子は一礼し、書斎を出ていく。

公爵家の後継ぎとして必要な教育を与え、できる限り自由や選択肢を与えてきたが、息子は幼い頃のレオンハルトそっくりだった。

表情の変化に乏しく、物静かで、あまり自己主張がなく、物事への関心やこだわりが薄い。

しかし、シアと過ごすようになって息子に変化が訪れた。

少しずつ表情を見せるようになり、シアにはよく話しかけ、関心を向けている。

……それは私も同じか。

シアはレオンハルト達に普通に接し、笑いかけ、触れてくれる。

息子の母──……前妻とも政略結婚で繋がっていたが、互いの間に信頼関係があった。

レオンハルトは親から愛情を受けられなかった。

今も『愛』というものを本当の意味では理解できていないのかもしれない。

そうだとしても息子のことは大切に感じており、シアのことも──……そう思い始めている。

記憶を失っても、突然見知らぬ場所でレオンハルト達と暮らすことになっても、笑顔を絶やさなかったシアが泣いたというのは大きな衝撃だった。

……何故、あの子は泣いた?

シアの涙を見た時、レオンハルトは『泣くな』と思った。

これまで多くの人間に怯えられても、それは当然のことで、気にするまでもない。

それなのに、シアに泣かれるとどうすればいいのか分からなくて途方に暮れてしまった。

……シアは笑っていたほうが似合う。

公爵邸はシアが歩き回るようになってから、空気が明るくなった。

使用人達は幼く記憶のないシアを可愛がり、シアもそれを感じているのか使用人達にも懐いている。シアの護衛の任務は騎士達の中でも人気が高いらしい。

そんなシアが公爵家で過ごすようになってから、恐ろしい思いをしたとは考えにくい。

そうだとすれば、それより前の『エリシア・ヴァンデール』の記憶が関係する可能性が高い。

魔術師達は『体が若返ったことで記憶が混濁したのだろう』と結論を出していた。

それが事実なら、何かのきっかけで『エリシア・ヴァンデール』の記憶が戻ることもあり得る。

……だが、あれほど怯えるような経験をしたことがあるのか?

伯爵家の令嬢で、わがままで、傲慢で、常に男達を侍らせて何不自由なく暮らしていただろう者が、あのように恐怖に体を震わせて泣くなんて。

「……アレン」

「はい」

幼馴染でもあり、戦友でもある侍従が短く返事をする。

「『エリシア・ヴァンデール』について 全て(・・) 調査しろ」

「全て、でございますか? 結婚前にも調査をしたと思いますが……」

「あれは噂通りの表面的なものしかなかった。今回は、生まれやどのように育ち、生活し、どんなことをしてきたか。『エリシア・ヴァンデール』という人間について調べられる限り、調べ尽くせ。婚前の交友関係も全てだ。……最優先で探らせろ」

「かしこまりました」

書斎を出ていく侍従の背を見送ると、レオンハルトは息を吐く。

小さな背中の感触が残る手を静かに握り締めた。

* * * * *