軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

覚悟 / 幼馴染の変化

* * * * *

「……セレストさんの恋人になりたい……」

ユイの言葉に心の底から喜ぶ自分がいることを、セレストは感じていた。

幼馴染のベランジェールは七十年ほど前までこのグランツェールの街で暮らしていた。

セレストよりいくらか歳下のエルフであり、昔はウィルジールが率いる街の子供達が勝手に作った自警団にセレストもベランジェールも入り、よく街中を駆け回っていたものだ。

その当時からベランジェールとは仲が良かったため、セレストにとって彼女は良き友人であった。

番でもなければ、恋愛的な意味合いで親しくなったこともない。

だから、まさかユイがベランジェールに嫉妬を抱くとは思わなかった。

しかも滅多に泣くことのないユイが『セレストを奪われるかもしれない』ということに泣き、ベランジェールに警戒し、威嚇をしたのだ。

申し訳ない気持ちを感じながらも、それ以上の喜びが込み上げてくる。

けれども、すぐに番を傷付けた己の 迂闊(うかつ) さに衝撃を受けた。

……私はユイに制限をかけてばかりだというのに。

セレストはユイに『異性と触れ合わないでほしい』『あまり異性と話さないでほしい』など、色々と制限をつけて行動や交友関係を縛っているくせに、セレスト自身がそれに気を回さないでどうする。

自分の気の緩みのせいで番を傷付け、泣かせたという事実に胸が痛んだ。

……私は一体、何をしているんだ。

ユイと出会った当初、シャルルの匂いがついたことで嫉妬心を抱いた時、セレストもつらく苦しい思いをした。それを番にも味合わせてしまうなんて。

その上、ユイは昨日からずっと耐えていたと思うと気付かなかった自分を殴りたい気分である。

「ユイ……」

そして、セレストは自分が竜人の本能を恐れていることに気が付いた。

ユイを傷付けたくない。本能のままに番を求め、ユイを振り回したくない。

自分が今までの自分と変わってしまいそうで怖かった。

これまでの通りにユイに接せられるか分からない不安から、恋人になることを避けていた。

「私が臆病なばかりに、あなたにつらい思いをさせてしまいましたね……」

だが、その結果として番を傷付けては意味がない。

ハンカチを取り出し、涙の残るユイの頬をそっと拭う。

「……恋人関係になった時、竜人の本能を抑えられるかどうか分からないのです」

「うん」

「もしかしたら、今までの私とは変わってしまうかもしれない……あなたに優しくしたい、慈しみたいのに、酷いことをしてしまうかもしれない。それによってあなたを傷付けるのが怖いんです……」

うん、とユイがもう一度返事をして、手を伸ばしてくる。

出会ってから四年が経ち、ユイの手はあの頃より大きくなったものの、セレストから見ればまだまだ小さくて、細くて、頼りなくて、ガラス細工のように脆く感じる。

その手がセレストの頬に触れるとそれだけで喜びに包まれる。

番がそばにいる喜び。触れてくれる喜び。出会えた喜び。セレストを瞳に映してくれる喜び。

それらは言葉に表現しがたいほどの歓喜としてセレストの中で湧いてくるのだ。

しかし、今のままでは番を傷付け続けてしまう。

セレストの頬に触れたユイが柔らかく微笑んだ。

「傷付けてもいいよ」

ユイが体を寄せて、首に腕が回され、抱き着いてくる。

成長してもしなやかで華奢な体つきは、力加減を誤れば折ってしまいそうだ。

けれども、ユイは出会った頃から強い少女だった。

能力的な話ではなく、精神的な意味での『強さ』を持っていた。

「セレストさんなら、いいよ。……そばにいるのに不安なままより、ずっといい」

震えそうになる手でそっとユイを抱き締める。

……本当にいいのだろうか。

「……ユイ、後悔はしませんか……?」

「しない」

即答だった。

肩口にぐりぐりとユイの頭が押しつけられる。

その甘えるような仕草が嬉しい。

ユイはあまり誰かに甘えるということをしないから、セレストは甘えられる特別な相手と思ってもらえているのだろう。

甘えてほしい。甘やかしたい。

ユイに特別に思ってほしい。特別な相手になりたい。

……私だけの可愛いユイ……。

この独占欲も、執着も、愛おしさも、同じだけ返してほしい。

それがどれほどのわがままなのか、セレストは理解していた。

……けれど、ユイは嫉妬してくれた。

セレストをベランジェールに渡したくないと思ってくれた。

出会った頃のユイからは想像もつかない成長である。

表情は少ないけれど、実は意外と感情豊かなユイ。

美味しいものが好きで、可愛い服が好きで、好奇心旺盛で、自立心が高くて、まっすぐで。

いつだって前を向いて歩いていく勇気を持つ、強い少女。

この四年間、セレストはユイを見守り続け、新しい面を見つける度に好ましく思った。

……ユイ。私が名付けた、私の運命の人。

「……私の恋人に、なってくれますか……?」

顔を上げたユイがこちらを見て、嬉しそうに微笑んだ。

幸せそうなその表情が全てを物語っている。

「はい」

その返事に、ユイを掻き抱く。

竜人の本能が、心が、歓喜に打ち震えている。

それと同じくらい、ユイを大事に思う気持ちがあふれてくる。

……ああ、私の不安は杞憂だった……。

セレストの本能が、 番(ユイ) が愛しい、と叫ぶ。

酷いことをしようなんて微塵も思い浮かばない。

むしろ、今まで以上に慈しみ、愛し、守りたいと思う。

ユイの顔が近づき、セレストの頬に口付ける。

「セレストさん、大好き」

……私に足りなかったのは『番を愛する覚悟』だった。

* * * * *

番と抱き締め合い、幸せそうに微笑んでいる友人にベランジェールは苦笑した。

……あたしが悪かったなあ。

あれはただの冗談だったのだけれど、まさかセレストの番にあの部分だけ聞かれていたとは思わなかった。ベランジェールはセレストを友人と思っているが、恋愛対象には見ていない。

それでも、七十年ぶりに再会したのが嬉しくて、ついあんな冗談を言ってしまった。

昨日、久しぶりに再会したセレストは以前よりも表情が明るくて、柔らかかった。

番を見つけたからだと聞いて、祝う気持ちと羨ましい気持ちがあった。

竜人もエルフも寿命は長いけれど、この長い生の中でも番に出会えない者もいる。

そんな中、三百歳手前のセレストが番と出会えたというのはすごいことで、しかし、こうして人間の番とセレストが抱き締め合っている姿を見ると羨ましい気持ちもすぐに消えた。

……人間は百年も生きられない。

番と出会ったのに、竜人にとっては瞬く間の時間しか共にいられない。

だからこそ、セレストは番との時間を大切にしているのだろう。

番に触れる手が、向ける視線が、声が、とても優しくて、そばで見ているこちらが切なくなる。

これほど愛情深く接しても、関係を築いても、たったの百年なのだ。

「セレストさんはわたしの彼氏だね」

「ええ」

「わたしはセレストさんの彼女?」

番の問いかけにセレストが嬉しそうに微笑む。

「はい、そうです」

……ああ、まったく、あんなにデレデレしちゃって。

セレストもウィルジールも竜人で──竜人は見目が整った者が多い──、昔から女の子からの人気が高かった。番ではなくても恋人やそういう関係になりたいと近づいてくる者もいた。

だが、セレストはそれらに 靡(なび) かず、誠実な性格だった。

それが余計に人気になる原因でもあったのだけれど、当の本人は気付いていないだろう。

誰に対しても優しく、丁寧で、紳士的で、一歩引いている。

こんなふうに異性に対して好意を示し、顔を緩めている姿を見たのは初めてだった。

竜人なので番を得られれば変わるだろうとは思っていたが、以前よりも雰囲気が和らぎ、余計に人気が出そうだ。もちろん、番を見つけた竜人が他者に目移りすることなどありえないが。

「私もユイが大好きですよ」

セレストの言葉に番が嬉しそうに目を細めて微笑んだ。

……あたしのこと、忘れてない?

そう思っていればセレストの番と目が合った。

「あ」

と、セレストの番が声を漏らし、こちらにしっかり顔を向ける。

申し訳なさそうな表情でセレストの番が言う。

「あの、勘違いして、ごめんなさい……」

しょんぼりと肩を落とすセレストの番にベランジェールは笑った。

「いや、あたしも悪かったよ。セレストに番がいるって聞いてたのに、あの冗談は良くなかった」

「……でも、わたしは盗み聞きしました」

「まあ、番が他の女と親しげにしていたら、割って入るのは勇気がいるよね〜」

ベランジェールはまだ番を得ていないけれど、もし自分が心から愛する人がいて、その人が他の異性ととても親しげにしていたら嫌な気分になる。

しかし、そこに突撃して関係を問いただせるかといえば難しいだろう。

セレストの番が思い悩み、あのような態度になるのも理解できる。

「だけど本当にセレストとは何もないからね」

「ベランジェールは友人ですが、それ以上でも以下でもありません」

「そうそう」

セレストと共に言えば番がホッとした表情をする。

成人しているはずだが、小柄なこともあって幼く見える。

長身のセレストに抱きかかえられていると尚更小さく感じられた。

「ありがとうございます。……改めて、ユイといいます」

ぺこりと頭を下げる番にベランジェールも浅く頭を下げる。

「改めて、ベランジェールだよ。よろしくね〜」

「はい、よろしくお願いします」

セレストが番に治癒魔法をかける。

それに番が「ありがとう」とセレストの頬に口付け、嬉しそうに笑う。

華奢でか弱そうなのに意外と気は強くて、大胆さもあり、一途に慕ってくれる。

セレストには確かに、こういう性格の者が合うのだろう。

「エルフは植物に詳しい者が多いですが、その中でもベランジェールは植物や魔力について昔から研究していたので、ヴァランティーヌが声をかけたのでしょう。魔道具部の者に精霊樹を譲ったのもベランジェールだそうで、ユイについて調べたいとのことです」

「でも、わたしもよく分からない……」

「大丈夫ですよ。皆で知恵を合わせれば、きっと理由が分かります」

セレストが番の頭を撫でる。

「霊花も壊れた魔道具も第二警備隊にあるんだよね〜?」

「ええ、そうです」

「じゃあ、二人が良ければ第二警備隊に行ってもいい? やっぱり実物を見てみないとね」

ベランジェールがそう言えば、セレストと番が顔を見合わせて頷いた。

二人は休日なのに職場に行くことになってしまうが。

けれども、セレストも番も気にしたふうもなくこちらを見た。

「そのほうがいいでしょう」

「第二警備隊、行きます」

番がヒョイとセレストの膝の上から降りる。

その慣れた仕草から、よくセレストの膝の上で過ごすのだろうと察せられた。

……竜人と番って点では普通だしね。

それすらしていなかったら逆に心配になる。

セレストも立ち上がったので、ベランジェールも席を立った。

部屋の外に出ると使用人の年嵩の女性が心配そうに近づいてきた。

「セリーヌさん、心配かけてごめんなさい」

「いえ……もう大丈夫ですか?」

「うん、わたしが勘違いしてただけでした」

番と使用人が話し、使用人の女性が安堵した様子で微笑む。

「それは良かったです」

番も微笑み、和やかな空気になる。

「これから第二警備隊に出かけてきます。……ベランジェール、夕食は外で?」

「ああ、そのつもりだよ」

「ユイ、ベランジェールと一緒に外で夕食を摂ってもいいですか?」

「うん」

番が頷き、使用人の女性が「かしこまりました」と笑みを深める。

「ウィルやヴァランティーヌにも声をかけて、皆で集まりましょう」

「いいね! ヴァランティーヌが里親になったって聞いたし、引き取った子とも会ってみたいよ」

新人教育や人付き合いは上手いが、ヴァランティーヌは生活面が適当なのだ。

養子を取るのは良いことだけど、世話をできているかは気になるところである。

「ヴァランティーヌの養い子はディシーといいます。ユイとは親友で、同じ境遇の子でした」

セレストの言葉に番に視線を向ける。

「そうなのかい?」

「はい。でも、わたしより明るくて元気で、良い子です」

「あはは、それは会うのが楽しみだね!」

ヴァランティーヌが引き取ると決めた子供なら、性格が悪いとは思っていない。

気が長くてエルフにしては人好きだが、ヴァランティーヌは誰にでも優しいわけではない。

態度が悪かったり非常識だったりする者には厳しいし、新人教育の中でも気の強い者達を相手にすることもあって、穏やかそうに見えて荒事にも慣れている。

第二警備隊でヴァランティーヌの教育を受けたことのない者は稀だろう。

「あたしもヴァランティーヌのところで暮らしていたし、妹分みたいなもんさ」

それにセレストの番が目を瞬かせ、言う。

「ディシーはわたしのお姉ちゃんみたいな人です」

「じゃあ、ユイちゃんもあたしの妹分だね〜。お姉ちゃんに何でも訊いてごら〜ん」

ベランジェールが冗談めかして言うと、セレストの番がふわっと笑う。

「セレストさんの小さい頃の話、教えてください」

「いいよ〜」

「私に関することならいくらでも話しますよ?」

セレストが言い、番がセレストを見上げて微笑んだ。

「うん、でも、セレストさんのことは沢山知りたいから」

……これはセレストが夢中になるわけだ。

番にこれほど一途に想われて、嫌な者はいないだろう。

* * * * *