軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ユイの嫉妬

終業後、セレストさんがいつも通り迎えに来てくれた。

それにホッとして、でも同時にまた胸が苦しくて、顔を見れないまま抱き着いた。

「ウィルから話は聞きました。念の為に治癒魔法をかけますね」

と、セレストさんがわたしを抱き締めながら治癒魔法をかけてくれる。

「……ごめんなさい……」

「いえ、ユイに怪我がないなら何よりです。ウィルが『ぶつかって悪かった』と謝っていました」

「……わたし、泣いちゃった……」

「大丈夫ですよ。ウィルは怒っていませんでした」

ギュッと抱き締めてくるのはウィルジールさんの匂いがするからかもしれない。

ふと、セレストさんからも違う匂いがすることに気付く。

……花の匂い……?

頭に浮かんだのは、あのエルフの女性だった。

硬直したわたしに気付いたのか、セレストさんが「ユイ?」とわたしの名前を呼ぶ。

「ううん、何でもない……セレストさん、帰ろう?」

たとえあの人がセレストさんとどんな関係であっても、番はわたしだ。

手を繋げば、セレストさんが微笑み、握り返してくれる。

「ええ、帰りましょうか」

優しいその微笑みが嬉しくて、そして、気付く。

この胸の苦しさも、つらさも、悲しさも、痛さも。

…………わたし、嫉妬したんだ……。

最初の頃、シャルルさんに触れたことで匂いが移り、セレストさんが「あまり良い気分ではない」と言った。あの時はセレストさんがどんな気分だったか想像もつかなかった。

……あの時のセレストさんもこんな気持ちだったのかな。

セレストさんがわたし以外の女性と親しげにしているのが嫌だ。

嫉妬というのはこんなに苦しくてつらいものだと知って、唇を噛み締める。

繋がっている手を握れば、反応するように優しく握り返してもらえる。

それが当たり前のことではないんだと痛感した。

滲みそうになった視界を、瞬きをして誤魔化す。

今は繋がっているこの手だけが頼りだった。

* * * * *

家に帰り、わたしもセレストさんもすぐに入浴をした。

セレストさんから花の匂いがしなくなって、安心する。

……何だか今日は疲れた……。

まだ夕食も摂っていないのにすごく眠くて、セレストさんの膝の上でウトウトしてしまう。

「ユイ、疲れているなら休んでもいいですよ」

と、セレストさんが声をかけてくれる。

「……ん、今日はもう寝る……」

「では、私も──……」

「ううん、大丈夫。セレストさんはゆっくりしてて。……先に寝るね」

セレストさんの首に抱き着き、頬にキスをすれば、同じように返してもらえる。

「そうでした。ユイに紹介したい方がいます。精霊樹や植物に詳しいので、ユイについてヴァランティーヌが相談したところ、こちらに来てくれたんですよ」

「そうなんだ」

「明日、うちに来るので一緒に会いましょうね」

「うん、分かった」

膝の上から降りて「おやすみなさい」と言えば「おやすみなさい」とセレストさんが微笑む。

それに頷き返し、居間を出て、セレストさんの部屋に行く。

大きなベッドに寝転がって薄手の毛布に包まり、わたしの部屋から移動した青色のクマのヌイグルミを抱き締めた。

わたしもあの人みたいに背が高くて、大人っぽかったらセレストさんはキスしてくれるのだろうか。

先日セレストさんが話してくれたが、以前わたしがキスをした時に、翌朝返してくれたのは『そういうもの』だと思っていたかららしい。セレストさんの両親のアルレットさんとジスランさんがキスをしたら必ず相手に返していたから『キスはお返しするのが常識』と考えて返したのだとか。

……あれ以降、一度もしてくれない……。

自分の唇に触れて、悲しくなる。

今日もウィルジールさんやアンナさんに迷惑をかけてしまったし、魔道具や霊花のこともある。

成人したのにわたしはみんなに迷惑ばかりかけてしまっていた。

……こんなだから、セレストさんはわたしを大人の女性として見てくれないのかな……。

* * * * *

翌日、目が覚めてもわたしの中のモヤモヤとした気分は晴れなかった。

とりあえず気持ちを落ち着けようと読書をしてみたけれど、集中できなくて、午前中は居間の絨毯の上でゴロゴロして過ごした。そばの揺り椅子でセレストさんが読書をしていて複雑な気分だった。

昨日のエルフの人が誰か訊きたいけど、訊くのが怖い。

でも、セレストさんと別の部屋に行くのも何だか嫌で「眠い……」と誤魔化して、絨毯で 転寝(うたたね) しながらモヤモヤする気持ちを誤魔化した。

昼食後、セレストさんと食後のお茶を飲んでいると家のチャイムが鳴った。

時計を確認したセレストさんが「相変わらず気が早いですね」と苦笑した。

「昨日話していた、ユイに紹介したい方が来たようです」

セレストさんが立ち上がったので、わたしもついて行き、廊下に出る。

前を歩くセレストさんが玄関に向かい、声をかけた。

「ベランジェール、約束の時間よりだいぶ早いですよ」

それに声が返ってくる。

「ごめんごめん、研究者としての好奇心が抑えられなくって!」

その声に思わず足が止まった。

セレストさんが玄関で立ち止まり、振り返る。

そうして見えた訪問者はエルフの女性で、多分、昨日セレストさんと一緒にいた人だ。

「あ、キミがユイちゃんかな? あたしは──……」

思わず、駆け出してセレストさんに抱き着いた。

グイグイと引っ張って、そのエルフの人からセレストさんを離そうとしたけれど、セレストさんはわたしよりずっと長身で体つきも大きいので全く動かせない。

セレストさんが動かせないならと、わたしはそのエルフの人を睨む。

エルフの人は若くて、セレストさんよりいくつか歳下というくらいだ。

エルフ特有の金髪に新緑色の瞳をした、可愛い感じの顔立ちをしている。

……セレストさんを取られたくない……!

わたしが睨むとエルフの女性が驚いた顔をする。

「セレストさんに近づかないで……!」

視界が滲んで、涙がこぼれそうになる。

「セレストさんの番はわたしです……っ! わたしが、わたしが……っ、セレストさんの……!!」

耐え切れずに涙があふれ、頬を伝う。

昨日より落ち着いたと思っていた胸の苦しさが、昨日よりも強く戻ってくる。

ギュウギュウとセレストさんに抱き着くことしかできない。

「ユイ? ……泣いているのですかっ?」

と、セレストさんの戸惑いと心配の交じった声が降ってくる。

広い腕に抱き締められると余計に涙が出てくる。

わたしに抱き着かれ、泣かれて、セレストさんがどうすればいいのかと困っているのが分かった。

「ああ……ユイ、泣かないでください……一体、どうしたんですか?」

オロオロするセレストさんの後ろでセリーヌさんの心配する気配も感じる。

「えっと、とりあえず話すためにも中に入っていい……?」

というエルフの女性の声がして、セレストさんが「ええ」と頷く。

そうして、ふわりとセレストさんに抱き上げられた。

その首にしがみつき、肩に額を押しつける。

すぐ横にある来客用の居間兼応接室的な部屋に移動する。

ぐすぐすと泣くわたしを膝の上で抱き締め、セレストさんが大きな手でわたしの頭を撫でる。

「もしかして喧嘩中だった?」

「いえ、そういったことはありませんが……すみません、私も何が何だが……」

「元々、不安定な子……ってわけでもないよね?」

「ええ、むしろ自分の意思と考えを持ったしっかりした子です」

二人が会話しているのすら嫌で、セレストさんの頬に手を伸ばす。

そのまま、驚いているセレストさんにキスをした。

後ろから「わお」という声がしたけれど、気にする余裕はなかった。

唇を離せば「ユイ……?」と戸惑うセレストさんと目が合った。

「どうして……」

またボロボロと涙がこぼれる。

「どうして恋人にしてくれないの……っ? わたしはセレストさんの番じゃない……? わたしはセレストさんが好きなのに、セレストさんはわたしのことなんてもうどうでも良くなっちゃった……?」

「まさか……そんなことはありません! ユイはわたしの大切な番です!」

「じゃあ何で恋人にしてくれないの……っ!?」

悲しくて、苦しくて、苛立たしくて、悔しくて。

「セレストさんはわたしなんかより、この人みたいに大人なほうがいいんでしょ……っ!?」

セレストさんと目を合わせるのもつらくて顔を両手で覆う。

大きな手がわたしの両肩に触れた。

不意にセリーヌさんの娘・アデライドさんの言葉を思い出してしまった。

「番じゃなくても、セレストさんは理性的だから他の人も愛せるかもしれないし──……!」

「ユイ!!」

セレストさんの鋭い怒声にビクリと体が硬直する。

すぐにハッと息を詰めたセレストさんが、声量を落とした。

「大声を出してすみません……ですが、私の番はあなただけで、他の誰かを愛することもありえません。理性的だから本能が弱いというわけではないのです。むしろ、ユイが成人してからは本能を抑えるのがどれだけ大変なことか……」

そっとセレストさんの手がわたしの頬に触れる。

「お願いです。どうか、私の気持ちを疑わないでください……私の唯一はあなただけです」

セレストさんに抱き締められる。

それでも、つらくて苦しい気持ちは変わらない。

「あ〜、ちょっといいかな〜?」

と、気まずそうにエルフの女性の声がして、セレストさんが顔を上げる。

「多分、勘違いしちゃってるみたいだから誤解を解いておきたいんだけど……」

「ええ、そうですね。……ユイ、話を聞いてくれますか?」

セレストさんに声をかけられ、俯いたまま頷く。

「まず自己紹介ね。あたしはベランジェール=バルビエ。エルフのバルビエの里から来たよ」

……バルビエ……ヴァランティーヌさんと同じ?

それを聞いて、涙が止まった。

「エルフは里全体が家族みたいなものだから、里の名前を家名として名乗るんだよ〜。それで、ヴァランティーヌから霊花の話を聞いたの。あたしが他の人にあげた精霊樹の枝が原因で魔道具が暴走したって話にも、同じ『ユイ』って名前の子が出てきて、これは実際に話を聞かなきゃ〜って思ってグランツェールに出て来たってわけ」

そういえば、ヴァランティーヌさんが植物に詳しい人に相談してみると言っていた。

……この人がそうなの……?

あの壊してしまった魔道具に使われていた精霊樹を魔道具部の人に譲ったのもこの人らしい。

「……セレスト、さんと……どんな、関係……ですか……?」

ヴァランティーヌさんと同じ里のエルフだからといって、あんなに親しげにするのは違うだろう。

「そう、そこ! あたし、七十年前までヴァランティーヌのとこに住んでたんだよね。ちょっと親が特殊な職業で、子供の面倒は見られなくて、親の友人のヴァランティーヌに面倒見てもらってたの。ウィルジールとセレストとは友達で、昔はよく街の外にこっそり抜け出して薬草とか採りに行って大人達に怒られてた仲でさ〜」

……セレストさんやウィルジールさんの友達……。

だから距離感が近かったのだろうか。

「……でも、昨日……セレストさんが、番だったら……良かった、て……」

確かにそう聞いたし、この人はセレストさんに何度も触れた。

わたしの言葉に「あ〜……」と納得したような声がする。

「あちゃ〜、もしかしてあの時、そこだけ聞いちゃってた?」

そして、エルフの女性が説明してくれた。

エルフは自然と共存する種族なので本来は『風・水・土』の属性に秀でているはずなのだが、この人は水魔法が不得手で、里の中でも少し立場が弱いらしい。

別に差別をされているとかいうわけではないそうだけれど、この人の両親は精霊樹を守ったり管理したりするのが仕事で、水魔法が不得手ということで里の中でこの人に引き継がせるかという議論がされているのだとか。

「セレストが番だったら〜ってのは、水属性に秀でた人が助手に欲しいって意味だったんだよ」

そうすれば手伝ってもらい、精霊樹の管理をこの人も行うことができるから。

「まあ、精霊樹の管理に就きたいってのもそうだけど、元々植物に興味があったから、研究してるんだけどね。ちなみにあたしが一番好きな種族はトレントだから、竜人のセレストは恋愛範疇外ね」

「トレント……」

「魔族の一種ですよ。長い間育った木が魔力を蓄え、変質することで生まれた種族です。昔は魔獣の一種とされていましたが、現在は魔族に分類されています」

わたしの呟きにセレストさんが答えてくれる。

顔を上げれば、エルフの女性がニッと笑った。

「だから、あたしはキミからセレストを取ったりしない」

「……本当に?」

「もちろん、エルフの名に誓ってもいいよ〜」

エルフの女性がテーブルに頬杖をつき、小さく笑う。

「それにしても番に嫉妬してもらえるなんて、セレストが羨ましいね〜」

それにセレストさんがハッとして、まじまじとわたしを見る。

その視線が落ち着かなくて思わず俯けば、セレストさんに問われた。

「嫉妬していたのですか……?」

頷けば、ギュッと抱き締められる。

「ユイ、気付かなくてすみませんでした。……もしや、昨日のウィルの件も……?」

「……泣いてたわたしを、ウィルジールさん、庇ってくれた」

「あなたにつらい思いをさせてしまいましたね……」

わたしもセレストさんの首に腕を回してもう一度抱き着く。

「……セレストさんの恋人になりたい……」

また似たようなことがあるかもしれない。

以前のようにセレストさんを好きになる人もいるかもしれない。

……疑いたくないけど、怖いよ……。

好きになればなるほど、失うのが怖くなる。

どうして人間は番を感じ取ることができないのだろうか。

せめて、感じ取ることができたら、また違うのかもしれないのに。